140 急展開
「……すげーな。あっちゅー間にあと1個になっちまったじゃねーか。めちゃくちゃ展開が速すぎて、ついていけねーぜ」
ゲンは肩をすくめた。残すところあと4個だった宝珠は、今やあと1個になっていた。他の仲間たちが集めていた3個の宝珠を、無事に回収することができたのだ。
それらの宝珠は、龍之介、レガート、バジルによってもたらされた。突然目の前に魔法陣が現れ、3人が転送されてきたのだった。
龍之介が持っていたのは、灰色をした金の宝珠だった。怪盗乱麻を倒して手に入れたという。
怪盗乱麻との戦いは、熾烈を極めた。仲間の悪魔を次々と呼び出され、何度も敗北寸前まで追い込まれた。その度に新たな力に目覚め、どうにか殲滅に成功した。ただ、ゲンから依頼されていた小切手は、残念ながら終ぞ取り返すことができなかった。
レガートが持っていたのは、茶色をした木の宝珠だった。バーロックを倒して手に入れたという。
ジルトンの死に際の攻撃から仲間たちをかばい、光の中に消えたレガートは、気づけば原作の宿敵であるバーロックが住む城の前に立っていた。城の中で別のパーティーを発見し、力を合わせて罠や仕掛けを次々と突破し、遂にバーロックを討ち取った。
バジルが持っていたのは、白色をした光の宝珠だった。グランツを倒して手に入れたという。
ジェイドを相手に一歩も引かない戦いを見せていたバジルは、足元に突然現れた魔法陣により転送された。飛ばされた先は、原作のラスボスであるグランツの居城だった。バジルはたった一人でグランツとの戦いに挑み、死闘の果てにこれを打ち倒した。
この世界に18個あるという宝珠のうち、既に17個を手中に収めた。残るはあと1個だ。あと1個集めれば、ケイムが待つマスタールームに行くことができる。
もちろん、行ったところで勝てる見込みは皆無に等しい。ケイムにはどんな攻撃も通用しなかった。マスタールーム内では攻撃が効くのかもしれないという淡い期待は、おそらく抱くだけ無駄だ。
もし通用する攻撃があるとすれば、ゲンがテッカンジーから授けられた魔法だけだろう。同じ名前と特徴を持つ魔法が、原作ではケイムを倒すことになっている。
原作の設定だけはどうすることもできなかったと、かつてケイムは言っていた。その発言が真実であるとしたら、ゲンの魔法ならケイムに勝てるかもしれない。
「……すごいね。よく宝珠を17個も集めたね。まさか君たちがここまでやるとは思わなかったよ」
聞き覚えのある声が、不意に降ってきた。空には声の主の顔が映し出されている。
「ケイム!」
「遂に宝珠はあと1個になったね。ちなみに、最後の1個は魔の宝珠だよ。がんばって集めてね」
その言葉により、ジェイドが持っていたのは雷の宝珠だということが判明した。
「ところで、魔の宝珠は誰が持ってると思う?」
嬉しそうな表情を浮かべているケイムを見て、ゲンはすぐ答えを閃いた。
「もしかしてオマエか!? オマエが持ってんのか!? オマエを倒さねーとオマエを倒しに行けねーっつーことか!? そんなの無理ゲーじゃねーか! あたおかすぎんだろ! ふざけんじゃねーぞ!」
ゲンは声を限りに叫んだ。最後の宝珠を持っているのがケイムなら、コンプリートは不可能だ。今までの苦労はすべて水の泡となる。
「今ごろ気がついたのかな? そうだよ、僕だよ。僕が最後の1個を持ってたら、君たちは絶対に元の世界には帰れないからね」
ケイムは憎たらしいほどの笑みを浮かべた。
「ちくしょー! やってくれんじゃねーか!!」
「……というのは冗談で、持ってるのは僕じゃないよ。デスドロアが持ってるんだ」
「ファッ!? デスドロア!? あいつ、マジで復活したのかよ!? やべーじゃねーか!」
ゲンは驚きを隠さない。原作のデスドロアは、決して復活しないからだ。
デスドロア。復活を目論む古の魔王だ。自らの力の一部を木の実に注入し、世界樹の実として世界各地にばらまいた。原作の登場人物たちはこの実を食べてさまざまな能力を手に入れ、覇を競い合う。そこで失われた命が、復活のエネルギー源になるとも知らずに。
もしデスドロアが復活すれば、実を食べた者は例外なく心を支配されてしまう。ゆえに、それを知った主人公たちにより、復活は阻止される。そうしていなければ、世界は破滅を免れなかっただろう。
原作の設定上、復活したデスドロアは絶対に倒せない。戦士たちが一人残らず操られてしまい、戦える者が誰もいなくなるからだ。仮にいたとしても、世界樹の実から得られる能力がデスドロアのごく一部だということを考えれば、到底勝てるはずがなかった。
そのデスドロアが、あろうことか復活してしまったという。ガチャで使われた寿命が、復活に必要な量まで到達したのだろう。
原作とは異なり、この世界では寿命ガチャが復活のエネルギー源だった。ガチャ台から寿命を回収している男の姿を、ゲンはグランデの町のガチャ小屋で目撃している。
デスドロアがかなりの難敵であることは疑いようがない。実から得られる能力をすべて持ち合わせているのだから当然だ。すなわち、剣、槍、斧、槌、弓、鞭など数多くの武器と、炎、氷、雷、風、土、闇など多彩な属性を使いこなすだけでなく、飛行、瞬間移動、分身、透明化、読心、重力操作、時間操作、再生など多岐に渡る特殊能力まで有している。考えただけで恐ろしい。
とはいえ、今のゲンたちなら倒すことは決して不可能ではないはずだ。ランディやアークスなど一部のメンバーを除き、世界樹の実とは縁もゆかりもない。富雄たち相愛戦士を筆頭に、並外れた力量を持つ精鋭たちが揃っている。全員の力を合わせれば、きっと勝機は訪れるだろう。
「……そういえば、君は世界樹の実を吐き出しちゃったんだよね。君がデスドロアに操られる姿を楽しみにしてたのに、見えなくて残念だよ」
「そんなもん楽しみにしてんじゃねーよ! 相変わらずいー性格してんじゃねーか!」
「でも、その代わりに君が仲間外れになった姿が見えて嬉しいよ。だって、君以外はみんな操られてるんだからね」
「ちょっと待て! そりゃどーゆー意味だ!? デスドロアに操られんのは、世界樹の実を食ってるランディとかアークスとかだけだろーが!」
「本当にそう思う? じゃ、周りを見てみたら?」
ケイムは小馬鹿にしたように笑った。
「……おい、オマエら! マジか!? ふざけんじゃねーぞ!!」
ゲンは大声で周囲を一喝し、身構えた。
いつの間にか仲間たちに取り囲まれていた。ユーシアが、ミトが、富雄が、友里恵が、美也子が、龍之介が、レガートが、バジルが、一様にゲンに武器を向けている。その目は虚ろだ。まるで何者かに心を支配されているかのようだった。
「さっきも言ったけど、みんなデスドロアに心を操られちゃったんだよ」
「どーゆーことだ!? どーしてこーなった!?」
「決まってるじゃないか。君たちはみんな、世界樹の実を食べてるんだよ。君は吐き出したから何ともないけど、他のみんなはそうじゃないから、デスドロアのしもべになっちゃったんだね」
「なん……だと……!?」
ゲンの全身を大きな衝撃が駆け抜けた。仲間たち全員が世界樹の実を食べていることなど、全くの初耳だった。
ケイムによると、世界樹の実には原種と亜種という2種類が存在するという。前者は原作に登場する実のことを指す。非常に固く、丸呑みする以外にない。後者はこの世界にしかない実で、原種とは対照的に柔らかく、食べやすい。
両者の最大の違いは、食べると能力が手に入るかどうかだ。原種は手に入り、亜種は入らない。なお、デスドロアが復活すれば強制的にその手下にされてしまうという点は、どちらの実にも共通している。
ランディやアークスといった原作の登場人物が食べているのは、言うまでもなく原種だ。ゲンが食べたのも、もちろん原種。力を供給し続けるために、消化されることなく体内に残る。ゆえに、ゲンのように攻撃を受けて吐き出してしまう可能性も0ではない。
それ以外の仲間たちが食べているのは亜種だ。亜種はサラダやスープ、デザート、ジュースなどさまざまな飲食物に使われており、仲間たちは知らず知らずのうちに摂取したのだという。すぐに消化され体内に吸収されてしまうため、吐き出すこともできない。
「世界樹の実の亜種とか、勝手にそんなもん作ってんじゃねーよ! 嫌がらせにもほどがあんだろ!」
「ランディ君たちだけがデスドロアに操られたんじゃかわいそうだから、他のみんなにも食べてもらっただけだよ。仲間なんだから、みんなで苦楽をともにしないとね」
「ふざけんじゃねー!!」
「でも、君だけ仲間外れだね。みんなデスドロアに操られちゃったから、君の味方はもう誰もいないよ。今の君は一人ぼっち。最後の最後で孤立するのって、本当に辛いよね」
「ちくしょー!!」
「わかってると思うけど、みんなを元に戻すにはデスドロアを倒すしかないよ。じゃ、がんばってね」
満面の笑みとともに、ケイムの顔が空から消えた。後に残されたのは、デスドロアを倒すのに必要不可欠な仲間たちを救うために、デスドロアを倒さなければならないという無理難題だけだった。
「……オマエら、もちつけ! もちつけ!!」
ゲンは声を張り上げる。
だが、その声は仲間たちには届いていないようだ。一歩ずつゆっくりとゲンに近づいてくる。武器を構え、不気味なほどに無表情だった。
「ちくしょー……。ここまでか……」
このメンバーに一斉に襲い掛かられたらひとたまりもない。HGの能力を最大限まで解放したとしても、とても歯が立たないだろう。
ゲンの命運は、もはや風前の灯火だった。