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14 寿命ガチャ

 リョウの言葉どおり、町の半分を覆い隠していた霧は消えていた。さっきの暴風がすべてを吹き飛ばしたのだろう。

 折れた木の枝、割れたガラスや瓦、大量のゴミなどが散乱する道を進んでいくと、広場に着いた。周囲には多くの木が植えられ、中央には噴水もある。だが、その景観も、今は散乱する暴風被害の残骸たちが台無しにしてしまっている。

「おっ、あれは……」

 すぐ近くにある建物がゲンの目に留まる。白い平屋。場所的にもトイレを連想させるが、屋根の上に飾られている大きな球体の模型がそれを否定していた。いわゆるガチャガチャのカプセルのように見える。

「寿命ガチャじゃねーか。こりゃとんでもねーもんが置かれてんな……」

 ゲンは苦笑いを浮かべた。

 

 寿命ガチャ。『ゲームマスター』に登場するガチャで、寿命と引き換えに引くことからこう呼ばれている。その景品はガチャ限定の装備品だ。原作では戦利品や宝箱は皆無、町の武具屋は全滅という絶望的な状況のため、武具を入手する方法はほぼこのガチャに限られていた。

 消費する寿命は1年、3年、10年の3種類。それぞれのガチャごとに中身が決まっており、最強クラスの武具が欲しいなら10年ガチャに挑戦するしかない。

 貧弱な装備のままだと余命が一瞬で吹き飛ぶことを考えれば、多少の寿命を捧げるのは悪い選択肢ではないのかもしれない。


「寿命ガチャ……。ハルトたちが話しているのを聞いたことがあるが、本当にあったんだな……」

「よくこんなひどいことを考えるわね……。信じられないわ……」

「フッ、これは恐れ入った……。寿命で引くガチャなど、余でも思いつかぬ……」

 寿命ガチャと聞き、ユーシアたちは明らかに嫌そうな表情を浮かべている。

「ハルト(CV:笹山哲雄)たちの話は聞いてんのか。なら、あいつらがどーやってこのガチャを突破したかは知ってんだろ?」

「いや、そこまでは聞いてないぞ」

「しゃーねーな。じゃ、教えてやるよ。……おい、デビリアン!」

「……断る」

 出てくると同時にデビリアンは答える。かなり不機嫌そうだ。


「まだ何も言ってねーだろ」

「聞かなくてもわかる。お主、儂にそのガチャとやらを引かせるつもりだろう?」

「わかってるじゃねーか、さすがデビリアン」

「……どういうことだ? なぜデビリアンが?」

 ユーシアたちは不思議そうに首をかしげている。

「100年程度しか生きられねー人間。何百年も何千年も生きる悪魔。寿命を削って引くガチャ。あとはわかるな?」

「なるほど、そういうことか」

「人間より長寿な人が引けばいいのね」

「フッ、卿にしては上出来だ……」

「寿命ガチャの攻略法は、とにかく長寿な奴が引くことだ。ハルトたちは助けたエルフに引かせた。エルフもかなりの長寿だからな」

「それで、エルフ以上に長寿の儂が引けと? ふざけるなよ!」

 デビリアンの怒りに満ちた眼差しがゲンに突き刺さる。




 壁際にはガチャの台が3つ並んでいた。形や大きさは同じで、色だけが違う。銀色、金色、虹色。虹色の筐体にはたくさんの電飾が瞬いている上に、隣に立てられた看板には射幸心を煽る文字が躍っていた。「10年ガチャで超絶レアな装備を手に入れよう! 絶大な攻撃力を誇る最強の剣カリバークS、神が愛用したとも言われる究極の槍グルーニング、あらゆるダメージを激減する神聖なる盾スージィ、伝説の魔導士の力を宿す魔法衣ガダルフンのローブ、透明人間になれる神秘の指輪キューゲスなど、どれも超一品!!」という文言とともに、見るからに強そうな剣や盾のイラストが添えられている。


「……1年ガチャを5回だけだぞ」

 デビリアンはしぶしぶ銀色のガチャ台の前に立つ。グランツを倒すには装備の強化が絶対に必要だと一同から延々と説得され、ついに根負けしたのだ。

 ガチャに取り付けられたセンサーに手をかざすと、モニターに数字が表示された。1の位は3だが、それより左はすべて?マークだ。10桁まで表示が可能なモニターに、疑問符が9つ並んでいる。

 これはガチャを引く者、すなわちデビリアンの残り寿命だ。1年未満の端数は切り捨てで表示されている。

 1の位しか表示しないのには、推測の余地を与えるという意図がある。予想外に寿命が短かった場合に、それを見た当事者が自暴自棄になる可能性を考慮した結果だ。そのため、?マークを取り除く方法は存在しない。モニターの上側にも同様の注意書きがされている。


 モニターの下にあるボタンに光が灯る。引く、と書かれている。押した瞬間に寿命が消費され、抽選が始まるボタンだ。なお、先ほどと同じ理由により、寿命が足りていなくても警告は出ず、そのままガチャを引くことができる。その場合、ボタンを押した瞬間に命が尽きることになる。

 デビリアンがボタンを押した瞬間、モニターの数字が1つ減った。手から出たキラキラと光る何が、センサーに吸い込まれていった。そして、何かが落ちた音がした。

 取り出し口に小さなカプセルがあるのが見える。中には特殊な魔法により武具が封じられていて、開封すると実体化される仕組みだ。開けるまで中身はわからない。

 デビリアンは落ちたカプセルを気にすることもなく、さらにボタンを押す。5年の寿命が5個のカプセルに変わるまで、わずか数秒だった。




「銀の短剣、魔力の杖、真紅のローブ、力の籠手、風のタリスマン。まぁ、1年ガチャならこんなもんじゃねーか?」

 ゲンたちは床に並ぶガチャの景品を見下ろしていた。デビリアンは既にいない。ガチャを引き終わるなり、不機嫌そうな表情で忠二の体内に戻っていった。

「この銀の短剣は俺に使わせてくれ。予備の武器にちょうどいい」

 ユーシアは銀の短剣を手に取った。攻撃力はそれなりだが、扱いやすく、不死系のモンスターには特に高い効果が期待できる。

「私はこれをもらうわ。私のためにあるような装備よね」

 ミトが手にしたのは風のタリスマン。竜巻を模したような形をしたお守りだ。身に着けると素早さが上がり、さらに動きが遅くなる状態異常を無効化できる。

「フッ、余に選ばれたこと、光栄に思うがよい……」

 忠二は力の籠手を装着する。防御力に加えて膂力も強化されるため、攻撃力を底上げできる。肉弾戦しかできない忠二には最適な装備だろう。


「杖とローブはおっさん用だな。魔法使いしか装備できない」

 残った杖とローブをユーシアが指差す。魔力と最大MPを上げる杖と、炎系魔法の威力と耐性が強化されるローブ。どちらも魔法使い用の装備だ。

「だから、オレは魔法使いじゃねーんだよ。どっちもいらねーよ」

「そうかしら? どっちにしても杖は必要だと思うわよ?」

「いや、いらねーって」

「フッ、遠慮はいらぬ……。卿の老体では、杖なしで歩くのは辛かろう……」

「うるせー。オレをGGI扱いすんじゃねーよ」

 

 ゲンは杖とローブを手に取ると、部屋の隅に向かって歩き出した。そこにあるのは回収箱。不要なガチャの景品を高価買取してくれる。ただし、一度でも装備したものは対象外、一歩でも外に持ち出したものも不可という条件付きだ。

「2つで31万か。原作と同じよーな価格設定じゃねーか」

 回収箱のモニターに、買取価格の明細が表示されている。杖が15万でローブが16万。単位はもちろんダイム。通貨こそ違うが、原作では1年ガチャの景品は15万、3年ガチャが60万、10年ガチャなら300万が買取の相場だ。もっとも、原作の世界では店が壊滅状態のため、価格を設定している意味などあってないようなものだが。


「……儂の命の値段は1年15万か。解せんな」

 背後からデビリアンの声がした。自らが命を削って引いたガチャの買取価格を聞き、思わず出てきたのだろう。

「誰が引いてもこの値段は変わらねーぜ。悪魔だろーと人間だろーと、命の価値に差はねーんだよ」

 ゲンは振り向くこともなくそう言うと、買取実行のボタンを押した。何かが吸い込まれるような音がした。そして、受取口に紙幣が現れた。




「31万ゲットだぜ! これだけありゃ、しばらくは安泰だな」

 ゲンは紙幣を広げ、団扇のように自分の顔をあおぎながら広場を歩いていた。頬に当たる風が心地よい。

 回収箱から出てきたのは、真新しい紙幣だった。新札だろう。1万ダイム札。表面にはヒゲをたくわえた片眼鏡の男の肖像画、裏面には豪華な城が印刷されている。もちろん、肖像画の男にも城にも一切心当たりはない。

「腹減ったし、とりま何か食いてーな」

「おっさん、不用心すぎるぞ。あまり金は見せびらかさないほうがいい」

「心配ねーよ。オマエらもいるし、こんなとこで堂々と盗るわけが――!」

 ゲンの手から団扇が消える。猛スピードで走り去る男の背中が見えた。全身黒い服を着た男だ。


「おっさん、だから言っただろ」

「気配も足音も全く感じなかったわ」 

「フッ、なんと愚かな……」

 ユーシアたちは追いかけようともしない。今さら追いかけたところで、追いつくのは困難だろう。

 男の背中がどんどん小さくなっていく。しかし、突然何かにぶつかったように弾き飛ばされ、倒れこんだ。その原因はデビリアンだ。男の行く手に仁王立ちになっている。その手にはお札がしっかりと握られていた。


「やるじゃねーか、デビリアン」

 ゲンたちは男に向かって駆け出した。デビリアンも男に向かってゆっくりと歩いている。

 男はヨロヨロと立ち上がったかと思うと、いきなり消えた。次の瞬間、その姿は上空にあった。男は宙に浮いていた。そして、そのままどこかへと飛び去っていった。

「空を飛んでいきやがった……。何なんだ、あいつは?」

「……奴は怪盗乱麻。世界を股にかけて暗躍する悪党だ。奴を捕まえるのが、この俺の使命なんだ」

 背後から声がした。振り返ると、立派な体格をしたスーツ姿の男が立っていた。

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