136 冥界 その7
「……ちくしょー……。どーすりゃいーんだ……。どーすりゃいーんだ……」
ゲンは重い足取りで、アーケード街を歩いていた。生き返る方法が見つからず、途方に暮れていた。
せっかく宝珠が手に入ったというのに、生き返れなければ意味がない。このままでは最悪の結末を迎えてしまう。
ゲンは一人だった。仲間たちとはヨミイクサの終了とともに別れた。
同行者を募ったが、誰も名乗り出なかった。作者であること、親子ほども年が離れていることなどが理由で、敬遠されたのかもしれない。
時刻は夜中の0時を少し回ったところだろうか。先ほど冥ナンバーくじの当選発表があった。
当然ながら外れていた。数百万あるいは数千万、もしかしたら数億分の1の確率で選ばれるなど、奇跡以外の何物でもない。それほどの強運を持っているなら、そもそもここには来ていないかもしれない。ジェイドの攻撃を受けても、運よく一命を取り留めていたかもしれない。
冥ナンバーカード裏の数字は、?年200日になっていた。ヨミイクサ終了時点では?年215日だったから、まだほとんど使っていない……わけではない。?の下に隠された数字が、実は1減っている。
ヨミイクサが終わってからというもの、ゲンは一刻も早く生き返りたいという衝動を抑えることができなかった。クリアできないとわかっていながらも、闇雲にORZに挑んで1年分以上のDを使ってしまった。
ゲンが再挑戦したのは、成功の可能性をほんのわずかでも見出せたものばかりだった。声優当てクイズ、自分クイズ、じゃんけんカードゲームの3つだ。
だが、いずれも失敗に終わった。前回と同じく、惨敗を喫した。
声優当てクイズは、前回とは別の店で挑戦した。前の店とは違い、どの国の声優にするかを事前に選ぶことができた。ただし、問題の難易度は跳ね上がっていた。
加工されて別の声になっていたり、他の声優の物真似をしていたり、音量が小さすぎてよく聞こえなかったり、ノイズがひどくて聞き取れなかったり、複数人の声が混ぜられていたり、音声AIが紛れ込んでいたり。厄介な仕掛けが施されており、ゲンをして無理だと言わしめるには十分な難問ばかりだった。
課金すれば選択肢やヒントが提示されるとはいえ、20問連続正解というクリア条件があまりにも厳しすぎた。1問でも間違えれば、また最初からやり直しだ。クリアするよりも先に、軍資金が尽きることは目に見えていた。
自分クイズは、少しでも多くの問題を聞くために、今回は課金することにした。最大まで課金すれば、制限時間は10分になる。
連続で正解する必要はなく、誤答のペナルティもない。パスも無制限に使える。よって、わかる問題だけに答えていく作戦で挑んだ。
だが、やはり数々の難問がゲンを閉口させた。3回挑戦し、合わせてわずか2問しか正解できなかった。
初めてつかまり立ちができた年月日
○歳○ヶ月のときに行った家族旅行の行き先
幼稚園の年長のお遊戯会で披露した演目
幼稚園の食事前に皆で唱和していた言葉
幼稚園バスの○○号の運転手の名前
小学校の図書館で初めて借りた本のタイトル
小学校のうさぎ小屋で飼われていたうさぎの名前
小学校○年のときの集団登校の班のメンバー
小学校○年の○月○日に忌引きで休んでいた児童の名前
小学校の校庭でブランコの隣に置かれていた遊具
中学校○年の○月の席替えで隣になった生徒の名前
中学校の購買部で初めて購入した年月日とその内容
中学校の5教科それぞれの教科書の出版社
中学校の卒業式で送辞を読んだ在校生代表の名前
転校生の○○がその前に住んでいた市区町村
高校○年の夏の県大会で野球部が負けた相手とスコア
高校○年のときの生徒会会長および副会長の氏名
高校○年の文化祭での○年○組の出し物の内容
高校の体育祭のフォークダンスで最後に踊った相手の名前
高校○年のときに○○の授業を受けた教育実習生の名前
大学時代によく通っていた定食屋の住所と電話番号
同じゼミだった○○の卒業論文のテーマ
大学時代に使っていたテレビのメーカーとサイズ
大学の学歌の3番の歌詞
大学の学位記の番号
初めて契約したPHSの機種名と色
初めて学割を使った年月日とその内容
○年○月○日に荷物を届けに来た配達員の名前
○年○月○日に食べたスナック菓子の商品名
○年○月○日にスーパー○○で買い物をした合計金額
出題されたのは、例えばこのような問題だった。前回と同じ問題は全く出なかった。
問題の大部分を学生時代の出来事が占めているのは、おそらくゲンに就業歴や交際歴がないからだろう。卒業以降自宅警備員一筋で、問題にできそうなのは学生時代だけ。出題者はさぞ苦労したに違いない。
40代も半ばを過ぎたゲンにとって、学生時代は実に四半世紀以上前のことだ。断片的な記憶は残っているものの、忘却の彼方へ消え去ったことのほうが圧倒的に多い。思い出すのは至難の業だろう。
その一方で、書いた小説に関する問題が一切出題されなかったのは、果たして偶然なのだろうか。書きかけにしているとはいえ内容を鮮明に記憶しており、どんな問題でも即答できる自信はあるというのに、残念ながら全く出なかった。
同様に、なぜか趣味嗜好に関連する出題も皆無だった。初めて買った声優のCD、今までに買ったフィギュアの数、壁のポスターの並び順、嫁全員のプロフィールなど、覚えている事柄はかなり多いというのに、何一つ問われなかった。
それらの問題が多く出題されていたら、もしかしたら違う結果になっていたかもしれない。
じゃんけんカードゲームのリベンジに挑んだのも、前回とは別の店だった。基本は同じだが、対戦時のルールが一部異なっていた。前回は5本先取で勝利だったが、今回はHP制で、相手のHPを0にすれば勝ちだった。
じゃんけんに勝てば、カードに記載された数字だけ相手のHPを減らす。あいこだが数字の大小により勝った場合には、その数字の差だけ減らす。
よって、パーの4とグーの2なら4ダメージ、チョキの5とグーの1なら1ダメージ、パーの3とパーの1なら2ダメージを、負けたほうが食らう。
HPの初期値は10。5のカードで一気に半分持って行かれる可能性があるため、最後の最後まで気を抜けない。
前回は1勝もできなかったゲンも、今回は何度か勝利を収めることができた。4や5のカードでダメージを与えられたのが大きかった。
だが、続けて勝つことは容易ではなかった。連勝数に応じて自分と相手の初期HPが変動することが、おそらく最大の要因だろう。
2戦目のHPは、自分が8、相手が12となる。これを無効化あるいは軽減する課金は存在しない。この4HPの差のせいで、ゲンは何度も2連勝を逃した。
一度だけどうにか2連勝できたものの、3連勝は果たせなかった。自分7、相手13という6HPの差は、ゲンにはあまりにも大きすぎた。
「……そーいや、日付が変わったんならこれもいけんじゃねーか?」
冥ナンバーズの看板を見て、1日1回限定で挑戦できることをゲンは思い出した。
早速店内に入り、10Dを支払う。祈るような気持ちで、大きさの異なる10面サイコロ4個を同時に振る。
4つの出目を並べると、なんとゲンの冥ナンバーと一致していた。冥ナンバーを構成する4桁の数字3組のうち、左端のものと全く同じだった。
「……ちくしょー! ふざけんじゃねーぞ! ぬか喜びさせんじゃねーよ、ヴォケが! 勘違いしちまったじゃねーか、ksg!」
ゲンがあらわにしたのは、喜怒哀楽の1番目ではなく、2番目の感情だった。
数字は揃ったが、ゲンは生き返ることができない。サイコロを転がす前に、中央の4桁を指定していたからだ。揃ったのは左端の4桁。だから、失敗だ。選んだ4桁と同じ数字でなければ、成功にはならない。
指定したものとは別の4桁が揃ったということで、ゲンには特別賞が贈られた。その中身は、次回から適用される三大特典だ。料金が半額になる、1日2回まで挑戦できる、3つのうちいずれかと一致すれば成功になる。
これにより、当たる確率は単純計算で従来の3倍になる。1日に挑戦できる回数が2倍に増えることを加味すれば、実際にはもう少し上がるかもしれない。
だが、元々の確率が確率だけに、過度の期待はできない。もう一度当てることは容易ではないだろう。
「ふざけんじゃねー! さっきので運を使い果たしちまって、もー二度と出せる気がしねーよ!!」
ゲンは地団駄を踏んで悔しがった。
「お……?」
ゲンは中央受付がある建物の前を歩いていた。扉の前にはやはり屈強な警備員たちが立っており、許可なき者の立入を防いでいた。もし富雄たちがヨミイクサで勝っていたら、きっとこの中に入れていたのだろうと思うと、残念でならなかった。
ゲンの目に留まったのは、警備員たちと押し問答になっている一人の男だった。男はかなり若そうに見える。すらりと背が高く、それでいて華奢にすら見えるほど細身だった。
その男は、入る資格がないのに入ろうとして止められているわけではなかった。男の首にかけられている冥ナンバーカードは、確かに淡い光を放っていた。いずれかのORZをクリアしたのだろうか、それとも、運よく冥ナンバーくじに当選したのだろうか。
聞けば、男は大食いのORZをクリアしたという。総重量が5キロを超えるカレーライスを、制限時間内に完食した。その細い体のどこに、それだけの量が入るというのだろうか。ゲンにはとても信じられなかった。
男が揉めていたのは、建物の中に入れてもらえないからだ。早く手続をして生き返りたいのに、警備員たちに執拗に足止めされ、先へは進めなかった。
その理由は、何者かが冥界門の外で暴れているからだという。門番や警備兵が何人も倒され、壁の一部に亀裂が走るなど、既に大きな被害が出ているようだ。
門の外にはモッヒョラ坂がある。生き返るためには門を開け、外に出なければならない。だからこそ、男は足止めを食らっていた。
外に出れば男が襲われるだけでなく、開いた門から侵入される可能性もある。ゆえに、今は一時的に門を封鎖し、中央受付も臨時休業している。
「……どー考えてもあいつしかいねーだろjk」
外で暴れているのが誰なのか、ゲンにはすぐわかった。生き返らせたい者が冥界にいて、しかもモッヒョラ坂の場所を知っている。その条件を満たす人物には心当たりがある。
そして、答え合わせの時間は直後に訪れた。
「……カディアはどこだ!? 早くカディアに会わせろ! カディア! カディア!」
遠くからかすかに声が聞こえてきた。その主は、予想どおりの人物だった。
ジェイドだ。ジェイドがモッヒョラ坂を発見し、遂にここまでやって来たのだ。