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かきかけ~作者と愉快な主人公たち~  作者: 蓮井 ゲン
第四章 遥かなる旅路
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135 ヨミイクサ その7

「消えた……?」

 友里恵が怪訝そうな声を上げる。振り下ろした剣が今まさに当たろうかというそのとき、ヨミの姿が忽然と消えてしまったのだ。

 次の瞬間、友里恵は宙に浮き上がった。富雄たちも同じ行動を取っていた。もしそうしていなければ、深刻なダメージを受けていたかもしれない。

 先ほどまで4人が立っていたあたりを、何かがすごい速さで通過していった。何かが風を切る音が、はっきりと聞こえた。


「「負けぬ! 麿は負けぬ! 冥界の王として、麿は負けられるのじゃ!」」

 後方から聞こえてきたヨミの声は、直前までのものとは明らかに異なっていた。今にも消え入りそうな弱々しさは微塵もなかった。よく響く甲高い声と男性のような低い声が混ざっており、まるで2人が同時に話しているかのようだった。

 変化していたのは声だけではない。外見もだ。ヨミの頭は2つに増えており、各々の額には第三の目が出現していた。左右の肩からは腕がもう1本ずつ生えており、全部で4本になっていた。

 先刻までの衰弱が嘘のように、ヨミは完全に回復しているように見えた。いつになく激しい闘志を漲らせているようにも見えた。その全身からは、黒いオーラのようなものが湯気のごとく立ち上っていた。


「「さあ、かかってくるがよい! 麿のまことの力、見せてやろうぞ!」」

 2つの頭が同時に叫ぶ。やはり高い声と低い声が重なって聞こえた。

 それと同時に、ヨミの4本の手それぞれに、黒い剣が現れた。これまでヨミの武器は不可視だったが、どういうわけか今回ははっきりと見えた。

「……みんな、行くぞ」

 富雄の号令とともに、4人は一瞬のうちに剣、鎧、兜で身を固めた。富雄のそれは炎、友里恵は風、寛一は土、美也子は氷でできている。いずれ劣らぬ高性能揃いだ。

 相手の出方を窺うかのように、ヨミも富雄たちも睨み合ったまま動かない。



「ヨミ陛下、変身ですっ! 頭が2つ、目が6つ、腕が4本というお姿に変身ですっ! これは驚きましたっ! 本当にびっくりですっ!」

 驚いているとは思えないような口調で、ヨミリが叫ぶ。変身後のヨミを見るのは、これが初めてではないのかもしれない。


「マジかよ……。あれで終わりだったんじゃねーのかよ……」

 ゲンは驚きと落胆を隠さない。勝利を確信していただけに、ショックは大きかった。

 仲間たちも言葉を失っていた。ほんの数秒前までのお祭りムードがまるで嘘のように、観客席はしんと静まり返っていた。


「変身するとか聞いてねーぞ……。嫌な予感しかしねーじゃねーか……」

 最悪の事態が、ゲンの頭をよぎった。

 変身により、ヨミは大幅にパワーアップしたに違いない。そうでなければ、富雄たちが完全武装するはずがない。

 富雄たちはめったに防具を身につけない。動きにくさや着心地の悪さなどが主な理由だ。そうしなければ極めて危険な強敵と対峙したときなど、装備する場面は限られる。

 すなわち、ヨミはそれだけ厄介な相手ということだ。変身後の姿から、並々ならぬ強さを感じ取ったのかもしれない。



「……行くわよ!」

 最初に動いたのは友里恵だった。一瞬でヨミの背後に移動すると、剣を振り下ろす。それをヨミは振り向くこともなく剣で防いだ。

 間髪を入れず富雄、寛一、美也子も斬りかかったが、それぞれ別の剣に止められた。4人による4方向からの攻撃を、ヨミは4本の剣ですべて受け止めていた。

 次の瞬間、富雄たちは一斉に飛び退いていた。ほんのわずかでも反応が遅れていたら、串刺しになっていたかもしれない。ヨミ周辺の床から、まるで剣山のように無数の黒い針が飛び出してきたのだ。


「「やるではないか!」」

 そう言い終わったとき、ヨミは上空にいた。6つの目が富雄たちに鋭い視線を飛ばしている。

 すかさず富雄たちも後を追い、再び斬りかかる。やはりヨミは4本の剣ですべて受け止めた。

 息の合った動きで、富雄たちはさらに激しく攻め立てるが、命中させることはできなかった。

 ヨミの4本の腕は、まるでそれ自身が意思を持っているかのように自在に動き、富雄たちの攻撃を全く寄せ付けなかった。



「これはすごいですっ! 4選手の攻撃が、ヨミ陛下にすべて防がれていますっ! 四方八方からの攻撃も、ヨミ陛下には当たりませんっ!」

 ヨミリが声高らかに叫ぶ。


「ヨミのやつ、たった1回の変身でめちゃくちゃ強くなってんじゃねーか……! あと何回変身を残してんだ? 2回か? 3回か? あれ以上強くなったらさすがにやべーぞ……!」

 ゲンは思わず立ち上がった。仲間たちからも大きなどよめきが起きた。

 変身後のヨミは、予想以上に強くなっていた。頭と目、腕が少し増えただけだというのに、能力は何倍にも跳ね上がっていた。



「……!」

 4人同時に剣を止められた直後、富雄たちは瞬時にヨミから距離を取った。もしそうしていなければ、ヨミの体から唐突に飛び出したチェーンソーのような回転刃に、その身を切り裂かれていたことだろう。

 ヨミはじっと耐えながら、ひたすら反撃の機会を窺っていたのかもしれない。しかし、カウンターを決めることはできなかった。ことごとく攻撃を防がれながらも、富雄たちは冷静さを失っていなかったようだ。


「効かぬ!」

 ヨミは突然高度を上げた。直前までいた場所に炎の渦が出現したのは、その次の瞬間だった。

 すかさず4本の剣を振る。正面を向いたままだというのに、背後や頭上から飛来した風の刃、石の槍、氷の矢を、次々と正確に弾き飛ばした。

 ヨミは一瞥すらすることなく、流れるような動きで富雄たちの攻撃をすべて凌いだ。


「「御前たち、どうしたのじゃ? 手加減しておるのか? 遠慮はいらぬぞ。さあ、全力でかかってくるがよい!」」

 富雄たちを挑発するような言葉を発すると同時に、ヨミの姿が消えた。

 次の瞬間には、富雄たち4人の姿も消えた。

 そして、両者はさらに激しい戦いへと突入した。




「これはすごいですっ! 速すぎて何も見えないですっ! これでは実況できませんっ! ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!」 

 謝意を全く感じさせない、ヨミリのハキハキした声が響く。

 戦いはあまりにも速すぎて、目で追うことができなかった。ゲンに見ることができたのは、縦横無尽に動き回る、赤、白、茶、青、黒の5つの色だけだった。

 果たしてどちらが優勢なのだろうか。他の4色が黒を取り囲んでいるように見えるものの、黒の勢いは全く衰えていなかった。

「ハッハッハ! すごいじゃないか! 速すぎてよく見えないぞ!」

「神の末裔である我の目をもってしても、動きが捉えられぬとは……!」

 超人的な動体視力を持っているであろうサトルやディオンでさえも、5人の姿を見ることはできないようだ。

 目にも留まらぬ速さで繰り広げられる戦いの成り行きを見守ること以外に、ゲンたちにできることは何もなかった。





「「おのれ……。御前たちごときに、麿がかほどまで手こずらされようとは……」」

 ステージ上で、ヨミは苦しそうに肩で息をしていた。2つの顔に色濃く表れた疲労感が、戦いの激しさを物語っていた。

 両方の第三の目が潰れている以外に、負傷らしきものは見当たらない。富雄たち4人がかりの猛攻を、最小限の損害で切り抜けたようだ。


「強い……。なんて強さなの……」

 友里恵が悔しそうな声を上げる。

 富雄たちも息が上がっていた。ヨミと同じように、その顔には疲労の色が濃く滲んでいた。

 攻撃を受けた跡なのか、防具のあちこちが黒く変色していた。富雄たちが一瞬で新しい武具を作り出せることを考えれば、実際にはもっと多くの攻撃を食らっているのかもしれない。鎧の性能が低ければ、とっくに負けていただろう。


「「麿は負けぬ……! 冥界の王として、麿は負けるわけにはいかぬのじゃ……!」」

 ヨミがそう叫んだ瞬間、床から伸びてきた黒い不気味な手に、富雄たちは両足を掴まれた。

 4人の鎧に触れた相手は、火炎や冷気などで痛烈な反撃を受ける。もちろん足を掴んだ手も例外ではないはずだ。だが、全く効いていないように見えた。

 富雄たちはすぐに振りほどこうとしたが、手はがっちり掴んで離さない。剣や技で何度も攻撃したが、移動の自由を取り戻すことはできなかった。


「「無駄じゃ! それは死人の動きを必ず封じる技じゃ! いかな手段を用いようと、死人である御前たちは決してその技から逃れられぬぞ!」」

 ヨミは勝ち誇ったように叫んだ。

 富雄たちがどれだけ強かろうと、死人であることは如何ともし難い。すなわち、どうあがいても掴まれた足の拘束が解かれることはない。



「と・み・お! と・み・お!」

 リズムよく手を叩きながら、ゲンは声を張り上げていた。

「ゆ・り・え! ゆ・り・え!」

 他の脱落者たちも同様だった。誰もが声を限りに叫んでいた。

「ひ・ろ・かず! ひ・ろ・かず!」

 富雄たちのためにできることは、これくらいしかなかった。

「み・や・こ! み・や・こ!」

 わずか100人足らずでは、割れんばかりの声援にはほど遠い。

 だが、多少なりとも勇気づけることくらいはできるだろう。

 仲間の勝利を信じ、ゲンたちは声を出し続けた。



「「これで仕舞いじゃ! これは死人を必ずや斃す剣ぞ! 覚悟するがよい!」」

 4本の腕それぞれに、再び剣が現れる。その刃は大きく湾曲し、黒く不気味に光っていた。

 そして、ヨミの全身から、かつてないほど大量のオーラが立ち上った。


「……みんな、次の一撃にすべてを懸けるんだ。俺たちが勝つには、それしかねえ」

 富雄の言葉で、4人は剣を構えた。覚悟を決めたような表情で、ヨミを見据える。

 今の富雄たちにできるのは、この場所でヨミを迎え撃つことだけだ。機動力は完全に封印された。もう逃げることも避けることもできない。まさに背水の陣だ。勝負を決めに来るヨミに対し、ありったけの技を叩き込むしかない。

 おそらく次の攻防で決着を見るだろう。動けない富雄たちが圧倒的に不利なのは間違いないが、真っ向勝負なら勝敗にはさほど影響しないかもしれない。残る力のすべてを攻撃に割り振れるという点が、むしろ有利に働く可能性もある。


「「ゆくぞ……!」」

「来い……!」

 次の瞬間、何かがぶつかり合うような音とともに眩い光が辺り一面に放出され、見る者の視界を奪った。

「うぉっ……!」

 直視できないほどの強烈な眩しさに、思わずゲンは顔を背けた。

 そして、その光が消えたとき、勝敗は決していた。勝者は……。





 ヨミイクサが幕を閉じた。ゲンたちは念願の宝珠を手に入れることができた。死の宝珠だ。やはりヨミが持っていた。

 集まった宝珠は、これで13個になった。残るは5個。まだまだ先は長いとはいえ、ようやく終わりが見えてきた。

 だが、ゲンは手放しでは喜べなかった。宝珠だけしか手に入らなかったからだ。生き返る権利を得ることはできなかった。

 

 ヨミイクサの勝者は、ヨミだった。ヨミは悪夢を払拭し、見事100連勝を達成した。富雄たちは最後の最後で競り負けた。

 ヨミは強かった。冥界王の名に恥じぬ強さだった。富雄たち相愛戦士4人が死力を尽くしても、勝利を掴むことはできなかった。

 負けたにもかかわらず宝珠が手に入ったのは、ヨミの気紛れに他ならない。富雄たちの健闘を称え、褒美として下賜されたのだ。


「ちくしょー……。ちくしょー……」

 ゲンは譫言のように何度も同じ言葉を繰り返していた。宝珠が手に入ったことは非常に喜ばしいが、生き返れなければ何の意味もない。

 生き返るためには、例のOZRを突破しなければならない。それがいかに難しいことであるかを、ゲンは身を以って体験している。クリアすることなど、限りなく不可能に近い。

 100連勝に気を良くしたヨミが、早々に次のヨミイクサを開催する可能性ならあるかもしれない。だが、富雄たちですら勝てなかったヨミを倒すことは、困難を極めるだろう。

 ゲンの前途に、再び黄色信号が灯った。

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