132 ヨミイクサ その4
いつもありがとうございます。
バトルシーンを書くのが苦手なこともあり、いつも以上に更新に時間がかかってしまいました。
気長にお待ちいただけると幸いです。
よろしくお願いします。
「……愚かな!」
突然、ヨミは横に跳んだ。もしそうしていなければ、背後から振り下ろされた巨大な剣に、その身体を両断されていたかもしれない。
攻撃の主は、伝説の戦士サトルだった。一瞬でヨミの背後に回り込み、剣を作り出し、そして振り下ろしていた。
「ハッハッハ! なかなかやるじゃないか!」
サトルは笑いながら、手からエネルギー弾のようなものを飛ばした。それをヨミは手で弾き飛ばす。
「さすがだな! では、どんどん行くぞ!」
サトルは両手を交互に突き出しながら、次々と弾を撃ち出す。ヨミはこともなげにすべて弾き飛ばした。
「では、これはどうかな?」
サトルが指を鳴らすと、弾き飛ばされたはずのエネルギー弾が一瞬で集まり、ヨミを取り囲んだ。
「さあ、一気に決めるぞ!」
再度指を鳴らすと、ヨミの周囲で一斉に爆発が起きた。ヨミの姿が一瞬で爆煙の中に消える。
「ハッハッハ! まだまだ!」
サトルは爆煙の中に向けて、再びエネルギー弾を連続で繰り出した。いくつもの爆発が立て続けに起きたのは、おそらくヨミに命中したからだろう。
「では、そろそろ終わりにするぞ!」
サトルは再び剣を作り出した。刃はかなり長い。爆煙の中にいるヨミにも、余裕で届く長さだ。
そして、果たしてサトルはそれを振り下ろした。途中で剣の動きが止まったのは、ヨミが受け止めたからに違いない。
「……ソコカ! クラエ!」
メンデスが口を大きく開け、ヨミがいるであろう場所に向かって火を吐いた。
おそらく命中したのだろう。轟音とともに真っ赤な火柱が上がった。
「……暗黒の焔よ、すべてを焼き尽くし、虚無に還せ! エターナルフォースブレイズ!」
続いてヴァルツが両手を突き出す。今度は黒い火柱が上がる。
「……無駄じゃ!」
ヨミの声は頭上から降ってきた。ヨミはいつの間にか上空に移動し、難を逃れていた。
「かような技、麿には――」
「ハッハッハ! 逃がさないぞ」
ヨミの前に現れたのは、サトルだった。ステージ上にいたはずだが、一瞬で上空に移動していた。サトルは瞬間移動だけでなく、空を飛ぶこともできるようだ。
サトルは再び剣を作り出すと、ヨミに斬りかかった。ヨミは見えない何かでそれを受け止める。おそらくは剣だろうと思われるが、全く見えない。やはり冥界の住人にしか見ることができないのだろう。
「ハッハッハ! なかなかやるな!」
サトルはさらに連続で攻め立てるが、ヨミは不可視の武器ですべて受け止めた。
「サトル選手とヨミ陛下が、激しい攻防を繰り広げていますっ! どちらもすごいですっ!」
ヨミリの実況は興奮に満ちていた。
「……人の子よ、我も力を貸してやろう」
2人のそばに現れたのは、ディオンだった。もちろん宙に浮かんでいる。その手に握られているのは、雷のような形をした、黄色く輝く剣だった。
「ハッハッハ! それはかまわないが、私の邪魔だけはしないでくれよ?」
「無論だ!」
サトルの反対側から、ディオンもヨミに斬りかかった。ヨミはその攻撃も見えない武器で受け止める。二刀流だ。片手でサトルの攻撃を受け止めながら、もう片手でディオンの剣戟を防いだ。
即席コンビとは思えないほど息の合った動きで、2人はさらに立て続けに剣を振るう。ヨミはその攻撃をことごとく受け止めた。かなりの体格差があるというのに、全く力負けしていなかった。
「サトル選手とディオン選手、2人がかりの猛攻ですっ! しかし、すべてヨミ陛下に防がれていますっ!」
ヨミリが熱く叫んだ。
「……さあ、汝たちも攻めるのだ! 遠慮など無用!」
「ハッハッハ! 私たちのことは気にしなくていいぞ!」
2人はなおもヨミを攻めながら、ステージ上で見守る他の挑戦者たちに向かって叫んだ。
「イクゾ!」
その応援要請に、いち早く応えたのはメンデスだった。両目から真っ赤なビームを放つ。しかし、ヨミには当たらなかった。
ヨミはビームをよけた。サトルとディオンの2人を同時に相手し、しかもメンデスのほうを一瞥することもなく、そのビームをかわした。
メンデスはさらに光線を飛ばすが、やはりヨミにことごとく回避された。
「……深黒の刃よ、すべてを穿ち貫き、破滅へ導け! エターナルフォースブレイド!」
ヴァルツが両手を突き出す。と同時に、その周囲に無数の剣が現れた。彼が操る炎と同じ、真っ黒い色の剣だ。それが一斉にヨミへと飛んでいく。しかし、敵を穿ち貫くことはできなかった。
ヨミに当たる寸前で、剣は次々と消滅した。まるで見えない武器で迎撃され、粉々になったかのようだった。サトルたちを相手にしながら、さらにヨミが何らかの技を繰り出したのだろうか。
ヴァルツはなおも剣を飛ばすが、見えない何かにすべて阻まれた。
「これはすごいですっ! サトル選手とディオン選手に続き、ルリカ選手の使い魔メンデス選手とヴァルツ選手も、ヨミ陛下に激しい攻撃を仕掛けていますっ! 4人がかりの猛攻ですっ! しかし、それでもヨミ陛下には当たっていませんっ!」
ヨミリはやや上ずったような声で叫んだ。
「……あいつら、高みの見物すんなたー言わねーが、ちったー空気読んでもいーんじゃねーか? ヨミはもー無理ぽみてーだし、今行きゃ余裕で勝てんだから、とっとと行きゃいーじゃねーかよ」
ゲンは独りごちた。富雄たち相愛戦士はまだ動こうとせず、ただじっと戦況を見守っている。それがゲンにはもどかしかった。
何人もの挑戦者から同時に攻撃され、ヨミはかなり苦しいはずだ。これ以上攻め手が増えれば、さすがにもう耐えきれないだろう。今富雄たちが参戦すれば、あっという間に決着する可能性が高い。
にもかかわらず、4人は全く動こうとしない。早く勝って生き返りたいゲンには、富雄たちの意図が理解できなかった。
「あたしも行くよ~! 禁呪、トイフェルハント!!」
マギアが杖の先で空を指した。その直後、上空で戦うヨミたちのさらに頭上の空間に、裂け目のようなものが出現した。
サトルとディオンがヨミから距離を取るのと、ヨミに向かって裂け目から黒い巨大な手が伸びるのとは、全くの同時だった。手はあっという間に裂け目の中に消え、次の瞬間には裂け目も消滅していた。
そして、いつの間にかヨミも消えていた。先ほどの巨大な手に掴まれ、裂け目の中に引きずり込まれたのだろうか。
「……愚か者どもが! 麿はここじゃ!」
ヨミが姿を現したのはステージの上、召喚獣を従えた少年少女たちの背後だった。
「麿は負けぬ!」
ヨミが叫んだ。
「……効かないよ。この子たちが見えない力で僕たちを守ってくれてるんだ」
一人の少年が笑った。
何が起きたのかは全く見えないが、おそらくヨミが何らかの技を放ち、召喚獣たちがそれを防いだのだろう。見かけによらず、その能力は侮れないようだ。
「さあ、みんな! 行って!」
号令とともに、召喚獣たちは一瞬でヨミを取り囲んだ。デフォルメされたかわいらしい見た目をしているとはいえ、数が多い。囲まれればかなりの威圧感があるだろう。
召喚獣たちがそれぞれの得意技を、四方八方から一斉に繰り出す。火炎、吹雪、竜巻、電撃、閃光、岩石、地震、衝撃波、爆弾、粘液、毒針、超音波など、実に多種多彩だ。小さな爆発がいくつも起き、ヨミの姿を覆い隠した。
召喚獣たちはさらに次々と技を叩き込む。色とりどりの攻撃が重なり合うその光景は、幻想的にすら見えた。
「……おのれ、鬱陶しい獣どもじゃ!」
いつの間にか、ヨミは上空に逃げていた。眼下にひしめく召喚獣たちを、憎らしそうな表情で睨みつける。
「麿がまとめて――!」
「ハッハッハ! ボディががら空きだぞ?」
その横に突如として出現したサトルが、間髪を入れず右足を振り抜く。よける間もなく腹を強かに蹴られたヨミは、体がくの字に曲がった体勢で大きく吹っ飛ばされた。
「ハッハッハ! まだまだ!」
サトルは攻撃の手を緩めない。体勢を立て直して踏みとどまろうとするヨミのそばに一瞬で移動すると、追い討ちをかけるように再び蹴りを入れた。
ヨミはさらに吹っ飛ばされ、瓦礫の山に突っ込んだ。破壊された巨大ロボット、レコプスの残骸が積み上がってできた山だ。
大きな音を立てて山の一部が崩れ、いくつもの破片が飛び散った。
「……審判の神雷!」
すかさずディオンが右手を掲げると、複数の雷が瓦礫に落ちた。
「……純黒の雷よ、すべてを消し去り、深淵に堕とせ! エターナルフォースブリッツ!」
続いてヴァルツが右手を上げる。真っ黒い雷が残骸の山を直撃した。
「これで終わりだよ~! 禁呪、ブラックホール!」
マギアが杖を振りかざすと、渦を巻くように回転する黒い雲が、山の上に現れた。
次の瞬間、残骸たちが一斉に浮き上がったかと思うと、あっという間に雲の中へと吸い込まれていった。雲が消え去ったときには、そこにはもう何も残っていなかった。
ヨミの姿も見えない。残骸とともに雲の中に吸い込まれてしまったのだろうか。
「おのれ……。御前たちごときに、この麿がここまで手こずるとは……」
挑戦者たちの前に姿を現したヨミが、悔しそうに吐き捨てた。目立った外傷こそ見られないが、その顔には明らかな疲労の色が浮かんでいた。
ヨミはかなりの苦戦を強いられているようだ。防戦一方に追い込まれている。昨夜見たというヨミイクサで何者かに敗れる夢が、このままでは現実になるかもしれない。
「ハッハッハ! なかなかやるな! あれだけの攻撃を受けて立っているとは、さすがだな!」
「冥界の王よ。神の末裔である我を相手に、汝は最後までよく戦った。褒めてやろう」
「本当になんてしぶといのかしら! さっさとくたばって、ルリカを生き返らせてちょうだい!」
「キサマニカチメハナイ。アキラメロ。コレイジョウタタカッテモ、ジカンノムダダ」
「当然だ……。貴様はここで滅びる定め……。闇に呑まれ、虚空に散るがいい……」
「あたしの禁呪を耐えるなんてすごいね~。びっくりだよ~」
挑戦者たちは誰しもが余裕の表情だった。
「だが、麿は負けぬ! 麿には奥の手があるのじゃ! これを見るがよい!」
次の瞬間、ヨミを守るように現れた者たちがいた。男が2人、女が2人。合わせて4人だ。まるで魂が抜けたかのように、虚ろな表情をしていた。
「なんですって!? これは一体どういうことですの!?」
「ハッハッハ! そうか、そう来たか! これは驚いたな!」
「汝たち、もしやこの我に仇なすつつもりか……?」
現れた4人に対し、挑戦者たちの口から驚きの声が飛び出した。
「麿には御前たちの強さが見える。麿の目には、御前たちの強さが数字で映っておる。御前たちは強い。口惜しいが、麿を凌駕する者もおるようじゃ」
ヨミは挑戦者たちを鋭い視線で見回す。
「ハッハッハ! それは私のことか? 当たり前だ! 私は伝説の戦士だからな!」
サトルは誇らしげに胸を張った。
「無論だ。神の末裔であるこの我が、汝ごときに負けるはずがない」
ディオンは鼻で笑った。
「だが、こやつらはさらに強い。御前たちよりもはるかに強い。まさに桁違いの強さじゃ!」
ヨミは、周囲にいる4人の男女を顎で指した。
「ゆえに、麿はこやつらの心を操っておる。こやつらは麿の忠実なるしもべじゃ。これより先、御前たちの相手は麿ではない! こやつらじゃ!」
ヨミの言葉に反応したのか、4人の男女は油断なく身構えた。
「言うたはずじゃ! 御前たちは麿に勝てぬ! 此度のヨミイクサも、勝つのはこの麿じゃ!」
ヨミの口元に、かすかな笑みが浮かんだ。
「……どーゆーことだ? どーして富雄たちはヨミのとこに行ったんだ?」
ゲンには状況が理解できなかった。ヨミたちの声は、観客席まで届かない。会話の内容が全くわからなかった。
突然富雄たちの姿が消えたかと思うと、次の瞬間にはヨミのそばに現れていた。そして、今はヨミを守るかのごとく身構えている。
「もしかして、そーゆーことか……? こりゃやべーな……」
4人はヨミに操られているのではないかと、ゲンは思った。状況から見て、そうとしか考えられなかった。絶好の勝機を目の当たりにしても動こうとしなかったのは、その時には既に操られていたからなのかもしれない。
富雄たちなら絶対にヨミに勝てると思っていた。だが、操られてしまったのであれば勝利は絶望的だ。もしかしたらヨミを欺くために操られているふりをしているのかもしれないが、その可能性はおそらく限りなく低いだろう。
敗北の2文字が、ゲンの頭をよぎった。