131 ヨミイクサ その3
「おっと……」
ゲンはよろめいた。ズシンという重い音とともに、強い振動が両足に伝わってきた。上空で合体したロボットが、ステージに降り立ったのだ。
安全圏と思える位置まで退避したというのに、それでもこの衝撃だ。間近にいたら一体どうなっていただろうか。コスプレイの5人がレコプスと呼んでいたロボットは、それほどまでに重厚だった。
その巨大さは遠目にもよくわかった。高さは何十メートルあるのだろうか。現実世界でゲンが住む町の、どの建物よりも高いように感じられた。
だが、ヨミは全く恐れていないように見えた。至近距離に降り立った山のような巨体にも、全く動じていなかった。
「冥界王ヨミ! お前に恨みはないが、ここで倒させてもらうぞ! 俺たちには、世界の平和を守るという大切な使命がある! お前に勝って、みんなで生き返るんだ!」
リーダーである赤色の声が、ロボットから聞こえてきた。どこかにスピーカーが付いているのだろう。かなりの大音量だった。
彼らはつい先ほどまでステージ上にいたはずだが、今はレコプスの中にいる。一体いつどうやって移動したのだろうか。ゲンには全くわからなかった。
「愚か者どもが! 麿に勝てると思うてか! 御前たちに麿は倒せぬ!」
「勝手に決めつけるな! やってみなければわからないだろ!」
次の瞬間、レコプスの至るところから銃口が姿を現し、一斉に火を吹いた。無数の弾丸がヨミに降り注ぐ。先ほどの第3小隊のそれとは比較にならないほどの弾幕だ。だが、その中に身動き一つせず立っているヨミは、全く傷ついていないように見えた。
「巨大ロボットが降らせる弾丸の雨も、ヨミ陛下には効いていないようですっ!」
ヨミリが興奮気味に叫んだ。
「なかなかやるな! では、これはどうだ!」
次に繰り出された攻撃は、いわゆるロケットパンチだった。レコプスの右腕の手首から先が切り離され、ヨミに向かって飛んでいく。
手首から先だけとはいえ、小さなトラック並みの大きさはあるだろうか。それに加えて、かなりの重量と速度が備わっている。直撃を受ければひとたまりもないだろう。
「おのれ! 小癪な真似を!」
ヨミは逃げない。逃げるどころか、その場で両手を突き上げた。そして、次の瞬間、ヨミは巨大な拳を受け止めていた。
ヨミの全身には、想像を絶する衝撃が加わっているに違いない。周囲の床に無数の亀裂が走っていることが、それを如実に物語っていた。
ヨミに受け止められて完全に動きが止まったレコプスの右拳は、引き寄せられるかのように一瞬で元の場所に戻った。そして、次の瞬間には左の拳が飛んでいた。
「無駄じゃ!」
やはりヨミは逃げることなくその巨大な塊を受け止めた。床の亀裂がさらに広がる。
勢いを失った左拳は一瞬で腕まで戻り、すかさず右の拳が飛んだ。またしてもヨミは受け止めた。
「巨大なパンチがヨミ陛下を襲っていますっ! これはすごい攻撃ですっ!」
絶叫のようなヨミリの実況が響き渡る。
「生身であれを受け止めるとか、ガチでバケモンじゃねーか……!」
離れていても、ヨミの異様な強さは十分に伝わってきた。まさに異次元だった。ロケットパンチを受け止めることなど、常人にできるはずがなかった。
とはいえ、ヨミもかなり苦しそうだ。パンチを受け止める位置が、少しずつ自身に近づいているように見える。耐えられなくなるのは、時間の問題かもしれない。
「……このまま何もせずに終わっては、勇者の名が廃る! みんな、行くぞ!」
これまで全く存在感のなかった勇者一行が、ようやく動き始めた。勇者、戦士、盗賊、弓使い、僧侶、魔法使いと思われる6人が、一斉にヨミに向かっていく。
そして、一行は攻撃を始めた。ロケットパンチが当たらない安全な位置から、勇者と戦士の剣技が、盗賊のパチンコが、弓使いの矢が、僧侶と魔法使いの魔法が、次々とヨミを襲う。
そのすべてが命中したように見えるが、たいして効いていないのかもしれない。ヨミは必死の形相でロケットパンチを受け止め続けていた。
「目障りじゃ! 消えよ!!」
ヨミが一喝すると、勇者一行は全員同時に倒れた。不可視の攻撃を受け、気絶したのだろう。
いつどうやって技を出したのか、全くわからなかった。パンチを受け止める以外の行動を、ヨミは一切取っていないように見えた。
「『勇者エディと愉快な仲間たち』の皆さん、脱落ですっ!」
ヨミリの実況が場内に響く。
「……この俺が決めてやる!」
痺れを切らしたように、ランクスが飛び出した。
「拙者も助太刀に参るでござる!」
キョウザもそれに続く。
「今しかないわ! 一気に攻めるわよ!」
2人を追って、ミトも駆け出した。さらに、ニケ、アドリー、イザーク、レイナも次々とそれに従う。
「オレも乗るっきゃねーな、このビッグウェーブに!」
仲間たちに触発され、ゲンも走り出した。今が絶好のチャンスだと思った。
ゲンの作戦は決まっている。ヨミを攻撃するのではない。攻撃したところで、どうせ効かないことは目に見えている。だからこそ、妨害するのだ。
ヨミは今、必死にレコプスのロケットパンチを受け止めている。そのために、全神経を集中させているはずだ。よって、笑わせるなり驚かせるなりしてヨミの気を散らすことができれば、おそらくこの戦いは終わるだろう。
ただ、ヨミの攻撃には要注意だ。いつどこから飛んでくるかわからない上に、目には見えない。さらに、一撃で気絶するほどの高い威力を誇る。食らえば終わりだ。攻撃される前に決めるしかない。
仲間たちが攻撃を受けて次々と脱落していく中、ゲンはヨミの正面に回り込むことができた。そこでヨミと一瞬だけ目が合う。
「……よっしゃ! ここでオレの――!」
とっておきの変顔を披露しようとして、ゲンは妙な胸騒ぎを覚えた。思わず体の前に剣を構える。
次の瞬間、何かが当たったような衝撃を感じた。ヨミの不可視の技が、今まさに飛んできたのだ。偶然とはいえ、どうにか剣で防ぐことができた。
だが、そこまでだった。直後に背後から飛んできた攻撃を、ゲンは察知することができなかった。背中に痛みが走り、そのままゲンは気絶した。
「ちくしょー。やられちまったじゃねーか……」
気がつくと、ゲンは観客席に座っていた。気絶により脱落となり、ルールに従い観客席に送られたのだ。
攻撃を受けたはずの背中に、痛みはない。背中に手を回して触ってみたが、負傷している様子もなかった。
近くにいる仲間たちを見ても同じだった。気絶する、すなわち死亡するほどのダメージを食らったというのに、誰もが無傷だった。開戦前と何一つ変わらぬ姿で、席に座っていた。
気がつけば、ゲンも含めて仲間たちの大半が脱落していた。残っているのは富雄たち相愛戦士4人だけだ。富雄たちがヨミ倒してくれることに期待するしかない。
「……ヨミ陛下、大ピンチですっ!」
ヨミリの絶叫が聞こえた。ゲンがステージに視線を移すと、戦いは新たな局面を迎えていた。いつの間にか、レコプスはロケットパンチをやめ、自身の巨体でヨミを踏み潰そうとしていた。
レコプスの右足とステージの間に、隙間ができているのがわかる。その隙間で必死に抵抗しているヨミの姿が、わずかに見えた。
巨大ロボットの重量は想像もつかないが、ロケットパンチの比ではないことだけは確かだ。それを受け止めようとするなど、無謀以外の何物でもない。
次の瞬間、果たして隙間は完全に消滅した。レコプスの右足が、大きな音を立ててステージに着地した。さらに、まるで煙草の火を消すかのように、その右足をレコプスは何度もにじる。
「……ヨミイクサ、糸冬了! オマエら、乙!」
ゲンは満面の笑みで立ち上がった。
「いや、あれを見ろ! 頭の上だ!」
誰かの声がした。見ると、レコプスの頭頂部にヨミらしき人物が乗っていた。
レコプスの巨体が崩れ去り、一瞬で瓦礫の山と化したのは次の瞬間だった。
「巨大ロボ、撃破っ! コスプレイの皆さん、脱落ですっ!」
ヨミリの興奮は最高潮に達しているようだった。
「なん……だと……?」
ゲンは声を震わせた。
ヨミの強さは想像以上だった。レコプスの攻撃を受け止めるだけでなく、一瞬で粉砕するとは思ってもみなかった。まさに異次元の強さだ。
本当にヨミを倒すことができるのか、その方法は実在するのか、不安にならずにはいられなかった。
「……見たであろう、これが麿の力じゃ!」
残る挑戦者たちの前で、ヨミは誇らしげな表情を見せた。先ほどまでレコプスを相手に大立ち回りを演じていたというのに、疲労の色はどこにも見られなかった。
「何度も言わせるでない。御前たちでは麿にーー」
「……さあ、僕たちの出番だよ。フォールズ魔法学院2年C組の力、今こそ見せてやろう」
ヨミの言葉を遮って、制服姿の若人たちが動いた。30人近くいるだろうか。小脇に抱えていた分厚い書物を一斉に開くと、それぞれの本からモンスターが飛び出した。
グリフォン、ゴーレム、ペガサス、キメラ、ドラゴン、ケルベロス、ガルーダ、フェニックス、コカトリス、マンティコア、オーガ、サイクロプス、ヴァンパイア、死神、半魚人、狼男、大蛇、天狗、妖精など、その種類は多岐に渡る。どの召喚獣もかなりデフォルメされており、見た目はとてもかわいらしい。
召喚主と召喚獣は互いに寄り添い合い、油断なく身構えた。
「おーっほっほっほっほ! 仕方ありませんわね! ルリカの力も見せて差し上げますわ!」
赤いドレスを着た女性も動いた。高笑いとともに、髪を掻き上げる。
「さあ、出てらっしゃい! ルリカの使い魔、メンデス!」
ルリカが右手を突き出すと、羊に似た頭を持つ悪魔が、目の前に現れた。
「アルジヨ、ワレニナニヨウダ?」
「メンデス! あの女をやっつけてちょうだい! あの女がいる限り、ルリカは生き返ることができませんの!」
「ギョイ。アルジニショウリヲトドケヨウ」
メンデスと呼ばれた悪魔は、不気味に笑った。
「いいだろう……。俺も見せてやる……」
サングラスをかけた、全身黒ずくめの青年が口を開いた。
「俺は漆黒の堕悪魔ヴァルツ……。俺の両腕が疼いている……。貴様を虚無の深淵に堕とせと、俺に囁きかけてくる……」
ヴァルツと名乗った男が両手を広げる。次の瞬間、両方の掌で炎が激しく燃え上がった。闇のように真っ黒い炎だ。
「貴様に破滅と終焉をくれてやる……。さあ、闇の焔に焼かれ、永久に朽ち果てるがいい……」
両手を広げたまま、ヴァルツはポーズを決めた。
「我はディオン。神の末裔だ。我には神の力が宿っている」
発言の主は、全身にタトゥーを入れた長身の男だった。
「神の力は偉大だ。冥界の王など、神の力の前では赤子も同然」
男は両手を合わせ、祈りを捧げた。次の瞬間、背後に後光のような光が差した。頭の上には光輪のような輪っかが現れた。
「さあ、これより神の審判を始める。冥界の王よ、覚悟するがいい」
ディオンはヨミを指差し、微かに笑った。
「ハッハッハ! こう見えて、実は私は伝説の戦士なのだよ。驚いたかい? ハッハッハ!」
声も高らかに笑い始めたのは、ゲンと同年代に見える、サラリーマン風の男だった。
「それでは、見せてあげよう。……はあっ!」
男は両手を組み、気合いを入れる。すると、髪が逆立ち、体中から金色のオーラが迸り出た。同時に、凄まじい殺気が周囲に放たれる。
「ハッハッハ! どうだ、驚いたかい? 私はサトル! 伝説の戦士サトルだ! この伝説の力を使って、今から君を倒してあげよう! ハッハッハ!」
サトルは再び声高らかに笑った。
「じゃ、あたしもやるよ~」
露出度の高い衣装を着た魔女が声を上げた。
「あたしは、禁呪専門の魔術師マギア~。あたしの使う魔法はどれもすごいから、もしかしたらこの世界が消えちゃうかもよ~?」
マギアと名乗った魔女は、持っている杖をバトントワリングのようにくるくると回し始めた。
「じゃ、始めるよ~!」
杖を構え、マギアは片足を上げてポーズを決めた。
個性豊かな挑戦者たちが、続々と名乗りを上げる。ヨミの圧倒的な強さを目の当たりにしてもなお、戦意を失っていないようだ。
だが、富雄たち4人がそこに加わることはなかった。じっと様子を見ている。このまま最後まで静観に徹し、満を持して大トリを務めるつもりなのかもしれない。
「おのれ……!」
ヨミはかなり苛立っているように見えた。不愉快そうな表情が、顔全体に広がっていた。
「どやつもこやつも目障りじゃ! まとめてかかってくるがよい!」
ヨミが一際険しい表情で叫んだ。