127 冥界 その5
「……ん? じゃんけんカードゲーム?」
足を止めたのは、カードショップの前だった。ゲンが発したのは、そこで挑戦できるORZの名だ。
「どんなゲームだ? ガチのじゃんけんか? それとも、勝って星を集めるとか、相手のHPの削り合うとか、そーゆーやつか?」
ゲンは首を傾げる。ただじゃんけんをするだけのゲームなのか、じゃんけんを絡めた別のゲームなのか、名前だけではわかりかねていた。
中に入って受付で確認する。どうやら前者のようだ。15枚のカードから1枚ずつ出し合ってジャンケンをし、5本先取で勝利だという。そして、5連勝すれば生き返ることができる。ただし、連勝すればするほどハンデが重くなり、勝つことがどんどん難しくなっていく。
対戦相手は店員たちが務める。参加費は1戦ごとに3D。つまり、5連勝するためには、最低でも15D必要になる。
「ただのじゃんけんなら、ワンチャンいけんじゃねーか?」
ゲンは子供のころからじゃんけんがすこぶる弱かった。どうでもいいときにはそれなりに勝てるものの、肝心なときにはいつも負けていた。だから、誰もやりたがらない係や委員には、高確率でゲンが就任していた。
だが、カードゲームなら勝機はあるかもしれない。かつて基本無料のオンラインTCGに熱中していた時期があり、多少は腕に覚えがある。
ゲンは早速挑戦してみることにした。
「……デッキ構築? 使うカードを自分で決めろっつーことか?」
参加費の支払を済ませるや否や、デッキを構築するよう指示された。ゲームに用いる15枚のカードは固定ではなく、各自が任意に選択するという。
カードはグー、チョキ、パーの3種類だが、それぞれに1から5までの強さがある。あいこだったときには、この強さで勝敗が決まる。よって、グーの3とグーの4なら後者の勝ちだ。そのため、数字も含めた駆け引きが重要になってくる。
デッキの条件はただ一つ。1が5枚、2が4枚、3が3枚、4が2枚、5が1枚であることだけだ。グー、チョキ、パーの枚数に制限はない。ゆえに、全部パーといった極端なデッキを組むこともできる。
ただし、連勝中はデッキの変更ができない。生き返るには同じデッキで5連勝しなければならないため、よく考えてカードを選ぶ必要がある。
「……じゃ、このデッキでいこーじゃねーか。やっぱこれっきゃねーだろ」
ゲンのデッキが完成した。いろいろと考えた結果、これに決めた。構築したデッキは以下だ。
5:グー
4:チョキ、パー
3:グー、チョキ、パー
2:グー、グー、チョキ、パー
1:グー、チョキ、チョキ、パー、パー
それぞれ5枚ずつで数字の合計も大差ないという、とにかくバランスを重視したデッキだ。どんなデッキに対しても、おそらくそれなりには戦えるはずだ。ただ、誰もが真っ先に思いつくであろうデッキであるため、相手も同じかもしれないということは常に意識しておく必要があるだろう。
対戦相手となる店員は、ランダムに決められる。店員はそれぞれ異なるデッキを使うため、誰が相手でも決して気は抜けない。
ゲンの最初のそれは、店員Cだった。眼鏡をかけた若い男の店員で、カードゲーム歴は長いという。初戦からなかなかの強敵かもしれない。
ゲンたちは、デッキをよくシャッフルして自分の前に伏せた。そして、上から3枚引いて手札にした。
ゲンの手札は、グーの2、チョキの4、パーの2だった。
「じゃんけん、ぽん!」
掛け声とともに、2人は同時にカードを1枚出した。ゲンは直感で選んだパーの2。相手はグーの1だった。よって、ゲンが1本先取した。
「……っしゃぁ! これならいけんじゃねーか?」
ゲンは心の中で小さなガッツポーズをしながら、パーの2をテーブルの端に移動させた。出したカードを表向きのまま、順番にそこに並べていくことになっている。相手のデッキを推測したり次の一手を予想したりと、この捨て札から得られる情報は多い。
続いて山札から1枚引く。チョキの1だった。手札のチョキが2枚になったため、引いたチョキの1を出すことにした。
「じゃんけん、ぽん!」
掛け声とともにカードを出す。相手はグーの2。1本取り返され、同点になった。
「なかなかやるじゃねーか……」
ゲンは心の中で悔しがる。さすがに2本連取できるほど甘くはなかった。
次のターン、ゲンはパーの1を引き、グーの2を出した。相手はパーの3。2本目を取られた。
次のターン、チョキの2を引き、それをそのまま出した。相手はパーの2。2本目を取った。
次はグーの3を引き、パーの1を出した。相手もパーの1だった。あいこで数字も同じ。これは引き分けだ。
続いて、パーの3を引き、それを出した。相手はパーの2。ゲンが3本目を取った。
次のターンは、引いたチョキの1をそのまま出した。相手はグーの2。3本目を取られた。
次に引いたのはグーの1、出したのはグーの3。相手もグーの3。引き分けだった。
一進一退の攻防が続いている。両者とも3本ずつ取っており、状況はほぼ互角のように見える。
「……ちょっと待て。こいつのデッキ、もしかしてグーとパーしかねーんじゃねーのか?」
ゲンは心の中で呟いた。相手の捨て札を見ると、チョキが1枚もない。グーとパーしか出していない。そこから、なんとなく店員Cのデッキ内容がわかったような気がした。
2つの手しかないデッキは、ゲンも考えた。例えばグーとパーなら、パーを多めに入れておき、相手がグーかパーを出すと思えばパーを、チョキを出すと思ったときだけグーを出す。読みさえ当たれば、相当な強さを発揮できるだろう。
その反面、安定性や汎用性に欠け、5連戦を乗り切れそうにないと思えたため、採用を見送った。だが、店員なら連勝にこだわる必要はなく、どんなデッキでも組める。ゲンの予想どおり、グーとパーしかないデッキであることも十分に考えられる。
山札からカードを引く。パーの4だった。手持ちの2枚は、チョキの4とグーの1。相手がグーパーデッキだとしたら、ここはパーの4を出すのが最適解だろう。
ただ、相手はまだ4と5のカードを出していない。5はパー、4はグーとパーではないかとゲンは予想した。パーの5を出されると王手をかけられるが、温存してまだ出してこないと読んでいる。
「じゃんけん、ぽん!」
掛け声とともに相手が出したカードに、ゲンの期待は大きく裏切られた。チョキの1だった。4本目を取られ、王手を許した。
「ちくしょー! やってくれんじゃねーか!」
心の中で叫ぶ。まさかチョキが来るとは思わなかった。グーかパーだと思い込んでいた。そう思わせるために、わざと今までグーとパーしか出さなかったのだろうか。それとも、カードの引きが悪く、今までチョキが手札に来なかっただけだろうか。ゲンは店員Cの顔を一瞥したが、いかなる表情も読み取れなかった。
カードを1枚引く。パーの1だった。手元にはチョキの4とグーの1。どれを出すか非常に悩ましかったが、チョキの4に決めた。
王手をかけたことで、相手はおそらくこのターンで勝負を決めに来るだろう。温存している4か5を出してきそうな気がする。前回チョキを出されたことで、相手の手は読めなくなった。グー、チョキ、パー、どれもありえる。ならば、あいこを想定して大きな数字のカードを出しておくべきだろう。
「じゃんけん、ぽん!」
2人は同時にカードを出す。相手はチョキの5だった。あいこだが、数字で負けた。5本目を取られ、ゲンの敗北が決まった。
「ちくしょー!!」
心の中ではなく、今度は声に出して叫んだ。
負けたことが悔しく、ゲンは再度挑戦することにした。今回組んだデッキは以下だ。
5:パー
4:グー、チョキ
3:グー、チョキ、パー
2:グー、グー、チョキ、パー
1:チョキ、チョキ、チョキ、パー、パー
グー4枚、チョキ6枚、パー5枚。特に理由はないが、思いつきで枚数を変えてみた。数字の合計をほぼ同じにすることで、バランスを取っている。
今回の対戦相手は、店員Eだった。髭を蓄え、ゲンよりも年上であるように見える。カードゲーム歴はまだ浅く、このじゃんけんカードゲーム以外のプレイ経験はないという。先ほどの店員Cよりは与しやすい相手かもしれない。
山札から最初の3枚を引く。グーの4、チョキの1、チョキの3だった。まずはチョキの1で相手の出方を窺うことにした。
「じゃんけん、ぽん!」
相手が出したのはチョキの4だった。数字で負けた。相手に1本目を先取された。
次はパーの2を引き、それをそのまま出した。相手はパーの3。2本連取された。
次のターンは、引いたチョキの2をそのまま出した。相手もチョキの2。引き分けだ。
次はパーの5を引き、グーの4を出した。相手はグーの1。1本取り返した。
続いて、パーの3を引き、それをそのまま出した。相手はパーの5。3本目を取られた。
「そーゆーことか……」
店員Eの戦い方が、ゲンにはわかったような気がした。
ここまで取られた3本は、すべて数字の大小によるものだ。初手で4、先ほどは5を出すなど、数字の大きなカードを惜しみなく使っている。あいこになっても勝てるように、手札の中で最も強いカードを優先して出しているようにも見える。序盤でリードを奪って、そのまま逃げ切る作戦なのかもしれない。
山札からグーの2を引く。手持ちはパーの5とチョキの3。最も数字が大きい、パーの5を出すことにした。相手がグーかパーなら勝てる。
「じゃんけん、ぽん!」
チョキの3を出され、4本目を取られた。読みが外れて、早くも王手をかけられた。
「ちくしょー……。こいつ、つえーな……」
ゲンは動揺していた。店員Eは予想以上に強く、全く勝てる気がしなかった。
次に引いたのは、チョキの1だった。後がなくなったゲンは、チョキの3を出す。相手はパーの1。2本目を取った。
続いて、パーの1を引き、それをそのまま出す。相手はグーの4だった。3本目を取った。あと1本取れば、同点に追いつく。
次のターン、ゲンはまたもパーの1を引いた。手元には、グーの2とチョキの1。迷った挙句、パーの1を出すことにした。
相手は数字の大きなカードを優先して出す。既に5と4はすべて、3はチョキとパーの2枚を使っている。残る1枚の3は、グーではないかとゲンは予想する。もし今グーの3を持っているのなら、きっとここで使ってくるだろう。だからこそ、出すのはパーだ。
「じゃんけん、ぽん!」
相手はパーの2だった。あいこだが、数字で負けた。5本目を取られ、ゲンの連敗が確定した。またしても勝てなかった。
「ちくしょー!!」
ゲンは机に拳を叩きつけながら、椅子から立ち上がった。
その後もさらに対戦を繰り返したが、通算成績は10戦10敗だった。店員CやEとも再戦したが、リベンジを果たすことはできなかった。カードゲームのじゃんけんなら勝てるかもしれないと思っていたが、考えが甘すぎた。
毎回接戦にはなるものの、最後の最後で競り負けた。重要な局面で読みを外し、勝てなかった。相手の策にはまり、勝ちを献上した。早々に4本連取しておきながら逆転負けを喫するなど、勝負弱さを露呈した。明らかにグーが多いデッキを相手になかなかパーを引けないなど、運にも見放された。
ゲン以外にも何人かの挑戦者がいたが、少なくとも3回に1回は勝てていた。手札を一切見ずに運任せで出して勝っていた者もいた。カードを無作為に選んだデッキで勝った者もいた。カードゲーム初挑戦で初勝利を飾った者もいた。それなのに、ゲンだけは一度も勝てなかった。
「……ちくしょー。またダメだったじゃねーか。こりゃやべーな……」
ゲンは落胆を隠さない。自分クイズ、声優当てクイズに続き、カードゲームでも惨敗した。ここまで惨憺たる結果に終わるとは思ってもみなかった。
また他のORZを探さなければならない。だが、ゲンのように何の才能も持たない者でもクリアできるようなORZが、果たして他に存在するのだろうか。
ゲンは重い足取りで歩き出した。