126 冥界 その4
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
「……ksg! ksg! あんなの反則じゃねーか! わかるわけねーだろ!!」
ゲンはやり場のない怒りを感じていた。自信満々で挑んだ声優当てクイズで、よもや惨敗するとは思ってもみなかった。ムキになって何度も挑戦し、気がつけば100D近く使ってしまっていた。
参加費は1回3Dで、課金要素は選択肢の提示のみだった。2Dの課金で10択、さらに3D課金すれば5択にすることができる。ただし、課金はその問題のみ有効だ。別の問題でも選択肢が欲しければ、再度課金しなければならない。
やはりORZはそんなに甘くなかった。驚異的な正解率を誇るゲンの利き声優を以ってしても、突破することはできなかった。20問連続で正解しなければならないのに、3問連続がやっとだった。
敗因は明らかだった。出題の対象が、国内の声優だけではなかったことに尽きる。世界各国の声優、さらには冥界の声優までもが、問題として登場していた。さしものゲンも、海外の声優については全くの門外漢だった。ましてや冥界の声優など、知っているはずもなかった。
課金すれば5択にできるとはいえ、勘だけで正解し続けることはさすがに無理だった。一国の声優しか知らないゲンには、あまりにもハードルが高すぎた。全世界はもちろん、冥界の声優まで熟知していないと、とても歯が立たなかった。悔しいが、諦めるしかなかった。
「ん? 冥ナンバーズ? なんだそりゃ?」
ゲンが見つけた看板には、確かにそう書かれていた。どういう意味なのだろうか。冥ナンバーと何か関係があるのだろうか。
聞けば、1日1回しか挑戦できないORZだという。料金は10D。4個の10面サイコロを振って、自分の冥ナンバーと同じ数字が出ればよいという、至ってシンプルなルールだ。
まず、冥ナンバーを構成する3つの4桁の数字のうち、いずれか1つを自分で指定する。次に、4個のサイコロを同時に振る。サイコロはすべて大きさが異なっており、小さいサイコロから順番に出目を読んでいく。そして、指定した数字と一致していれば成功となる。
「いーじゃねーかいーじゃねーか。こーゆーのでいーんだよ、こーゆーので」
10Dは決して安くないが、ゲンは躊躇なく支払った。技術も知識も体力も要求されないORZは、これが初めてだ。必要なのは運のみ。サイコロを振るだけで、1万分の1の確率で生き返ることができる。到底クリアできそうにないORZに何Dも課金するより、よっぽど安上がりで効率的だ。ゆえに、挑戦しない理由が見つからなかった。
「……おりゃ!」
ゲンは勢いよくサイコロを転がした。4つの十面体はやがて動きを止め、それぞれの出目をさらす。それをサイズの小さいものから順番に並べてできあがったのは、ゲンが指定したものとは全く違う4桁の数字だった。
冥ナンバーくじと比べればはるかにましとはいえ、やはりあまりにも確率が低すぎた。成功させるのは並大抵のことではなかった。
「ちくしょー。やっぱ1回じゃ無理ぽ……」
ゲンは残念そうに肩をすくめた。再挑戦は明日までお預けだ。
このORZの攻略法は、とにかく挑戦を重ねることに尽きる。回数が増えれば増えるほど、一致しない確率が減っていく。何百回何千回と根気よく試行していけば、いつかは成功するだろう。
だが、1回10Dという参加料がそれを困難にしている。1年分の時間を使っても、たった36回しか挑戦できない。成功して生き返るよりも、時間が枯渇するほうがおそらく先だ。
「やっぱこーゆーのもあんのかよ……」
あってもおかしくないと思っていたものが、ゲンの前に現れていた。Dを増やす手段だ。ここではギャンブルがその役目を果たしていた。
パチンコ店、カジノ、競馬場、競輪場、競艇場、オートレース場。各々の出入口が、ひしめき合うように並んでいる。どこも大盛況で、絶えず人が出入りしている。
他の店舗や施設と異なり、この一帯にはORZが存在していなかった。ゆえに、何レース連続で当てようとも、どんな大穴を的中させようとも、どれだけ儲けようとも、決して生き返ることはできない。あくまでもDを増やすことだけを目的とした施設のようだ。生き返ることを最優先に考えている者には、魅力を感じないかもしれない。
とはいえ、積極的にORZに挑戦するにしろ、のんびりと冥ナンバーくじの当選を待つにしろ、Dが多いに越したことはない。もしここで一攫千金に成功すれば、生き返れる可能性が一気に高まるだろう。
「Dは欲しーが、さすがにキャンブルはやべーだろ。破産する未来しか見えねーぜ……」
ゲンはギャンブルには興味がない。経験は0ではないが、極めて少ない。学生時代に友人に誘われ、何度かパチンコ店に入った程度だ。いずれもビギナーズラックは起きず、あっという間に資金が底を突いてしまった。それ以降、ギャンブルの類はゲームの中だけと心に決めている。
だから、やってみようという気は全く起きなかった。もし競走馬が擬人化されていたならのめり込んでいた可能性があるが、幸か不幸か違っていた。
だが、他にDを増やす手段が存在しないのであれば、いざとなればギャンブルも選択肢に入れざるを得なくなるかもしれない。
ゲンの残り時間は、既に??年250日まで減っている。冥界に来てまだそれほど時間は経過していないというのに、早くも115日分の時間を失っていた。声優当てクイズで使いすぎてしまったのが、あまりにも痛すぎた。
?に隠された数字が何なのかも、非常に気になるところだ。もし残り寿命が10年未満だったなら、?は0。制限時間は、額面どおり250日しかない。ORZの難易度の高さおよび冥ナンバーくじの当選確率の低さを考えると、生き返ることは絶望的だ。
ゲンの予想では、?の下は3。平均寿命までは、まだ30年以上ある。だからこそ、3だ。もし予想どおりであれば、制限時間は残り1345日。すぐに尽きてしまうような日数ではないが、決して楽観できる数字でもないだろう。
「……ん? 中央受付? なんかどっかで聞いたよーな希ガス」
ゲンが目にした看板には、矢印とともに中央受付という文字が記されていた。その言葉には聞き覚えがあった。冥ナンバーくじの当選発表時に、当選者が訪問するよう案内されていたような気がする。おそらく、そこに行けば生き返ることができるのだろう。
矢印の先を目で追うと、少し先の建物の前に屈強な警備員が何人も立っているのが見えた。他の施設では決して見られない光景だ。そのせいもあってか、人の出入りは全くない。限られた者しか入れないようになっているのだろう。
「……あそこが中央受付か」
突然、背後で男の声がした。それが仲間のものであると、ゲンにはすぐわかった。
「……よー、クライン」
名を呼びながら振り返る。果たしてそこに立っていたのはクラインだった。
クラインは帝国での戦いにおいて、魔剣ジョヒアの攻撃を受けて命を落とした。ゲンはその瞬間を目撃している。ここでこうして再会できたことは、非常に感慨深かった。
「なんだ、お前もここに来ていたのか。ということは、皇帝を倒せなかったのか?」
「ちげーよ。皇帝をフルボッコにした後、別の奴にやられちまったっつーわけだ」
「そうか。お前もいろいろ大変だったみたいだな」
「そんなことより、そりゃ一体どーした? なんでそーなってんだ?」
ゲンが指差したのは、クラインが首から下げている冥ナンバーカードだった。ゲンのそれとは違い、淡い光を放っている。
「ああ、これか。ORZをクリアしたら、こんなふうに光り始めたんだ。あとはこれを中央受付で見せれば、俺は生き返ることができる」
クラインは満面の笑みを見せた。
「ファッ!? ORZをクリア!? マジで!? オマエ、めちゃくちゃすげーじゃねーか!」
ゲンは興奮気味に叫んだ。クラインがORZをクリアしたと聞き、驚かずにはいられなかった。
クラインがクリアしたのは、リズムゲームのORZだという。画面を流れてくる記号に合わせて床を踏んでいくというゲームで、見事にフルコンボを達成した。
どうしてそのゲームを選んだのかは、聞かなくてもわかった。クラインの十八番だ。エクセスの町の地下研究所やフィーストの町の地下室でも、床の正しい場所を正しい順番と正しいリズムですべて踏み、入口の扉を開けていた。
クラインの作戦勝ちだった。そのままではやり直すたびに譜面が変わってしまうため、「次回も同じ譜面になる」という課金だけを毎回選び、あとはひたすら回数をこなした。失敗に失敗を重ねながら少しずつ譜面を覚えていき、数百回にも及ぶ挑戦の末に、遂にクリアに成功した。それに耐えうるだけの気力と体力を持ち合わせていたことが、最大の勝因だと言えるかもしれない。
ゲンにはとても真似できないだろう。何度やっても譜面を覚えられそうにない。もし覚えられたとしても、体がついていかない。
「クライン、オマエやっぱすげーな。どのORZもめちゃくちゃムズいし、クリアできたのはオマエだけなんじゃねーか?」
「そうでもないぞ。俺の知る限りでは、マリリアスとレイモンドもクリアしている。2人とも、もう生き返っているはずだ」
「マジかよ……」
ゲンの目が大きく見開かれた。
クラインによれば、マリリアスは運動公園で実施しているフィールドアスレチックに挑み、制限時間内に完全制覇したという。また、レイモンドはゲンが手も足も出なかった自分クイズに挑戦し、驚異的な正解率で突破したという。
「マリリアスは半分人間じゃねーし、レイモンドはすげー魔法が使えるし、2人ともチートじゃねーか。どー考えても反則だろ」
ゲンは悔しそうに吐き捨てた。マリリアスは半人半獣で非常に高い身体能力を持ち、レイモンドは優れた魔法使いで極めて高い魔力を誇る。無芸大食のゲンとは、天賦の才が違いすぎた。
「自分クイズはオレもやったが、学校で食った給食の献立とか、受けたテストの点数とか、そーゆーありえねーよーな問題ばっかだぞ? そんなの覚えてるわけねーだろjk。どーせレイモンドは魔法使ってカンニングでもしたんだろーが。そーでもしねーとクリアできるわけねーじゃねーか!」
ゲンは早口でまくし立てた。
「ここでは魔法が使えない。だから、それはレイモンドの実力だ。確か、日々の出来事をすべて記憶していると言っていたような気がする」
「全部覚えてんのかよ……。あいつ、マジでぱねーな……」
いつどこで何をしていたか、どんなことが起きたか、すべて事細かく覚えているのであれば、難問揃いの自分クイズも恐るるに足りないだろう。レイモンドの記憶力には脱帽するしかなかった。
「……まぁ、お前もがんばって生き返れよ。向こうで待ってるからな」
小さく手を振りながら、クラインは中央受付へと歩き出した。その後ろ姿を羨ましそうに見送ることしか、今のゲンにはできなかった。
やがて、クラインは警備員たちに促され、建物の中へと消えて行った。
「ORZをクリアできるとか、マジかよ……。あいつら、やるじゃねーか……」
クラインたちの成功談に、ゲンは大いに触発された。仲間たちのORZ突破を嬉しく思う反面、羨ましさや悔しさも感じずにはいられなかった。
「ちくしょー。オレも負けてらんねーぞ。何でもいーから、早くクリアしねーとな」
絶対にクリアするぞという強い決意を胸に、ゲンは再び歩き出した。