124 冥界 その2
「……ゲーセンまであんのかよ」
ゲンの目に留まったのは、ゲームセンターだった。大きな窓の向こう側には、クレーンゲームや業務用ゲームの筐体がずらりと並んでいるのが見えた。若者たちを中心に、多くの客が遊戯に興じている。
「……お客さん、どう? うちで遊んでいかない?」
スーツを着崩した若い男から、ゲンは声をかけられた。頭にはやはり角があり、人間には属さない種族だと一目でわかる。
「今はゲームとかやってる場合じゃねーんだ。オレはさっさと生き返らねーといけねーんだよ」
「生き返りたい? じゃ、ぜひうちで遊んでってよ。よその店よりはORZがクリアしやすいと思うよ?」
「は? ORZ? なんだそりゃ?」
「あ、もしかしてお客さん、冥界に来たばかり? ここのシステムがまだよくわかってない?」
男の問いにゲンは頷く。男はすかさず説明を始めた。
生き返る方法は数多あるが、一つを除いてすべて有料だという。唯一の無料方法が、先ほど当選発表があった冥ナンバーくじだ。ここにいるだけで自動的に参加資格が得られ、当選すれば生き返ることができる。ただし、1日2回しか抽選が行われない上に当たる確率は極めて低く、全く当てにできない。そこで活用すべきなのが、対価を払って挑戦するORZだ。
ORZとは、「生き返りたいなら大いに利用すべきもの全般」の略だ。その名のとおり、成功や勝利を収めれば生き返ることができる遊戯や競技、大会等を指す。当初は48種類あったことから「ORZ48」という名だったが、その後種類が増えて「ORZ」に改名されたようだ。
ORZは多くの店舗や施設で実施されている。飲食店なら裏メニューの大食いや早食いで完食、ゲームセンターなら特別仕様の専用ゲームをクリア、などがその例として挙げられる。
ここには多種多彩な店が軒を連ねている。また、同じORZでも店によって内容に若干の差異がある。よって、生き返る確率を少しでも上げたいなら、店舗選びが非常に重要となる。
なお、生き返ることが報酬となっているだけあり、ORZはどれも非常に難易度が高い。クリア条件がかなり厳しいだけでなく、さまざまな妨害も待ち受けている。そのため、成功の確率を上げたり状況を有利にしたりするオプションが、これでもかというほどふんだんに用意されている。いわゆる課金要素だ。課金することを前提としたバランスにもなっているため、無課金で突破できる可能性は皆無に近い。
「ネーミングセンス、ぱねーな。ORZと言いてーだけだろーが。あーゆーふーなポーズになっちまうくらい、どれもハードモードすぎるっつーことか? 生き返りてーなら重課金必須とか、P2Wのソシャゲも真っ青じゃねーか」
男の説明を聞き終わり、ゲンは悪態をつきながらもゲームセンターに入る。足を踏み入れるのはおそらく四半世紀ぶりだ。学生時代はたまに寄っていたが、自宅警備員の職に就いてからは全く行かなくなった。
「ストラーダファイター、和太鼓の鉄人、マリオネットカート……。こりゃいろいろとやべーな。完全にAUTOじゃねーか」
ゲンは鼻で笑った。どれも現実世界に実在する人気ゲームに酷似していた。名前以外に相違点を見つけられないほど、細部まで非常によく似ていた。本物そっくりに作られた偽物なのだろう。ここが現実世界だったなら、きっと大きな問題になっていたに違いない。
ORZ専用の筐体は、一番奥に置かれていた。専用と銘打っているだけあり、どれも聞いたことのないゲームばかりだった。
店内は賑わっているのに、この一角には誰もいなかった。通常の台でどれだけ好成績を残しても生き返ることはできないのに、誰もがそちらで遊んでいた。
「……こりゃひでーなんてもんじゃねーな。クリアさせる気ねーだろ。廃課金しても無理ゲーじゃねーか」
ゲンは呆れるしかなかった。注意書きを読んでみたが、どのゲームも課金圧が凄まじかった。1回1Dでプレイできるものの、さらに何Dも課金しないとろくに遊べない仕様になっていた。しかも、課金の効果は1回のみ有効で、次に持ち越せない。プレイする度に課金が必要になるという徹底ぶりだった。
格闘ゲームは、10連勝すればクリアとなり、生き返ることができる。ただし、連勝数に応じてさまざまな制限やデバフが付与され、勝つことがどんどん難しくなっていく。最後の10戦目に至っては、まともに動かすことすらできないほどのハンデを背負う。
リズムゲームは、フルコンボすればクリアとなり、生き返ることができる。ただし、選曲はランダムで、同じ曲でも譜面は毎回変わる。どの曲もコンボ数は1000を超え、リズムとノーツが合っていない、定期的に画面が見えなくなる、などの共通点もある。
レースゲームは、3周を規定タイム以内で走ればクリアとなり、生き返ることができる。ただし、一定の間隔でハンドル操作が逆になる、コースの各所に大量の障害物が置かれている、タイマーが狂っており時間の進み方がおかしい、などの仕様となっている。
シューティングゲームは、最終ステージのボスを倒せばクリアとなり、生き返ることができる。ただし、自機の当たり判定が異様に大きい、パワーアップアイテムが一切出現しない、敵の撃ってくる弾が一定時間見えなくなる、といった試練が待ち受けている。
クレーンゲームは、3回連続で景品を取ればクリアとなり、生き返ることができる。ただし、ボタンを離してもすぐには止まらない、アームが真っすぐ下には降りない、景品の位置が常に変わる、落とし口の大部分が塞がれている、などの仕掛けが目白押しだ。
いずれのゲームも、課金によりギミックを無効化あるいは弱体化させることができる。一部のゲームでは、クリア条件を緩和することも可能だ。希望する項目を選んで個別に課金していくシステムだが、1回のプレイで課金できる金額や回数の上限が決まっており、すべての効果を同時に得ることはできない。限界まで課金しても何らかの制約は残るため、おそらく上級者でも苦戦するだろう。
他の店よりはクリアしやすいと、呼び込みの男が言っていた。他の店はもっと過酷な条件なのだろうか。盛っている可能性も考えられるが、もし差があるにしてもおそらくは誤差の範囲だろう。本当にクリアしやすいのなら、すなわち生き返れる可能性が高いのであれば、もっと人が並んでいてもおかしくないはずだ。
「ダメだこりゃー。次行ってみよー」
全く挑戦する気が起きなかった。自分の腕前では、どれだけ課金してもクリアできるとは到底思えなかった。
ORZは他にも多くの種類がある。今ここで無理に挑戦する必要は全くない。もっといろいろと見て回れば、もう少しクリアしやすいものに出会うかもしれない。チャレンジするのはそのときだ。
ゲンは足早にゲームセンターを後にした。
「……ボウリングとかカラオケもあんのか。すげーな」
看板を見つけ、ゲンは感慨深そうに呟く。ゲームセンターだけでなく、カラオケやボウリングまであるとは思わなかった。
どちらも学生時代には何回も行っており、多少は腕に覚えがある。当時の最高得点は、カラオケが95、ボウリングが190だったと記憶している。かなりのブランクはあるが、当時の勘を取り戻すことができれば、ORZにも挑戦できるかもしれない。
だが、その気持ちは入口の扉に貼られた紙を見た瞬間に消え失せた。カラオケは満点、ボウリングはパーフェクトを出すことが、生き返るための条件だった。プロでもなかなか出せないような得点だ。
ゲームセンターと同じように、おそらく課金すればクリア基準を下げることができるのだろう。そして、さらに多くの課金をしなければ、きっとさまざまな不利を強いられるのだろう。曲やボールが自由に選べない、キーの設定やピンの配置がおかしい、歌唱中や投球時に笑わせに来る、といった程度ならゲンでもすぐに思いついた。もっと厄介で面倒な仕様が待ち受けている可能性も高い。
クリアを目指すなら、かなりの出費を覚悟する必要があるに違いない。そこまでして挑戦しようという気持ちは、さらさらなかった。他のORZに期待することにした。
「……兄ちゃん、ゴルフせえへん? 貸しクラブもキャディーも全部込みで、1ラウンド20Dや。安いでっしゃろ?」
やはり人間ではない、アロハシャツ姿の男に声をかけられた。サングラスをかけ、恰幅もいい。男が指差す先には、冥界第一カントリークラブと書かれた店舗があった。
「こんなとこにゴルフ場とかマジかよ。ありえねーだろ。商店街の中じゃねーか」
「それやったら心配いらんで。ここはただの入口やさかい。店の奥からゴルフ場にワープできるんや」
男は笑った。アーケード街の規模に収まらない大型施設はすべて同じ方式を採用しており、ワープゾーンを使って行き来するという。
「そりゃすげーな。で、ゴルフにゃORZはねーのか?」
「あるで。専用ホールでホールインワンか、専用コースでアンダーパーのどっちかや。どや? 挑戦せえへんか?」
「しねーよ! めちゃくちゃ難しーじゃねーか!」
ゲームでしかゴルフをやったことがないゲンにも、それがどれだけ難しいことなのかはよくわかる。どちらもプロ並みの実力がなければ無理だろう。
「せやろか? うちはまだ良心的なほうや思うで? よそはアルバトロスとかエージシュートとか無茶言いよる。ま、コースはうちのほうがエグいから、どっこいどっこいやろけどな」
「はいはいワロスワロス」
ゲンは男を適当にあしらうと、再び歩き出した。
少し進むと、野球場だった。ゴルフ場と同じように、店が出入口の役目を果たしていた。球場自体は別の場所にあり、ワープにより行き来する。
ここでもORZに挑戦することができる。全部で3種類。いずれも冥球界の選手を相手に行う。最速の剛腕投手からホームラン、最強のバッテリーから盗塁、屈指の巧打者から三振。プロでも難しそうな課題ばかりだ。
テレビゲームでしか野球をやったことのないゲンには、どうあがいても無理だった。
その隣はサッカー場の出入口だった。他と同様に、ワープによりスタジアムに移動するようになっている。
サッカーにも3種類のORZが用意されていた。特製ボールでリフティング100回。プロ相手に特別ルールのPKを連続成功、もしくは連続阻止。「特製」や「特別」の中身がかなり厄介なものであろうことは、想像に難くない。
ゲンのサッカー経験は、体育の授業のみ。とても歯が立ちそうになかった。
さらに歩くと、雀荘があった。多くの客が対局を楽しんでいるのが見えた。
麻雀のORZは、プロ雀士と対局して役満を上がる、の1つだけだった。上がる役満の種類まで指定されるが、課金すれば種類を問われなくなる。
ゲンは麻雀ならある程度はわかる。かつて麻雀アプリに夢中になっていた時期があり、何度もプレイしているうちに自然とルールを覚えた。とはいえ、ゲーム内ですらめったに見ない役満を、実際の対局で出せるとはとても思えなかった。
その対面にあったのは将棋道場だった。中を覗くと、数組が真剣な表情で将棋盤に向かっていた。
将棋のORZは2種類あった。プロ棋士との対局で勝利。制限時間内に詰将棋を全問正解。どちらも相当な実力や経験が必要だろう。
将棋に全く興味がなく、駒の動かし方すらよくわかっていないゲンには、どうすることもできない。
「……ORZっつーのはこーゆーのしかねーのかよ? どれもこれも無理ゲーすぎんだろ!」
生き返りたいから大いに利用したいのに、ORZはどれも予想以上に高難易度だった。これまで見た中に、ごくわずかでもクリアの可能性を見出せたものは皆無だった。
他のORZも同程度の難しさなら、生き返ることは絶望的だ。まだほんの一部しか見ていないというのに、ゲンの頭の中には早くも黄色信号が灯っていた。