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かきかけ~作者と愉快な主人公たち~  作者: 蓮井 ゲン
第三章 さらなる旅路
121/140

121 悲劇

「富雄……! 富雄……!」

 友里恵の悲痛な叫び声が響き渡る。友里恵は血だまりに座りこみ、泣きながら富雄の体を抱きしめていた。

 富雄からの返答はない。損傷が激しく、もう生きていないことは明白だった。

 

 原作と同じ決着だった。富雄はわざと負けた。意図的に友里恵に勝たせた。愛する友里恵を斬ることなど、富雄にできるはずがなかった。友里恵を斬るよりも、友里恵に斬られることを選んだ。自分の命よりも、友里恵の心を優先した。

 今まさに剣と剣がぶつかり合おうかというその瞬間、富雄は自ら武装を解いた。友里恵の前に無防備な姿を晒し、そのまま風の剣に切り裂かれた。

 友里恵の顔一面に広がった笑みは、すぐに消えた。富雄を罵倒し愚弄する言葉も、すぐに止まった。富雄の命が尽き、命令が遂行されたのだ。

 富雄の死をもって、友里恵の心はジェイドの支配から解放され、ついに正気を取り戻した。そして、洗脳中は決して抱くことのなかった数々の感情が爆発し、後はただただ号泣するだけだった。


「友里恵……! うっ……!」

 ゲンは泣き崩れる友里恵の元に向かおうとしたが、激しい痛みに襲われ、動くことができなかった。この後の友里恵の行動は、容易に想像できた。これ以上の悲劇を防ぐためにも、何としても友里恵を止めたかった。

 だが、体が思うように動かない。痛みに耐えながら、その傷を付けられた相手が哀哭するさまを遠巻きにじっと見守るしかなかった。




 どのくらい泣き続けただろうか。思いつめたような表情で、友里恵はよろよろと立ち上がった。

「富雄……。今までありがとう……。ずっと大好き……」

 恋人の変わり果てた姿を見下ろしながら、声を絞り出す。

「あたしも今から、富雄のところに行くわ……。富雄のいない世界で生きていくなんて、あたしには無理……」

 友里恵は一瞬で風の剣を作り出すと、切っ先を自らの喉元に向けた。

「生まれ変わってもまた、富雄に会いたい……。生まれ変わってもまた、富雄と一緒にいたい……。生まれ変わってもまた……」

 友里恵が自らの首を貫こうとしたまさにそのとき、上空から飛来した氷の塊が風の剣を直撃し、両者は一瞬で消滅した。


「……風間さん、早まらないで下さい。私はもうこれ以上、誰も失いたくありません」

 降ってきた声は、この場に似つかわしくないほど落ち着いていた。声の主は、白っぽいワンピースを着て、髪が長く眼鏡をかけた女だった。

 友里恵の胸元あたりに向けられたままの左の掌が、氷塊を放った張本人であることを物語っていた。


 水原美也子、17歳。寛一の恋人であり、水の相愛戦士でもある。

 美也子の前世は、水の相愛戦士アクアス。火の相愛戦士レイムの恋人だ。つまり、前世で美也子と富雄は恋仲だった。


「風間さん、落ち着いて下さい。そんなことをしても、何の解決にもなりません」

 美也子は友里恵の前にゆっくりと降り立った。

「今の風間さんにどんな言葉をかけたらいいのか、私にはわかりません。火野くんのこんな姿は、私も見たくありませんでした……」

 そばに転がる富雄の骸を見つめながら、美也子は言葉を紡いだ。前世の記憶こそないが、富雄が前世の恋人だったことは美也子も知っているはずだ。美也子もさぞや複雑な心境だろう。


「美也子ちゃん……。これはあたしがやったの……。富雄だけじゃない……。あたし、寛一くんにも同じことを……」

 友里恵はしゃくり上げながら、美也子に真実を告げる。友里恵は寛一の命を奪ったという。心を操られていても、その間の記憶は残っているようだ。

「知っています。私の心の中に、死ぬ直前の寛一の声が聞こえてきました。『俺は風間に殺されるが、風間はジェイドに操られているだけだ。風間を恨まないでやってくれ』。寛一はそう言っていました。だから、私は風間さんを恨んだり憎んだりはしていません」

「美也子ちゃん……。寛一くん……」

 友里恵の肩が大きく震えた。


「でも、富雄や寛一くんだけじゃない……。あたし、他にもいろんな人を死なせちゃったのよ……。ユーシア会長にミトちゃん、アドリーくん、エドワードさん、リンちゃん、ミスティちゃん、アリーダさん、イザークさん、カイオスさん、流水(るみ)さん、マイクさん、レイナさん……」

 友里恵は指折り数えながら、涙声で次々と名前を挙げていく。その数は2桁に達していた。何人目だと思っているのかと富雄が憤っていたが、これほどの人数であれば当然だろう。


「美也子ちゃんや寛一くんが許してくれても、他の人たちが許してくれるはずないわ……! あたしはみんなの命を奪った殺人鬼なの……! あたしなんか生きていちゃいけないのよ……!」

「風間さん、そんなに自分を責めないで下さい。もしかしたらみなさんを生き返らせることができるかもしれません」

「生き返らせる……? 本当に……? でも、どうやって……?」

 涙でくしゃくしゃになった顔を、友里恵は美也子に向けた。


「一つだけ方法があります。うまくいくかどうかはわかりませんが、やってみる価値はあると思います。だから、まずは私と一緒にモッヒョラ坂を探して下さい」

「モッヒョラ坂……?」 

「この世界の伝承で、この世とあの世の境目にあると言われている坂です。その坂への入口が、世界のどこかに隠されています」

 眼鏡を上げながら、美也子が言う。

 モッヒョラ坂。原作にも登場する地名だ。作中では友里恵が一人で坂に向かった。


「本来の寿命よりも早く亡くなってしまった人の魂は、何年間かはモッヒョラ坂の近くにとどまっているそうです。そして、その間なら生き返らせることも不可能ではないと言われています」

「えっ、それじゃあ……」

「火野くんも寛一も他のみなさんも、今は坂の近くにいると思います。だから、うまくいけば全員を生き返らせることができます」

「本当に? それはすごい!」

 泣いた烏がもう笑っていた。友里恵の顔が笑みで満たされた。

 仲間たちが生き返ったからと言って、友里恵の罪が消えるわけではない。だが、背負って生きる十字架が軽くなることだけは間違いないだろう。


「いろんな本で調べましたが、入口の場所には諸説ありました。いくつか有力な説がありますが、どれも遠く離れています。その中のどこかにあると思うので、手分けして探しましょう」

「もちろんよ。それで、どうやって生き返らせるの?」

「方法もいろいろと紹介されていましたが、本当に生き返らせることができるのか、怪しいものばかりでした。でも、とりあえず一つずつ試してみるしかないと思います。用意しなければいけないものもたくさんあるので、それも手分けして――」

「……その話、実に興味深い」

 友里恵たちの前に現れたのは、ジェイドだった。

「ジェイド……!」

 驚いたような表情を浮かべながらも、2人はすぐに身構えた。


 ジェイドはバジルと戦っていたはずだ。だが、そんなことを微塵も感じさせないほど、ジェイドに目立った外傷や疲労の色は見られなかった。

 ジェイドだけがここに戻ってきたということは、取りも直さずバジルが負けたことを意味する。やはりバジルはジェイドに勝てなかったようだ。

 貴重な戦力が、また一人失われた。ケイムから宣告されている全滅という結末が、いよいよ現実味を帯びてきた。


「生き返らせるとは盲点だった。今まで全く考えたこともなかった。だが、確かにそれが一番手っ取り早い……」

 ジェイドは含み笑いを浮かべた。

「詳しく聞かせてもらおう。そのモッヒョラ坂とやらがどこにあるのか。どうすれば生き返らせることができるのか。貴様が知るすべての情報を、一つ残らず聞かせてもらおう」

 ジェイドは美也子を指差した。


「ふざけないで! どうしてあなたなんかに!」

「それはできません! 早く消えて下さい!」

 友里恵と美也子は一瞬で武装した。美也子の武具は氷でできている。剣は斬り口を凍らせて凍傷をもたらし、鎧と兜は攻撃してきた相手に冷気で反撃する。

「ならばしかたない。力ずくで聞き出すまでだ」

 ジェイドも一瞬で武装した。友里恵たちと同じように、剣、鎧、兜で身を固める。ジェイドのそれは雷の力を宿しており、すべてが黄色い。




「こりゃやべーな……。終わりの始まりじゃねーか……」

 ゲンはため息交じりに呟いた。事態がいかに深刻かはよくわかっていた。

 どんな会話が交わされているのかは全くわからないが、一触即発であることは遠目にもわかる。いつ戦いが始まってもおかしくない状況だ。そして、友里恵と美也子の2人だけでは、ジェイドにはおそらく勝てない。勝つためには富雄と寛一も加わり、4人がかりで攻めなければかなり厳しいだろう。だが、2人ともこの世にいない。

 

 ここに美也子が現れたのは原作どおりだ。友里恵の自死を思いとどまらせたのも原作と同じだ。そうであるならば、原作のように富雄たちを生き返らせるという話にもなっていることだろう。原作のそれは秘密裏に行われ、最後までジェイドに悟られることはない。原作どおりなら、きっとうまくいく。

 だが、このタイミングでここにジェイドも現れ、今まさに友里恵たちと戦おうとしている。富雄たちの復活を阻止しに来たのだろうか。そこだけが原作との唯一の相違点であり、ゲンにため息をつかせた最大の要因でもあった。

 

 ジェイドは宝珠を持っている。手に入れるためには倒すしかない。だが、ジェイドを倒しうるのは、相愛戦士たちをおいて他にいない。

 今ここで友里恵たちが負ければ、ジェイドが持つ宝珠を入手することは絶望的だ。元の世界に戻るという夢が絶たれ、あとは全滅を待つだけとなる。それももう時間の問題だろう。

 もし一縷の望みがあるとすれば、ジェイドとの取引だけだ。まだ交渉が決裂したわけではない。ミトやバジルの邪魔が入り、中断しているに過ぎない。ミトたちはもういない。今なら取引を止める者は誰もいない。もしかしたら取引が成立するかもしれない。


「……作者よ、貴様と取引をせずとも、カディアに会える方法が見つかった。この女どもを痛めつけて情報をすべて吐かせ、生き返らせればいいだけの話だ」

 突然、ゲンの頭の中にジェイドの声が響いた。

「……!?」

 ジェイドは友里恵たちと睨み合ったままだ。ゲンを一顧だにしない。にもかかわらず、ゲンの頭に直接話しかけてきた。


「もう貴様に用はない。目障りだ。消えろ」

 避ける間もなかった。背後に出現した雷の槍に、ゲンは全身を貫かれた。

いつもありがとうございます。

第三章、これにて終了です。

第四章もよろしくお願いします。

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