120 壊滅
「……あなたたち、口ほどにもないのね。弱すぎてつまらないわ」
嘲笑うような友里恵の声が、上空から降ってくる。虚ろな目がじっとゲンに向けられていた。
「……ちくしょー。友里恵のやつ、やっぱめちゃくちゃつえーじゃねーか……」
ゲンは痛みに顔を歪めながらつぶやく。友里恵の猛攻を受け、左の腕と足を負傷していた。HGを杖の代わりにしなければ、とても立っていられなかった。
友里恵は強かった。原作どおりだった。強さの基準は作品により大きく異なるが、相愛戦士たちは頭抜けている。主人公だけに限定した強さランキングであれば、レガートやバジル、龍之介なども上位に名を連ねることができるだろう。だが、仲間キャラクターまで含めた順位なら、おそらく相愛戦士たちが上位を独占するに違いない。
高性能な武具を一瞬で作り出せる上に高威力な技をいくつも有し、高速で移動できる上に空まで飛べる。そんな相愛戦士の一員である友里恵に、そのいずれも持たないゲンたちが敵うはずがなかった。
仲間たちは、おそらく生きていないだろう。ユーシアもミトも血だまりの中に倒れたまま、ぴくりとも動かない。呼びかけにも応じない。
急降下からの斬撃を一度は防いだミトだったが、次の一撃には反応できなかった。友里恵の凶刃を食らい、悲鳴とともに倒れ込んだ。友里恵の剣は傷口をさらに風で切り裂き、追加ダメージを与えることができる。殺傷能力は非常に高く、部位によっては掠っただけでも致命傷になりかねない。
友里恵に向けてサラマン直伝の火炎魔法を飛ばしたユーシアだったが、ことごとく風の壁にかき消された。次の瞬間には友里恵が放った風の刃の直撃を受け、小さく呻いて膝から崩れ落ちた。ただでさえ真っ赤なローブが、さらにその色味を増していた。
ゲンだけはどうにか耐えることができた。HGに代償を払い、身体能力を極限まで高めたおかげだ。そのせいで相当量の毛髪が消滅したが、そうしていなければ今ごろはもっと大切なものを失っていただろう。
ゲンは友里恵の剣をすべて受け止め、あるいはかわすことができた。至近距離で作り出された竜巻もかろうじて回避したが、その際にわずかに触れてしまい、左の腕と足を負傷した。触れただけだというのに大きく切り裂かれ、激痛が走った。恐ろしい威力だった。相愛戦士の強さを身をもって痛感した。
まさに壊滅状態だった。あっという間に仲間たちが倒された。ゲンも負傷と疲労で極限状態だ。次の攻撃はもう避けられないだろう。
しかも、相手は仲間であるはずの友里恵だ。ジェイドに心を操られた友里恵は、原作では決して富雄以外に危害を加えなかったというのに、この世界では違っていた。躊躇なく仲間たちに襲いかかり、容赦なく攻撃してきた。まさかこのような形で人生の終焉を迎えようとは、ユーシアもミトも想像だにしていなかったに違いない。
今この場にいないバジルも、よもやこんなことになっているとは夢にも思っていないだろう。バジルは精神的に非常に脆い部分がある。ジェイドの攻撃から守り抜いたミトが、その直後に友里恵に倒されたと知ったら、バジルの心は壊れてしまうかもしれない。
「……あなたたちの相手も飽きたわ。やっぱり富雄を殺すほうが楽しそうね」
その言葉を裏付けるかのように、友里恵の手から一瞬で剣が消えた。険しかった表情も幾分和らいだように見える。
「ねぇ、さっきあの子が何か言おうとしてたけど、富雄がどこにいるか知ってるんでしょ?」
友里恵がミトを指差す。ミトは先ほど、友里恵に富雄の行き先を教えようとしていたが、途中で友里恵の言葉に遮られ、最後まで発言できていない。
富雄はジェイドを追いかけていった。ジェイドはバジルとともに、戦う場所を変えるために移動していった。今はどういう状況なのだろうか。まだ移動中なのだろうか。それとも、既に戦いの火蓋が切られているのだろうか。
それぞれが原作に準拠した強さだとしたら、バジル一人ではジェイドに勝てない。富雄が加勢してもなお苦戦は必至だろうとゲンは見立てる。原作のジェイドは、相愛戦士4人を相手に互角に渡り合うほどの実力を誇る。
「ねぇ、富雄はどこに――」
「友里恵!!」
聞こえてきたのは、怒気を含んだ富雄の声だった。ジェイドを追いかけていたはずの富雄が、なぜか上空に浮かんでいた。友里恵の存在を察知して、引き返してきたのだろうか。
「ああ、富雄のほうからあたしに会いに来てくれたのね。嬉しいわ」
友里恵の顔に薄笑いが生まれた。
「お前、いいかげんにしろ! これで何人目だと思ってるんだ!? お前が憎いのは俺だけだろ!? 他のみんなには手を出すんじゃねえ!」
地上を指差しながら、富雄が叫ぶ。その表情には、怒りと悲しみが入り混じっていた。
「何人目、だと……?」
ゲンは驚きを隠さない。富雄の言葉が真実なら、友里恵はユーシアとミト以外にも仲間たちを倒していることになる。それが誰なのかはわからないが、富雄の口ぶりから考えて、おそらく一人や二人ではないだろう。
ゲンたちは遅かれ早かれ全滅すると、ケイムから聞いている。それを証明するかのように、既に何人もの仲間が命を散らしている。ザイクと相討ちになったというレイモンド。魔剣ジョヒアの餌食となったアークス、マリリアス、クライン、セイラ。魔皇子ジルトンとの激闘で果てたというランクスとカレッツ。
だから、敵との戦闘で全滅するのだろうと思っていた。ユーシアやミトのように、仲間に倒されてしまう者がいるとは予想外だった。全滅に至る原因の一つが、心を操られた友里恵だとは思いもしなかった。
「だって、しょうがないでしょ? 誰もあたしの味方になってくれないのよ? みんな富雄の味方ばかりするのよ? 前世なんか気にするなとか、富雄は悪くないとか、綺麗事ばっかり! 冗談じゃないわ! だから死んでもらったのよ!」
「だからって寛一まで殺さなくてもいいだろ! 同じ相愛戦士じゃねえか!」
富雄の口から飛び出したのは、土の相愛戦士の名だった。
土田寛一、17歳。富雄や友里恵と同じく、サラマンにより召喚され、相愛戦士の力を引き出された。その相愛の相手は、水の相愛戦士水原美也子。
寛一の前世は、土の相愛戦士ガイアード。富雄の前世である火の相愛戦士レイムらとともに、ジェイドを倒した。友里恵の前世であるウインドルとも当然戦っている。
「寛一もタヒんだのか……」
ゲンは今回も驚きを隠さない。友里恵が富雄以外の相愛戦士まで手にかけているとは思わなかった。
相愛戦士たちの実力差はほとんどない。友里恵対寛一の一戦は、ほぼ互角だったはずだ。勝敗を分けたのは、正気か否かの違いかもしれない。
正気を失っているため、寛一が相手でも躊躇なく本気で攻撃する友里恵。正気であるがゆえ、友里恵を相手に遠慮して全力を出せない寛一。どちらが戦いの主導権を握るかは言うまでもないだろう。
「寛一は、前世でさんざんあたしを傷つけた! だから殺したの! あたしはただ、前世の仕返しをしただけよ! それのどこが悪いの!?」
友里恵は強い口調で叫んだ。
とどめこそレイムに刺されたが、ウインドル戦で最も活躍したのはガイアードだった。ウインドルの体に数多くの傷を刻み、徐々に動きを鈍らせ、勝利に大きく貢献した。
「悪いのはあたしじゃないわ! 富雄よ! 全部富雄が悪いのよ! 富雄がさっさとあたしに殺されないから悪いのよ! 富雄が早く死んでくれないから悪いのよ!」
富雄を指差して、友里恵は憎々しそうに叫んだ。
「友里恵、もうやめろ! お前のそんな姿、俺はもうこれ以上見たくねえんだ!」
富雄は悲しそうな表情で叫んだ。心を操られているとはいえ、愛する友里恵から憎悪に満ちた視線と言葉を投げつけられるのは、富雄にはこの上ない辛苦だろう。
「だったらあたしが富雄を殺してあげる! 死んだら何も見えなくなるわよ! だから死んで! 今日こそ死んで! ここであたしに殺されて!」
友里恵の手に剣が現れると同時に、体は一瞬で真っ白い鎧と兜に包まれた。どちらも風を素材にしているとは思えないほど高い防御力を持っており、攻撃してきた者に風で手痛い反撃も食らわせる。
「友里恵……!」
富雄も一瞬で武装した。炎でできた剣、鎧、兜で身を固める。武器は傷口を炎で焼いて相手をさらに苦しめ、防具は攻めてきた相手を炎で返り討ちにすることができる。
「富雄、死ね!!」
それが開戦の合図だった。
「あいつらやっぱすげーな……。どっちもバケモンじゃねーか……」
ゲンは虚空を見つめながら呟く。それ以外に表現のしようがなかった。
富雄と友里恵の戦いは、速すぎてゲンの目には全く見えなかった。ただ炎と風が激しくせめぎ合っているようにしか見えなかった。
地上と空中を何度も行き来しながら、激しく動き回っているのが本人たちだろうか。その周囲で次々と出現と消滅を繰り返しているのが、2人が放った技なのかもしれない。
聞こえてくるのは、何かがぶつかり合うような音と、富雄に対する友里恵の罵詈雑言と、友里恵に制止を呼びかけ続ける富雄の声だけだった。
富雄と友里恵なら、本来は富雄のほうが強いはずだ。だが、それはあくまでもお互いが全力で戦った場合に限られる。富雄だけが手加減を余儀なくされるこの状況では、その力関係は完全に逆転する。火を吹き消さんばかりの勢いで動き回る風を見ても、それは明らかだった。
「富雄……。友里恵……。すまねーな……」
ゲンは独りごちずにはいられなかった。この悲しい戦いの結末を思うと、作者として胸が痛んだ。
ジェイドによる心の支配は極めて強力で、たとえジェイドを倒そうとも解放されることはない。被支配者が死ぬか命令を遂行するまで、半永久的に続く。
そして、友里恵は富雄を殺すよう命令されている。すなわち、死が二人を分かつ以外に、事態を収束させるすべはない。
「……いつもならとっくに逃げ出してるのに、今日は逃げないのね。やっとあたしに殺される気になったの? 嬉しいわ」
友里恵の声は弾んでいた。
2人は間合いを取り、地上で睨み合っていた。余裕の表情を浮かべている友里恵に対し、富雄はかなり苦しそうに見える。
「そうじゃねえよ。やっとお前を倒す決心がついたんだ」
富雄は友里恵を指差した。
「あたしを倒す? あたしに倒されるの間違いじゃなくて? それは面白い冗談ね」
「友里恵! お前は寛一や他のみんなを殺した! 俺はお前を許さねえ! お前を倒して、みんなの仇を取る!」
次の瞬間、まるで富雄の怒りを表しているかのように、炎の剣が一際激しく燃え上がった。
「これで終わりだ! いくぞ、友里恵!」
「富雄こそ終わりよ! さぁ、死んで!」
炎と風が同時に動く。
そして、決着は一瞬でついた。