12 精霊探偵
神殿を出て再び歩き出した。結局、誰も転職しなかった。忠二の学生服や髪の色も、すっかり黒に戻っている。
「やっぱり忠二は黒いほーがいーよな。白とかありえねーぜ」
「フン、当然だ……。余は魔界の貴公子ロココマキア……。神とは相容れぬ存在……」
忠二はいつもと同じ不敵な笑みを浮かべたが、どことなく不満そうな雰囲気も漂わせていた。
おそらく反逆神の末裔への転職が気に入っていたのだろう。だが、ユーシアたちに説得されてしぶしぶ元の姿に戻った。転職しなくても十分強いから、というのがその理由だが、白いままだとゲンがいつまでも笑い転げるから、というのが真相だ。
「霧はまだ晴れてねーな。まだ何かやらねーといけねーんだろーな」
「さっきおっさんが転職しなかったからじゃないのか?」
「オレは転職できねーって言われたじゃねーか。転職するとすりゃユーシアだろ。勇者を目指してんのなら、さっさと――」
ゲンが何かを見つけて立ち止まる。平屋の小さな建物の入口に、「米倉探偵事務所」と書かれた看板が掲げられている。
「米倉探偵事務所……? どっかで聞いたことあるよーな気が――」
「よう、みんな。元気か?」
入口の扉が開き、中から一人の男が出てきた。年は30歳前後に見える。白いTシャツにジーンズ姿で、長い髪を後ろで束ねていた。
「リョウじゃないか。久しぶりだな」
「あなたもこの世界に来てたのね」
「フッ、これは奇遇……。ここで卿に出会うとは……」
「おっ、米倉リョウ(CV:嶋ヶ谷和臣)か。精霊探偵じゃねーか。なついな」
ゲンの口から思わず笑みがこぼれる。
米倉リョウ。かきかけの小説『精霊探偵リョウ』の主人公だ。年齢は28歳。その名は、精霊という単語に由来する。
「その魔法使い、見かけない顔だな。誰だ?」
「リョウ、オマエもか! 魔法使いはこのレナリアたそで、オレは作者だ。オマエを作り出したのはこのオレだぞ」
「作者だったのか……。ずっとお前たちと一緒にいたから、俺の知らないトリプルHのメンバーかと思っていた」
「俺たちのことをずっと見てたのか? それで、俺たちがここに来たとわかったんだな」
「そーいや、オマエにゃ風の精霊を操る力があるんだったな。その力で離れた場所でも見ることができるし、精霊探偵の名は伊達じゃねーな」
リョウは風の精霊を操る能力を持つ。遠く離れた精霊と交信することで、その周辺の状況を知ることができる。精霊の記憶を辿ることで、過去の風景を見ることも可能だ。原作では、その力を活かして探偵として活動している。行方不明や誘拐の捜索は、リョウが最も得意とするところだ。
「突然この世界に飛ばされ、誰か仲間がいないかと探していて、この町に入るお前たちを見つけた。他のトリプルHのメンバーも、何人かこの世界にいることは確認できている」
「そうなのか。みんなもこの世界にいるんだな」
「それはよかったわ。合流できれば心強いわね」
「フッ、面白い……。余を追って奴らもこの世界に来たか……」
「リョウ、誰がどこにいんのか、オマエにゃわかってんだろ? さっさと教えてクレメンス」
「そう急かすな。とりあえず中で話そう」
リョウに促され、ゲンたちは歩き出した。
「……それで、お前たちはバジルかサラマンを探しているわけか」
話を聞き終わると、リョウはそう言ってカップを口に運んだ。
それを見て、ゲンも出されたコーヒーを飲む。砂糖が大量に投入されていて、ものすごく甘い。
探偵事務所の中は最低限のものしかなく、きれいに掃除されていた。窓際にはいくつかの観葉植物が置かれている。部屋の中央には、今ゲンたちが座っている長方形のテーブルがある。
テーブルの長辺にリョウとユーシア、その対面にゲンと忠二、短辺にはミトとデビリアンが対面で座っている。デビリアンはコーヒーの香りを嗅ぎつけて出てきたのだ。
「で、2人はこの世界にいんのか? いねーのか?」
「結論から言うと、2人ともこの世界にいる。ただし……」
「ただし……?」
「バジルは姿を確認したから間違いないが、サラマンは推測の域を出ない。お前たちと同じように、俺もサラマンのかすかな気配を感じているが、姿は確認できなかった。霧が邪魔で見えない場所がいくつもあった。もしかしたらその中にいるのかもしれない」
リョウは淡々と言葉を紡ぐ。
「じゃ、バジルはどこだ?」
「俺が姿を確認したとき、バジルは草原を歩いていた。周りには何もなく、どこまでも草原が続いていた。おそらくだが、この町のずっと先だ」
「バジルは一人なのか? あいつじゃ敵と出会っても戦えねーぞ」
「心配はいらない。3人の仲間がいて、4人で行動している。レガート、カレッツ、フィンの3人だ」
「レガートと一緒なのか。それなら安心だな」
「カレッツもフィンも強そうだったわよね」
「ククク、それはいい……。戦力的には申し分ない……」
「すげーな。レガート(CV:西口蓮人)、カレッツ(CV:小川保親)、フィン(CV:尾藤晴也)ならかなり豪華なメンツじゃねーか。っつーか、はるやは喉を痛めて3年前に引退してっけど、本人か? 代役か? あの声ははるやにしか出せねーから、本人降臨オナシャス!」
ゲンは興奮気味に、残りのコーヒーを一気に飲み干した。
レガートは『サバナーク戦記』の主人公。26歳。聖剣カリスムを持つ伝説の勇者だ。魔王バーロックの軍勢から世界を守るため、過酷な戦いに身を投じている。剣と魔法を巧みに操り、臆することなく強敵に立ち向かうその姿は、まさにユーシアが憧れる勇者像そのものだ。
この作品の固有名詞は、ほぼすべてが草花の名前が由来だ。レガートやバーロックの名も、もちろん例外ではない。
カレッツは『メルグ大陸物語』に登場する20歳の魔法使い。主人公ニケ・ブルガーや他の仲間とともに、大陸の支配を狙う魔皇子ジルトンを倒す旅を続けている。
この作品の固有名詞は、ほぼすべてが料理に関係する言葉に由来している。カレッツの名も、某料理がその由来だ。
フィンは『双生双死奇譚』の主人公だ。25歳。生まれ育った町の自警団の一員で、その剣の腕前は高く評価されている。
兄妹が同時に生まれ同時に死ぬという「双生双死の呪い」がかけられた世界を舞台に、妹のフィーナが病死しても生き永らえたことがきっかけで、呪いの元凶を断ち切るために旅をしている。
「それ以外にも、ここからかなり離れたどこかの町でケンジアの姿を確認した。加奈とマリリアスも一緒だ」
「ケンジアもこの世界に来てるのか! それは会うのが楽しみだな」
ユーシアの表情が一気に明るくなった。
「ほう、地獄の王女亜美も来たか……。さすがは余の盟友……」
「加奈ちゃんとマリリアスちゃんもこの世界へ来てるのね」
「ケンジア(CV:酒田純一郎)、加奈(CV:早乙女佳奈)、夢幻(CV:武本衣里)、マリリアス(CV:山名ななみ)って、こりゃまた豪華な顔ぶれじゃねーか!」
ゲンは一人で興奮している。
ケンジアはユーシアの弟だ。22歳。賢者を目指して、兄と同じパーティーで旅をしている。今は魔法使いだが、過去に僧侶を経験しており、ある程度の回復魔法も使うことができる。後衛職とは思えないほど恵まれた体格をしており、よくユーシアに羨ましがられている。
山井加奈は忠二の仲間だ。15歳。忠二と同じ病を患っている。自らは地獄の王女亜美という設定で振る舞い、寄生してきた女の悪魔を夢幻と呼んでいる。魔法で戦う夢幻から力を分け与えられているため、加奈も多少の魔法なら使うことができる。肉弾戦しかできない忠二やデビリアンとは対照的だ。
マリリアスはレガートの仲間で、半獣半人の少女だ。17歳。普段は人間と変わらない見た目だが、戦闘時には虎を連想させる姿へと変貌を遂げ、驚異的な身体能力を駆使して敵を一掃する。
「あとは、はるか遠くにある荒野で富雄の姿を確認した。以上だ」
「富雄もいるのか。それは心強いな」
「それなら友里恵ちゃんもどこかにいるかもしれないわね」
「ククク、これで手駒は揃った……。終末の時は近い……」
「富雄(CV:倉島佳宏)か。主人公の中でも最強クラスなのは間違いねーが……、リア充爆発しろ!」
ゲンは忌々しそうに吐き捨てた。
火野富雄は『相愛戦士』の主人公。18歳。かつて愛の力で魔王を倒した火の相愛戦士の生まれ変わりだ。恋人の風間友里恵とともに、サラマンによって異世界に召喚され、愛の力が覚醒。富雄は火、友里恵は風の相愛戦士として、魔王ジェイドの生まれ変わりと戦っている。
「他の連中がいてもおかしくはないが、濃い霧のせいでこれ以上は見えなかった」
「でも、これだけわかれば十分だな」
「みんなもこの世界にいるとわかって安心したわ」
「フッ、さすがだ……。それでこそ余の下僕……」
「これで勝つるな。これだけのメンツがいりゃ余裕だろ。バジルが覚醒すりゃ楽勝だし、バジル抜きでも富雄とレガートがいりゃグランツに勝てんじゃねーか? ならオレたちの出番はねーな。グランツが倒されるまで、この町で――」
ゲンのセリフは、大きな音にかき消された。一連の会話を黙って聞いていたデビリアンが、机に拳を叩きつけたのだ。その振動でユーシアの飲みかけのコーヒーがこぼれそうになる。
「奴は儂がこの手で倒す! このままでは腹の虫がおさまらん……!」
デビリアンは憤怒の表情でゲンを睨みつけてくる。ギリギリと強く歯を噛みしめる音まで聞こえる。
「リョウ、グランツの居場所はわかんねーのか?」
「調べればわかるかもしれないが、そのためにはグランツの顔を知る必要がある。俺はグランツを見たことがない」
そう言うと、リョウは立ち上がった。