119 相愛戦士
「……そういえば、サラマンが作った道具をまだ見せてもらってないわ。持ってるんでしょ?」
バジルとジェイドが視界から消えた後、最初に口を開いたのはミトだった。その話題が魔王の取引でも勇者の告白でもないのは、おそらくわざとだ。あえて触れないようにしているのだろう。
「あー、この2つだ。どっちもめちゃくちゃすげーぞ」
ゲンも余計な茶々は入れず、ポケットからオーブとヲーブを取り出した。
「こっちの風呂敷みてーなやつに宝珠を包むと、亜空間に送られて安全に保管されるっつー話だ。オレが持ってた宝珠は既に亜空間に送ってる。ミト、オマエも宝珠持ってんだろ? それも亜空間に送ろーじゃねーか」
「そうなのね。じゃ、お願いするわ」
ユーシアから聞いていたとおり、ミトが持っていた宝珠は5個だった。ゲンは次々とオーブで亜空間へと転送していく。
「……これで9個。まだ半分じゃねーか。先はなげーな」
ゲンが集めていた4個にミトが持っていた5個が加わり、9個になった。宝珠は全部で18個。ちょうど半分だ。まだまだ先は長い。
「こっちはまだ亜空間に送ってねー宝珠の場所がわかるっつー道具だ。これを見りゃ、残りの宝珠がどこにあんのか――」
ゲンの言葉が止まったのは、すぐ近くに宝珠があることをヲーブが示していたからだ。数は3個。
「……なんだ、誰かと思ったらユーシアかよ。てっきりサラマンの爺さんが若返ったのかと思ったじゃねえか」
空から声が降ってきた。聞いただけで、ゲンには声の主がわかった。
火野富雄、17歳。物語の主人公を務める火の相愛戦士だ。サラマンにより異世界に召喚され、同時に相愛戦士としての力を引き出された。その相思相愛の相手は、風の相愛戦士風間友里恵。
富雄の前世も火の相愛戦士だ。かつて世界を魔王ジェイドの支配から救った4人の相愛戦士の一人、レイム。その恋人は、水の相愛戦士アクアス。なお、アクアスは友里恵の前世ではない。
見上げると、黒いTシャツにジーンズ姿の富雄が宙に浮かんでいた。陽に焼けた彫りの深い顔に、かすかな笑みが宿っている。
「サラマンなら町の中にいるぞ。俺たちもさっき会ってきたところだ。富雄も会いに行ったらどうだ? 会いたがってたぞ」
真っ赤なローブを着たユーシアが、すぐ近くにあるヴェロナーの町を顎で指した。そのローブはサラマンからもらったものだ。そのせいで、富雄をしてサラマンが若返ったと思わしめたのかもしれない。
富雄にとって、サラマンは師とも呼ぶべき存在だ。サラマンにより異世界に召喚され、サラマンにより相愛戦士の力を引き出され、サラマンにより技を教えられた。空を飛ぶことができるのも、サラマンのおかげだ。
「いや、今はそれどころじゃねえんだ。俺は今――、お?」
富雄は上空からゲンを指差した。
「アンタ、もしかして作者か? この世界のどっかで作者に会うかもしれねえと、ケイムの野郎から聞いてるんだ」
「そーゆーことなら話がはえーな。あー、そーだ。オレが作者だ。富雄、どーだ? 作者がオレみてーなイケオジで嬉しーだろ? 嬉しくて涙ちょちょぎれそーだろ? 正直に言ってくれていーんだぜ?」
本気か冗談かわからないゲンの発言は、富雄にあっさり無視された。
「……アンタはこれを集めてるんだろ? 俺が持ってても意味ねえから、アンタにやるよ」
富雄はポケットから何かを取り出し、ゲンに向かって放り投げた。
宝珠だった。全部で3個。紺、黄緑、銀に色づいている。
「宝珠を持ってたのは、やっぱオマエだったのかよ。しかも、3個。すげーじゃねーか」
ゲンたち以外に宝珠を2個集めた者がいると、かつてケイムが言っていた。最強クラスの実力を持つレガートでもバジルでもなかった時点で、富雄ではないかと思っていた。
しかも、さらに1個上乗せされ、富雄が集めた宝珠は3個になっていた。これで合わせて12個、残りは6個。なんとなく旅の終わりが見えてきたような気がした。
「確か、紺色のが影の宝珠、黄緑のが地の宝珠、銀色のが聖の宝珠だったんじゃねえかな? うろ覚えだから、合ってるかどうかわかんねえけどな」
富雄は苦笑いを浮かべながら頭を掻いた。影、地、聖。そういう名の宝珠が存在することは、ケイムから聞いている。富雄の記憶は、おそらく間違ってはいないだろう。
受け取った3個の宝珠を、ゲンは手際よくオーブで包んで亜空間へと送り込んだ。
「ところで、ジェイドの野郎を見てねえか? 野郎の気配を感じて、ここまで飛んできたんだ」
「ジェイドならさっきまでここにいて、バジルと2人であっちに向かって移動していったぞ」
勇者と魔王が移動していった方向を、ユーシアは指差した。
「今ごろはどこかでバジルと戦ってるんじゃないかしら?」
「そうか、あっちか。サンキュー。じゃ、またな」
そう言うが早いか、富雄はユーシアが指差す先へ向かって飛んでいった。その姿はあっという間に見えなくなった。
富雄に聞きたいことはいろいろあったが、何一つ聞けないまま行ってしまった。
「……そういえば、友里恵ちゃんはどうしたのかしら? この世界に来てからまだ一度も会ってないし、見かけたという人もいなかったわ」
富雄が飛び去って行った方向を見つめながら、ミトがぼそりと呟いた。
「それはわからないが、富雄がジェイドを探してるのと何か関係があるのかも――」
「……ねぇ、富雄がどこにいるか知らない?」
ユーシアの言葉を遮ったのは、背後から聞こえてきた女の声だった。
振り返るまでもなく、それが誰なのかゲンにはすぐわかった。
風間友里恵、17歳。富雄のパートナーであり、風の相愛戦士でもある。富雄とともに異世界に召喚され、相愛戦士としての力に目覚めた。
前述のとおり、友里恵の前世は相愛戦士ではない。だが、完全に無関係だったわけでもない。
振り返ると、白いTシャツにデニムのショートパンツを履いた友里恵が立っていた。すらりと伸びた健康的な脚とは対照的に、その顔には生気を感じられなかった。目の焦点も定まっていないように見える。
「ねぇ、富雄はどこ? どこなの? なんだかこの近くにいるような気がするのよね」
「友里恵ちゃん、富雄くんなら――」
「ねぇ、どこなの? 知ってるなら早く教えて。あたし、富雄を殺さなきゃいけないんだから」
友里恵は表情一つ変えず言い放った。
「えっ、殺す……!? どうして……!?」
ミトが驚きの声を上げる。
「友里恵、オマエ、ジェイドに前世を見せられたっつーわけか……」
友里恵の身に何が起きているのか、作者であるゲンにわからないはずがなかった。
「あなた、あたしの前世を知ってるの? じゃ、正直に答えて。あなた、前世のあたしをどう思う? 前世のあたし、気持ち悪いでしょ? 前世のあたし、怖いでしょ? 前世のあたし、醜いでしょ?」
友里恵は目を大きく見開いて、矢継ぎ早に質問を飛ばしてくる。ゲンは答えに窮し、無言を貫いた。
「否定しないということは、つまりそういうことよね? だから、前世のあたしは、前世の富雄に憎まれてたのよね? だから、前世のあたしは富雄と戦わなきゃいけなかったのよね? だから、前世であたしは富雄に倒されたのよね? ねぇ、そうでしょ?」
友里恵は鬼気迫る表情で、次々と畳みかけてくる。
「まさか、そんな……!? 嘘でしょ……!?」
友里恵の前世がどんなものだったのか、ミトもなんとなく理解したようだ。
魔王ジェイドに仕えた半人半鳥の魔族ウインドル。それが友里恵の前世だ。その実力を魔王に認められ、四天王の一人として相愛戦士たちの前に立ちはだかった。風を使った攻撃で相手を大いに苦しめたが、壮絶な戦いの果てに討ち取られた。ウインドルにとどめを刺した人物こそ、富雄の前世である火の相愛戦士レイムだ。
友里恵は原作中で一時的に正気を失う。ジェイドに前世の映像を見せられ、大きな衝撃を受けたのが原因だ。そして、そこに付け込まれて心を操られ、前世の恨みを晴らすために執拗に富雄に襲いかかるようになる。
原作では既に正気を取り戻して過去の話になっているが、今目の前にいる友里恵は現在進行形で心を操られ、富雄を殺すことに執念を燃やしているようだ。富雄がジェイドを探しているのは、倒して友里恵を元に戻そうとしているからなのかもしれない。
「あたしは富雄が憎い! 前世であたしを殺した富雄が憎い! 絶対に許さない! だから、今度はあたしが富雄を殺す! どこまでも追いかけて、必ずあたしがこの手で殺す!」
次の瞬間、周囲に風が吹き荒れた。思わずよろめきそうになるほどの強さだ。友里恵が風の相愛戦士であることと、全くの無関係ではないだろう。
「友里恵、もちつけ! 前世なんか関係ねーだろ! 今が幸せならそれでいーじゃねーか!」
「友里恵ちゃん! お願いだからもうやめて! どうして富雄くんを殺す必要があるの!?」
「お前の気持ちはよくわかるが、怒りや憎しみは何も生み出さないぞ! まずは落ち着くんだ!」
友里恵を制止しようと、ゲンたちは口々に言葉を投げかけた。
「あなたたちに何がわかるの!? もしあたしと同じ立場になっても、同じことが言えるの!? 他人事だと思って、勝手なこと言わないで!」
言い終わったときには、友里恵の姿は地上になかった。空に浮かんでいた。
「あなたたち、富雄の味方をするのね!? だったらあなたたちも敵よ!」
友里恵の手に、真っ白な剣が現れたのはその直後だった。ジェイドと同じように、相愛戦士たちも一瞬で剣を作り出すことができる。友里恵のそれは風の力を宿す。
「殺す! あなたたちを殺す! 富雄より先に、まずはあなたたちを殺す!」
虚ろな目と剣の切っ先をゲンたちに向け、友里恵は叫んだ。