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かきかけ~作者と愉快な主人公たち~  作者: 蓮井 ゲン
第三章 さらなる旅路
118/140

118 告白

「そこまでして取引をしたいの!? そこまでして書き直してもらいたいの!?」

 ミトはなおもジェイドに怒号を飛ばす。相手が魔王であろうと、全く恐れていないようだ。

「ミト、やめろ! それ以上ジェイドを刺激すんじゃねー!」

  ゲンはミトに制止を呼びかけた。止めなければどうなるか、ゲンにはよくわかっていた。

 

 安易にジェイドに話しかけるのは危険だ。禁句は決して聞き逃さない。たとえ土下座していようと、どんなに号泣していようと、一瞬で発言者を処刑することができる。

 そして、何よりも厄介なのは、今のこの状況下で誰もがジェイドに向けて放ちたくなるであろう言葉の多くが、禁句に該当するということだ。

  先ほどゲンに投げつけていた言葉から考えると、ミトはあっという間にジェイドの逆鱗に触れてしまうだろう。そうなる前に止めなければ、ミトの命はない。


「書き直してほしいと思ってるのは、あなただけじゃないのよ!? 自分さえよければ、それでいいの!?」

 ゲンの忠告も耳に入らないのか、ミトはさらにジェイドを責め立てる。

「俺はカディアに会いたい……。会わせてくれ……。早く会わせてくれ……。頼む……。頼む……」

 ミトの声を気にする様子もなく、ジェイドは土下座したまま涙声で懇願を続けている。


「そこまでして会いたいの!? あなたはいいかもしれないけど、それでカディアって人が喜ぶとでも思って――」

 ミトの喚声をそこで強制終了させたのは、金属同士が激しくぶつかり合うような音だった。

 その音を生み出したのは、ジェイドとバジルの2人だった。前者はミトに向かって、黄色く輝く剣を振り下ろしていた。後者はミトの前に立ち、それを聖剣で受け止めていた。


 あまりにも速すぎて、HGによって身体能力を大幅に底上げされたゲンですら、何が起きたか全く見えなかった。一瞬の出来事すぎて、推測でしか状況を把握することかできなかった。

 泣きながら土下座をしていたジェイドが、立ち上がり、ミトに近づき、剣を作り出して振り下ろす。成り行きを見守っていたバジルが、ミトの前まで移動し、ジェイドの剣を受け止める。双方が一瞬のうちにこれだけの行動を起こさない限り、このような状態になることはないだろう。だとしたら、どちらもとんでもない速さだ。特に、ジェイドの動きを見てから行動したであろうバジルは、まさに光のごときスピードだと言える。



「なんだと……!? 貴様……!」

 ジェイドの顔に驚きが広がる。必殺の一撃が、まさか止められるとは思わなかったのだろう。

「……ジェイド。剣を振り回したら危ないよ。誰かに当たってたら、大変なことになってたよ」

 バジルの声は、これまでに聞いたことがないほどトーンが低く、殺気すら感じられた。その迫力に気圧されたのか、ジェイドは後ろに飛び退いて間合いを取った。


「貴様、一体どういうつもりだ? 俺の邪魔をするな。俺はその女を殺す。その女を庇うつもりなら、貴様も殺す」

 ジェイドは剣でバジルを指した。ジェイドは一瞬で武器を作り出すことができる。黄色く輝いているように見えるのは、雷の力を帯びているためだ。

「その女の言動は、万死に値する。話を書き直しても、カディアが喜ばないだと? そんなことはない。俺にはわかる。カディアは俺に会いたがっている……。俺に会えば、カディアはきっと喜ぶに決まっている……。俺もカディアに会いたい……。ああ、カディア……。カディア……」

 カディアへの愛が涙へと姿を変え、ジェイドの両目から大量に流れ落ちた。


「ジェイド。キミを見ていると、どれだけカディアが好きなのかよくわかるよ。好きだからこそ、カディアのことで怒りたくなる気持ちもよくわかるよ。でもね……」

 バジルはそこで一旦言葉を切った。

「キミがカディアを好きなように、ボクにも好きな人がいるんだ。ボクはその人を失いたくない。だから、ボクはミトを守ってるんだよ」

「えっ……? バジル……?」

「ボクはミトが好きだよ。大好きだよ。グランデの町で、ミトがお酒に酔って泣いてるのを見てから、ずっとミトのことが気になってたよ」

 突然の愛の告白だった。バジルは顔を少しだけ横に向け、背後にいるミトに思いの丈を伝えた。

 恋に落ちたという現場には、ゲンも居合わせていた。ミトはひどく酒に酔い、隣に座るバジルに絡んでいた。大量の愚痴や弱音を生み出しながら、バジルの肩にもたれかかって泣いていた。バジルは顔を真っ赤にしてずっと固まっていたが、そこで恋心が芽生えたという。普段は決して見せないミトの意外な一面に、すっかり心を奪われてしまったのだろう。


「ミトがいたから、ボクは強くなれた。ミトを守るために、もっと強くなりたいと思った。ミトのことを考えるだけで、どんどん力が湧いてきた。……ありがとう。ボクが強くなれたのは、ミトのおかげだよ」

 バジルは照れたように笑った。原作と同じく、バジルは恋をすることで勇者の力に目覚めたようだ。

 なお、原作での恋のお相手は、魔王グランツが人間との間に儲けた娘、ディオナだ。娘が持つ強大な潜在能力を引き出そうと激しい暴力を加えるグランツを見て、ディオナを救いたいと強く思ったのが恋の始まりだった。それを機にバジルは爆発的に強くなり、遂には魔王グランツを倒すに至る。

「やめて、バジル……。恥ずかしいわ……」

 ミトは恥ずかしそうに両手で頬を押さえている。



「なるほど。貴様、俺に対する当てつけで、その女に告白したというわけか。貴様の告白が成功するところを、俺に見せつけるつもりか。そういうことなら、容赦はしない」

 魔王の顔と声に怒気が混じる。持つ剣もその輝きを増し、眩いほどに光り輝いた。

 ジェイドにとって、告白は悪夢以外の何物でもない。卒業式の日に最愛のカディアに断られた。魔王の力に覚醒するきっかけになった。カディアの命を奪う原因にもなった。告白が成功さえしていれば、その後の人生は大きく変わっていただろう。だからこそ、ゲンとの取引で書き直しを要求している。


「それは違うよ。この告白がうまくいかないことはわかってるんだ。ミトには好きな人がいるみたいだからね。お酒に酔って、その人の名前を呼びながら泣いてるのを、何回も見たことがあるよ」

 バジルが誰のことを言っているのか、ゲンにはすぐにわかった。ミトの幼馴染みで、ともに宝珠を取り戻す旅に出る戦士、ザックだ。原作の設定どおりなら、2人はお互いを憎からず思っている。

 ゲンにとっては、帝国でともに戦った仲間でもある。同じパーティーにこそならなかったものの、皇帝を倒すために心を一つにし、激戦に次ぐ激戦を乗り越えた。最後に見たのは、城の外で大量の魔物を相手に奮闘している姿だ。皇帝が放った魔剣の攻撃により、ザックは右の脇腹を負傷していた。その後の消息は不明だが、無事でいるだろうか。


「でも、ボクは気にしないよ。ミトが誰を好きかとか、ボクのことをどう思ってるかとか、そんなことはどうでもいいんだ。ボクはミトが好き。大好き。ただそれだけだよ。それに、ボクはもっと強くなりたいんだ。やられちゃったら、もうミトに会えなくなる。だから、誰にも負けないくらい強くなりたいんだ。僕を強くしてくれるのは、ミトを想う愛の力だけだから、ボクはもっとミトを好きになって、もっともっと強くなるよ」

 聞いているほうが恥ずかしくなるような言葉を、バジルは事もなげに並べ立てる。名を連呼されたミトは、顔を真っ赤にして俯いている。


「貴様も相愛戦士どもと同じように、愛の力などとほざくか。俺は相愛戦士どもが憎い。憎くて憎くてたまらないのだ」

 ジェイドは忌々しそうに吐き捨てた。

 相愛(あいあい)戦士。その名のとおり相思相愛の戦士で、愛の力を武器に戦う。深い愛の絆で結ばれており、相手を想えば想うほど、相手から想われれば想われるほど強くなる。

 そして、ジェイドとは浅からぬ因縁がある。前世の魔王ジェイドは、魔王妃パティとともに相愛戦士により倒された。その戦士の生まれ変わりが、物語の主人公たちだ。

 ジェイドは相愛戦士を激しく憎んでいる。前世を覚えているからではない。カディアにフラれたからだ。カディアさえ手に入れば、前世などどうでもよかった。それが叶わなかったがゆえに、相愛戦士が許せなくなった。カディアに断られたのは相愛戦士のせいだと決めつけ、怒りを募らせた。



「ボクの愛の力なんて、相愛戦士のみんなと比べたら大したことないと思うよ。みんなと違って、ボクは片想いだからね」

「それならば、貴様も書き直しを望むか? 俺の気が向けば、貴様の分の書き直しも作者に掛け合ってやらないこともない」

「それはありがとう。でも、ボクの場合は書き直してもらっても何の意味もないんだ。ボクとミトは作品が違うから、どういうふうに書き直してもらっても、お話の中でボクとミトは出会えない。ボクがこうしてミトと一緒にいられるのは、この世界にいる間だけなんだ。だから、ボクの希望は書き直しなんかじゃない。少しでも長くこの世界にいることなんだ」

 ミトとバジルは、それぞれ別の作品で主人公を務める。原作中での共演は不可能だ。よって、同じ世界で同じ時間を過ごすことは、今しかできない。この世界に少しでも長くいたいという気持ちが生まれるのは、至極当然だろう。

 

「僕は、キミと作者さんが取引をすることには反対じゃないよ。キミの気持ちはよくわかるし、書き直してもらう以外に会う方法がないんだから、しかたがないよね。でも、今この場で取引をするのには反対なんだ。キミと取引をして作者さんが元の世界に帰ったら、この世界が消えちゃうかもしれないからね。そうなったら、ボクはもうミトと一緒に旅ができなくなる」

 バジルの不安は、おそらく的中するだろう。今ゲンが現実世界に帰れば、この世界はきっと消滅する。ケイムの妨害を防ぐために、ゲンはまず最初に原作小説からケイムの存在を消そうかと考えているからだ。ケイムがいなければ、この世界はそもそも作られていない。すなわち、ゲンがケイムを消した瞬間、この世界は消滅を免れない。


「だから、今ここで作者さんと取引をしようとするのはやめてもらえないかな? このまま大人しく引き下がってもらえたら、ボクはすごく嬉しいんだ」

「断ると言ったら?」

「残念だけど、キミを倒すしかないと思うよ」

「それは奇遇だ。俺も目障りな貴様を倒したいと思っている」

 その直後、何かがぶつかり合うような音が再び響き渡った。魔王が振り下ろした雷の剣を、勇者が聖剣で受け止めていた。速すぎて動きが全く見えなかった。


「ほう。一度ならず二度も防ぐとは、俺を倒すとほざくだけのことはあるようだな」

 ジェイドは小馬鹿にしたような笑いを浮かべながら、バジルから距離を取った。

「ジェイド。ここだとみんなを巻き込んじゃうから、場所を変えよう」

「いいだろう。死に場所くらいは貴様に選ばせてやろう」

 その言葉が終わるのと、両者が動き始めるのとは全くの同時だった。2人の姿がどんどん小さくなり、あっという間に見えなくなった。



「ちくしょー。ジェイドのやつ、行っちまったじゃねーか……」

 ゲンはがっくりと肩を落とした。

 あれよあれよという間にジェイドがいなくなり、取引ができなくなってしまった。バジルとの戦闘結果次第では戻ってくるかもしれないが、ミトの猛反対に遭うことは目に見えている。

 ジェイドと取引をすれば元の世界に帰れると思っていたが、そうは問屋が卸さなかった。

2021年10月1日に投稿を始めて、早いものでもう3年になりました。

ここまで書き続けることができたのも、ひとえに作品を読んで下さるみなさまのおかげです。いつもありがとうございます。

これからもよろしくお願いします。

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