114 好意
「……おっさん、やるじゃないか。伝説の剣を手に入れたんだな」
「入ってすぐに声が聞こえたような気がしたけど、気のせいだったみたいね」
「本当にすごいね。ボクだったら、たぶん無理だったと思うよ」
部屋から出るなり、仲間たちの拍手と賞賛の嵐が吹き荒れた。6つの目がゲンの持つ剣に注がれている。
「オマエら、こいつぁーすげー剣みてーだぞ。めちゃくちゃつえーけど、使うたびに髪が減る。だから、HGと書いてハーゲーと読むらしー」
「それはよかったじゃないか。おっさんにはちょうどいい剣みたいだな」
「ただ減っていくだけよりも、そっちのほうが有意義な使い道だと思うわ」
「本当にすごい剣なんだね。どのくらい強いのか、早く見てみたいよ」
仲間たちの反応は素っ気なかった。
「……剣も手に入ったし、もうここに用はないな。先を急ごう」
「ユーシア、さっきみてーに魔法で飛ぶのか? あの魔法は行ったことある町に一瞬で移動できるっつーあれだろ? すげーじゃねーか。だったら、グランデの町までオナシャス」
ゲンはユーシアに行き先をリクエストした。グランデの町。ユーシアたちに再会する直前まで滞在していた町で、10億の金策に走ったり婚活パーティーに参加したりと、死を回避するために奮闘したことは記憶に新しい。また、ミトやバジルたちと別れることになった町でもある。
グランデを希望した理由は、完二の存在に尽きる。仲間たちに紹介したいわけではない。完二の能力で、ある部分の時間を戻してもらおうという魂胆だ。先日の婚活パーティーに参加するにあたり、戻してくれと頼み込んだことがあるが、命にかかわる病気でもないからと、すげなく断られた。
だが、この剣を見せればなんとかなるかもしれない。ある部分を最盛期の状態にまで戻してもらえれば、HGの能力を最大限に活かすことができるだろう。
「確かにおっさんの言うとおり、あれは瞬間移動の魔法だが、あの魔法を覚えた後に立ち寄った場所にしか行けないんだ。ちょっと前に教えてもらったばかりだから、行けるところはまだ1か所しかないんだ」
「1か所?」
「ヴェロナーだ。この魔法は、ヴェロナーでサラマンに教えてもらったんだ」
「サラマンかよ。今更感がぱねーな」
ゲンは鼻で笑った。
魔王グランツによってこの世界へ飛ばされた当初、旅の目的はバジルもしくはサラマンの発見だった。前者は原作でグランツを倒す勇者、後者は原作で主人公たちを異世界から召喚する魔法使い。どちらかを発見できれば、事態を打開できると思っていた。
サラマンと出会うことができれば、元の世界に戻ることも夢ではないと思っていた。ユーシアたちをゲンの部屋に送り込んだように、サラマンの魔法で帰ることができると思っていた。
だが、会ったところでどうなるわけでもないことは、これまでの旅の中で嫌というほど痛感している。サラマンの異世界転移魔法で脱出できるほど、この世界は単純でも脆弱でもない。現実世界へ帰るには、ケイムを倒す以外に方法はないのだ。
「実は、おっさんが試練を受けてるときに、サラマンから戻って来いという連絡があったんだ」
「魔法のアイテムを作ったから、私たちにくれるって言ってたわ」
「サラマンは本当にすごいよね。何を作ってくれたのか、すごく楽しみだよ」
頭の中にサラマンの声が届いたと、仲間たちは口を揃える。だが、ゲンには何も聞こえなかった。
「そりゃすげーな。魔法のアイテムっつーのが何なのか、めちゃくちゃ気になるじゃねーか」
サラマンが何を作ったのかは、ゲンにもわからない。全く見当もつかない。原作において、技や魔法を教えることはあっても、サラマンがアイテムを作ることはないからだ。
「じゃ、ヴェロナーの町へ行くぞ」
ユーシアが杖を掲げた。
「……やっぱヴェロナーはこーゆー感じなのかよ。原作のまんまじゃねーか」
町全体を覆う障壁を見て、思わずゲンは呟いた。
ヴェロナーは『相愛戦士』に登場する町の一つだ。この町に住む火の魔法使いサラマンが、異世界に住む主人公たちを召喚するところから物語は始まる。
この障壁が、町への出入りを不可能にしている。無理に通り抜けようとすれば、強烈な電撃により絶命する。ただし、それは作中世界の住人に限った話だ。異世界から召喚された主人公たちは、この障壁も難なく突破できた。
ユーシアたちも少し前にここを訪れ、この障壁も問題なく通過できたという。命を落としていないのは、別の作品の登場人物である、つまり作中世界の住人ではないと認識されたからだろう。同じ理由で、ゲンの通行も妨げられないはずだ。
そして、もし原作どおりなら、ここヴェロナーには男しかいない。女たちは全員、別の町にいる。作中に登場する魔王ジェイドが、世界中の町を2つずつ組にして、一方の町の男ともう一方の町の女とをごっそり入れ替えたのだ。
たとえ乳幼児だろうと許されることはなかった。情け容赦なく、性別の異なる肉親とは引き離された。出生児も同様だ。母親と同性でなかった場合には、生まれた直後に別の町へ強制送還された。
「私はここで待ってるわ。気にしないで行ってきて」
ミトは町に入ろうとしない。口を真一文字に結んで、ゲンたちに手を振っている。
男しかいない町に女が立ち入れば、どういう事態が起きるかは想像に難くない。前回の訪問時には、絡まれたり襲われたりといったトラブルこそなかったものの、まとわりつくような無数の視線を常に全身に浴び、ずっと身の危険を感じていたという。同じ思いは二度としたくないのだろう。
結局、ミトとバジルが町の外で待機し、ゲンとユーシアがサラマンの元に向かうことになった。
ヴェロナーには、やはり男しかいなかった。通行人も、買い物客も、店員も、そのすべてが男だった。仲睦まじそうに歩いているカップルは、どちらも男。家族連れで歩いているのも全員男。たまに女のように見える者もいるが、そういう身なりをしているだけで、もちろん男。どこを見ても男しかいない、女人禁制の場景がそこに広がっていた。
「男しかいねー町とかやべーな。あたおかすぎんだろ」
自分が考えた設定にもかかわらず、ゲンはまるで他人事のような感想を漏らした。文字だけよりも、実際に映像として見るほうがはるかに異様だった。ゲンが考えていたよりも、はるかに強烈な光景だった。
魔王ジェイドが男女を物理的に引き離した目的は、端的に言えばフラれた腹いせによる八つ当たりだ。それ以上でもそれ以下でもない。両性を完全に分離することだけが狙いで、女だけを集めて云々といった意図は微塵もない。配下たちに対しても、町での暴力や略奪行為の一切を固く禁じている。
意中の女性に告白したが、成就しなかった。しかも、自身の手で女性の命を奪ってしまった。もう二度と最愛の女性には会えない。その悲痛な気持ちを紛らわせるため、人間たちにも同じ思いを味わわせることにした。たった一つの小さな失恋のせいで、世界中が大きなとばっちりを受けることになったのだ。
「……あら、こんなところに素敵な殿方がいるじゃない。今日はツイてるわね」
「ええやんええやん、ごっつええやん。ええ男に出会えて嬉しいでホンマ」
「バレンもびっくりだよ。眼福というのは、きっとこういうことを言うんだね」
他の男たちとは明らかに異なる雰囲気をまとった3人が、ゲンたちの前に現れた。厚化粧をした着流し姿の男、迷彩服を着た大柄で禿頭の男、オーバーオールを着た細身の男。3人ともじっとゲンたちを見つめている。
「カマオ(CV:岡芳比呂)とビフロット(CV:深沢由多加)とバレン(CV:園村なつみ)じゃねーか」
いつものように、ゲンは声だけで3人の正体を言い当てた。
カマオ、年齢不詳。『少・笑・抄』に登場する凄腕の用心棒だ。作中では何人もの強者がジョージのギャグを貶して張り倒されてしまうが、カマオもその一人に名を連ねる。
長身で筋骨たくましいが、女性のような仕草をよく見せる。低く野性味あふれる声だが、女性のような言葉遣いを好んでいる。
ビフロット・カノープス、35歳。『メルグ大陸物語』に登場する腕利きの傭兵だ。金のためならどんな仕事でも引き受け、やがて主人公一行とも対立するようになる。
かなりの好色家だが、その対象は異性だけではない。年齢も性別も問わず、そのストライクゾーンは相当な広さを持つという。
バレン・シュルツ、21歳。『世界樹の戦士たち』に登場する戦士の一人だ。世界樹の実を食べて得た氷を自在に操る能力を武器に、仲間たちとともに覇を競っている。
中性的な容姿や声色のせいで、女性に間違われることが多い。恋愛対象も男性だと噂されているが、本人は否定も肯定もしていない。
「ユーシア、オマエすげーな。モテモテじゃねーか」
ゲンはひやかした。ユーシアは長身で体格もよく、顔立ちも悪くない。興味を示す男性がいても、決して不思議ではないだろう。カマオたち3人も、ユーシアを見初めたに違いない。
「あら、違うわよ。お兄さんじゃなくて、あなたよ、あ・な・た。あなたに決まってるじゃない」
口元に手を当てて笑いながら、カマオが言う。
「自分、ごっつええケツしとるやん。あかんあかん、もう限界や。我慢できへん。ほな始めよか」
腰を前後に動かしながら、ビフロットが言う。
「見るからにだらしなさそうなその体、バレンは嫌いじゃないよ。ああ、早く君の裸を見てみたいな」
口元にわずかな笑みを浮かべて、バレンが言う。
3人の視線と発言は、明らかにゲンに向けられていた。どうやらゲンに並々ならぬ興味を抱いているようだ。
「ファッ!? ちょっと待て。こいつら……」
よりにもよってこの怪しげな3人が、このタイミングで、この場所に集結している。今まで一切見向きもされなかったゲンが、なぜか今に限って異様に好意を寄せられている。
テッカンジーから、魔法を使いたければ決して童貞を失うなと釘を刺されている。少し遡れば、婚活パーティーでミユキから、好きなカップルの受け担当声優の声に似ているとも言われた。
これらが何を意味しているのか、今から何が起きようとしているか、わからないゲンではなかった。
「ちくしょー! そーゆーことかよ! ふざけんじゃねーぞ! ハーレムじゃねーのかよ!? こいつらがオレの童貞を奪いに来たっつーことかよ!? 冗談じゃねーぞ!!」
予感は的中しなかった。ゲンは地団駄を踏んで悔しがった。