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かきかけ~作者と愉快な主人公たち~  作者: 蓮井 ゲン
第三章 さらなる旅路
112/140

112 再始動

「……ふざけんじゃねー! いきなりこれかよ!」

 ゲンは声を荒らげた。どこかの草原に転送されたと同時に、ランダムエンカウントが発生したのだ。

 出現したのは2体。魔族に属していると一目でわかる敵だ。鎌のような武器を携えている。これまで遭遇したどの雑魚敵よりも手強そうに見えた。


「こりゃやべーな。ちくわすら持ってねーぞ……」

 ゲンは丸腰だ。何の武器も持っていない。もし持っていたとしても、使いこなせる技量もない。世界樹の実を失い、ゲンは完全に凡人に戻っていた。いくつものたらればが頭をよぎるが、後の祭りだ。


 向かって左側の悪魔の口が、わずかに動いたように見えた。その直後、ゲンは激しい睡魔に襲われた。眠りの魔法を唱えられたのかもしれない。

 魔法や状態異常への耐性など、ゲンには一切ない。抵抗する間もなく、眠りに落ちた。





「……オマエら、すまねーな。助かったぜ」

 ゲンは仲間たちに助けられたようだ。目を覚ますと、3つの懐かしい顔がそこにあった。ユーシア、ミト、バジル。偶然か必然か、トリプルHの会長、副会長、書記が勢揃いしていた。

「っつーか、ユーシア、そのカッコはどーした? オマエ、転職したのか?」

 ゲンが驚きの声を上げた。しばらくぶりに会ったユーシアのいで立ちが、明らかに変わっていた。真っ赤なローブに杖という装備は、間違いなく魔法使いのそれだ。

 ユーシアはずっと戦士であることにこだわっていた。勇者を目指すなら魔法職の経験も必要であるというのに、頑なに転職を渋っていた。だが、今のユーシアはどう見ても魔法使いだ。いつどこでどんな心境の変化が訪れたのだろうか。


「俺にもいろいろあったんだ。細かいことは気にしないでくれ」

 ユーシアは苦笑いを浮かべた。

 ゲンがそうであったように、仲間たちもさまざまな困難に直面してきたことは想像に難くない。そうでなければ、この3人が行動を共にしているはずがない。ユーシアはレガートたちのパーティーに加わり、ミトとバジルはニケを仲間にしてメルグ大陸に向かっていた。どこかで合流した後に離散し、このメンバーになったとしか考えられなかった。


「それにしても、おっさんは相変わらずだな。前とちっとも変わってないぞ」

「本当に全然成長してないわね。今までどこで何をしてたのかしら?」

 ユーシアとミトがため息交じりに言う。全く進歩の見られない作者に呆れているようだ。

「そんなこたーねーぞ。こー見えてもオレ、ケコーンしたんだぜ? モテる男はつれーなー」

 ゲンはしたり顔で答えた。ユーシアたちと別れた当時と今のゲンとを比べて、一番大きく変わった点と言えば、やはり独身ではなくなったという一点に尽きる。もっと大きな変化もなかったわけではないが、世界樹の実を吐き出したことにより消滅してしまい、今はもう何も残っていなかった。


「え? 結婚したの? それはよかったね。おめでとう!」

 最初にゲンを祝福したのはバジルだった。満面の笑みを浮かべながら手を叩き、まるで自分のことのように喜んでいる。

 少し見ない間に、バジルは著しい成長を遂げていたようだ。勇者としての力が覚醒し、日増しに強くなっていた。パーティーの主戦力を担い、先ほどの敵もバジルが一人で倒したという。精神的にも強くなったのか、おどおどした態度が消え、話すときの吃音もなくなっていた。


「本気にするな、バジル。おっさん、どうせいつものやつなんだろ?」

「5人目だったかしら? それで幸せなら、好きにしたらいいと思うわ」

 ユーシアとミトは呆れたように肩をすくめている。ゲンの結婚報告を全く信じていないようだ。相手はいわゆる二次元の嫁だと思っているのだろう。


「ちげーよ。ガチのマジでリアル嫁に決まってんだろーが。オレがケコーンしちゃいけねーのかよ? みなもすなるケコーンといふものを、オレもしてみむとてするなり、ってゆーだろーが」

「じゃ、今度紹介してもらおうかしら。奥さんがどんな人なのか、とても気になるわ」

「オレの気が向きゃーな。ま、向かねーたー思うけどな」

 ゲンは笑ってごまかした。妻にはもう二度と会えないことはわかっていた。ゲンと結婚するという役割を終えたため、ケイムにより消されてしまった。


「でも、もし本当だとしたら、ものすごいスピード結婚よね?」

 ミトは指を折って何かを数えている。ゲンと別れてからの日数をカウントしているのだろうか。

 あれからまだ数日しかたっていない。その間に出会って結婚したのであれば、十分すぎるほどのスピード結婚だ。

「超スピード婚っつーレベルじゃねーぞ。交際0日婚どころか、出会って半日婚だぜ。昼に出会ってその日の夜にケコーンとか、オレだって驚き桃の木山椒の木に決まってんだろーが。そーゆーケコーンでもおkっつー女がいたんだよ。オレじゃなきゃ見逃しちゃうんじゃねーか?」

 ゲンは興奮気味に早口でまくし立てた。


「出会って半日で結婚だなんて、ますます信じられないわ」

 ミトの表情がますます険しくなった。ゲンの言葉を全く信じていないようだ。無理もない。出会って半日で結婚したと言われたら、誰もがミトと同じ反応を示すだろう。

「信じねーならそれでもいーが、間違いなくオレはケコーンしてんだよ。この世界じゃ、ケコーンしたら婚姻印っつーもんを体に刻むみてーなんだ。もちろんオレの体にもあるから、嘘だと思うなら調べてみりゃいー。今は見えねーけど、役場に行きゃ見える機械があるらしーぞ」

 ゲンは自分の体を指差した。


「婚姻印か。確かそんなことを言われたような気がするな」

「じゃ、あの人に見てもらえばいいんじゃないかしら?」

「そうだね。それなら本当かどうかすぐにわかると思うよ」

「あの人? 誰だそりゃ?」

「話は後だ。とにかく行ってみよう」

 ユーシアが杖を高く掲げたかと思うと、周囲の景色が渦を巻くように歪み始めた。元に戻ったときには、さっきとは別の景色が広がっていた。森の中だろうか。木々の間にひっそりと佇む庵のような建物の前に、ゲンたちは立っていた。





「……うむ、お主は確かに結婚しておるようじゃな。しっかりと婚姻印が刻まれておる。雨かんむりに元という字じゃ。合っておろう?」

 白い服に白い髪、白く長いひげを蓄えた老人が、ゲンの結婚を言い当てた。男の名はテッカンジー。ここに居を構える仙人だという。

「ドンピシャじゃねーか、すげーな。そこまでわかんのかよ。その字はオレと嫁の名前から1文字ずつ取ってくっつけたんだぜ。ちな、嫁は優しい雨と書いて、優雨な」

 ゲンは驚きを隠さない。まさか婚姻印を当てられるとは思わなかった。特殊な機械を使わない限り、目に見えないはずだ。


「おっさん、本当に結婚していたのか……」

「嘘でしょ……。まだ信じられないわ……」

「本当だったんだね……。すごいよ……」

 仲間たちも驚きを隠さなかった。

「だからそー言ってたじゃねーか! なんで信じねーのか、小一時間問い詰めてーぜ!」

 ゲンはここぞとばかりに怒りをぶちまけた。



「……して、お主はどうするのじゃ? お主なら既婚者ゆえ、儂の試練を受けることができる。見事乗り切ることができれば、つるぎはお主のものじゃ」

「は? 試練? つるぎ? どーゆーことだ?」

 ゲンには状況が理解できなかった。


 ユーシアたちは少し前にここを訪れていたという。ここに伝説の剣があると聞き、手に入れて戦力をアップさせようとしたのだ。剣はテッカンジーが守っており、試練をクリアすれば入手することができる。

 だが、ユーシアたちは挑戦することすら許されず、追い返された。試練を受けるための条件を誰も満たしていなかったのだ。

 その条件はただ一つ、結婚していることだった。結婚さえしていれば、性別も年齢も問われない。テッカンジーには婚姻印が見えるため、既婚者と偽ることは不可能だ。



「伝説の剣かよ。すげーじゃねーか!」

 攻撃手段を持たないゲンにとって、武器を得るまたとない好機だ。しかも、手に入るのは伝説の剣だという。きっと絶大な力を持っていることだろう。世界樹の実以上の活躍も期待できるかもしれない。

 もっとも、どんなに高性能な剣であったとしても、どうせケイムには通用しない。ケイム以外の強敵をすべて屠れたとしても、ケイムを倒せなければ意味がない。だが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。とにかく武器を手に入れなければならない。


「つるぎの名は、天神剣HGじゃ。その名のとおり、神の力が宿るという伝説がある」

「HG、ktkr! ヘヴンゴッドかハイグレードかハードゲイか水銀かはしんねーが、HGっつったら蓮井ゲン以外ありえねーだろ! っつーわけで、オレのためにあるよーな剣じゃねーか! こりゃオレが手に入れねーわけにゃいかねーな!」

 ゲンは一人で盛り上がった。剣の名と自分のイニシャルが同じなのは、ただの偶然には思えなかった。自分のために用意された剣なのではないかと、考えずにはいられなかった。



「そりゃそーと、どんな試練なんだ? とんでもなくつえー敵を倒せとか、100連勝しろとか、どーせそーゆーのだろ? そんなの無理ゲーに決まってんじゃねーか」

「案ずるでない。力や体の強さではなく、心の強さを問う試練じゃ。儂がよいと言うまで、お主は一言も発してはならぬ。ただそれだけじゃ。その間、お主はさまざまな光景を目の当たりにするじゃろう。じゃが、何を見ようと何を聞こうと何を感じようと、決して声を出してはならぬぞ」

「どっかで聞いたことあるよーな試練じゃねーか。どーゆーオチかまでわかったぜ」

 ゲンは勝ち誇ったような表情を浮かべた。

 どうして既婚者しか試練を受けられないのか、ゲンにはわかったような気がした。挑戦者に配偶者や子供の幻影を見せるためだと考えて、まず間違いないだろう。どんな内容なのかも容易に予測できた。鋼のような心を持っていなければ、沈黙を貫くのは至難の業だろう。


「では、始めるぞ。儂についてくるのじゃ」

 テッカンジーに促され、ゲンは隣室へと向かった。伝説の剣を手に入れるための試練が、今まさに始まろうとしていた。

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