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11 転職の神殿

「この町じゃダイム以外使えねーんだな。これじゃ何も買えねーぞ」

 本屋を出たゲンたちは、飲食店や道具屋を覗いてみたが、やはりダイム以外は使えなかった。もちろん、作者であろうと例外ではなかった。

「おっ、あれはジョブー神殿じゃないか? 懐かしいな」

 ユーシアが道の先を指差す。そこにあったのは、教会のような建物だった。屋根に掲げられているのは、よく見ると十字架ではなく剣だ。

 

 ジョブー神殿。ユーシアの作品に登場する神殿で、労働の神ジョブーに祈りを捧げることで転職ができる場所だ。世界各地に存在し、ユーシアは作中で何度か訪れているが、いまだに転職が決意できずにいる。

「ん? 見た目はジョブー神殿なのに、名前が違うぞ? ハワーロック神殿という名前みたいだな」

「ハワーロック神殿? オレも聞いたことねー名前だな。ハワーロック、ハローワック、ハローワーク……。うっ、頭が……」

 聞き覚えのある単語に、ゲンはわざとらしく頭を抱え込んだ。




「いろんな職業があるのね……」

 ミトは興味深そうに、壁に飾られたいくつものパネルを見ている。神殿内の壁には、各職業をイメージしたイラストが掲示されている。どの職業もデフォルメされていて、コミカルに描かれている。

 剣と盾を構えて敵と対峙している戦士、敵に火の玉を飛ばしている魔法使い、傷ついた仲間を癒している僧侶、楽しそうに宝箱の罠を外している盗賊。どれも見ただけでその職業の特徴がわかる。

「踊り子や吟遊詩人、絵師なんて職業まであるのね」

 ドレスを着て踊り敵を魅了する踊り子、演奏と歌で仲間を鼓舞する吟遊詩人、描いた絵を実体化させて戦う絵師。ずっと剣だけで戦ってきたミトの目には、どの職業も斬新に映ったことだろう。


「興味があんなら、やってみたらどーだ? オマエの世界じゃ転職なんて概念はねーが、ここなら好きな職業を選べるみてーだし、転職しまくりゃ強くなれるぞ」

 原作の設定では、覚えた技や魔法は一部を除いて転職しても忘れることはない。職業によっては一時的に使えなくなることもあるが、転職を繰り返すほどに強くなっていくのは事実だ。

「いろいろと面白そうな職業はあるけど、今はやめておくわ。今まで剣以外で戦うなんて考えたこともなかったし、もう少し考えてからにするわ」

「フン、哀れな……。何度も転職せねば強くなれぬか……。人間とはなんとも面倒な……」

 忠二はパネルには一切興味を示さず、相変わらずなセリフを呟いている。


「もしかして、ユーシアはやっと転職する気になったんじゃねーか?」

 ゲンの視線の先で、ユーシアは神官と話し込んでいた。眼鏡をかけ、見るからに人のよさそうな若い神官だ。 

「ユーシアは勇者を目指してるんだったわよね」

 ミトが壁の上のほうに掲げられた1枚のパネルを指差す。金色の枠をした、他よりも少し豪華なパネルだ。そこには勇者をイメージしたイラストが描かれていた。剣と魔法を巧みに操り、仲間たちの盾となって戦う姿が表現されている。

 その勇者のパネルの横には、賢者や忍者といった他の最上級職のパネルも並んでいた。イラストを見ただけで、他の職業とは一線を画す特別な存在であることがわかる。

「フン、勇者か……。余にとっては非常に目障りな存在……。今のうちに消しておくのも悪くない……」

 忠二はいつもの調子で薄笑いを浮かべた。




「……あなたに転職は無理ですね」

 ゲンの顔を一目見るなり、神官は首を横に振った。原作どおりなら、この神殿の神官は見ただけで転職の可否を判別できる。

「ほらみろ。オレの言ったとーりじゃねーか、ユーシア。オレにゃ作者っつー不動の職業があるせーで、転職できねーんだよ」

 ゲンは勝ち誇ったような表情でユーシアを見た。ユーシアが神官と話していたのは、ゲンの転職についてだった。ユーシアに促されて神官の前に立った結果がこれだ。


「いえ、そういうわけではありません」

「違うのか? 作者だから転職できねーんじゃねーのか?」

 思わず身を乗り出すゲンに、神官は憐みのこもったような視線を向けてくる。

「あなたからは転職の意思が全く感じられません」

「転職の意思?」

「転職するには一つだけ条件があります。転職の意思および能力を有すること、これだけです。あなたは今の職業であるニートを極めているようなので、能力に関しては全く問題ありません。ただ、あなたからは他の職業に就こうという意思が微塵も感じられません」

 神官が呆れたように言う。

「当たり前じゃねーか。働いたら負けだろjk。ニートこそが最強の職業なんだから、転職するわけねーじゃねーか」

 ゲンは堂々と宣言した。


「職業に就く気が一切ないのか……。それじゃダメだろ……」

「まったく、呆れてものが言えないわね……」

「フッ、卿はまさしく怠惰の権化……。実に罪深い……」

「うるせーな。ならオマエらが転職すりゃいーじゃねーか。おい、忠二! オマエが転職してみろよ」

 ゲンは忠二を指差した。

「フッ、戯言を……。転職は人間どもの、人間どもによる、人間どものための行為……。魔界の貴公子たる余に、それができるとは思えぬ……」

「あなたが転職できる職業が一つだけありますよ。あれを職業と呼べるかどうかは微妙ですが……」

 神官が忠二に声をかけた。少し戸惑ったような表情を浮かべている。


「よかったじゃねーか、忠二。魔界の貴公子が転職できるとすりゃ、魔界の王しかねーよな」

「忠二は魔王に転職できるのか? すごいじゃないか」

「魔王になったらどうなるのかしら? 今から楽しみね」

 本気なのか冗談なのか、ユーシアとミトも興味深そうに忠二に話しかけた。

「フン、仕方あるまい……。卿たちがそこまで言うなら、転職するのもまた一興……。魔王の誕生を刮目して待つがよい……」

 忠二もまんざらでもない表情を浮かべている。


「転職するならあちらへどうぞ」

 神官が示した先には、黒い幕で仕切られた部屋があった。

「あちらが転職の間です。あちらで労働の神ハロワ様に祈りを捧げることで、転職は完了します。最後まで迷ってなかなか終わらない方もいらっしゃいますが、あなたの場合は他に選択肢がないのですぐに終わりますよ。気に入らなければいつでも戻れますので、ご心配なく」

「フッ、それはいい……。余は忙しい……。手短に終わらせろ……」

 忠二は転職の間に向かってゆっくりと歩き出した。その足取りはいつもより軽いように見える。やがて、その姿が幕の向こうに消えた。

「お仲間の転職はすぐに終わりますよ。終わったら壁際の通路から出てきますので、あちらの椅子にかけてお待ち下さい」

 神官に促されて、ゲンたちは壁際の椅子に移動した。幕の向こうからは、別の神官が神に祈りを捧げている声がかすかに聞こえてきた。




「……!」

 転職が終わった忠二を見て、ゲンたちは息を呑んだ。

 服装こそ転職前と同じだが、一目でわかるのが色の違いだ。黒かった学生服とズボンが白に変わっている。黒かった髪や瞳も、今は銀色だ。

「オマエ、本当に忠二か……?」

 ゲンは思わず立ち上がり、恐る恐る声をかけた。

「フッ、戯言を……。我はそのような名ではない……。汝の勘違いであろう……」 

 忠二の声も口調も、転職前のそれと同じだ。ある一点を除いては。

「我……? 汝……?」

「我は天界を追われし反逆神の末裔、シネン……。今汝らが目にしているのは、我の真の姿ではない……。いずれその時が来れば、我は天界へと向かい、そして神の玉座を奪還するのだ……」

 忠二は身振り手振りを交えて熱弁を振るった。


「……もしかして、転職ってこういうことなのか……?」

「……きっと悪魔から神様に転職しちゃったのね……」

 ユーシアもミトも動揺を隠せないようだ。

「ちょっと待て。オマエが反逆神の末裔なら、デビリアンはどーなったんだ?」

「フン、知らぬな……。デビリアンとは聞かぬ名だ……」

「オマエの体内に寄生してる奴がいるじゃねーか」

「なるほど……。我の従者、堕天使ダンジェルのことか……」

 忠二が薄笑いを浮かべながら呟く。

「……ダンジェル?」

「フッ、喜べ……。汝らに特別に見せてやろう……。我の従者ダンジェルを……」

 そう言い終わると同時に、いつものように忠二の体から霧が吹き出した。そして、いつものようにその霧が集まり、やがてデビリアンが姿を現した。

 いつもと同じ光景だが、唯一違うのはその色だ。霧もデビリアンの全身も、すべてが白い。


「私はダンジェル。誇り高き堕天使の――」

「ぎゃはははははは!!」

 ゲンが突然大声で笑い始めた。床に寝転がり、腹を抱えて笑う。

「デビリアンが白いと違和感パネーな! オマエらは黒以外ありえねーだろ! 腹筋崩壊レベルで笑えるじゃねーか! まさに大草原不可避! 大草原不可避!!」

 ゲンは床をバンバンと叩きながら笑い転げた。慌てた様子で神官が注意に来る。ゲンに代わってユーシアが頭を下げた。


「この私がここまでコケにされるとは……。このような屈辱は初めてだ……」

「フン、不敬な……。我を侮辱するか……。我が天界を奪還した暁には、天空から神の雷で汝を貫いてやろう……」

 笑い続けられることに、忠二もデビリアンも不快感を露わにしていた。

「おっさん、いくらなんでも笑いすぎだろ……」

「そうよ、そんなに笑ったら2人に失礼でしょ……」

 ユーシアとミトも必死で笑いをこらえているのが、その声でわかる。

「オマエらも半分笑ってるじゃねーか! さすがにこれ見て笑わねー奴はいねーだろ! 白い忠二も白いデビリアンも、やばみがすげーじゃねーか!!」

 ゲンは2人を指差しながら、ゲラゲラと笑い続けた。

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