107 婚活パーティー その5
いつもありがとうございます。
婚活パーティーの実況は今回で終わります。
もう少しだけお付き合い下さい。
よろしくお願いします。
「どなたかいらっしゃいませんか? いらっしゃいませんか? ……いらっしゃらないようなら、これで――」
司会者の言葉を遮るように1人の男性が手を挙げ、ステージに上がった。1番を付け、小柄で中性的な顔立ちをしている。おそらく30歳~32歳だろう。その年齢層の男性にしか興味がないと言っていたハルカが、彼にだけは関心を示していた。
「1番、ソウタです。みなさんの特技が本当にすごすぎて、さっきから驚きの連続です……。僕にもアピールしたいことはあるのですが、みなさんのようにここで何か技を見せるわけでもないし、アピールというよりも宣伝に近くなっちゃうので、どうしようかずっと迷っていました……。でも、自分を売り込むいい機会なので、ちょっとここで宣伝をさせて下さい」
ソウタは軽く頭を下げると、さらに言葉を続けた。
「僕は趣味で小説を書いています。五十六三四というペンネームで、『作家になろうよ』という小説投稿サイトに、5年くらい前から作品を投稿しています」
ソウタが挙げたサイトをゲンは知っている。現実世界に実在し、国内最大の規模を誇るサイトだ。数多くの作品が投稿されており、ゲンも時間があればたまに流し読みしている。だが、そのペンネームの作家は見かけたことがない。
「去年から連載している最新作がランキングの上位に入り、書籍化が決まり、先日第1巻が発売されました。これです」
ソウタがポケットから一冊の文庫本を取り出した。際どい格好をした女性キャラクターのイラストが表紙を飾っている。
「タイトルは『パーティー追放と婚約破棄を同時に食らったおっさん冒険者が異世界に転生したら悪役令嬢だったけどチートスキルで無双して逆ハーレムを作り上げてついには魔王をブッ飛ばして世界の頂点に君臨するまで』、略して『するまで』です」
ソウタがタイトルを一気に読み上げると、大きな拍手とどよめきが起きた。
「……いろいろとすげーな。ツッコミどころ満載じゃねーか。流行りの要素を詰め込みまくりゃいーってもんじゃねーだろ。タイトルがあらすじみてーだし、略し方もおかしすぎんだろ。なんで『するまで』なのか、小一時間問い詰めてーぜ」
ゲンは心の中で笑った。だが、何を言おうと負け犬の遠吠えにしかならない。
若かりしころのゲンの夢は、一生のうちに一冊は自分の本を出すことだった。その夢は今も捨てたわけではない。だが、多くの作品をかきかけで放置している今の状態では、夢は永遠に夢のままだろう。書籍化を夢見るだけのゲンと、それを実現したソウタ。その差はあまりにも大きい。
投稿した小説が書籍化されるのは、そう簡単なことではないはずだ。多くの読者に読まれ、支持されなければならない。いわゆるブックマークも大量に必要になるに違いない。40万字を超えてもブックマークが1桁しかないような作品では、上梓されることは永遠にないだろう。
「こういう小説は好き嫌いがあると思いますが、もし興味があるならぜひ買って下さい。他にもたくさん小説を投稿しているので、サイトも覗きに来て下さい。以上です。ありがとうございました」
ソウタは深々と頭を下げ、ステージを降りた。
次に上がったのは8番を付けた男性だ。ゲンと大差ない年齢だろうか。眼鏡をかけ、髪はオールバックに整えている。
「トモカズです。僕もアピールすることがなくて困ってましたが、ソウタ君に便乗して宣伝させてもらうことにしました」
トモカズは苦笑いを浮かべながら頭を下げた。
「僕の趣味は食べ歩きです。休みを利用して全国各地を巡り、おいしいものを食べまくってます。観光地に行っても、観光せずにただひたすら食べてることもありますよ。観光地にはおいしいお店もたくさんあるから、本当に食べ歩きは楽しいですね」
トモカズは満面の笑みを浮かべた。
「まずは近場から始めて、少しずつ遠出するようになりました。◯◯県出身の方が何人かいらっしゃいましたが、一番最近行ったのがその◯◯県です。初めて行きましたが、すごくいいところですね。獲れたての海の幸と地酒が本当においしかったです。ぜひまた行ってみたいと思いました」
「ありがとうございます! そう言っていただけて嬉しいです!」
◯◯県出身のヒナコが立ち上がり、手を叩いて喜んだ。
「……前置きが長くなりました。僕は食べ歩きの様子を撮影して、動画サイトで公開してます。トモカズが食いまくるから、『とも食いチャンネル』という名前です。基本的に文字で解説してるので、僕はほとんど喋ってないし、顔も映ってない動画ばかりですが、よかったらチャンネル登録をお願いします」
深く頭を下げるトモカズに、参加者たちは大きな拍手で応えた。
「結婚しても続けたいと思ってるので、旅行や食べ歩きが好きな方、ぜひよろしくお願いします。動画投稿に興味がある方も大歓迎です。一緒に楽しみましょう。ありがとうございました」
トモカズは満足そうにステージを降りた。
「ちくしょー……。とーとーオレだけになっちまったじゃねーか……」
ゲンは己の無力さに苛まれていた。何もできない自分が情けなかった。気がつけば、ゲン以外の男性陣は全員ステージに上がり、自らをアピールしていた。歌や絵、手品、モノマネなど個性豊かで、レベルも非常に高かった。
この後のフリータイムで彼らと同じスタートラインに立つためには、ゲンもステージに上がるしかない。さもなければ、一人だけ遥か後方からのスタートだ。だが、この場で披露できるような趣味や特技、あるいは宣伝できるようなコンテンツは何一つなかった。
自虐ネタで笑いを取りに行くことならできるかもしれないが、元芸人のマサオと比べれば雲泥の差だろう。マサオは巧みな話術と数々の面白エピソードで、大爆笑をかっさらっていた。ゲンにはとても真似できそうにない。
「他にいらっしゃいませんか? いらっしゃいませんか? ……いらっしゃらないようでしたら、これで――」
司会者の言葉がそこで止まる。一人の女性が手を挙げ、そのままステージに上がった。
「……あまり人前で披露したことがないので恥ずかしいのですが、私は声真似ができます。声真似といっても、芸能人とかアニメのキャラクターとかではありません。お年寄りとか子供とか、明るいとか真面目とか、そういういろんな年齢や性格の人になりきって、その人の声や喋り方の真似ができます。あまり似ていないかもしれませんが、聞いて下さい」
女性は軽く頭を下げた。
「みんな~、こんにちは~! みんなに会えて、あたし、とっても嬉しい~!」
先ほどまでとは全く違う声が、女性の口から飛び出した。元気いっぱいの若い女の子を彷彿とさせるような、かわいらしい声だった。
「……すげーな。モノマネなんてレベルじゃねーぞ。この声、完全に渡辺一香じゃねーか……」
ゲンは思わず呟いた。聞いた瞬間に、一致する声を持つ声優名が頭をよぎった。
「普段の生活では全然出会いがないから、こういう場所は本当にありがたいわ」
落ち着いた大人の女性を思わせる声が聞こえた。
「この声は、陣内明音……!」
ゲンは思わず立ち上がり、他の参加者たちの注目を一身に浴びた。叫んだ名は、双子の妹である元子役を指す。元子の声とは全く雰囲気が違うが、ゲンには同一人物だとわかったようだ。
「あたいさ、子供のころからずっと、30歳までに結婚したかったんだよね」
「されど、かの夢は叶わず、馬齢を重ねて幾星霜。げに寂しきことよ」
「うち、もう何年も彼氏おらへんねんで? 辛いわ~。ホンマ辛いわ~」
「でも、うんめいてきなであいがあれば、すぐにでもけっこんしたいよぉ」
「こんな私を心から愛して下さるのなら、どんな男性でもよろしくてよ」
「私だって幸せになりたいんです。私と一緒に、幸せになりましょう」
女性の口から、全く声質の異なる音声が次々と飛び出した。どの声も、口調から想像される人物のイメージによく合っている。
だが、とても一人で出せるような声ではない。別人でなければ出せないような声ばかりだ。おそらくは女性のCVに複数の声優が名を連ねており、この声真似のときだけ、それぞれが担当する台詞を演じているのではないかと、ゲンはすぐに気がついた。
そして、次々とその声優陣の名前を答えていく。作中人物のそれとは全く違う声色の者もいたが、ゲンの耳は正確に聞き分けていた。正解かどうかを確かめるすべはないが、ゲンは自分の答えに絶対的な自信を持っており、おそらくすべて合っているだろう。
周囲では立て続けにどよめきと拍手が起きていた。多彩な声が出せる女性に向けられたものだろうか。それとも、瞬時に声の主がわかるゲンに向けられたものだろうか。
「……もう独り身にも飽きた! だから早く結婚してえんだよ!」
今度は野太い男性の声だ。女性に出せるような声だとは、とても思えなかった。
「この声は、小野田隆太……! 男の声も出せるとか、マジですげーよ!」
ゲンは興奮気味に叫んだ。一瞬で声の主がわかったようだ。忠二に寄生している悪魔、デビリアンことベルクのCVと同じ人物だ。
「ダチがみんな結婚しちまって、残ってんの俺だけだぜ……。辛ぇよな……」
またも男性の声が飛び出した。なかなかの美声だ。
「この声は、四宮晶!」
ゲンは即答した。皇帝ジュリアスを倒すためにともに戦った仲間、ロキの中の人だとすぐにわかった。
「今の僕は、家と職場を往復するだけの、つまらない毎日を送っています……」
「じゃが、今日は嬉しかったわい。こんなに大勢と話したのは久しぶりじゃ」
「君たち、なかなかやるじゃないか。歌とか手品とか、大いに楽しませてもらったよ」
「お前たちと一緒なら、退屈しなさそうだな。楽しい毎日になる未来しか見えないぜ」
「さぁ、我の元に来るがよい……。貴公らを迎え入れる準備はできておるぞ……」
「というわけで、ここで会えたのも何かの縁です。みなさん、よろしくお願いしますね」
次々と男性の声が飛び出す。それぞれの台詞を担当する声優名を、ゲンはすべて一瞬で答える。披露することができないと諦めていた利き声優を、思いもよらない形で実演することができた。そして、その本領を遺憾なく発揮していた。
「……以上、ユウがお送りしました~! ちなみに、優しい雨と書いて、優雨! 名字は瀬井! あたし、瀬井優雨って言いま~す!」
最初に真似た若い女の子の声で、女性は自らの名を名乗った。7番のユウだった。料理が趣味だと言っていたが、それ以外にまさかこんな特技があるとは思わなかった。
「せいゆう、キタ~~~~~~~~!!」
ゲンはガッツポーズとともに歓喜の声を上げた。この瞬間、ゲンの気持ちは完全に固まった。狙うのはヒナコでもミユキでもない。ユウだ。
「せいゆう」と結婚できる千載一遇のチャンスを、見逃す手はなかった。