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かきかけ~作者と愉快な主人公たち~  作者: 蓮井 ゲン
第三章 さらなる旅路
106/140

106 婚活パーティー その4

いつもありがとうございます。


今回も婚活パーティーのお話です。

ストーリーは進行しません。


よろしくお願いします。

 次は9番の男性だった。40手前くらいだろうか。よく陽に焼けた顔と、茶色がかった長髪がよく目立っている。

「○○県出身のトモユキです。○○県出身の著名人は何人かいますが、一番有名なのは、やはり人気俳優の庵原光章でしょう。僕は彼のモノマネができます」

 ○○県出身者はゲン以外にも2人いると、ヒナコが言っていた。一人がサトシで、もう一人がこのトモユキだったようだ。

 トモユキが名指しした俳優を、ゲンは知らない。ゲンの記憶が正しければ、現実世界には実在しないはずだ。


「まずは、彼の出世作である刑事ドラマ、『角袖デカ』のおなじみのシーン……」

 トモユキは何かを羽織るような仕草を見せた。

「この角袖は親父の形見だ! 親父の名に懸けて、俺は絶対に犯人を捕まえる!」

 顔の前で拳を作りながら叫ぶ。今までのトモユキとは、明らかに声が変わっていた。その俳優の真似なのだろう。他の参加者から、似てるという声がいくつも上がった。


「次は、大ヒットしたコメディ映画『西向く侍、東へ』の冒頭シーン……」

 トモユキはそこで少し間を作り、そして続けた。

「なんですと!? 西を向いたまま東へ向かえ!? 失敗すれば即刻打ち首!? ……そんなご無体な!」

 目を大きく見開き、口を前に大きく突き出したトモユキに、大きな笑いと拍手が送られた。高い類似性を賞賛する声も飛び交う。

 一番喜んでいたのは、同じ○○県出身、1番のヒナコだ。立ち上がり、誰よりも大きな拍手と歓声を絶えず送っている。


「……僕にできる唯一のモノマネを、同じ県の出身で、彼の大ファンだという女性の前で披露できて本当に光栄です。ありがとうございました」

 さらにいくつかのモノマネを披露した後、トモユキは深く一礼してステージを降りた。降りる際に、6番のサトシに鋭い視線を飛ばしていた。この後、ヒナコを巡る争奪戦が勃発することは想像に難くない。何のアピールもできていないゲンが、そこに割って入る余地は全くないだろう。




 続いては10番の女性、リカだ。手にはスケッチブックとペンを持っている。

「リカよ。私はデザインの仕事に携わっているの。婚姻印って知っているわよね? そのサンプルの中の何個かは、実は私の作品なのよ」

 リカは誇らしげに笑った。

 この世界では、結婚の証として夫婦双方の体に不可視の印を付けるという。それが婚姻印だ。図柄は自分たちで考えてもいいし、大量に用意されたサンプルの中から選んでもいい。ただし、他の夫婦と全く同じものは使えない。


「なかなか決められずに、窓口でずっと考え込む人も多いと聞くわ。だから、事前にある程度は候補を決めておいたほうがいいと思うの。ここで出会ったのも何かの縁だし、もしよかったら私がこの場でデザインを考えてあげるわよ。きっと気に入ってもらえる自信はあるわ」

 リカはスケッチブックをめくりながら、参加者たちを見回した。


「私は林檎にしようと考えています。林檎を使ったデザインってできますか?」

 最初に手を挙げたのは、3番のトモミだった。

「もちろんよ。少しだけ時間をちょうだい」

 言い終わると同時に、リカはペンを動かし始めた。手が止まることなく、かなり早いペースで書き進める。書き終わるまでに時間はかからなかった。

「……こういうデザインはいかがかしら?」

 リカが公開したスケッチブックには、輪郭だけの林檎のイラストが描かれていた。林檎の左右が一箇所ずつ、齧られたように欠けている。


「完全無欠な人間なんてどこにもいないから、この窪んだ部分でそれを表現してみたわ。でも、果物や動物のデザインは人気だから、全く同じものが既に使われている可能性もあるのよ。そのときには、この窪んでいる部分の大きさや位置を変えたり、イニシャルなんかを加えたりしたらいいと思うわ」

「はい、ありがとうございます」

 リカが差し出した紙を、トモミは何度も頭を下げながら受け取った。


「他にいないかしら? 遠慮はいらないわよ」

 数人が一斉に手を挙げた。リカは一人ずつ指名しながら、次々と希望を叶えていった。猫が、ハートが、自動車が、桜が、雪の結晶が、リカの手によってあっという間に図案化されていった。

 そのどれもが秀逸で、受け取った参加者たちを大いに喜ばせた。なお、そのメンバーにゲンは含まれていない。そんな心の余裕は全くなかった。


「……喜んでもらえて嬉しいわ。私に興味がわいた方は、ぜひ話しかけてちょうだい」

 大きな拍手を浴びながら、リカは満足そうにステージを降りた。




 4番を付けた男性が壇上に立った。40歳くらいだろうか。ゲンほどではないが、頭が少々寂しい。ホテルから借りた金色の派手なジャケットを羽織っている。

「どもども~! 元ピン芸人のマサオです~! まっさおまさおという名前で5年くらい活動してたんだけど、僕のこと知ってるよ〜って人〜?」

 マサオは挙手しながら観客たちに問いかけた。同じポーズを取る者は誰もいなかった。

「いないみたいだね〜。ま、一回もテレビに出たことないから、知らなくて当然だよね。大丈夫大丈夫。僕は全然気にしてないよ〜」

 マサオは満面の笑みを浮かべた。手で顔を覆い、泣く真似をしたのは次の瞬間だった。大きな笑いが起きた。


「みんな知ってると思うけど、売れない芸人の給料って、めちゃくちゃ安いんだよ。僕もそうだった。芸人時代の年収、100万だよ、100万。100万ってやばくない? しかも、これが5年間の年収の合計なんだから、もっとやばいよね~」

 マサオはおどけたような表情を見せた。まばらな笑い声が起きた。

「でも、大丈夫。それは過去の話。今は芸人辞めて他の仕事してるけど、おかげで年収の0が2つ増えたんだよ、2つ。……左側にね」

 再びマサオの泣き真似が飛び出し、大きな笑いが起きた。


「……僕がどうして芸人を辞めたのかというと、給料が安いのはもちろんなんだけど――」

 マサオは次々と過去の苦労話を披露していった。笑いごとではないような話もあったが、巧みな話術により笑いへと昇華させていた。会場は何度も爆笑の渦に包まれていた。


「……今のはほんの一部だよ。まだまだ他にもあるから、もっと聞きたいよ~という女性がいたら、ぜひともよろしくね〜」

 マサオは手を振りながらステージを降りた。




 続いて4番の女性が登壇した。エリだ。

「私は仕事の関係上、海外の人とよくメールや電話でやり取りをしています。たまに海外に出張に行くこともあります。だから、語学力には自信があります。少し自己紹介をさせて下さい」

 軽く頭を下げると、エリは外国語でスピーチを始めた。

「Hello, everyone! I'm glad to see you! I’m Eri!」

 ゲンの語学力で理解できたのは、そこまでだった。それ以降は全くわからなかった。時折知っている単語や固有名詞が登場したが、それ以外は全く聞き取ることができなかった。


 ゲンは母国語以外は一切話せない。学校の授業で外国語を習ったとはいえ、大部分は忘却の彼方へと消え去っている。唯一操れる母国語ですら、いわゆるネットスラングに毒されてしまっており、まともに話せているとは言い難い。

 他の参加者たちも、理解できない者が大半のようだ。ゲンと同じような表情で、発言者を見つめている。だが、頷いている者も何人かいた。エリの言葉が理解できているのだろう。


 エリの外国語は非常に流暢で、まるでネイティブのような発音だった。これなら仕事上で困ることはないだろう。海外に行っても全く問題ないに違いない。

「……That's all. Thank you!」

 身振り手振りを交えながら数分間ひたすら喋り続け、最後は一礼で締めた。大きな拍手がエリを包み込んだ。


「何と言ったかわからない人もいると思いますが、通訳はしません。内容が気になる方は、ぜひこの後のフリータイムで話しかけて下さいね。それでは、お待ちしています」

 エリは笑顔でステージを後にした。




 ステージに上がっているのは、7番を付けた男性だ。若い。まだ20代だろう。先ほどのリカと同じように、スケッチブックとペンを持っている。

「ケントです。僕は絵を描くのが大好きで、将来の夢は漫画家です。今から僕の絵を披露するので、少しだけ時間を下さい」

 そう言うが早いか、ケントはスケッチブックにペンを走らせ始めた。動かしているのは手だけではない。口もだった。自分がいかに絵が好きか、どんな絵が好きかなど、絵に対する熱い思いを滔々と語っていた。軽妙な語り口に時折ジョークも織り交ぜ、待つ者たちを全く飽きさせなかった。


「……はい、できました」

 スケッチブックが裏返される。そこに描かれていたのは、頬を寄せ合うイケメン2人のイラストだった。喋りながら短時間で描いたとは思えないほど線が整っている。

 2人の下には文字が書かれていた。左がCV:谷崎雄進、右がCV:佐東功太。どこかで聞いたことのある名だ。


「……すごい。最高」

 手を叩きながら嬉しそうに立ち上がったのは、ミユキだ。彼女の趣味を考えると、その絵で喜ばないはずがなかった。イケメン2人のCVが最も好きな声優の組み合わせだということも、その歓喜に拍車をかけているのだろう。

「こういうイラストならいくらでも描けます。言ってくれればいくらでも描きます。だから、よろしくお願いします」

 ケントは深々と頭を下げた。誰に対するメッセージかは一目瞭然だった。ミユキは嬉しそうに手を叩き続けていた。


「オワタ……。完全にオワタ……」

 ゲンの心中は穏やかではなかった。ヒナコに続き、ミユキにも強力なライバルが現れた。あの絵を見せられては、ゲンは完全にお手上げだった。

 若さ、容姿、画才。どれをとっても大きく劣るゲンがケントに勝てる可能性は、限りなく0に近い。この後のフリータイムで相手が大失態を犯して自滅するという奇跡が起きない限り、ゲンに勝ち目はないだろう。 




「……さあ、他にいらっしゃいませんか? まだ時間は十分にありますよ。ぜひともご自分をアピールして下さい!」

 司会者の声が響く。しかし、それに反応する者はいなかった。アピールする勇気が出ない、アピールの必要性を感じていない、アピールしても無駄だと諦めている、アピールできることが何もないなど、さまざまな理由を抱えているのだろう。

 アピールタイムは90分あるが、希望者がいなくなればその時点で打ち切られる。このまま誰も動かなければ、ほどなくして終了が告げられるに違いない。

 その後はフリータイムだ。女性陣と再度会話ができるが、アピールの有無が成功率を左右することは想像に難くない。


「ちくしょー……。何をアピールすりゃいーんだ……」

 ゲンは完全に追い詰められていた。何らかのアピールをしなければならないとわかっていても、全く思い浮かばなかった。

 他の参加者たちが披露する一芸のレベルが、あまりにも高すぎた。素人に毛が生えた程度かと思っていたが、予想を遥かに超えていた。プロでも通用しそうな腕前を誇る者もいた。仮にゲンが利き声優で実力を遺憾なく発揮したとしても、この中では霞んでしまうだろう。


 昨夜の怪盗乱麻との一戦が頭をよぎった。もし世界樹の実を吐き出していなければ、今ごろはゲンの独壇場だったかもしれない。

 超人的な身体能力と剣術を披露し、他の参加者たちの度肝を抜いていたかもしれない。強くて頼もしい男だというアピールをして、女性陣の視線を釘付けにしていたかもしれない。

 だが、今となっては夢物語だ。たらればに過ぎない。世界樹の実を失ってしまったことが、本当に悔やまれる。



「さぁ、他にいらっしゃいませんか? いらっしゃいませんか?」

 念を押すような司会者の声が、会場に響き渡った。

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