105 婚活パーティー その3
いつもありがとうございます。
今回も婚活パーティーのお話です。
ストーリーは進まないので、読み飛ばしていただいても大丈夫です。
よろしくお願いします。
「……それでは、お待ちかねのアピールタイムを始めます」
司会者の声が会場に響き渡る。割れんばかりの拍手がそれに続いた。
ゲンたち参加者一同は、ステージの前に集まっていた。今からアピールタイムが始まる。他社の婚活パーティーにはない独自のイベントで、毎回好評を博しているという。このアピールタイムこそが、成功の鍵を握っていると言っても過言ではない。
その名のとおり、希望者がステージに上がり、特技を披露するなどして自らをアピールする。時間の目安は、一人あたり5分以内。希望者がいなくなるか、開始から1時間半が経過した時点で、アピールタイムは終了となる。
何をするかは自由だ。プロフィールに書いた趣味や特技の腕前を見せてもよし、公表していない隠し芸でサプライズを狙ってもよし。ホテルには余興に使えるアイテムが豊富に取り揃えられており、希望すれば借りて使うこともできる。
このアピールタイムで異性の心を掴めれば、この後のフリータイムでかなり有利になるだろう。そのため、意中の相手が好きな歌手の曲を歌う、気になる相手の似顔絵を描くなど、ライバルたちを出し抜くためにここで勝負に出る参加者も珍しくないという。人より秀でる何かを持っていれば、大きなアドバンテージが得られるに違いない。
「アピールタイムとか、マジかよ……」
ゲンは呆然とステージを見つめていた。アピールタイムの存在を、今初めて知った。披露するしないは任意だが、積極的にアピールする参加者が多く、女性は4~5割、男性は7~8割が壇上に立つという。立たないと不利になるのは明らかだ。
だが、ゲンには人前で披露できるような芸は何もない。歌も絵も字も下手、楽器は全く弾けず、超が付くほどの運動音痴。唯一できるのは利き声優だが、あまりにも場違いすぎる。披露してもアニメが好きなミユキにしか刺さらない可能性が高い。そのミユキとは一回り以上離れており、その年の差を埋められるだけのアピールをしなければ、射止めることはできないだろう。
最初に手を挙げて立ち上がったのは、5番を付けた男性だった。30歳前半くらいだろうか。すらりと背が高い。司会者の女性に何かを告げてステージに上がると、すぐにサッカーボールが運ばれてきた。
「5番、カイです。僕はサッカーが大好きで、社会人チームにも所属しています。これからリフティングを披露するので、よかったら見て下さい」
カイと名乗った男性は上着を脱ぎ捨てると、宣言どおりリフティングを始めた。左右の足の甲で交互にリズムよくボールを蹴り上げる。革靴だということを忘れさせるほど、華麗な足技だった。
大きな拍手が起き、カイは満足そうに白い歯を見せた。
カイはさらにリフティングを続ける。足の内側、外側、そして膝と、場所を変えながらボールを蹴り続けた。
次はヘディングだった。頭を巧みに使って、ボールを真上に弾き飛ばす。少しずつボールの高さが上がっているように見えた。
「……以上です。ありがとうございました」
ヘディングと同時に、カイは頭を下げた。背中にボールが落ち、静止したのはその直後だ。一際大きな拍手が、会場を包み込んだ。
立ち上がって手を叩いているのは、8番のサキだ。スポーツとお酒が大好きで、同じ趣味の男性を希望していた。カイのパフォーマンスに魅せられたのかもしれない。
サキの反応に、カイも嬉しそうだ。小さくガッツポーズをしながら、ステージを降りた。
次に手を挙げたのは、2番を付けた男性だった。短髪で、がっちりとした体型をしている。30代半ばくらいだろうか。上着を脱ぎ、腕まくりをしながらステージに上がった。
「2番、ショウタです。プロフィールに書いているとおり、僕はバク転ができます」
そう言うが早いか、ショウタは華麗なバク転を披露していた。大きな歓声と拍手が巻き起こる。
それに気をよくしたのか、ショウタはさらに2回、同じ技を繰り出した。
「バク転だけでなく、バク宙もできます」
その宣言どおり、ショウタは鮮やかにバク宙を決める。割れんばかりの拍手が場を包んだ。一際大きな音の発生源は、8番のサキだった。
ショウタは照れたように笑いながら、もう一度後方宙返りを見せた。
「子供のころから運動だけは得意でした。サッカーはやっていませんが、テニスやゴルフ、ダイビング、スキーなど、いろんなスポーツをやっています。お酒も大好きです。よろしくお願いします」
ショウタは深々と頭を下げた。その発言の意図は明らかだった。サキに対する真っすぐなアピールであると同時に、カイに対する明らかな宣戦布告だろう。激しい争奪戦の幕開けを予感させた。
ステージには3番を付けた女性、トモミが上がっている。手にしているのはバイオリンだ。私物ではなく、ホテルから借りていた。
「トモミです。私はバイオリンが弾けます。聴いて下さい」
一礼の後、トモミはバイオリンをゆっくりと奏で始めた。美しい音色が会場を満たす。聞き覚えのあるクラシック曲だが、ゲンには題名がわからなかった。
楽譜はないが、トモミは全く問題なく弾いているように見えた。譜面がすべて頭の中に入っているのだろう。
演奏しながら、トモミは男性陣一人一人に視線と笑顔を送っていた。もちろんゲンに対しても例外ではなかった。何度も目が合い、笑いかけられた。
トモミは美人と呼んで差し支えない容姿だ。思わず心を奪われそうになったが、自己紹介タイムでの会話内容を思い出し、思い止まった。自身の不貞行為が理由で離婚したが、女の自分が慰謝料を払うのは納得がいかないと語っていたはずだ。
「……ありがとうございました。こんな私に興味を持って下さった方がいらっしゃいましたら、ぜひよろしくお願いします」
演奏を終え、トモミは深々と頭を下げた。大きな拍手に包まれながら、トモミは満足そうにステージを降りた。
6番のハルカがマイクを手にステージに立っている。そのマイクもホテルの備品だ。ただのマイクではなく、曲が内蔵されたカラオケマイクだという。
「私は歌には自信があります。昔、のど自慢に出場して、合格したこともあります。一番得意なのはこの歌です。聴いて下さい」
聞き覚えのあるイントロが流れた。何の曲かはすぐにわかった。一昔前に大ヒットしたラブソングで、結婚式の定番曲として有名な曲だ。同時に、かなり難易度の高い楽曲としても知られている。
ハルカの言葉は嘘ではなかったようだ。難しい曲を難なく歌いこなしている。サビはかなりの高音が要求されるが、問題なく声が出ていた。
歌唱中のハルカの視線は、ずっとある一点に注がれていた。ある人物を意味ありげにじっと見つめていた。1番を付けた男性だ。
ハルカの希望は、30〜32歳の男性だったはずだ。今日の男性参加者の中に、該当者が1人だけいるとも言っていた。彼がそうなのだろう。
1番の男性は、困惑したような表情と苦笑いをずっと浮かべていた。歌い終わったハルカが席に戻るまで、その表情が元に戻ることはなかった。
6番を付けた男性がステージに上がる。ゲンより少し年下だろうか。髪を肩まで伸ばし、眼鏡をかけている。
「サトシです。今からアカペラで、ある曲を歌います。その曲を知っているのは1人しかいないと思いますが、その方のためだけに歌います」
そう言うと、サトシは両手を腰の後ろで組み、歌い始めた。よく通る声で、声量もある。ゲンの知らない曲だが、その独特の歌詞と曲調から、校歌であるとすぐにわかった。
歌詞に登場する固有名詞にも聞き覚えがあった。ゲンが住んでいる市に隣接する、△△市に実在する地名だ。
校歌は3番まであり、最後の最後に学校名が登場した。△△北高校。現実世界に実在する高校だ。サトシが歌っていたのは、△△北高校の校歌だったようだ。
「ご清聴、ありがとうございました。お耳汚し、失礼しました」
サトシは深々と頭を下げた。少し遅れて、大きな拍手がサトシを包み込んだ。
立ち上がって手を叩いている女性がいた。△△市出身、1番のヒナコだ。
「僕の父と従姉が△△北高の出身なので、校歌は知っていました。母校だと聞いたときから、サプライズで△△北高の校歌を歌おうと決めていました」
「こちらこそありがとうございました! 久しぶりに校歌が聴けて嬉しかったです!」
ヒナコが嬉しそうに頭を下げた。
次にステージに上がったのは、10番の男性だった。40歳前後だろうか。ゲンに似た体型で、かなりの貫禄が感じられる。髭を蓄えているせいだろうか。
「10番、ヒロキです。プロフィールにも書いていますが、僕の特技は手品です。見てみたいという女性が多かったので、この場を借りて披露したいと思います」
ヒロキが頭を下げると、待ってましたとばかりに女性陣が手を叩いた。
ヒロキは慣れた手つきで特技を繰り出していく。最初は紐を使ったマジック、次はコインを使った手品だった。
前者は1本の紐が2本に分かれたり、1本に戻ったりした。後者はコインが反対の手に移動したり、最後は口の中から出現したりした。
どちらも観客を大いに沸かせ、絶えず大きなどよめきを作り出していた。
なお、道具は自前らしく、すべてポケットから出していた。いつでもどこでも披露できるように、常に持ち歩いているのかもしれない。
「最後はトランプを使ったマジックです」
ヒロキはポケットからトランプを取り出すと、司会者の女性を指名して1枚選ばせた。そして、それを手札に戻し、何度も何度もシャッフルした。
「それでは、ご覧下さい」
ヒロキが指をパチンと鳴らして、1枚めくる。果たして先ほど司会者が選んだカードだった。賞賛の嵐が吹き荒れた。
「さて、ここからが本題です」
ヒロキは再び指を鳴らすと、もう1枚めくった。
「僕が気になっているのは、この番号の女性です。この想いを受け止めてもらえるよう、がんばりたいと思います」
ヒロキの顔は、赤く染まっていた。その手に握られているのは、ハートの2だ。同じ2番を付けた女性、ナナの顔が見る見るうちに真っ赤になっていった。
「こりゃやべーな……」
ゲンは大きな焦りを感じていた。他の参加者たちは、思っていた以上に積極的だった。各々の特技を活かして、気になる異性に大胆なアピールを見せている。特にカイとショウタの2人は、サキを巡って激しい火花を散らしていた。この後に控えるフリータイムに向け、既に駆け引きが始まっているのだということを痛感させられた。
ゲンが持つ唯一の特技を実演するためには、何らかの音声がなければならない。アニメや吹替映画のDVDなど、使えそうなものがないか聞いてみたが、その類は一切置いていないという。必要なときに必要なものだけレンタルすれば事足りるため、常備されていなかった。
バイオリンやカラオケマイクはあるのに、DVDが一つも置かれていないのはあまりにも不自然だ。だが、ゲンにはどうすることもできない。ただその事実を受け入れるしかなかった。
十八番が封印されたとしても、歌や絵の下手さをネタにして笑わせ、面白い人アピールをするという奥の手が残されている。だが、この状況でそれを思いつくほどゲンの精神力は強くなかった。場の雰囲気に完全に飲まれていた。
狙うならヒナコかミユキをと考えていたが、既に前者は黄色信号が灯っている。母校の校歌を歌ってくれたサトシに、すっかり心が惹かれている様子だ。彼はゲンよりも若い。容姿がいいとは言い難いが、ゲンほど悪いわけでもない。ここからの逆転は、かなり難しいだろう。
「ちくしょー……。どーすりゃいーんだ……」
ゲンは少しずつ追い込まれていく自分を感じていた。