104 婚活パーティー その2
いつもありがとうございます。
今回も婚活パーティーのお話です。
女性たちとの会話シーンだけで、ストーリーは進行しません。
よろしくお願いします。
続いては6番。ハルカ、43歳、介護職。ゲンほどではないが、肉付きのいい女性だ。
「ゲンさんは、おいくつくらいの方がご希望なんですか? 男の人って本当に若い子が好きですよね。40代や50代の男性が、20代の子を狙っているのを何度も見てきました。ゲンさんはいかがですか?」
「僕はできれば同世代の女性がいいですね。年が離れすぎていると、話が合わないとか、いろいろと苦労することもあると思いますし」
ゲンは建前で答えた。本音は20代どころではない。それよりもさらに下、法律上結婚することができない年齢層の少女たちがゲンの好みだ。
「私の希望は、30~32歳の男性だけなんです。それ以外の方に興味はありません」
「30~32歳だけ……。何か理由があるんですか?」
「30歳のときに、よく当たると評判の占い師に占ってもらったら、私の運命の相手は30~32歳の男性だと言われたんです。だから、それからずっと私はその年齢の男性だけを探しているんです」
「あ、そうなんですか……」
「みなさんのプロフィールを拝見したところ、今日参加されている男性の中に、1人だけその年齢層の方がいらっしゃいました。私が気になっているのはその方だけです」
ハルカは手元の資料に目を落とした。
「その占い師さんは、本当によく当たるんですよ。例えば……」
その占い師がいかにすごいのかを、ハルカは熱く語り始めた。
7番の女性はユウ、42歳、事務員。ゲンと同じような黒縁眼鏡をかけている。
「私は料理が趣味なんですが、ゲンさんはお料理ってされたりしますか?」
「料理は全然ですね。体に悪いとわかってはいるんですが、もっぱらインスタントやレトルトですよ」
「それは本当に体に悪いですよ。まずは簡単なお料理から始めてみたらいかがですか?」
「お恥ずかしいことに、お米を炊くのすら面倒くさいんですよね」
初対面の女性に窘められ、ゲンは恥ずかしそうに頭を掻いた。
「お米って、研いでも研いでも水が白く濁るんですよね。だから、私は洗剤で洗ってるんですよ。これはおすすめの方法なので、ぜひやってみて下さいね」
「そ、そうなんですか……」
「それに、料理の味付けって、そんなに難しくないんですよ。料理のさしすせそ、を使うだけですから」
「さしすせそ、なら聞いたことありますよ。確か、砂糖――」
「砂糖、白砂糖、スティックシュガー、精白糖、ソルビット、ですよ。これを料理によって順番や分量を変えて入れるだけなんです。簡単ですよね」
ユウは眼鏡を上げながら笑顔を見せた。
「そ、それは確かに簡単かもしれませんね……」
「私の料理って、家族にはすごく好評なんですが、元彼には不評だったんですよね。遠距離だった人もいたから、たぶん味の好みの違いなんでしょうね。地域によって味付けが全然違いますから」
「そ、そうかもしれませんね……」
「ちなみに、私の得意な料理は……」
ユウは一人で料理談議に花を咲かせた。
8番はサキ、32歳、公務員。スポーティーな髪型で、陽に焼けた小麦色の肌をしている。
「ゲンさんは、何かスポーツはやってらっしゃいますか?」
「いえ、全然やってないですね。運動神経が悪いし、体力もないんですよ」
ゲンはスポーツとは縁のない人生を送ってきた。今日に至るまで、運動習慣は全くない。部活もずっと帰宅部だった。
「私は体を動かすのが大好きなので、一緒にいろんなスポーツを楽しめる男性が希望なんです。上手い下手は関係なく、一緒に楽しめるだけで幸せです。今は次のマラソン大会に向けて練習しているんですが、一緒に走ってくれる人がいたらいいなとふと寂しくなることがあって、それで婚活を始めたんですよ」
「マラソンですか。それはすごいですね。あんな長い距離を走るなんて、僕にはとても無理ですよ」
マラソンに挑戦してみようと思ったことなど、人生で一度もない。ただ、リセットという文字を冠していてもいいのであれば、ゲンは既に何度も完走している。
「あと、私はお酒も大好きなので、一緒に飲める方ならもっといいですね。身体を動かした後の一杯は、本当に最高ですよ」
「僕はお酒はかなり弱いですね。コップ一杯で顔が真っ赤ですよ」
「私はすごく強いんですよ。どれだけ飲んでも酔いません。何年か前には、飲み比べの全国大会で上位に入賞したこともあるんですよ」
「それはすごいですね」
ゲンは小さく拍手を送った。
「ありがとうございます。私の好きなお酒は……」
サキは酒について語り始めた。
9番はミユキ、31歳、ショップ店員。趣味はゲームとアニメ、好きなタイプは趣味が合う人、となっている。
「利き声優ができるなんてすごい。誰が好きなの? 私は楠瀬夕夏。かわいいし、歌もうまいし、もう最高。グッズは全部買ってるし、ライブにも必ず行ってるよ」
ミユキの口から飛び出したのは、現実世界に実在する女性声優の名前だ。作中人物のCVにはその名を連ねていない。ゲンが小説を書いていたときには、まだデビューしていなかったはずだ。
「僕は浅く広くって感じなので、特に誰が一番というのはないですね。みんな個性的で違った魅力があるから、とても一人には決められないですよ」
ゲンは苦笑いを浮かべた。
「ところで、ミユキさんの声って、ゆーかの地声に似てますよね」
「やっぱりわかるんだ。さすがね。実はちょっと意識してて、いつも真似してるの。少しでも近づきたくて」
ミユキが笑うと、八重歯が見えた。
「あなたの声は佐東功太に似てると思う。周りから言われない?」
「いえ、言われたことはないですね」
知らない名だったが、適当に話を合わせた。
「あたし、佐東功太も好きなのよ。特に、谷崎雄進×佐東功太のカップリングが大好き。いろんな作品で共演してるけど、この2人の絡みは、本当に最高。いつもは攻めの雄進が、たまに受けになったときのギャップが好き。功太は絶対に受けのほうがいいかな。あの声で攻めは似合わない」
「そうなんですか……」
ミユキがどんな作品を好んでいるか、ゲンはすぐにわかった。ゲンが読んだことのない系統のようだ。
「次に好きなカップリングは……」
ミユキは好きなアニメについてひたすら話し続けた。
10番はリカ、41歳、アパレル関係。太いネックレスや大きなイヤリングが目を引く。
「あら、そのスーツ、マリオ・アルディオじゃない。随分といいものをお召しのようね」
ゲンを見るなり、リカは口を開いた。見ただけでブランド名がわかったようだ。
「いえいえ、実はこのスーツ、貸衣装なんですよ。見栄を張って、高いやつの中から適当に選びました。これってそんなにいいスーツなんですか? 見ただけでわかるなんてすごいですね」
「当然よ。私、仕事柄ブランドには詳しいし、着るのも大好きなの。お気に入りのブランドはいくつかあるけど、一番はやっぱりジュリエッタ・アバンドールね。今日のコーデは、上から下まで全部ジュリエッタで統一しているのよ」
リカは身につけたドレスやアクセサリーを指差した。初めて聞くブランド名だ。
「同じブランドで統一というのはすごいですね。でも、揃えるのにかなりお金がかかったんじゃないんですか?」
「もしかして、金遣いが荒い女だと思われているのかしら? そこまで高いブランドじゃないし、買うのは月にいくらまでと決めているから、その心配はないわよ。もう10年以上買い続けているから、合計したらそれなりの金額にはなると思うけど」
「そうだったんですね。それは失礼しました」
「でも、不思議なのよね。カードの支払は毎月定額だと聞いていたのに、その金額がどんどん増えているのよ。最初は5千くらいだったのに、1万、2万、3万と増えていって、今では10万よ、10万。おかげで、毎月生活が苦しくて苦しくて」
「それはもしかして、リボ――」
「5万しか買っていない月でも10万、全然使わなかった月も10万ってどういうことなの? 買ってもいないのに払うのよ? どう考えてもおかしいわよね? 騙されているのかしら?」
リカは支払についての不平不満を垂れ始めた。
1番はヒナコ、37歳、保育士。童顔で、年齢よりも若く見える。
「私は○○県の出身なんですけど、ゲンさんはどちらのご出身なんですか?」
「え、○○県!? そうなんですか!?」
ゲンは驚きの声を上げた。現実世界でゲンが住んでいる県の名前が、まさかこんなところで出てくるとは思ってもみなかった。
「僕も○○県ですよ。奇遇ですね。ちなみに、××市です」
「私はお隣の△△市です。すごい偶然ですね。びっくりしました」
ヒナコは驚いたように両手を口に当てている。
「私の周りには全然いないのに、ここには○○県出身の男性が多いですね。ゲンさんで3人目ですよ。他のお2人は◇◇市の出身でしたけど」
◇◇市は県庁所在地だ。ゲンの住む××市からは車で1時間ほど離れている。
「僕の他に2人もいるんですか。世の中狭いですね」
「私は、結婚するなら○○県出身の方がいいと思ってるんですよ。故郷の話で盛り上がれると思うし、里帰りも一度に終わりそうですしね」
「あ、それはいいですね。共通の話題があると、きっと楽しいと思います」
ゲンは笑った。
「ゲンさんは××市のどのあたりなんですか? 友達や親戚が住んでいるので、ある程度の地理はわかりますよ」
「□□町です。□□小学校の近くに□□公園があって……」
図らずも地元の話で盛り上がった。
最後は2番。ナナ、36歳、販売員。ウェーブのかかった髪を金色に染めている。
「ゲンさんは結婚時期についてはどうお考えですか? ここでお相手が見つかれば、すぐにでも結婚したいですか?」
「僕ももう若くないので、できれば早いほうがいいと思っています。即日入籍率の高いパーティーだと司会の方も言われていましたが、今日出会って今日結婚というのは、なかなか夢がある話ですね。僕はそれでも全然大丈夫ですよ」
ゲンの答えはもちろん建前だ。今日中に絶対に入籍したい、が本音に決まっている。そうしなければ死んでしまう。
「そうなんですね。私は、今日中の婚約や同棲なら大丈夫ですが、今日中の入籍だけはどうしても無理ですね」
「そうなんですか……。何か理由があったりするんですか?」
「私は一度結婚に失敗してるんですよ。27のときだったんですが、わずか3ヶ月の結婚生活でした。今思えば、結婚する前に同棲しておけばよかったですね。3年くらい付き合ってたんですが、一緒に暮らしてみないとわからないことって、いろいろありますね……」
当時のことを思い出したのか、ナナは悲しそうに目を伏せた。
「同じ失敗はしたくないので、もし今度結婚するなら、まずはしばらく一緒に暮らしてみて、それから籍を入れるかどうか決めようと思っています。その決断に少し時間がかかるかもしれませんが、焦らず気長に待ってくれる方が理想です」
「お気持ちはよくわかります。そうしたほうがいいと、僕も思いますよ」
「ありがとうございます。それで、ゲンさんは……」
販売員という仕事柄なのか、ナナは表情が豊かで、話し上手、聞き上手だった。あっという間に時間が過ぎた。
「ちくしょー……。どーすりゃいーんだ……」
自己紹介タイムが終わり、ゲンは悩んでいた。誰を狙っていくか、それが問題だった。今日中に入籍できる可能性がある相手を選ばなければならない。
現時点で手応えを感じているのは、1番のヒナコと9番のミユキだ。前者は出身県が同じ、後者はアニメや声優が好きという共通点があり、話も盛り上がった。両者ともそれを希望条件に挙げており、前面に押し出していけば射止めることができるかもしれない。
ただ、2人とも年が離れている。ヒナコとは約10歳、ミユキとは15歳近い差があり、2人が年の差を気にする可能性も否定できない。
また、もし他の男性と争奪戦になった場合、若さと容姿で劣るゲンは不利だろう。同郷人はゲン以外にも2人いると、ヒナコが言っていた。ミユキは女性陣の中で最も若い。他の男性が彼女たちを放っておくとは考えにくい。
「こりゃもーだめかもわかんねーな……」
厳しい現実を前に、ゲンは頭を抱え込んだ。