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かきかけ~作者と愉快な主人公たち~  作者: 蓮井 ゲン
第三章 さらなる旅路
103/140

103 婚活パーティー その1

いつもありがとうございます。


今回からしばらく婚活パーティーの話が続きます。

パーティーが終わるまで、ストーリーは進行しません。


よろしくお願いします。

「……というわけで、皆様にはぜひここで運命のお相手と巡り合っていただきたいと思います」

 会場に響き渡る声を、ゲンはいつになく緊張した面持ちで聞いていた。声の主は壇上でマイクを握る女性だ。このパーティーを主催した会社の責任者で、今日の司会進行を務めるという。

 ここは婚活パーティーの会場となる高級ホテルの一室だ。ウェディングホールとして使われているのか、天井からは豪華なシャンデリアがいくつもぶら下がっていた。


 ゲンは真新しい紺色のスーツに身を包んでいた。龍之介とは違う意味で、今にもはちきれそうに見える。スーツを着るのは何年ぶりだろうか。4X年の人生の中で、着たのは数えるほどしかないような気がする。

 このスーツは、ホテルの貸衣装だ。聞いたことのない名前だが、この世界ではかなり有名な高級ブランドだという。当然料金も安くはないが、全く気にならなかった。

 この貸衣装代も、このパーティーの参加費も、支払いはすべて完二の金だ。妹夫婦には感謝しかない。一晩泊めてくれた上に、さまざまなアドバイスまでしてくれた。


「皆様もご存じのとおり、私どものパーティーは即日入籍率の高さで知られています。この会場内に提出窓口を設けていますので、ぜひご利用下さい。本日は何組のご夫婦が誕生するか、今から楽しみです」

 女性の言うとおり、会場の一角には婚姻届を提出する窓口が用意されていた。相手が見つかれば即座に結婚する参加者が多いというのは、嘘ではないようだ。ゲンもそれに肖らなければならない。できなければ命が尽きる。

 なお、ゲンはこの世界の住人ではないが、結婚には一切支障がないという。届けに必要なのは氏名だけで、身分証明書等の提示や提出も不要だ。

 ただし、必ず本人たちが2人揃って届けを出さなければならない。双方が合意しているかをその場で確認するだけでなく、結婚の証となる目に見えない印を両者の体に付けるためだと聞いている。印は任意で決めることも無作為に選ぶこともできるが、決して他と被ることはない。印を調べることで、配偶者の有無やその名前がすぐにわかるという。



 まだ始まる前だというのに、ゲンは既に疲れを感じていた。かつてない雰囲気と緊張感、そして気慣れないスーツが原因なのは言うまでもないが、最大の要因は言葉遣いだろう。ゲンが普段使っているような口調は一切封印し、敬語を使った丁寧な言葉遣いを常に意識しなければならなかった。受付の時点で、もう何度も舌を噛みそうになっていた。

 ゲンにとって、人生で初めての婚活パーティーだ。現実世界ではなく、まさかこの世界で経験することになるとは予想外だった。自分の意志ではなく、よもやこのような形で強制的に参加させられるとは思ってもみなかった。しかも、失敗に終われば命を落とすというおまけまで付いている。


 参加者は男女ともに10人だった。今回の婚活パーティーは20代~40代が対象だったようだが、全体的に年齢層は高めだ。男性も女性も半数以上が30代後半から40代に見える。最年少は判断しかねるが、最年長はおそらくゲンで間違いないだろう。

 もしかしたら主人公が参加しているかもしれないと思っていたが、それらしき人物はいなかった。ミヒリトの呪いを受けて生まれてきた青年、辻真里のことだ。つじまさと、と読む。年齢は28歳。29日生まれのため、29歳の誕生日までに結婚しなければならず、残された時間は多くない。

 真里は原作中で多くのパーティーに参加することになっている。場数を踏んでいる真里からいろいろと役立つ話を聞けていたかもしれないと思うと、ここにいないことが残念でならなかった。





 パーティーが始まった。まずは自己紹介タイムだ。参加者のプロフィールが配られ、それを見ながらすべての異性と会話して、自分をアピールしつつ相手の印象をチェックしていくのだという。時間は一人あたり5分。同じ番号の男女が最初に話し、以降は男性が次のテーブルへと移動していく。

 ゲンは3番だった。まずは3番の女性と話し、次は4番、その次は5番で、最後が2番ということになる。この10人の中に、ゲンの命を救ってくれる女性がいることを祈るしかない。


 プロフィールは受付時に記入した。嘘偽りなく正直に書くのが鉄則だが、婚活用に盛られている可能性は否定できない。鵜呑みにはできないだろう。そして、もちろんゲンも多少の方便を織り交ぜている。


 名前:ゲン

 年齢:4X歳

 身長:160 

 血液型:O

 最終学歴:大卒

 職業:会社員

 趣味:読書、映画鑑賞、音楽鑑賞

 特技:利き声優

 煙草:吸わない 

 お酒:飲めない

 家族構成:双子の妹

 好きなタイプ:家庭的な人


 以上がゲンのプロフィールだ。一部を除いて、嘘はついていない。

 身長は若干鯖を読んだ。なお、プロフィールの項目にはないが、ゲンの体重は2万4千匁。帝国の塔を上っているときに、自分でばらしていた。

 大学は、本が好きという理由だけで文学部に進んだ。そこで学んだ4年間が何の役にも立っていないことは、書き始めた小説を何一つ完成させられず、かきかけのまま放置していることからも明らかだろう。

 職業だけは盛るしかなかった。さすがにニートと書くわけにはいかず、元子たちのアドバイスに従った。完二が代表を務める会社で働いているという想定だ。業務内容等も聞いており、もし質問されても答えに窮することはないだろう。

 趣味に関しては、漫画とラノベ、アニメ映画や配信、アニソンとゲーム音楽、の鑑賞をそれぞれ指す。特技に至っては説明不要だろう。

 好きなタイプも建前だ。本音を書くのは憚られたため、当たり障りのない無難なものを選んだ。



 

 まず1人目は、ゲンと同じ3番を付けた女性だ。長い髪と大きな目が特徴的なその女性は、トモミ、40歳。アパレル関係の仕事に就いているという。

「気にされる方もいらっしゃると思うので先に言っておきますが、私には離婚歴があります。バツイチの女でも大丈夫でしょうか?」

 トモミは早速質問を投げかけてきた。

「離婚歴ですか……。全く気にしない、と言えば嘘になると思います。何が原因で離婚したのか、そこはやっぱり気になりますね」

 ゲンは慎重に言葉を選びながら答えた。

「そうですよね。気になりますよね。離婚理由は、私の浮気です。当時パートで働いていたお店の、若くてイケメンな店長と不倫したんです」

「ふ、不倫……」

「それで、夫と離婚して、その慰謝料を分割でやっと払い終わったので、こうして婚活を始めたんですよ」

「は、はぁ……」

「でも、おかしいと思いませんか? 私は女ですよ? 慰謝料というのは男が払うものですよね? どうして女の私が払わないといけないんですか?」

 トモミは険しい表情を浮かべながら言った。

「えっ……?」

「それに、離婚と言い出したのも夫のほうですよ? 私は一方的に離婚された側なのに、どうして私のほうが払わないといけないんですか? そのことにもいまだに納得がいってないんです」

「……」

 ゲンは言葉が出なかった。

「男なのに、しかも離婚を突き付けてきたのに、慰謝料を払わない。前の夫は本当に非常識な人だったと思います。だから、今度結婚するなら常識のある人がいいですね」

「それで、好きなタイプが『常識のある人』なんですね……」

「そうなんです。本当に前の夫は――」

 スイッチが入ったのか、トモミは前夫への愚痴をずっとこぼし続けた。



 2人目は4番の女性だ。ショートヘアで、眼鏡をかけている。エリ、42歳、メーカーの営業職だという。

「ゲンさんの身長は、160なんですね……」

 ゲンのプロフィールを見るなり、エリは開口一番に呟いた。

「そうですね。昔からこの身長がコンプレックスでした。横ではなく縦に伸びていればよかったんですが」

 ゲンはお得意の自虐ネタで切り返した。

「私の希望は、身長170以上の男性なんです。170ない男性は、私にとっては恋愛や結婚の対象にはならないんですよね」

「そうですか……」

 ゲンの表情が曇った。

「男性の平均身長って、確か170くらいでしたよね? だから、170以上がいいんです。私の身長は平均以下です。だからこそ、お相手の身長は平均以上がいいんです」

 プロフィールを見ると、エリの身長は150。確かに平均身長を下回っている。

「平均身長を出されると辛いですね……」

「平均と言えば、以前別の婚活パーティーで会った男性の中に、絶対にバストが平均以上の女性がいいとか、平均体重以下の女性にしか興味ないとか、そういうことを平気で言う人たちがいて、驚いたことがあります。そんなに平均にこだわる必要ってあると思いますか? バストや体重が平均以上だろうと以下だろうと、素敵な女性はたくさんいるんですよ? それなのに、平均以上か以下かだけで判断するなんて、本当にひどいと思います」

「……エリさんは平均身長以上の男性がいいんですよね?」

「ええ。さっきも言いましたが――」

 エリは平均身長に対するこだわりを熱く語り始めた。



 次は5番。レイコ、38歳。社長秘書。なかなかに整った顔立ちをしている。

「失礼ですが、ゲンさんの年収はどのくらいなのでしょうか?」

 レイコはいきなり核心を突くような質問を飛ばしてきた。

「今の会社には最近転職したばかりなのですが、計算上ではだいたい600万くらいになるでしょうか。もっと役職が上がれば、1千万前後になると思います」

 本業がニートのゲンに年収などないに等しい。これは元子たちから教えられたとおりの答えだ。もし完二の会社で働いたとしたら、このくらいの金額になるという。

「そうですか。私がお相手に希望する年収は、最低で2千万なんですよ。もちろん手取りで」

「手取りで……」

 ゲンは驚きを隠さない。手取りで2千万となると、その倍近い額面が必要になるだろう。それを実現できる職業は、かなり限定される。

「私、結婚後は仕事を辞めて家庭に入り、旦那様のためにいつまでも綺麗でいたいと思っています。やはり美しい妻というものは、世の男性の憧れだと思うので。そのために、もっといろんなエステやサロンに通うつもりです。美容にいいという高価なサプリメントや高級食材もどんどん取り寄せるつもりです。家事や育児のストレスはお肌の大敵なので、家政婦やベビーシッターも雇うつもりです。だから、どんなに少なく見積もっても、美しい妻であり続けるためには毎月100万は必要なんですよ。その他の生活費も考えると、最低でも手取りで2千万はないと生活できないと思います」

「は、はぁ……。美しさを保ち続けるのって、なかなか大変なんですね」

「そうなんですよ。美しさの秘訣は――」

 レイコは自らの美容について滔々と話し続けた。




「婚活パーティーっつーのは、こんなに疲れんのかよ……」

 思わず心の中で呟く。まだ3人としか話していないというのに、かなり気疲れしていた。個性的な考えを持つ女性ばかりだったからだろうか。

 会話の中でいろいろと思うところはあったが、口には出せない。思わず口走りそうになるのを、ゲンは何度もこらえた。騒ぎを起こして追い出されるわけにはいかなかった。

 言いたいことが言えないのは、かなりのストレスだろう。それこそがこの疲労感の最大の原因なのかもしれない。

「ここで相手見つけてケコーンできるやつ、マジですげーわ! オレにゃできそーにねーぜ!」

 ゲンは心の中で叫んだ。

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