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かきかけ~作者と愉快な主人公たち~  作者: 蓮井 ゲン
第三章 さらなる旅路
102/140

102 真相

「……どーゆーことだ……? 何がどーなってんだ……?」

 ゲンは不思議そうに周囲を見回した。日付が変わったというのに、体に何の変化も起きない。完二が施術を取り消せば、ゲンは一瞬で瀕死状態に戻る。こうして無事に立っていられるはずがなかった。

 完二が時間に極めて正確だということは、ゲンが一番よく知っている。まるで機械のごとく寸分の狂いもなく、期限を迎えた瞬間に施術を取り消す。今回に限ってうっかり忘れたということは、まずありえないだろう。

 

 もしや、完二の身に何かあったのだろうか。完二はかなりの財を成しており、総資産は数千億に上ると推測される。かつて怪盗乱麻に襲われたことがあり、いつ誰に狙われても不思議ではない。一瞬で意識や命を失えば、驚異的な治癒能力も役に立たない。

 それとも、龍之介が裏で手を回してくれたのだろうか。本来の治療費は30億だったが、龍之介が完二に掛け合って10億になったという経緯がある。ゲンの知らぬ間に龍之介が完二と再度交渉し、支払期限が延びたという希望的観測も捨てきれない。

 それ以前に、そもそも日付が変わっているのだろうか。ゲンが見ている街灯の時計が、正確な時刻を指し示しているという保証はない。時計の針が進んでおり、実際はまだ当日であるという可能性も0ではないだろう。


「とにかく完二のとこに戻るっきゃねーみてーだな」

 ゲンは債権者の家に向かって駆けだした。何がどうなっているのか、ゲンには全くわからない。疑問を解決するには、会って確かめるのが一番だった。




「……完二、どーゆーことだ? どーして何も起きねーんだ? 支払期限は0時だったんじゃねーのか? オレを元に戻さねーのか?」

 完二の家に着くなり、ゲンは矢継ぎ早に質問を飛ばした。部屋の時計は確かに0時を過ぎている。どうやら日付が変わっているのは間違いなさそうだ。

「お金のことならもう大丈夫ですよ。あなたからお金をいただく必要がなくなりました」

「は? どーゆーことだ?」

「妻に頼まれたんです。あなたからお金は取らないでくれって」

「ファツ? 妻!?」

 ゲンは素っ頓狂な声を上げた。


「オマエの嫁は何年もずっと眠ってんじゃねーのか!? それとも、とんでもねー額の金払って、目覚めさせたっつーことか!?」 

 原作の設定では、完二の妻は死んだように眠り続けているはずだ。病死した妻を完二が能力を使って生き返らせたことで冥界神の怒りを買い、妻は幼い子供たちとともに眠らされてしまった。目覚めさせるには、神に兆単位の金を捧げるしかない。完二が法外な施術代を要求するのも、妻子を救うためだ。

「誰かと勘違いしているのではないですか? 私はつい最近までずっと独身でしたよ?」

 完二は照れたように笑った。


 この世界の完二は、ゲンの知る完二ではなかった。ゲンが考えた設定は、ケイムにより変えられていた。

 完二によれば、なかなか運命の相手と巡り合えず、これまでずっと独身だったという。しかし、昨日の昼間、すなわちゲンが金策に追われている間に事態が急変した。口説いていた女から逆に結婚を申し込まれ、すぐさま入籍した。交際期間が皆無という、誰もが驚く電撃的なスピード婚だった。

 なお、完二の施術代が非常に高額な理由は、とにかく大金持ちになりたいからだという。貧しい家庭で育ち、幼少期からいろいろと惨めな思いをしてきたため、裕福な生活には人一倍憧れを抱いていたのだ。


「すげーな。秒でケコーンとかマジかよ。オレにゃとても真似できねーぜ」

「妻がかなり結婚を急いでいて、結局押し切られたんですよ。でも、私たちのように出会ってすぐ結婚する人たちも、世の中には結構いるみたいですね。届を出しに行ったとき、役所の人から聞きました」

 完二は恥ずかしそうに頭を掻いた。完二は45歳。妻も40代半ばだという。その年齢が結婚を急がせたのだろうか。


「そりゃそーと、なんでオマエの嫁がオレのこと知ってんだ? オレから金取るなとか、どーしてオマエの嫁が言うんだ?」

「それは、あたしが妻だからよ」

 そう言いながら部屋に入ってきた女を、ゲンはよく知っていた。まさかこんなところで会うとは思ってもみなかった。

「元子じゃねーか! 生きとったんかワレ!」

 ゲンの顔に、驚きと喜びが入り混じった。




 元子と完二の馴れ初めは、ゲンたちが最初にこの町を訪れたときに遡る。金欠で困っていたゲンたちは、何者かの計らいにより食事と寝床を得た。男がゲンたちの宿泊料金を代わりに支払い、名も告げずに立ち去った。その男こそ完二だ。たまたま見かけた元子に一目惚れし、思わず手を差し伸べたのだという。

 その翌日、ゲンの行方が分からなくなっていた。仲間たちがゲンを見捨てて旅立っていく中、元子だけはこの町に残って兄を探し続けた。元子と完二が出会ったのはそのときだ。元子は完二から何度も猛烈なアプローチを受けた。だが、元子は軽くあしらい、完二の誘いを断り続けた。

 その後、ゲンと再会した元子は戦いに巻き込まれ、仲間たちとともにこの町を去った。元子の行き先を完二が知るはずもなく、2人の縁はこれで切れたかに見えた。


 帝国で城の外にいた元子と仲間たちは、突然現れた魔法陣により転送された。元子はただ一人、この町の近くに飛ばされた。町までは大した距離ではなかったが、足を負傷していた元子にとっては長い道のりで、翌朝までかかってやっと町に辿り着いた。

 運命は再び2人を巡り合わせた。金策のために飛び出していったゲンを見送った後、買い物に出かけた完二が偶然元子を見つけたのだ。心身ともに大きなダメージを受けていた元子は、完二の施術を受けて完全に回復した。そして、元子は完二の好意を遂に受け入れ、妻になったという。




「……元子、オマエ、完全に手のひらクルーじゃねーか。しかも、いきなりケコーンとかマジでやべーな」

 ゲンは馬鹿にしたように鼻で笑った。

「完二がめちゃくちゃ金持ってるからとか、どーせそーゆー理由だろ? それとも、完二から何億も請求されて、ケコーンする代わりにタダにしてもらったとかか?」

 ゲンが冷やかすと、完二が突然咳き込んだ。図星だったのだろうか。

「さすがは兄さん、鋭いわね。確かにそれもあるけど、一番の理由は、結婚への不安材料が全部消えたからよ」

 そう言うと、元子が何かを差し出してきた。桃色をした小さな球体だった。


「宝珠じゃねーか!」

 ゲンは元子の手から奪い取るように、宝珠を受け取った。陽、風、火に続き、ゲンが手に入れたのはこれで4つ目だ。

「それは命の宝珠だって、あのケイムって子が言ってたわ。帝国にあった塔の地下で、ナディウスを倒して手に入れたのよ」

「オマエら、ナディウス(CV:服部光星)を倒したのかよ! すげーじゃねーか! っつーことは、例の呪いが消えたわけか!」

 ゲンは興奮気味に叫んだ。敵の名前を聞いただけで、状況を理解した。


 ナディウス。『双生双死奇譚』に登場する敵で、双生双死の呪いそのものが魔人という姿となって実体化したものだ。永遠に続く呪いを象徴するかのように、己の尾を噛んで環状になった蛇を体中にいくつも巻き付けている。この魔人がこの世に存在する限り、世界から呪いが消えることはない。

 だが、元子たちがナディウスを倒したのであれば、双生双死の呪いは消滅したはずだ。ゲンにとってはこの上ない吉報だった。




 初めて会ったときから、元子も完二に惹かれていたという。だが、元子が完二の好意に応えることはなかった。

 元子には辛い過去があった。恋人を不慮の事故で亡くし、大きな悲しみを味わったのだ。その日を境に、恋愛や交際に消極的になった。死生観に向き合った結果、自分が突然命を落とすことで相手に同じ思いをさせたくないと考えるようになった。

 常人と比べて、元子が天寿を全うできる可能性ははるかに低かった。そう遠くない未来に命が尽きる可能性が高かった。双生双死の呪いと、かつて受けた猛毒がその原因だ。

 

 前者により、元子は兄と生死をともにする。元子がどんなに健康であろうと、ゲンが死ねば元子も死ぬ。死亡のリスクは単純計算で2人分だが、一蓮托生の相手がゲンであることを考えれば、その値は何倍にも跳ね上がるだろう。

 後者はずっと体内に残っており、少しずつ元子を蝕んでいた。心臓に激しい痛みを感じることも増えていた。時間とともにさらに悪化し、いずれ死に至るだろう。薬草を求めて旅をしているが、手がかりすら掴めていなかった。

 

 この2つの不安要素が、元子に恋愛を躊躇させた。近い将来に自分が死んで相手を悲しませることになるとわかっているからこそ、パートナー作りを逡巡した。

 だが、奇跡と偶然がいくつも重なり、その不安は完全に排除された。呪いを断ち切る唯一の方法であるナディウスの撃破を、元子自身が成し遂げた。時間を戻すという無二の能力を持つ完二と再会し、猛毒に侵される前の健康な体を取り返すことができた。

 そして、元子は完二と結婚した。交際期間は全くなく、本来踏むべき段階や手順もすべて飛ばしての結婚だったが、そうしなければならない事情が元子にはあった。




「そういえば、兄さんはまだ結婚してないんでしょ? 大丈夫なの? 誕生日は明日なのよ?」

「は? 誕生日が明日? どーゆーことだ?」

 ゲンは面食らった。現実世界では、半年ほど前に誕生日を迎えている。明日が誕生日であるはずはないが、この世界ではそういう設定になっているのだろうか。

「今日は△月4X日で、明日が4Y日。あたしたち、明日で4Y歳になるのよ」

「ちくしょー! そーゆーことか!」

 今4X歳のゲンが誕生日を迎えて1歳年を取った年齢を4Y歳と表現するならば、明日4Y日でゲンは4Y歳になるという。

 ゲンの年齢に合わせた4X日や4Y日という日付が、なぜかこの世界には存在している。現実世界はもちろん、どの作品にも登場しない。それが何を意味しているのか、ゲンにはすぐわかった。それと同時に、元子が完二と超スピード結婚をした理由も理解した。


「今度はミヒリトの呪いかよ! ふざけんじゃねーぞ!!」

 ゲンは大声を上げた。今は深夜だ。かなり近所迷惑かもしれない。 

 ミヒリトの呪い。未執筆の小説『めとる』に登場し、指定された年齢の誕生日を独身で迎えると死ぬという呪いだ。先祖代々この呪いに悩まされる家系に生まれた青年が、その物語の主人公を務める。

 この呪いによる死を回避する方法はただ一つ、結婚することだけだ。初婚か再婚かは問わない。後日離婚しても問題ない。ある年齢の誕生日時点で結婚しているか否かだけで判断される。

 その条件となる年齢は、誕生日の日の部分と一致する。つまり、20日生まれなら20歳、31日生まれなら31歳だ。ただし、法律上結婚できない年齢が選ばれることはない。なお、法律上は前日が誕生日として扱われるが、この呪いでは誕生日当日を指す。


 ゲンと元子が受けていたのは、双生双死の呪いだけではなかった。ミヒリトの呪いも食らっており、しかも明日4Y日、4Y歳の誕生日に発動する。そのときに独身であったなら、即座に死亡する。

 元子が完二との結婚を急いだ理由がこれだ。元子はもう独身ではない。呪いによって命を落とすことはないだろう。

 一方のゲンは独身で、恋人もいない。せっかく命拾いしたというのに、このままでは明日になった瞬間に命を落とす。

 双生双死と同じく先天性の呪いのため、完二の能力で呪われる前の状態に戻してもらうこともできない。死を回避するには、相手を見つけて今日中に結婚するしかなかった。

「ちくしょー……! どーすりゃいーんだ……!」

 ゲンは頭を抱え込んだ。



「今日の昼間に婚活パーティーがあって、実は兄さんの名前で参加の申込をしてるのよ。そこで相手を見つけたらいいと思うわ」

「すぐにでも結婚したい人たちしか参加しないので、パーティーが終わってすぐ入籍というのも珍しくないみたいですよ」

 妹夫婦の口から飛び出したのは、ゲンにとって寝耳に水とも言える内容だった。

「婚活パーティーで相手見つけろとかマジかよ! 見つかる気がしねーよ!!」

 ゲンはさらに頭を抱え込んだ。

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