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かきかけ~作者と愉快な主人公たち~  作者: 蓮井 ゲン
第三章 さらなる旅路
101/140

101 期限

「……龍之介のやつ、おせーな……。もーすぐ日付が変わっちまうじゃねーか……」

 ゲンは公園のベンチに腰掛け、呆けたような表情でじっと空を見上げていた。空は吸い込まれそうなほどに澄み、無数の星が瞬いている。今のゲンの心境とは真逆の様相を呈していた。

 時間は23時を少し過ぎたところだ。10億の支払期限まで、ついに1時間を切ってしまった。1秒でも過ぎれば即座に施術が取り消され、ゲンは瀕死の状態に戻される。その先に待っているのは死だ。

 

 ゲンは龍之介の凱旋を待っていた。怪盗乱麻から小切手を取り返してくるのを、今や遅しと待ちわびていた。それしかできなかった。もはや龍之介だけが頼みの綱だった。

 とはいえ、ゲンはずっとここでこうしていたわけではない。つい先ほどまで、大金を求めて町の中を駆けずり回っていた。

 閉店時間はとっくに過ぎているというのに、なぜかあちこちで店が開いていた。そして、信じられないような幸運が、どういうわけかいくつも舞い込んできた。不思議なことに、ゲンはありえないほどツイていた。夢ではないかと思うほど、次々と大金が転がり込んできた。

 

 削ってその場で結果がわかる宝くじを1枚だけ買うと、見事1等の10億に当選した。だが、億単位の当選金はこの町で受け取れない上に、手続してから入金までにかなりの日数を要するという。

 商店街の福引を1回だけ引くと、なんと特等の10億を引き当てた。ただし、景品は現金ではなく割引券だった。商店街で一定額以上購入しなければ使えない上に、換金も譲渡もできないという。

 クイズ大会に参加すると、全問正解して10億を獲得した。帝国の塔での出題と同じ、すなわちゲン自身が考えた問題だったため、余裕だった。しかし、賞金は一括ではなく、分割払いだという。

 せっかくの大金も、ゲンが望む形で手に入れることはできなかった。すべてぬか喜びに終わった。今すぐに10億が必要なゲンに対する、あからさまな嫌がらせのように感じられた。



「……もう時間がないよ。そんなところでのんびりしてていいのかな?」

 突然、空から声が降ってきた。笑いをかみ殺しているようにも聞こえる。その声の主が誰なのか、言うまでもなかった。

「ケイム!」

 空を見上げたまま、ゲンはベンチから勢いよく立ち上がった。夜のせいもあってか、空にケイムの顔を見つけることはできなかった。

「宝くじで10億が当たるなんてすごいね。君はとても運がいいみたいだから、本当に羨ましいよ」

「オマエがそーゆーふーにしたんだろーが! 当たっただけじゃ意味ねーんだよ!」

 ゲンは怒鳴った。次々と10億が当たるなど、通常は考えられない。確率操作でもしない限り無理だろう。そして、この世界でそれが可能なのはケイムだけだ。


「もうすぐ命が尽きるかもしれない君に対する、僕からのはなむけだよ。宝くじを買い続けても一生当たらない人はたくさんいるんだから、当選の喜びを味わえただけでも君は幸せだと思うよ。最後にいい思い出ができてよかったね」

「勝手に殺すんじゃねー! オレはまだ諦めてねーぞ!」

「じゃ、もう少し町の中を探してみたらどうかな? もしかしたら10億が手に入るかもしれないよ? 100億が入った鞄を拾ったら落とし主がお礼の10億を払わずに逃げるとか、困っているお婆さんを助けたら遺産10億をくれる約束をされるとか、ものすごく楽で年俸10億の仕事に応募したら採用されるとか、君の命を1日だけ残して10億で買いたいという謎の男が現れるとか、そういうイベントを用意してるんだよ? 君のためにせっかくいろいろ考えたんだから、よかったらやってみてね」

 ケイムの声は弾んでいた。顔は見えないが、どんな表情を浮かべているかは容易に想像できた。


「ふざけんじゃねーぞ! オマエ、相変わらずいー性格してんじゃねーか!」

「それはありがとう。君に褒めてもらえて嬉しいよ。じゃ、お礼にいいことを教えてあげるね。君はそこで龍之介君を待ってるみたいだけど、あまり当てにしないほうがいいと思うよ。確かに龍之介君は強いけど、日付が変わるまでに帰ってくるのは無理じゃないかな? だって、今はこんな感じだからね」

 ケイムの言葉が終わると同時に、夜空に映像が浮かび上がった。2人の男が月明かりに照らされ、空中で激しく殴り合っている。龍之介と怪盗乱麻だとすぐにわかった。


 2人の力は全くの互角であるように見えた。どちらが優勢でも劣勢でもなく、完全に拮抗してるように感じられた。両者は昼間も戦っていたが、そのときよりもさらに激しくなっているように思えた。

 原作の怪盗乱麻は、ここまでの強敵ではなかったはずだ。龍之介と戦ったが一歩及ばず、逃げる間もなく倒されていた。原作と同じ強さなら、もうとっくに負けているだろう。この世界ではかなり能力が強化されているようだ。

 

「見てのとおり、龍之介君は今、怪盗乱麻と激しく戦っているんだよ。あの様子じゃまだしばらく時間がかかるんじゃないかな? それに、2人が戦っている場所はここから結構離れてるみたいだし、帰ってくるのはますます厳しいと思うよ?」

 そこで夜空のスクリーンは消えた。

「だから、そんなところで龍之介君を待ってないで、早く他の方法でなんとかしたほうがいいんじゃないかな? もう時間もないし、急いだほうがいいと思うよ? そういうことだから、がんばってね」

 ケイムの声はそれっきり聞こえてこなくなった。



「……ちくしょー! やっぱこーするしかねーのかよ!」

 ゲンは走り出した。目的地はガチャ小屋だ。この公園の近くにある。走って5分ほどの距離だろうか。

 ケイムの言葉を鵜呑みにしたわけではない。龍之介のことを信じていないわけでもない。ただ、もう支払期限まで時間がなかった。手っ取り早く10億を手にするには、宝珠を売るのが最適解だった。

 売った宝珠はこの世界から永久に消滅してしまうという。それが何を意味するか、ゲンには嫌というほどよくわかっている。

 

 元の世界に帰るには、ケイムを倒さなければならない。ケイムはマスタールームにいるという。そのマスタールームへの扉を開く鍵が、この世界に18個あるという宝珠だ。すべて集めなければならない。1つでも欠ければ、開扉は永遠に不可能となる。宝珠の売却は、帰還の可能性を自ら消滅させることと同義だ。

 とはいえ、宝珠を売ってもまだ望みはあるのではないかと、ゲンは考えている。ケイムは一度だけゲンの前に姿を現したことがある。何らかの方法で再び出現させることができれば、マスタールームに行く手間が省ける。宝珠が揃っていなくても、ケイムと戦うことができる。もちろん、勝てるかどうかはまた別の問題だ。


 ケイムにはどんな攻撃も効かなかった。攻撃が命中しても、その効果が一切発生しなかった。まさに無敵だった。ケイムが自分自身にそういう特性を与えているからだ。その設定がある限り、決してケイムを倒すことはできない。

 可能性は限りなく0に近いが、もしすべての宝珠を集めればケイムが弱体化してダメージが通るようになっているのだとしたら、コンプリートしなければ勝ち目はない。1つでも売却すれば、その瞬間に敗北が約束される。


 だが、生き延びるために背に腹は代えられなかった。集められるかどうかもわからない宝珠よりも、このままではそう遠くない未来に尽きるであろう命のほうが、はるかに大事だった。

 ゲンはまだ死にたくはなかった。ケイムの言うとおり、ゲンたちはいずれ全滅するのだとしても、1分でも1秒でも長く生きていたかった。




「……ちくしょー!! ケイムめ、やってくれんじゃねーか!!」」

 ガチャ小屋の中に絶叫が響き渡る。ゲンは何度も壁に拳を叩きつけていた。

 その理由は、張り紙だ。「宝珠の買取は終了しました」と書かれている。宝珠専用の買取口も完全に塞がれて、壁と同化していた。

 隣にある通常の買取口なら使えるが、そこはガチャの景品用だ。宝珠を入れても買い取ってはもらえないだろう。もし売れたとしても、おそらく二束三文に違いない。

「ちくしょー……。どーすりゃいーんだ……」

 ゲンは頭を抱え込んだ。

 躊躇なく宝珠を売って金に換え、完二の家に向かうつもりだった。ここから完二の家は程近い。すぐに行動すればどうにか間に合いそうだった。だが、その目論見は脆くも崩れ去った。


 まさか宝珠の買取が終わっているとは思わなかった。完全に予想外だった。元の世界に帰るという夢を完全に打ち砕くために、ここでゲンに泣く泣く宝珠を売らせるというシナリオかと思っていた。

 昼間は確かに買取が行なわれていた。あのときに迷わず売っておくのが正解だったのだろうか。

 もしそうしておけば、怪盗乱麻に襲われずにすんだかもしれない。世界樹の実を吐き出して、力を失うこともなかったかもしれない。いくつもの「たられば」が頭をよぎるが、今となってはもう後の祭りだ。 


「……ちくしょー! やっぱ嘘松だったっつーことか!」

 無駄足を踏まされたと気づき、ゲンは小屋の外へ走り出た。そのまま急いで公園へと引き返す。

 ケイムに見せられた映像の真偽を問わず、龍之介なら今日中に怪盗乱麻から小切手を取り返すことも不可能ではないだろう。もしかしたら既に成功して凱旋しているかもしれない。どこかでゲンを待っているかもしれない。あるいは、ゲンを探して町中を飛び回っているかもしれない。ガチャ小屋に行かずにあのままずっと待っていれば、今ごろは出会えていたかもしれない。

 先に立たないとわかっていても、貴重な時間を浪費してしまったことを後悔するしかなかった。




「ちくしょー……。どこにもいねーな……」

 公園に戻ってきたが、龍之介はいなかった。周辺をしばらく探し回ったが、その姿を見つけることはできなかった。

 どこか別の場所にいるのだろうか。どこかで入れ違いになっているのだろうか。それとも、やはりケイムの言うとおり、さすがの龍之介でも間に合わなかったのだろうか。


 時間が気になってふと街灯の時計に視線を送リ、そしてゲンは見た。長針、短針、秒針の3つが、ちょうど真上を向いて重なった瞬間を。

 まさに今、日付が変わった。ついに支払期限が来てしまったのだ。

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