畑仕事のその後に
もう8月です。1年も残り4ヶ月。早いですね。
ちくしょう、疲れた。
ウォーラに担がれて畑仕事を手伝わされ、やっと手伝いが終わる頃には夕焼けが空を覆っていた。これが日本であればカラスが鳴いていた時間かもしれない。
体中が汗だくで今すぐにでも洗い流したいところだが、同時にかなり腹が減っているのも事実だ。川辺で水浴びするのは飯を食った後でもいいだろう。そう思い家に向かって歩き出すと、我が家から食欲を掻き立てるような匂いが鼻へと入ってきた。
「ただいまー」
「あぁお帰り。ユキト」
家に帰ると、父がコーヒーを飲みながら本を読んでいた。
父の名はシナイ・メイクブレッド。この村の中では他の人と共同して畑で作物を作っているほか、計算ができるので村長と共同で村のお金を管理しているとのことだ。
「本を読んで教養を深めるというのは良いことだが、与えられた仕事を怠るというのは感心しないな」
「ごめん」
「だが反対のことを言えば、最低限の事さえしていれば自由にして良いんだ。だからだな、知識を得るのは自分の仕事をしてからにするといい」
「…気をつける」
「良いじゃありませんか、シナイさん」
そう言って厨房から出てきたのは母のカモネ・メイクブレッドだ。彼女は日本で言うところの専業主婦であり、一日のほとんどの時間を家事に割いてくれている。食事を作ってくれたり、破れた服を縫ってくれたり、たまに他の家の子の面倒を見たり。
「褒められたことではないかもしれないけど、怒ることでもないと思いますよ」
「ん、あぁ。おれもそう思う」
「さぁさ、とりあえずご飯にしましょう。スープが冷めてしまいますよ」
三つのトレーにはパンとスープとサラダが乗せられていた。一個のパン、人の顔くらいの大きさの皿に盛られたスープとサラダ。当時中学生だった頃の俺だったら少ないと喚いていたかもしれないが、転生した今の俺ならこの量でも満足だ。
勿論増やそうと思えば増やすことができる。だが、そう言って無闇に自分だけ徳をして良いのだろうか。こういう力はもっと困ってる人に向けてつかうべきなんじゃないだろうか。そう思った俺は、未だ親にこのパン作りの力を黙っている。
「いただきます」
誰も言わない日本の挨拶を呟き、スプーンを手に取って湯気のたつスープを啜る。
「ところでユキト。ウォーラちゃんとはどうなんだ?」
「ぶぅっ」
そして口に含んでいたスープを思わず吹き出してしまった。
「ちょ、ちょ、待ってくれ。何でウォーラが出てくるんだよ」
「今日迎えに行かせただろ。お前が本を読んでいたからな」
「答えになってないだろ!」
「好きなのか?」
「下世話なんだよ!」
思わず椅子から立ち上がってしまった。あぁ、恥ずかしい。恐らく顔を真っ赤にして叫んでいただろう。
「何だ図星か。あの子、綺麗だもんな」
「黙れよ!」
「隠すことなんてないぞ。親子じゃないか」
「うるさい!あんたは俺のっ」
叫ぼうとした。俺の父親じゃないだろ、と。
それは嘘だ。俺はここにいる二人が愛し合って産まれた。自分の姿を見たら一目瞭然だ。彼らの面影が今の俺の姿にはある。
だが過去の記憶があるというのは酷なもので、精神的な割り切りができない。俺にとっての父さんというのは、母さんというのは。
「…ちょっと、頭を冷やしてくる」
「ご飯は?」
「後で食べる、冷めてても良い。せっかく作ってくれたのにごめん」
こういう時、ちゃんと割り切れない自分は子どもなんだと実感する。俺がもう少し精神的に大人だったのなら、こうして取り乱すこともなかっただろうに。
あてもなく外へ出た。頭を冷やすために。
気がつくと俺は、いつも本を読んでいる時の野原までやってきていた。