左手の握手
展開のために左手の握手の意味を調べましたが、初めて理由を知りました。
時間が経てばやがて日も暮れる。用意していた石ころも、木の棒で描いた文字も見えなくなる。その時間が、この計算塾の終わりの合図なのだった。
「よし、じゃあここまで。みんな気をつけて帰るんだぞ」
「きをつけることなんてねーじゃん」
小学校の頃、先生がよく言っていた言葉で授業を〆ると、その言葉に対してツッコミを入れる五歳児の少年が一人。ダノガだった。
確かに皆が顔見知りで事故や事件と無関係なこの村では、『気をつける』なんてことは意識しないだろう。日本と違って自動車が走っていることもないしな。頭ではわかっているつもりなのだがどうしても言ってしまうのだ。聞き慣れた言葉だからついつい言ってしまうのだろうけど。
「お疲れ、ユキトにぃ」
「ん、いや。ラムノこそな」
解散をした集団の中、ラムノが俺に声をかけてくる。以前に土と埃に塗れた姿を見ても美しい少女だと思ったがやはり正しかったようだ。今、こうしてライフラインが整った中での生活をしていると、より彼女の生まれ持った美しさが極まっていた。
炎のように燃える紅のショートヘア、それとは対極に見る物を凍え刺すような冷たい青い瞳。
色の深さこそ違うが、その髪色と瞳の色はそれぞれウォーラと反対の色をしている。ウォーラは水色の髪で紅い瞳をしているのだ。
そして、気がつけばその紅い瞳を持った方の少女が俺たちを睨んでいた。
「まーた二人で仲良くしてる」
「何だよ、仲良くするのは悪いことじゃないだろ」
不機嫌そうな表情で目を細めるウォーラ。最近気が付いたのだが、俺とラムノが一緒にいると大体こういう表情をするようだ。
理由を考えてみたがよくわからない。まさか嫉妬、などではないだろうし。
「じゃあラムノ、私とも仲良くしてよ」
「いいですよ、ウォーラねえさん」
「…何を考えている?」
ラムノが差し出した手を見て、ウォーラが怪訝な顔をした。今まで互いにからかいあっていた二人だ。自分から言ったものの、すんなり受け入れられるとは思っていなかったのだろう。
「そんなことないですよ。あたしもウォーラねえさんとは仲良くしたいと思ってました」
「嘘?」
「ほんとほんと」
「…じゃあ、よろしく」
数秒のやり取りの後、ウォーラはその手を握り返した。これで少しでも二人の仲が良くなれば良いと思うのだが、ここでふと違和感に気がつく。何だか握った手の形が違うというか、逆というか。
「ところでウォーラねえさん」
「何?」
「一部の地域では左手には悪魔が宿るって言われているみたいなんです」
「…ん?」
「そんな手で握手をしたら、相手に悪魔を移してしまうかもしれませんね」
「私たちが握ってるの左手じゃん!あんた本当に性格悪いよね!」
あ、そうか。右手の握手じゃないから違和感があったのか。違和感の正体がわかりスッキリはしたものの、再び二人の仲は悪化しそうだった。
「ラムノ、あれは完全にお前が悪いぞ」
その後の家までの帰り道。俺はラムノにそう注意する。ラムノは悪ぶった様子を見せず、「ごめんごめん」と笑顔で言った。
「いやぁ、ウォーラねえさんってからかいがいがあるんだよね。反応がいいから」
「お前性格悪いぞ」
「そうだね。反省しないと」
口では言っているが、反省の様子を見せないところからするとまだ直ることはないだろう。しばらく二人の仲は良くない状態が続くと思うと、ため息が出てしまう帰路だった。




