正義はどこに?
最近ワクチン接種を受けました。ほんとに腕が痛くなるんですね、あれって
「こら、待てって…!」
流石スリというべきか。足の速さがとてつもなく、歳の差があるはずなのに段々と差をつけられていく。この人混みの中、我ながらよく追いかけられていると感心するほどだ。
だがこちらは既に満身創痍。更にこの街の地形もわかってない。逃げ切られるのは時間の問題だ。一体どうすれば…。
「捕まえたぞ、このガキッ!」
と、スリの子どもが逃げた方で男の大声が聞こえた。急にその姿が見えなくなったと思ったら、その子どもはまるで猫の如く、八百屋のおっさんに首根っこを掴まれていた。
「見失っていたと思ってたがまさかこんなところで見つかるとはな!」
「何すんだよ、離せよジジイ!」
「うるせぇ!散々うちの食い物を盗みやがって!覚悟しろこのクソガキが!」
息を切らして八百屋の前にたどり着く。スリの子どもは腕や足を振り回して暴れているものの、首根っこを捕まえられて宙に浮いているせいか、八百屋のおっさんにはまるで届いていない。
そしておっさんは子どもを高く持ち上げると、そのままの勢いで。
…地面に叩きつけた。
「グォっ」
「人様にしこたま迷惑をかけやがってよ!自分のやったこと、わかってるのか!?」
それだけでは飽き足らず、おっさんは子どもの体を蹴りつける。一度だけではない。二度三度、いや数えきれないほどに。
やがて攻撃は体だけでなく顔の方まで移動する。子どもはもう暴れる力さえも残っておらず、おっさんの怒りを受けるだけのサンドバッグと化していた。
「お、おい。待てよ!」
見てられない。そう思って俺は激昂するおっさんに声をかける。頭に血が上っているせいだろう、彼は俺に対しても憎しみの視線を向けた。正直怖い、逃げ出したい。何で俺はこんな目に合っているのだろうか。
「何だてめぇは!」
「いや、その。流石にやりすぎじゃ、ない、でしょう、か?」
あぁ、なんて弱々しい返答なのだろう。こんな格好悪い仲裁者がいるだろうか。漫画の主人公みたいに大きな声で怒鳴り返したいところだ。最後の方なんて声を発したのか息を吐いたのかすらわからない。
「部外者が!黙ってろよ!」
「あ、いや。俺も部外者じゃないんです。その、こいつに財布を盗まれて」
「あぁ!?」
思わずビクリと震えてしまう。しかしおっさんの声は俺ではなく、子どもに向けられたものらしかった。
おっさんは子どもに蹴りを加えるのを止め、全身を撫でるように触れた後、彼女の尻ポケットに収められていた俺の財布を取り出した。
「チッ、また人様に迷惑をかけやがって。ほらよ」
おっさんは手に取った財布を俺に投げ渡す。一度違う行為を挟んだためか、先ほどまでと比べて彼の表情は落ち着いているように見えた。
「おい坊ちゃん。多分あんたはこの街の人間じゃないだろうから言っておくが、コイツは相当のワルなんだよ」
「ワルって」
「窃盗、スリの常習犯。コイツみたいな奴がいるせいで店を閉じることになった知り合いもいるんだ。そんなことをする奴を許しておけるか!?」
…クソっ。
わかった、わかってしまった。
許されるべきは犯罪を犯すこの子どもではなく、その被害を受けたこの八百屋のおっさんだということを。
だが、血を流す子どもを見て思う。こういった行動は正しいのだろうか。この子どもが罪を犯したからって、血を流すのは仕方ないのだろうか。
…正義がわからない。だったら、自分の正しいと思ったことをやるべきだろう。
考えろ、頭を使え。
一つ大きく深呼吸。息を整えて、俺はおっさんに向かって叫ぶように声を紡いだ。




