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3Dプリンター

作者: 竹下博志

ここはある職場である。小さな職場だ。二台のデスクが置いてあり、それぞれに数台ずつパソコンが乗っている。このパソコンにはさらに幾つかのモニターが接続されている。モニターに映っているのは何かのデータベースのようである。数字がぎっしりと詰まっていた。

机の上には雑多に資料が積みあがっていているが、担当者は気にならないようだ。ありがちなソフトドリンクの缶や、スナックの袋はさすがにない。あるのはコーヒーマグだけだ。

「この曲好きだな」オフィスにはBGMが流れていて、それを聴きながら作業中の男が言う。

「うーん。俺はだめだなあ。このファルセットと、俺は歌がうまいんだと言わんばかりの勝ち誇ったような息遣いが鬱陶しいね。確かにうまいんだろうけど。こう熱唱されると、歌詞の内容にも冷めちまう」もう一人の男が応える。

「そういやあ、お前はボサノバとか、ジャズボーカルとかばかり聴いてるもんな」

「そうだよ。ああいう風に脱力して歌ってくれるほうが好きだな。エンドレスで聴けるだろ」

「まあ、熱唱系はエンドレスだときついな。確かに」

そこへ職場の管理職と、もう一人の男が現れた。男は安物のスーツを着ている。他の三人はカジュアルだが、おそらくこちらのカジュアル服のほうが高いだろう。ダメージデニムのパンツ一つでスーツが三セット位買えるくらいの値段だ。はいているスニーカーだって、男の革靴が三足くらい買えるだろう。

管理職の女が、スーツの男のほうを指して言う。

「この人は刑事さん。私たちの仕事内容について聞きたいらしいから、ちょっと時間を割いてくれるかな?」

二人は同時に手を止める。珍しいこともあるもんだ。二人とも犯罪とは縁がないし、後ろめたいこともないから、こういう時には好奇心だけが先に立つのだった。

「何かありましたか?」

その言葉に応えるように刑事は胸ポケットから一枚の写真を取り出した。

「これに見覚えはありませんか?」

写真には地味な古着を着て歩いている若い男が映っている。目立つのはスニーカーだ。たまに見かけるブランドのスニーカーで、あまり人気はない。好んでこれを履くのは、彼くらいの若さでは通常考えられなかった。どこかの駅前だろうか?街灯のセキュリティカメラにとらえられた映像のようだった。

「ああ。これ。うちで作ったやつですよ。無くなったんで、大騒ぎになりました。盗難届けも出してますよ。でもこれ歩いてますよね?ただ似ている人なだけかも」

一人がそう答え、もう一人が信じられないといった風に首を振る。

「そうですか。間違いないですね。これは何に使う予定でしたか?」

盗難届には使用目的も記入してあったが、これは再確認の質問である。

「映画のセット用です。爆破シーンで一緒に吹き飛ばすとのことで受注した分です」

「工程を説明してもらえますか?」

「それは私が・・」管理職の女が横から口を出した。社外秘の情報もある中、取捨選択して情報を開示するのは自分の役目だと判断したようだ。尤も刑事を通じて、他社に情報が行くことの可能性の低さは承知の上である。

「わが社では、3Dバイオプリンターを使って人体や、その他の生物の人形を作るのが主な仕事です。納入先は主に映画作成会社、自動車の衝突安全実験をする会社、たまに個人の依頼もありますが、生体ゆえに管理が大変なので、貸し出すという形をとって使用後は回収しこちらで処分しています」先程の二人のいた部屋を出て廊下を進む間に女は刑事に説明する。別の部屋に入ると、そこにはMRIを大きくしたような機械が据えられていた。先の部屋には机とコンピューターだけが置かれていた、おそらくさっきの部屋で入力し、こちらの部屋で出力するのだろう。女が機械に回り込んで説明を続ける。

「これがそのプリンターです。2020年ごろにフライドチキンのチェーン本部がビーガンのナゲットを作りました。基本は同じです。より複雑なプログラムと原料が必要になりますが、ビーガンナゲットと同様、タンパク質は安定して入手できる植物由来のものを使っています。何に使うのかによって表面だけではなく、中身のプログラムもより高度なものに変更します」

「内臓などを再現したものも作れるという事ですか?」刑事が尋ねる。

「もちろんです。しかし、それが意志を持って動くとなると、全く別の話です。私たちが作っているのはしょせん肉の人形にすぎませんから」

「ブルーフェアリーがいないとどうにもならないと?」

「は?」女は眉をひそめた、どうやらピノキオは最近はやりではないらしい。

「組織はどれくらい持ちますか?」

「長くて一週間から10日といったところでしょうか。抗菌されていますので、腐敗したりはしませんが、水分が保持しきれなくなって、干からびてきますね」

「例のものは作成からちょうど一週間くらいですね。そろそろ限界という感じかな」

二人は廊下に出た。先程の部屋から男同士がしゃべる声が聞こえてきた。

「事故が起きても、雷が落ちても、ブライキングボスには成りっこないよ。プリンターのデータだってもともと誰かの形態を模倣したものだろう?オリジナルがいても不思議はないよな」

「でも、刑事が出てくるのは不思議だな。ただの紛失物調査なら、わざわざ刑事がこんなところにまで来ないぜ。何か事件があったんじゃあないか?」

刑事が部屋に戻ってきた。

「入力されたデータを見せてもらっていいですか?」

これには女が応える。

「理由をお伺いしてもいいですか?それによっては協力できると思いますが」

きっと後で上司を納得させられればいいのだろう。

「そうですね。失礼しました。これは殺人事件の捜査です。現場周辺の目撃証言と防犯カメラの映像からここにたどり着いたというわけです。先程の写真の男は目撃証言と合致するのですが、顔認証をかけても私たちのデータベースの中ではヒットしませんでした。だが、通常のネット検索の中で顔認証ソフトを作動させると御社の商品カタログがヒットしまして、その中の一つが正に瓜二つなんですよ」

「なるほど。入力データを見れば、オリジナルのモデルになった人物が特定できるかもしれませんね。そこのパソコンをお使いください」女は一台のパソコンを指さした。刑事にはもとからあった椅子をあてがい、自分はその横に座ろうと自分用の椅子を持ち出した。横に座ってログインし、データまで誘導するつもりなのだ。

だが、刑事は座るなり、いきなりパソコンを打ち出した。高速タイピングである。恐ろしく速いが、不気味なほどにソフトでタイピング音がほどんどしなかった。画面にはパスワードを求めるポップアップが次から次へと出るが、難なくクリアしていって、最終的に画面は暗転して裏画面ともいうべき、ここにいる者ですら見たことないような画面にたどり着いた。

「やはりハッキングされてますね」刑事は何事もなかったかのように平然としている。が、三人の社員はしばらく口もきけなかった。擦り切れて、てかった安物のスーツに同じくすり切れた安物のゴム張りの合成皮革の靴が、不釣り合いだった。

「ハッキングされたらわかるようになっていますが・・」これは男だ、おそらくこのパソコンのメイン使用者のほうだろう。

「普通はね。これは普通ではないですね。痕跡を残さないように侵入している。データを書き換え、出力が終わったら、元に戻るようにもなっています。もちろん出力された商品は外側からではわからないでしょう。変更点はすべてその内部に関することです。ただしこの画面から、その詳細はわからないようになっています。変更されたという事だけがわかるようになっているのです。ただね、ここまで画面をたどれることのできる人物に対しては別の明らかな痕跡を残しています。ちょっとした挑戦状かもしれません」

刑事は暗転して暗くなった画面の一部を指さした。そこにはブルーフェアリーの文字が光っていた。男の一人はわかったようだった。「命を吹き込んだ・・・」とつぶやいた。残る二人が、目を見開いて、だが何も言えずに、彼を見た。

 刑事は一旦報告のために管轄署に帰ってきた。

会議で彼が報告すると、大きなどよめきが起こった。だが、まとめ役の責任者は冷静である。

「悪いが、その話は一旦忘れてくれ。オッカムのなんとやらだ。もっと単純に考えるんだ。犯人と思しき男はこの会社のカタログにあった人形とよく似ていた。その人形のデータはハッキングされ、作り替えられ、盗難にあい、紛失している。それも忘れろ。とにかく、この人形のモデルとなった人間がいるはずだ。まずはそいつを探し出すことに集中しろ」

「会社に居た三人は、モデル採用に関する経緯を知っているのか?」隣に座っている副責任者が刑事に尋ねる。

「いえ。知らないそうです。この商品がカタログに載ったのが三年前。その時点では、まだ三人ともこの会社との接点はありません。その経緯を把握しているのが、当時在籍の社員と思われ、現在調査中です」

「わかった。次に・・・」

刑事はほかの担当の報告を聞きながら、事件の資料をもう一度見てみた。

この街のアパートの一室で昨日19時、男性が殺された。男性は顔を損壊されており、だが、その段階ではまだ生きていたかもしれない。救急に連絡があったのだ。スマートウォッチをある部分長押しすると、設定された救急の連絡先にエマージェンシーコールがいくようになっており、その機能を使用したのだ。しかし、実際にその長押しを本人がしたかどうかは不明である。犯人は激情のあまり暴行に及んだが、あまりのひどさに緊急連絡だけを入れてその場を立ち去ったというケースも考えられた。この場合だと、殺人目的ではなく、不慮の事故という事も考えられるが、救急が到着した時点で男性が息絶えており、殺人事件となった。被害者はアパートの契約書から氏名を特定。パソコンやスマートフォンはことごとく潰されており、氏名以外のプロフィールを示すものはなく、こちらは不明。就業先もわからず、彼に関する捜索願等の依頼は入っていない。

にもかかわらず、事件は犯人側に手掛かりが多く簡単に解決すると思われた。スマートウォッチの発信で死亡推定時刻は明らかで、犯人が徒歩以外の手段でここへ来たという証拠はなかった。現場には被害者のものでない足跡が残っており、時系列で道筋の防犯カメラをあたり、また、ある特別なメーカーのスニーカーを履いていたといった、ある意味特徴的なその足跡や、目撃談から、ほとんど一人に絞り込めた。現場には被害者以外の指紋がなかったが、顔認証システムがそれ以上の効果を上げているので、これを使って先程の会社の商品に行き当たったというわけなのだった。ちなみにスニーカーが特別というのは、あまり大量に出回っているモデルではなく、その上ソールパターンが独特な商品だったからだ。このことだけを見ても、計画的な犯罪とは考えにくかった。

それにしても被害者の顔がつぶされていたというのは気になった。よほど腹が立ったのかもしれない。冷静さが残っていれば、おそらく争いになったとしても、頭部を一撃、流血で我に返るというところだろう。顔がつぶれるほど殴りつけようと思ったら、何度殴らなければならないか、たとえ道具を使ったとしてもである。ちなみに凶器は見つかっていなかった。外傷からは鈍器のようなもので顔の表面を削るように殴りつけられたとみられており、それは顔面の組織がごっそりとむしり取られていたからだった。握力が300キロほど有れば、顔の組織をむしり取ることは可能かもしれない。過去にはペットのチンパンジーが人間の両腕と顔面の組織をむしり取った事件がある。だが、普通は不可能だ。凶器が必要だろう。

 スポーツ刈りの捜査員が入口より首だけ出して、室内を覗いた。

「商品が最初に作られた当時の社員を連れてきました。誰か、聴取しますか?」

責任者が刑事を指さして、横に振った。刑事は立ち上がり、部屋を出る。

オフィスには30歳後半の痩せた女が座っていた。

自己紹介をして刑事は女のほうに向き合い、カタログを見せて、ある商品を指さした。

「この商品のオリジナルモデルをご存じですか?」

「当時のプログラマーです。名前を憶えてないんですよ」

「自分に似せて商品を作ったのですか?」

「そうです。珍しいパターンでした。大概が嫌がられるものですから、有料でモデル募集するのが普通でした」

確かに、自分の分身がバラバラにされたり、劣化して処分されたりするのは愉快ではない。

「どんな人でした?」

「この世界にたまに居るタイプです。陰にこもって何を考えているのか良くわかりませんでした。あまり誰とも話をしませんでしたし、仕事以外の付き合いもなかったです」

「連絡先はわかりますか?」おそらく知らないだろう。

「いいえ」やはり。

「ブルーフェアリーはわかりますか?」

「ピノキオの妖精ですね。それがなにか?」

「いえ」

刑事はその他のこまごましたことも聞いたが、印象に薄いタイプだったらしい。なかなか、参考になる話は聞けなかった。聞き取りが終わり、刑事が礼を言って、女が立ち上がり帰りかけた時だった。

「そういえば、ちょっと思い出しました」

「何をです?」

「彼、中身を完全に作りたいと上司に申請したことがありました。却下されましたが、それからしばらくして辞めたんです」

「なるほど・・・ところで、この名前に見覚えはありませんか?」

刑事は被害者の名前を女に見せてみた。

女は目を見開いて、口を半分開けた状態で、その名前を見つめていた。いやな予感がした。

「この人です。彼です。プログラマーです」

被害者が第一容疑者だった。考えたくない可能性を調査しなければならないかもしれない。

「ブレードランナーかよ」捜査責任者が話を聞くなり吠えた。

「人造人間が自分を作った開発者を殺して回るってか。違うか?そんな映画だったよな?」

煙草に火をつけて、盛大に煙を吐いた。ここは禁煙だ。そして、喫煙者はかなり珍しい。

「俺までおかしくなりそうだな。いかん、いかん。SFじゃあないぞ。モデルに似た人物だ。あくまでも人間だ。兄弟。親戚。この線をもう一度当たってくれ」

知人がほとんどいない人間だった。一人暮らしで、在宅ワークをしていた可能性はある。パソコンは、だから、おそらく彼のすべてが入っていたのだと考えられた。実社会との接点がほとんどなく。孤独死をしたとしても、発見されるのはかなり経ってからという事件は増えている。この被害者もその一人になるところだったのだ。スマートウォッチを操作してなければまだそのままだったろう。

この被害者はどういう生活をしていたのだろうか。刑事は改めて、考えてみた。昨日から、時折考えてみるが、想像が出来そうで、出来ないのだった。一つには被害者の部屋に被害者の趣味を表すものが全くなかったことだ。生活の場というよりは何かのショールームのようだった。これがミニマリストという奴だろうか、とも考えてみた。生活のほとんどをプログラムの作業が占めていたのだろうか。ハッキングの技術からしても、凄腕であることは間違いなく、かなりコンピューターに精通した人間であることだけが、わかっている確かな事なのだった。

「容疑者らしき者に関する連絡ありました!」電話を受けていた捜査員が、大声で叫んだ。

連絡先はとある神社だった。今朝から現れて、ぶらぶらしていたが、ある時以来椅子に座ってから寝ていたようだったという。あまりに長い時間がたったので、起こそうとしたところ、その場に崩れ落ちたという事だった。

現場にたどり着くと、容疑者はミイラの様に乾いていた。生き仏とも言うべき相で、穏やかな表情が印象的だったが、似ているようでやはり人間そのものではなく、異形な雰囲気を醸していた。刑事が一応手を合わせると、誰かが後ろから近づいてきた。

「その看板の前にずっと立っていたよ」声が人工の声だった。驚いて振り返ると老人が立っていた。喉に機械装置を巻き付けている。癌か何かで声帯を切除したのかもしれなかった。

看板は目の前にあった。この神社が祀っている神様の説明が書かれていた。それによると、神様はこの国を作ったといわれている神様夫婦の最初の子供だったが、不具者だったために海に流されたと説明されていた。海の者たちはこれを怖れ哀れみ、神として祀ってこの子供の悲しみをなだめ、怒りを抑えたという。

「親の愛情に飢えた子供のような顔をしていたな。体は大きかったが、心は子供のままに見えた」老人が静かに続けた。

「わしのように一度死にかけるとな、物の見え方が違ってきて、見たくないものまで見えてしまうんだ。今じゃここの神様と同じ体だよ」

そうなのだ、最初は喉の装置に目を取られてしまったが、そのあと気づいた。腕も足も義足なのだ。胴体だけの肉体だ。確かにここの神様の伝承と一致する。神様は生まれた時に手足のない体だったそうだ。不思議な取り合わせだった。

「あんたも彼と同類だな」刑事ははっとした。この体のことに気づく人間はほどんどいない。

そのとき電話が鳴った。刑事は老人を横目で見ながら、電話に出た。老人は何もかも理解しているといった風に頭を下げると、静かに去っていった。

被害者のメールサーバーに入っていたメールが解読できたという連絡だった。メール自体は数か国を経由して、暗号化してあった。解凍するのに手間がかかり、やっと今になって、解読できたとの事だった。被害者は全身を癌に侵されていたらしい。メールの相手は医者だった。おそらくもぐりの医者なのかもしれず、ある手術を計画していたようだった。それは首から下を全部移植するというもので、技術としては完成していたようだが、法的整備がまだだった。

ドナーは手に入らない。被害者は自分でそのドナーを作ろうとしていたのだった。

しかし医者の返事はそっけなく今のドナーの状態では‘’やはり‘’無理だとあった。文脈からすると、‘’無理だ‘’は二度目である。すると、被害者が殺された時点では、それは被害者もわかっていたことになる。ドナーを作ったが、ドナーにはなれない失敗作だった。国造りの神様の最初の子供の様に不完全な子供。海に流された子供。

事件は容疑者の手のひらから血液反応が出て、それが被害者のものと一致すると、加害者死亡という内容で終息した。ただし、加害者は人間ではないので、この辺りは微妙である。

その後、加害者の身体は入念に調べられ、水分保持のために筋肉が増強されていたこと、おそらく握力は300キロ近くあったであろうと推定された。

ドナーとして使う計画だったならば、完成した後に、自分で目を覚まし、被害者の住居まで自分でやってくるようにしてあったのだろうとも思われた。そして二人して医者のところまで行き、処理されてドナーになる。そんな筋書きだったに違いない。

ところが、やってきたドナーは不完全な個体だった。被害者は病魔と闘いながら、時間に追われて夢中で作業してきたのだろう。だが、結果が出ずに相当落胆したに違いない。失敗作を目の前にして、神経も衰弱した状態で、つい何か言ってはならないことを口走ったのかもしれない。加害者にしても、聞くに堪えない言葉だったのか。それを止めようとした加害者が口をふさごうとして、握力の調整が利かずに思わず顔全体を握りつぶした。そんなところだろうと皆噂しあった。書類には書けないことだが、奇異な事件であったがために皆の想像を掻き立てたようだった。

刑事は考える。もし加害者がまだ生きていて、自分に襲い掛かったとしたら、自分の反応はどのようになっただろうか?自分は人間を傷つけることはできないように三原則で行動に制限がかけられている。そっくりに作られていながら、人間ではないもの、その判断基準はどこにあるのだろう。かつてある学者が生物と無生物を隔てるものは動的平衡にあると論じたことがある。無生物ならそれを構成する元素においては、ただ古くなっていくのみだが、生物の身体は食事を通じて、常に新しい元素と入れ替わってゆくというものだ。人間ならば数か月前の身体と比べると、今の身体はすべて全く新しい元素と入れ替わっている。ではなぜ死がやってくるのかという事に関しては、多様化という種の生き残り戦略の一部だという事だったように解釈している。つまり多様性のあり方として、時間軸でもそれが存在すべきだという考え方だ。同質のものが、長年にわたって存在し続けるというのは、同じルーレットの目にずっとかけ続けることに等しい。掛ける目は時間が経つと変えなければならないのだ。

刑事の身体はこの点において、無生物と言える。彼の身体は決して自然に新しくなるわけではない。部品の交換はしても、それはほかの機械と同じなのだ。一方、あの加害者は被害者の首が移植されることによってその動的平衡を得るように作られていたらしい。それでは、移植後は人間だと言えるのだろう。だが、その前の彼ならどうか。

生まれ、つまりプロフィールからそれを言うのは簡単だ、あの神社の老人は外見がどうあれ、人間であろう。しかし、自分の反応を司る頭脳が、それを知る由がないとしたらどうだろうか?外見的な事や、生体としてのありようを見て判断するのだろうが、加害者を見て、彼の生い立ちを知らなければ、どのように反応したのだろうか?そして、そもそも人間とは何なのだろう?その人間に作られた自分や彼はどういった存在なのだろう?

「サルとサルのおもちゃだよ」自分を作成した人間の回答が聞こえた。プログラムの遊びである。刑事が自問自答するとき、質問によっては回答があるのだ。

どうやら、自分は嫌な奴に作られたらしい、と思った矢先、また回答が聞こえた。

「俺だって、死ぬほど悩んだんだよ。でも最後は、開き直るしかないだろ。誰だって何だって、そうなんだよ」


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