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2、男同士の複雑な感情によく巻き込まれる


 黒い、竜。


 約3か月程前、ルゴの街の上空で見た“世界の敵”を再び目にして、私は体が強張った。赤い瞳に、荒々しい気配。黒竜は巨体を飛行船に寄せる。


 強欲の竜一体でも、現状どうすべきかわからないというのに、もう一体……!


「おぉ!おぉ!!あれなるは、イル・ギン!やはり卿も参戦するか!!」


 嬉々と声を上げる強欲の竜という青年は、子供のように瞳を輝かせて上空の竜を見つめた。


 整理しよう。


 まず一つ。


 私が繭に成りながらも、竜に成らずととことん拒む気なので、このままなら私が死ぬまで次の憤怒の竜が生まれない。


 ので、私に死んでもらいたい、が、私の後見の冥王様が軍神ガレス様に対しての態度を見る限り……神々サイドも色々あるのだろう。

 なぜかわからないが、冥王様は私の「生存」を応援してくださるおつもり。


 二つ目。


 本来竜になったらそのままの筈の、現存する六体の竜が、どうもどうやら、私にとっての冥王様のような「後見」の神々より力だか恩赦だかを与えられて、人間の姿になることが出来るようになった。

 条件は私の死。


 神の恩恵を受ける切り花が竜になった完成形である彼らは、私より上位の存在と言える。ので、普通の方法では死ぬ事のない私を殺せる、というわけだ。


 三つ目。


 そして目の前に現れた、強欲の竜。私を殺す気でやってきて、手に入れたい、とも言う。つまり、完璧に私の敵だ。


 一体なら何とかなるか、などという慢心は私にはない。対峙してわかる、自分との力量の違い。

 それがもう一体、黒竜。ギュスタヴィアが街で撃墜した筈だが、今はそのダメージが全く感じられない。つまり、あのギュスタヴィア様の攻撃を凌いで生存した実力がある。


 今はまだ攻撃する素振りを見せない黒竜を、先んじて攻撃すべきか。


 エルフの騎士たちも警戒しながら、次の行動を決めかねているようだった。


 私はギュスタヴィア様のように魔法は使えないが、剣で首を落とせば竜でも殺せるだろうか?いや、そんな単純な力で倒せるのなら、エルフ族がこれまで苦戦するはずがない。


 最悪なのは目の前の男と黒竜が共闘して私を殺しにかかってくること。竜に仲間意識があるのかわからないが、私がトロフィ―だと言うのなら、竜同士は敵対して潰し合ってくれないだろうか。


 一瞬のうちにそれらの事を思案し、私は比較的倒しやすそうな人型をしている強欲の竜に斬りかかる。


「ぐっ」


 しかし先ほどは一撃が通ったけれど、あれは私の態度を見る為のサービスだったのか。今度は容易く防がれ、首を掴まれる。


 そのまま宙づりにされ、息が詰まる。剣を振り上げたが、その手は捩じられ、剣が落ちた。


「剣、よッ!」


 私の剣はただの無機物ではない。私のうめき声に反応し、シュルリ、と胴体の長い蛇のような白竜の姿に戻って強欲の竜に襲い掛かった。


「面白い!耳長族の精霊魔法か!」


 強欲の竜は私の守護精霊に噛み付かれながら、大笑した。私の首を掴んだ腕を振り上げて、壁に叩きつけるべく投げ出した。


「イヴェッタ!」


 ウィリアム殿下が飛び出して受け止めようとしてくれたのを感じたが、殿下が受け止められる速度ではない。


 私は来るであろう衝撃を覚悟した。


「お嬢さま」


 目を閉じて身を固くしている私を、受け止めたのは人の腕。


 聞き馴染んだ声にゆっくりと目を開き、私はそのままぱちり、と瞬きをした。


「タイラン?」


 白い髪に皺のある顔。深い造形の顔は異国の血が流れていることを知らせる、この場にそぐわないきっちりとした身なりの、老紳士。

 

「こうして再びお顔を拝見できましたことを、わたくしめは大変嬉しく思います」


 幼い頃から何度も見た顔。そう言えば、昔から全く変わらない。ずっとおじいさんのタイランは、いつも通りに優し気な微笑みを浮かべゆっくりと私を下ろした。


「身の程知らずにも下位のトカゲ風情がお嬢さまと言葉を交わすなど。全くもって、世も末でございますな」

「……あの、タイラン?」


 これはジョークなんだろうか。

 六体の竜が孵化している現状は、確かに世の末と言える。

 だがタイランは竜のことを知っているのか?


「わたくしどもが参りましたからには、もうご安心くださいませ。イヴェッタお嬢さま。あのような頭の悪いトカゲ如き。これ以上大切なお嬢さまのお手を煩わせることはありません」

「あの、いえ。いいえ、タイラン……相手は、とても強いのよ。危険だから、タイラン」


 下がっていてと、私は背に庇おうとする。


 タイランが何か知っているとしても、人間だ。冥王様のお力で致命傷でも回復する私と違って、人の身で竜に挑めるわけがない。


 私が前に出るのを、しかしタイランは手で制した。


「お下がりください、お嬢さま。あの愚か者の相手は、我が主がなさいます」


 主?


 スピア家の執事であるタイランの主人は、伯爵、ゼーゼマン・スピア、お父さまの筈だ。だがお父様がまさかこんな所にいらっしゃるわけも、いくらなんでも竜と戦えるわけもない。私は状況がさっぱりわからずにいる中、再び上がる竜の咆哮。


 そして、強欲の竜の歓喜の声が上がった。


「おぉ!!おぉ!!まさに、まさしく最強の!最高位の竜!狂気の夢の中で何度焦がれたことか!俺が心底欲する卿が、まさに目の前に!!」


 ドガッ、と、強欲の竜の男の言葉が長々と続くが、それは途中で遮られた。


 黒竜の咆哮の振動の後に、強欲の竜の頭を鷲掴みにして床に叩きつけたのは、黒い髪に褐色の肌の大柄な男性。


 頭を床にめり込ませ、強欲の竜は沈黙しなかった。ぐるり、と体を捻り、長い脚で黒髪の男性の体を蹴り飛ばす。重心が僅かに揺れながら、片手でそれを受け止めた黒髪の男性。ドッ、と衝撃が強い風となって私の方まで届く。


 力の差は、明らかに黒髪の男性の方が上だった。私の目にもわかる。一度強欲の竜が繰り出す前に五度は殴られながら、それでもその顔は輝いていた。


「強い!なんという強さだ!殴られれば痛い!血が出る!なんという、良い男だ!!」

「気色の悪い事を抜かすな。死ね」

「はは、はははは!死ぬものか!卿の何もかもを手に入れるまで俺の強欲さは満足せんぞ!」


 何やら大興奮されていらっしゃるご様子の強欲の竜を、黒髪の男性はどこまでも冷めきった目で眺めて、殴り続ける。


 私は黒髪の男性の、イーサンの名前を叫びたかった。が、違和感。あれは、イーサンの、私が幼い頃から良く知る、遊び相手だった馬丁の顔をしているけれど、本当にイーサンなのだろうか。


 タイランと一緒にいるから、イーサンだとも思う。けれど、タイランはあの男性を「息子」とは呼ばずに「主」だとそう、言った。


 私には何もわからない状況が続く。けれど、わからないながらに、私は剣を握り、飛び出した。


「っ!?無粋な女だ!男同士の戦いに女が手を出すとは!」

「目下私を殺そうとやってきた相手が苦戦してるんですから、とどめを刺すべく動くのは正当防衛かと!」


 剣を振り、強欲の竜の首を狙った私の一撃は、確かに首に当たったが、硬くて刃が通らなかった。ギンッ、と甲高い音が響き、私は素早く間合いの外に退避する。


 一度、イーサンの顔をした男と目が合った。


 赤い瞳は私に対して、これまでイーサンが向けることのなかった感情が宿っている。


 イーサン、ではないと、そのような判断を下しかけて、私は留まった。

 私がこれまで周囲に向けて来た大人しい伯爵令嬢イヴェッタ・シェイク・スピアの仮面があったように、彼にだって。異人の馬丁のイーサンにだって、あったのなら。


 私はぎゅっと、一度目を伏せ、脳裏に幼い頃の記憶を思い浮かべた。


 打算。


 ここで、言葉を間違えたら、黒い髪の男も、強欲の竜と同じく私の敵になるような予感があった。私が彼を「イーサンじゃない」と判断すれば。「黒竜」で「敵」、「私を殺しにきた」と、そう決めれば、きっと、そうなるような予感。


 だから、私は目を開けて、微笑んだ。


「助けに来てくれたんですね、イーサン」


 

大侵寇参加中(/・ω・)/

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出ていけ、と言われたので出ていきます3
― 新着の感想 ―
[一言] 考えるようになったな、イヴェッタ
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