表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/104

40、夢のように


 存外上手くいくものだなという事実は、ロッシュにとって少々の驚きがあったものの、概ね「まぁ、そうだろうな」という認識も、やはりあった。


 ギュスタヴィアの統治。


 恐るべき戦闘帝が、兄王をその玉座から引きずり下ろし幽閉した、王位簒奪。当初混乱はあったものの、エルザードにとって目下の脅威は魔の侵攻。

 これについて、今更ながら再確認を行えば、ようは魔とは神族とは別種。

 今の人間種を作り出した“神”がこの世の自然現象や何もかもを司る。通常は精神世界に封じられた連中が、それらを奪い返そうと、神々の世界に攻め込むためにこの世界を通路とする。


 エルフとしては神と魔なんぞ勝手に殺しあってくれと思うが、通路にされ蹂躙されるのはたまったものではない。世界は人間種だけ存在するわけではなく、エルフをはじめとする長寿種がまだ残っていた。

 それであるので、魔の出現地点である“北の島”をぐるりと囲む土地をエルフや魚人族、鬼種などといった長寿種の国が統治し栄えた。


 エルザードは竜からのみでなく、泥のように溢れ続ける魔の者ども、旧時代は“神仏デーヴァダッダ”と呼ばれた者どもを薙ぎ払い、この世界を守る役目があった。

 神族から連中を守る結果に他ならないが、単純に、国が栄えれば栄えるほど、エルフが増え国が豊かになるほどに、ただの通路になるわけにはいかないと、土地だけではなく、国を守る意識も強くなった。


 それゆえ、魔の者たちを絶対的に圧倒し、悉く倒し続けることのできるだけの実力を持つギュスタヴィアは、国民の望みとエルフの使命その両方を満たすことのできる人物なのだ。


 それがこの三百年、畏れ、また忌み嫌われる存在と認識されたのは他ならないギュスタヴィア当人のそれまでの振る舞い。傍若無人で他を顧みぬ、蹂躙するだけの乱暴者であるという周知ゆえ。そんな怪物を抑えたレナージュこそが王として頂くに相応しい存在であると、そんな茶番だった。


「冗談のような結果なんで、本当、どうかと思いますがね。先の出陣で、連中が300年かけて侵攻した土地を奪い返せました。前線が本国から遠くなればなるほど、まぁ、遠征に時間はかかりますが……一度防衛ラインを再編成して、うまく作れれば、これまでの防衛戦とまるで意味が変わります」


 あげられた報告書をまとめ、ロッシェはギュスタヴィアに話しかける。王位簒奪から五度。ギュスタヴィアは出陣した。その結果。じわじわと迫りつつあった魔の侵略は一掃され、多くのエルフの兵が殺されず生き残り、国に帰ることができた。


 ギュスタヴィアは可能な限り戦線を国から遠ざけ、北の島に魔の者たちを追い払った。


 そうなれば、戦線は遠いが、防衛のための兵力は極端に少なく済む。ギュスタヴィアは自身で騎士や軍人たちを選別し、有能なものが指揮を取れるようにと事細かに再編成を行った。

 宮中の礼儀作法や陰謀に疎いギュスタヴィアであっても、戦闘に関しては十分な才能があり、これまで個人で戦うだけだった男が集団を使える立場になればどうなるか。


「そうか」


 長々としたロッシェの報告をギュスタヴィアは黙って聞いていた。こちらに向けて傲慢な様子の一切がない。淡々としている。


「先の戦いまでの戦死者の家族への弔慰、負傷者への今後の生活保障、支援や治療についてはどうなっている」


 時折ギュスタヴィアは質問を挟んだ。ロッシェはそれについて、規定通りの回答を行う。遺族や負傷者についての保障はこれまで通り行えているので、その質問は簡単に返せた。


 金額について答えたところで、ギュスタヴィアは「少ないな」と言葉を漏らす。


「防衛ですから、何か利益が発生するわけではありません」


 他国との戦争であれば相手からの賠償金や奪った土地の収入などを得る事が出来る。だが、湧き出て流れ出してくる異界の存在を退ける防衛戦。(国内の経済が回らないわけではないが)国として兵士に支払い続ける金額は、膨れ上がることはあっても減ることはない。


「この三百年の間の戦死者は」

「はい?」

「私が死なせた」

「……いや、駄目だからな。ギュスタヴィア殿下、いや、陛下。そりゃ、駄目だ」

「死ぬ必要のなかった者たちだ」


 ロッシェは目を見開いた。


 それは、駄目だ。

 その思考は、王として相応しくはない。


 ギュスタヴィアは、兄王にあえて討たれたのか、それはロッシェにはわからない。自分の有益さだけを盾にし続けたその結果。その盾が国からなくなって起きた悲劇の何もかもを、ギュスタヴィアは自分の責任だと、そう判断しているようだ。


 ギュスタヴィアが兄に愛されることだけを望まなければ、死ななかった者たちだと。

 ギュスタヴィアが戦場から消えることなく、残り続ければ、戦地に行く必要さえなかった者たちだと。


 そう判断し、償い、十分な補償をすべきだとそう決めようとしている。


 違うだろう。

 恐るべき剣帝。戦闘狂いの王弟殿下は、恐怖でもって支配されるのだと、そのように考えられるべきだった。

 圧倒的な支配力。恐怖と、力を持って、王位簒奪を正当なものとする強引さを披露する舞台を、ロッシェは整えるつもりだった。


(そうか、これが、素なのか)


 ロッシェは顔を歪めて、唇を噛んだ。


 傲慢に尊大に、他人を踏み付ける必要などなくなれば、ギュスタヴィアは冷静だった。あの人間種の娘の影響により、寛容と贖罪を得た結果なのか、それはわからないが。皮肉なことだ。被り続けたその仮面、取り払えばこのように、静かな泉のような人物が、国を治める為に思考し実行する事を厭わない。






「裏切り者のくせに」


 有力な貴族たちを集めたパーティで、注目されるロッシェが影で囁かれる嘲りは常にその単語から始まるか、あるいは終わった。


(ま、そりゃ、そうなるだろうな)


 煌びやかなパーティ会場。一度半壊した宮殿は瞬く間に修繕され、美しい音楽にシャンデリアの明かり、着飾った美しいエルフたちが集う社交場となった。


 今や“先王マグダレア”と呼ばれるようになった、最愛王ルカ・レナージュの忠臣。乳母兄弟。側近中の側近。懐刀。呼び方は何でもいいのだけれど、かつてそのように並べられた肩書の全てを、ロッシェは一瞬にして失った。

 いや、奪われたというような、他へ責任の押し付けをするのは卑怯だろう。


 あの瞬間。

 あの時。

 あの場所。


 ギュスタヴィアの剣がレナージュに向けられ、傍には神の切り花の明確な敵意。レナージュに対して、どちらも殺意はなかった。だが、もしロッシェがその間に立ちふさがれば、ギュスタヴィアはロッシェを殺しただろう害意は感じた。邪魔になるという判断。ロッシェがいなければ、レナージュから王位を奪う事は容易いと、それだけの価値が宮廷魔術師にして、ブーゲリア公、最愛王の忠臣にはあった。


 一種の、駆け引きだったのだろうと、ロッシェは回想する。


 夢想したロッシェの「最も幸福な最期」は、容易く手に入るのだとそのような誘惑。ロッシェは、いつか自分のおかした罪の何もかもを清算出来る事を夢見ていた。


 レナージュを庇って死ぬ事が、ロッシェの最高の幸せで、望みだった。


 あの瞬間、あの場所、あの時で、ロッシェはギュスタヴィアの瞳を見た際に、察した。


『あ、叶うわ。これ』


 レナージュを庇って、死ねる。


 国が混乱した。憤怒の竜の降臨は未然に防げたが、王の権威は損なわれ、王弟ギュスタヴィアの存在感が増してしまった状況で。レナージュが自分の玉座の秘密を知ってしまった状況で。ギュスタヴィアが、兄を見限った状況で。


 自分だけは、望みを叶えられると、ロッシェは理解した。


 ロッシェがギュスタヴィアに殺されれば、レナージュはそれを利用して「うまくやる」ことが出来るかも知れない。

 しかしレナージュはロッシェを失う。自分の為に死んだという事実に囚われて苦しんでくれるかもしれない。

 本気になって、これまで以上にギュスタヴィアを虐げ追い詰め、なりふり構わず排除しようと命を燃やすかもしれない。


 親愛を持つ友の顔で、王を愛する家臣の顔で、レナージュの前に飛び出して、そのまま凶刃に倒れられたら、どれほど幸福だろうか。その想像、一瞬の夢想の甘美さはロッシェの胸をいっぱいにした。


 もう何の罪悪感に苛まれる事もない。

 若いエルフの兵士達が戦地に送られどれほど死ぬのか、わかっていながら指示を出すこともない。


 ただ忠臣として、あっぱれな、家臣の鑑として王を庇って死ねたなら、どれほど良いだろうか。


(そりゃ、駄目だろう。それは、駄目だろうな)


 一瞬の夢の後の、判断。


 自分だけ許されていいわけがない。


 自分はもっと、苦しまなければならないと、そのように、ロッシェは理解していた。


 だから、庇おうと動き出した足を、理性で押し留めた。


 レナージュの瞳がロッシェを映す。瞬時に浮かんだ感情は「裏切ったのか」とそのように責める色。ロッシェは顔を歪めて、首を振った。 


「陛下、折角の勝戦祝賀のパーティですよ。もっとこう、楽しそうな顔をなさってくださいよ」


 パーティ会場で、自身に向けられる様々な感情を受け入れ、ロッシェは着飾ったギュスタヴィアに笑顔を向ける。へらり、と、人好きのする笑顔。ギュスタヴィアはシャンデリアの灯りに煌めく王冠が、本当によく似合っていた。英雄王と、そのように、いずれ呼ばれるようになるのだろうとそんな予感。


 祝いの場。誰もがギュスタヴィアに言葉をかけられたいと望んでいた。


 美しい娘を連れる貴族の者たちは、しかし少ない。先の騒動で、ギュスタヴィアが「切り花を妻に望んだ」事実は知れ渡り、その切り花が竜に孵化せず人の身に戻ったという事実も。望んで竜の尾を踏める者はエルフにも多くなく、王宮に集まる貴族にその該当者はいなかった。


「楽しむ事は、私の仕事ではないだろう。恙無く進行し、功労者が労われればそれでいい」


 印象が変わり過ぎて不気味だが、ロッシェは突っ込みはいれなかった。


 誰かと踊っては、と提案する。会場は、新王がはたしてどの令嬢と最初に踊るのかという興味に満ちていた。一応ロッシェは、ギュスタヴィアを不快にせず礼儀作法や態度を弁えた貴族の娘を数人、リストアップしてはいた。


 王としての仕事を重視しているのなら、用意された娘と踊るべきだと暗に告げる。


 そのままその娘の生家がギュスタヴィア派であると周囲に知らしめる良いデモンストレーションとなり、新王の加護を得られた家門は新たな政権での上席を約束されるのだ。


「……」

「おや、お嫌ですか。陛下はダンスは苦手ですか?」

「……踊ったことくらいはある」

「これから機会は増えます。得意になって頂かねば」

「必要ない」

「そうですか?次にあの娘のところに乗り込むのは、王子との結婚式の場なのでしょう?それなら、あの顔だけは良い王子より上手く踊れないと、あの娘のハートを得られませんよ」


 そうなのか、と、ギュスタヴィアが神妙な顔をした。


 ロッシェは苦笑する。


 信じるなよ、友を裏切った男の言葉なんぞ。


 と、そのように言うのは卑怯だろうか。



ギュっさんが急に王様になったのはイヴェッタさんのためです(/・ω・)/


ロッシュくんはウラド公が「こうしたら素敵ね♡」といってやったことをわりと勘付いてて知らん顔してました。ついでに言うと、レナージュくんがギュっさん嫌うように先代国王(レナージュくんの実父)に命じられてたので誘導的なこともしてました。


さて、次回からは短めの『黒竜』編続いて『神の国ルイーダ』編をお送りしたいです。

予定ではそれで最終章(´・ω・`)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
★書籍版公式ページはこちら!! 書籍、電子書籍と共に11月10日発売! コミックシーモアにてコミカライズ11月25日配信スタート!!

出ていけ、と言われたので出ていきます3
― 新着の感想 ―
ロッシェくんそうか、君はそういうやつだったんだな……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ