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36、え?ここから入れる保険があるんですか?



(あぁ、あら、いやだわぁ。みっともない)


 真実の口づけなどという、ありきたりな、しかし強力な解除魔法。容易い反面、誤ればその代償が大きい事は、少しでも魔術に携わった者であればよく理解できるもの。


 互いに互いを愛し愛されているという自覚と充実感を持ってしての末。眠る相手の無許可のうちに口づけることが許されるのは、それが無遠慮な蹂躙であってはならないからだ。


「……」


 身動きが取れずにいるギュスタヴィア、それに折角連れて来たのに今のところとりたてて大した役に立っていない人間種の王子を眺め、ウラド公は失望していた。


 それなりに長く、いや、この世の殆どのものよりも長く生きてきたウラドは既に多くのものに飽いて失望してきた。それでもただ「あるのなら見てみたい」という、一念がぬぐいきれずずっとこびり付いて今日まで生きている。夢というにはあまりに自分勝手で濁っている自覚はあって、ウラドはそれを未練と呼んでいた。

 

 立場や責任の何もかも考えられないほどに、お互いを強く想い求め、敬い、慕っている。真実の愛。


 そんな、誰もが容易く口に出して喚き散らし続けているものを、ウラドはただ見たかった。誰もが簡単に「これは真実の愛なんだ」と叫んでいるのに、それが長続き、あるいは真であったためしがない。


 かつて自身に愛を囁いた人間種の男が、同じ口でウラドを罵り、ウラドを崖から突き落とした。あれほど愛しいと言ってくれたのに、お前だけだと微笑んでくれたのに、ウラドが最後に見た男の顔は恐怖と絶望と憎悪で引き攣り歪んでいた。そんなにわたくしが嫌なのかと、それなら死んであげようと思って崖から落ちたけれど、その下は海。海はウラドの領分で、死なずに生き延びた。


 それから、ウラドは“真実の愛”が、本当なのか、それともただの作りものなのか。この世界には魔法も竜も神も悪魔もいるのだから。そのようにあの××が作ったのだから、真実の愛だっておとぎ話ではなくて、本当にあるのかもしれないと、そのように。探してみることにした。


 エルフの王に何人もの女を娶らせて子を産ませ、女に対して残虐な振る舞いしか出来ないように追い込んで、それでもただ一人の女だけは「他と違った」と目覚めるのではないか。


 冷酷な男の仕打ちに苦しんだ女が、男がふとした時に見せた弱さで男を愛する様になるのではないか。


 誰からも愛されぬ化け物がただ一人の肉親のために自身の全てを奉げ、それを知った兄が、地下深く封じられた弟の棺に跪き赦しを乞うのではないか。


「どうして二人とも、名乗り出てくれないのかしら?」


 きょとん、とウラドは小首を傾げた。


「あなた。人間種の王子様。あなたはこの子に愛されているじゃない?この子は、自分の何もかもを捨ててまで、あなたが死なないようにと神に祈ったのよ。そうして竜になってしまおうとしているの。あなたはそれだけ愛されているのだから、報いるべきじゃない?」


 人間種の王子様。金の髪に緑の瞳の美しい青年。闘技場でお互いを守り合う姿は美しかった。この青年が死ぬと理解した時に、イヴェッタは自分の望みの何もかもを諦めた。


 それなのに王子の方は他の女を愛している、という結末は、それはそれで面白い。海のおとぎ話にあったような。助けた女の恩を忘れて隣国の王女と結ばれた王子もこんな美しい顔をしていたと思い出せる。


 ウラドはどちらでも構わなかった。


 ウィリアムがここでイヴェッタを見捨てても、ギュスタヴィアがイヴェッタに口づけてイヴェッタが毒にのたうちまわり死んでいこうと、二人が何の判断も下せず竜が孵化しようと、別に、どうでもよかった。


 ただ、やはり世に真実の愛などないのだという再確認。





 いや、口づけのみの選択肢なんですか、と私は突っ込みを入れたかった。


 棺に横たわる自身を眺め、そして、何やら苦悩しているようなギュスタヴィア様とウィリアム殿下に視線をやる。


 自分の体を俯瞰できるとは中々に貴重な体験だけれど、状況がどうにもあまりよろしくない。


 魂が抜けているのか、それともあの棺の中の私は私の外殻、あるいは竜になるための蛹でしかないのか、それはよくわからないけれど。


 とにかく私はずっと、ギュスタヴィア様の隣でこれまでのことを眺めていた。


(止めて頂けませんか!ギュスタヴィア様をこれ以上いじめるの!!)


 なんでだろうか。どうしてだろうか。エルフの方々はどうしてこう、寄ってたかってギュスタヴィア様を追い詰めるのだろうか。今も身動き取れず、どんどんロクでもないことばかり考えていらっしゃるだろう美貌のエルフの方。


 そもそも私は、ウィリアム殿下がこのままでは死んでしまうと理解して、神に祈りはした。けれど、別にギュスタヴィア様に後始末をして貰いたいだなどとは、これっぽっちも思っていませんが!?


 折角助けに来てくれたのに、その手を取れなかった。ギュスタヴィア様をこれまで巻き込んでおいて、最後の最後で、頼ろうとしなかった事への謝罪の言葉は口にしたが、殺してくれ的な意味で言ったわけではありませんが!?


(この状況、ギュスタヴィア様が私に口づけて、私が死んだらこの後一生のトラウマというか、やっぱり自分を愛してくれる、自分が誰かを愛することなどできなかったのだ、的な傷になるじゃないですか)


 エルフ的には、竜になる前に私を処分できてOKなのだろうけれど。


(ギュスタヴィア様ー!ウィリアム殿下ー!さっきからずっと呼んでも全く気付いてくださらないんですよね!お二人が私の真実の愛の相手じゃないからですかねー!そうですね!ここで気付いてくれる方とか運命っぽいですものねー!)


 と、私は半分自棄になりながら叫ぶ。


 ……確かに、打算があったのは否めない。


 自分が神に祈って再び竜の鱗に覆われようと、ギュスタヴィア様が「なんとか」してくださるだろうという、打算はあった。


 しかし、それは「処分」的な、あまりに後ろ向きな解決策ではなく!!


 駄目だ!

 

 この世の不幸を背負ってもしょうがないみたいな方向性のギュスタヴィア様と、悪い方ではないけれど色々残念なウィリアム殿下だけだと……わたくしはこのまま眠り姫役続投か、最悪色んな事に絶望したギュスタヴィア様が「いっそこの手で」と引導を渡してくるような気がする!


 ある種の膠着状況だ。私は地面に座り込み、バンバン、と床を叩いた。


(魂のような状況なのかなんなのかわかりませんが!死人一歩手前なので聞こえていますよね!冥王様!冥王様!!聞こえてますよね!出て来てください!!)


 このままだとロクな展開にならないと、私は必死に神に祈った。


 何度か叩いて暫く、ぱっくり、と地面が割れるようなそんな感覚。中に飲み込まれ、私の視界は真っ暗になった。


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出ていけ、と言われたので出ていきます3
― 新着の感想 ―
神に祈りはしなくとも、ここで冥王様に頼るのかぁ! ここから入れる保険(あるかどうかも未確認)とは一体?!
[一言] なにこのタイトルwwww
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