35、それは凶器にと望まれた
「お伽噺によくあるものね。呪われて眠りについたお姫様。目覚めさせるのは王子様の口づけと、そう思わない?」
夢の先の先。明けてみれば茨に覆われた闘技場の中心に、ガラスの棺。その横に佇むのは薄紅色の髪の吸血鬼。赤い瞳に夢見るような色を浮かべてうっとりと、ギュスタヴィアとウィリアムに視線を向けた。
「……」
「……」
「あら、嫌ね?どうしたのかしら。二人して……恐い顔」
「なんだ、この茶番は」
きょとん、と首を傾げるウラド・エンド・スフォルツァにギュスタヴィアは吐き捨てるように問いかけた。今すぐその首を落としてやりたい思いはあるが、イヴェッタの横たわるガラスの棺はウラド公の魔法のようだった。
この茨の中、放っておけば竜に孵化するはずの切り花を自身の魔力の棺で封じたのはどういうわけか。世界の破滅を望んでいるのかと思いきや。
「……つまり、誰かが口づければイヴェッタは目覚めるのか?」
「あら!さすがは素敵な王子様!理解が早いわぁ」
嬉し気にウラド公は微笑み、ガラスの蓋を優しく撫でる。
「浮世の柵から逃げ込む夢の中。微睡んで、眠り姫が見る夢は悪夢かしらどうかしら。目覚めはいつも愛しいひとの口づけ。だけれど、気を付けなければならないわ。――愛のない口づけは乙女を汚し、毒になる。当然ね、王子様でない方に口づけられたなんて、虫唾が走る」
待て、と、ウィリアムは目を見開いた。
「……“違った”ら、イヴェッタは死ぬのか?」
「えぇ、そうよ?当然じゃない。目覚めさせてくれる王子様がいないお姫様は、竜になって世界を滅ぼすしかないの。それはそれでいいのだけれど……死んだ方が素敵じゃない?自分は愛している、愛されているなんていう思い上がりが、この子を殺すの。でも大丈夫よね?だって、王子様、それにギュスタヴィア、あなたはこの子に愛されているし、愛しているものね?」
どちらでもいいのよ、と微笑む意味はギュスタヴィアとウィリアムの事か、それとも結末の事なのか。とうに正気を失った女の真意は男2人には理解できない。
「……」
ウィリアムはギュスタヴィアを見た。これまで涼しい、余裕たっぷりとした態度であった美貌のエルフ。自分が強者であることを自覚している生き物が、今は目を見開き、じっと、身動き一つ取れずにいる。
ギュスタヴィアは何の恐れも抱かず、イヴェッタに口づけするだろうと思っていた。
自分は、出来ない。その自覚がある。
イヴェッタを愛しているのかと聞かれれば、憎んではいない。どうしても、幼い頃から心に抱いた婚約者。こびり付いて離れない愛着、執着、彼女は自分のものだという傲慢な思い上がりが手放せない。この奇妙な「愛情」は、きっとイヴェッタとて同じだろう。
だが、だからこそ、理解している。
ウィリアムはイヴェッタを「一番」愛しているわけではない。イヴェッタよりも大切な存在が、いる。その己が呪いを解くために口づけなどすれば、赤い瞳の女の言う通り、もたらされるのは死という末路。
きっと女吸血鬼は「まぁ、悲劇ね!」と嬉しそうに、楽しむのだろう。さながら「いずれ将来を誓い合った仲だったのに、二人は運命の相手じゃなかったのね!なんて悲しいのかしら!」と、観劇し感激する観客のように。
「……」
だから、ここでイヴェッタに口づける役はギュスタヴィアこそふさわしいはずだった。ウィリアムはあの夢の世界で、自分はイヴェッタのことを何一つわかっていなかったことを理解した。それよりも、イヴェッタに好かれようと、まるで幼子のように容姿を気にして、彼女が何を望むのかを考えるギュスタヴィアの方が、己よりとそのように。
「……ギュスタヴィア殿?」
「……」
動かぬギュスタヴィアに、ウィリアムは声をかけた。
白い顔を真っ青にして、ギュスタヴィアは棺を見ている。
「そうまでして……」
「?」
「そこまでして、私に、殺させるのか」
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発売まであと一か月になりましたね!更新がんばります!





