34、彼女の望み
「メイ男爵令嬢がお優しいからと、貴方、ちょっと図々しいんじゃありませんか?」
第三王子、あ、いや、今はイヴェッタ・シェイク・スピアの外見になり夢の中の学園生活を改善中のウィリアムは現在、貴族の御令嬢、女子生徒たちに囲まれ睨み付けられていた。
「……何のことでしょう」
人数は六人。二人が周囲の見張りをしていて、三人が壁のように立っている。前に進み出ている御令嬢は黄金の髪を縦に巻いた、ウィリアムにも見覚えのある公爵令嬢だ。
メリッサ。歳は一つ下。モハナ公爵家の次女でウィリアムの弟・第四王子の婚約者である。第四王子はウィリアムの五つ下になるので年上の婚約者だ。
元々はウィリアムの婚約者候補として最有力だったが、イヴェッタがウィリアムの「顔が良い」と選んだのでその話は立ち消えた。年齢的にも丁度いいと言われモハナ公爵家はかなり周囲に圧力と金をばら撒いていたらしい。
「おわかりにならないのであればその思慮の足りなさを恥じ入るべきですわ。わかっていて知らぬふりをしているのであれば、今すぐその仮面を脱ぎ捨てなさい。不愉快です」
青い宝石のような瞳を細めて、モハナ公爵令嬢は自身の感情を訴える。
と、言われてもウィリアムは本気でわからない。
なぜ自分は年下の女子生徒たちに校舎裏に連れ込まれたのだ。
剣呑な雰囲気であることはさすがに理解しているが、ウィリアムには「まぁ、どうせ女子生徒が相手だから大したことはしてこないだろう」という男の余裕があった。先日相手をしていたグリム・クリム達に比べれば華奢でか弱い少女たちだ。
「ウィリアム様が必要とされているのはメイ男爵令嬢です。才能面でも、お人柄でも。せめて在学中はお側でお支えしたいというあの方のいじらしいお心を、貴方のような者が踏みにじるなど、わたくしが許しませんことよ」
ドン、と、モハナ公爵令嬢は胸を張る。気品と責任感を感じさせる大変頼もしい姿だ。
が、ウィリアムは全くもって、わからない。
あ、いや。なんとなく、わかってはきた。
どうも先日の一件から、学園内でイヴェッタ・シェイク・スピアがウィリアム殿下に付きまとっている。相手にされないのに「婚約者だから」とその地位を振り翳して、交流を拒むウィリアムに無理矢理迫っている。
その上、生徒会メンバーで優秀なマリエラ・メイ男爵令嬢を「平民のくせに」「殿下の御側にいるなど相応しくない」と詰ったらしい。
(後半は全くもって事実無根なんだが!!?)
そんなことは言っていないし思ってもいない。しかし噂は誰が流しているのかもわからないし、マリエラ・メイ男爵令嬢は「元平民あがりだが努力家」「性格も愛嬌があり人付き合いが上手い」と周囲に大変愛されている存在。一方イヴェッタ・シェイク・スピアといえば親しい友もおらず、家も全く権力がない名前だけの伯爵家、などという評価。そんな者の言葉を誰が真に受けるのか。
「メイ男爵令嬢は、爵位が上である……伯爵家の貴方に遠慮なさって身を引こうとされたとか。権力を盾に弱者を虐げる不届き者から弱者を守る事こそ、公爵令嬢であるわたくしの務め……!」
「さすがメリッサ様!」
「素晴らしいお志です!」
イヴェッタに敵意を向けるメリッサ・モハナ公爵令嬢を周囲の御令嬢たちが称賛する。そして彼女たちがイヴェッタに向ける視線はどこまでも厳しい。
イヴェッタ(ウィリアム)は顔を顰めそうになった。だが、ここで怯んだりしてはイヴェッタの名誉に傷がつく。誤解があるのなら解けばいいと、そのように、まだウィリアムは考えていた。
「お互いの認識を確認したいのですが。モハナ公爵令嬢。よろしいでしょうか」
相手は年下だが公爵令嬢。王子の婚約者という立場が同じである以上、次に考慮すべきは実家の爵位だ。その上、第四王子の母は、ウィリアムの母セレーネより格上の側室である。ウィリアムは慎重に言葉を選んだ。
「認識?」
「はい。まず、大前提として……わたくしは第三王子ウィリアム殿下の婚約者です。それは当然、ご理解されていることですね?」
「当然でしょう。わたくしを馬鹿にしているのですか」
「いいえ。――続けます。その婚約者であるわたくしが、在学中に殿下と交流を持つことはお互いの関係性を深めるために必要な事であるとわたくしは考えています。モハナ公爵令嬢は、不要だとお考えのようですが、どのような権限があってわたくしと殿下の交流を制限されるのでしょう」
モハナ公爵令嬢こそ、イヴェッタの味方になるべきだとウィリアムは考えた。同じ王室に嫁ぐ身だ。そして、実家の力が弱く、きっとまともに王室の礼儀作法も学んでいないに違いないイヴェッタに助言をしてくれる立場になって欲しかった。
「……わたくしは、ウィリアム様とあなたの交流を制限しようという意図はありませんわ」
「では誤解が解けたということで、」
「なぜおわかりにならないのかしら?今の言葉は、そのままあなたにお返しすべきものです。貴方は何の権限があって、メイ男爵令嬢が殿下と交流するのを制限、いえ、貴方の場合はもっと悪質に……排除しようとなさるのか」
「そのような意図はありません。それこそ誤解です。わたくしは殿下と交流することを望んでいますが、メイ男爵令嬢と殿下の交流に関しては……慎みさえ持っていただければ構いません」
言いながらウィリアムは内心過去の自分のこの頃の行動を振り返り、頭を抱えたくなっていた。
……この頃の自分、マリエラと肉体関係があった。
さすがに学園内ではことに及んでいないが、口づけやら軽い……軽い、スキンシップはしていた。
今思えば、完全にハニートラップ。ウィリアムがイヴェッタへの未練やら何やら、なぜ自分のところに挨拶に来てくれないのか、手紙の返事をくれないのか、贈り物は気に入らなかったのかなど不安でいっぱいだった所に、マリエラの肌の暖かさ。
婚約者がいる男が、他の令嬢とイチャついているのを目撃されたらどうなるか。ウィリアムはあの頃、誰もその件を言ってこなかったので「バレていない!」と思っていたし、バレたところで問題はないと頭のおかしなことを思っていた。
しかしこの夢の中の世界で、自分のそんなアホな姿を目撃したくないし、イヴェッタにも見せたくはない。
「なんて破廉恥な……!あ、あなたは……!メイ男爵令嬢を侮辱したのですよ!!」
ばしん、と、頬に衝撃が走った。
じん、と遅れてやってくる痺れのような、熱。
「……」
は?と、ウィリアムは驚いた。
見ればモハナ公爵令嬢が顔を真っ赤にして、こちらを睨み付けている。口元はかたく閉じられ、眉間には皺がよっている。美しい女の怒りの表情は迫力があった。
「なんという……なんという、侮辱を……!あの、健気な男爵令嬢に、なんという疑いを……!恥を知りなさい!イヴェッタ・シェイク・スピア伯爵令嬢!!」
ばっ、と、イヴェッタ(ウィリアム)は二人の令嬢に押さえつけられた。激昂する公爵令嬢は髪を振り乱しながら、イヴェッタの髪を掴み、頬を打った。それだけでは終わらず、押さえつけの役を行っていない令嬢の一人が、イヴェッタの制服を乱暴に引っ張る。が、上質な布で出来ている制服は令嬢の力程度ではびくともしない。それに苛立った様子が見え、口元でぶつぶつと何か呪文。
(魔法を使う気か!?)
押さえつけられているのでウィリアム(イヴェッタ)は何も出来ない。風の魔法で制服がズタズタに裂かれた。
(ここまでするか!?)
暴行、ここまでくると犯罪だろう。
か弱いと油断した令嬢たちだが、人数が集まればその暴力は凶悪なものになる。もみくちゃにされながら、ウィリアムはふと、頭の中に思い出す言葉があった。
現実世界で、謁見の間で……マリエラが天に唾吐いた言葉を思い出した。
『学園であの女が他の令嬢から虐められていたのを知らないの?』
『殴られたって気付きやしないわ!』
あぁ、そうか。
これは、本当にあったことなんだな。
ウィリアムが知らなかっただけだ。ひっそりと、人から隠れるように静かに学園生活を過ごしたと思っていた。
知らなかっただけだ。
……マリエラにとって、最も邪魔な存在はイヴェッタだったはず。
王家に入り込むために、ウィリアムの婚約者になるために、邪魔だったイヴェッタ。
卒業式後のパーティーで、誰もイヴェッタを庇う者はいなかった。
ウィリアムと同じように、誰もがイヴェッタがマリエラを害していたと信じていたのだ。
守れたのは、きっと自分だけだったのに、気付かず、マリエラが自分の前に投げ出す甘い言葉や態度にしがみついていた。
*
遠目でイヴェッタ(ウィリアム)の姿を眺めながら、ギュスタヴィアは黒い髪をかき上げた。エルフたちにとって長い髪というのは長寿の証であり、強い魔力を溜めておく一つの魔術道具でもある。それゆえギュスタヴィアは首が露わになるほど髪を短くしたことはなく、新鮮で、そして身軽だな、と率直に感じていた。
「あなたは黒髪の方が好みだと思うのですが、似合っていますか」
校舎裏で再現される惨劇にはもう興味ないとばかりに視線を逸らし、ギュスタヴィアは小さな中庭の、屋根付きのベンチに声をかける。
ぺら、と、小さく紙を捲る音。木漏れ日の庭。
ギュスタヴィアはウィリアムに嘘をついた。
この国中のどこにも、イヴェッタはいないと言った。あれは嘘だった。
この中庭、小さな読書スペースの存在をギュスタヴィアは秘匿した。
ここにはイヴェッタの影があった。はっきりとした存在、ではない。影法師のような、儚い存在。学園内で恙無く、自分以外の生徒たちが「無事に」「平穏に」「当たり前に」学園生活を送れている音を聞きながら、静かに本を読む影。
イヴェッタに扮しているウィリアムからすれば、この夢の世界でのイヴェッタの状況は過酷だろう。理不尽な扱い、周囲の無理解。謂れのない中傷。それらはイヴェッタにとっては木々のざわめき程度のもの。
ギュスタヴィアは膝をつき、ベンチの影に手を添える。
「何が起きても、あなたが誰も傷つけずにいられている日常を、あなたは愛していたのですね」
影は揺らぎもせず、沈黙している。ギュスタヴィアは目を伏せた。
ウィリアムは知るべきだと、ギュスタヴィアは思った。ウィリアムは「イヴェッタが努力しなかったから」彼女が弱い立場になったのだと、そう考えていた。
重要なのは充実した学園生活だと。
イヴェッタも、学園生活を楽しめば良いと。
歩み寄りさえすれば、努力すれば幸福な時間を過ごせるのだと。
それを証明してみせると。
「傲慢な」
ギュスタヴィアはウィリアムに好意的な感情を抱いている。
が、それと、ウィリアムがイヴェッタにした仕打ちについては、別問題だ。
「そもそも、あなたにとって重要だったのは面白おかしく学園生活を送る事、ではなかったようですね」
誰も憎まず、恨まず、傷つけず、殺さず、誰の記憶にも残ることなく全て恙無く平穏に。
その日々を送ることができたら。
何もかも許し続けることができたら。
「あなたのその被り続けた仮面、私、大嫌いなんですよ」
あなた、本来そんな性分じゃないくせに。と、ギュスタヴィアは笑った。
そもそも、ギュスタヴィアは最初からイヴェッタのことを「大人しく心優しく無抵抗非暴力の優しい娘」だなどとは信じていなかった。
今も苛烈に、思い返せる記憶。
『あら、嫌だ。ごめんなさい。わざとじゃありませんのよ』
出会って僅かで、拳を握ってギュスタヴィアを殴り飛ばした女。
抵抗する生き物なのだと知らせたがった、苛烈な性格の女。
それが本来のイヴェッタであり、ギュスタヴィアが恋した本性である。
慎ましやかに穏やかに過ごす影を、ギュスタヴィアは踏み付けた。見下ろし、ドンッ、と、強く足蹴にする。
魔力を込めた動作は、周囲に罅を入れた。ガラガラと、足元から崩れていく夢の世界。
「駄目ですよ。嫌ですよ。イヴェッタ、あなたはこんな微睡みの中で穏やかに死ぬような女ではないでしょう。全てを許し、諦め続ける夢の中で息絶えさせなど、この私がさせませんよ」
歪む世界。崩壊していく景色の中で、ギュスタヴィアは一度目を伏せた。影は動かない。
しかし、次に目を開けた時。
景色は一変していた。
「イヴェッタ・シェイク・スピア!お前との婚約は今日限りで解消させて貰うぞ!!……え?あれ?」
豪華絢爛な、パーティー会場。
大勢の着飾った、正装した貴族の子息令嬢。
美しいシャンデリアの下、引きずられるように連れて来られたのは黒い髪に白い神官服の娘。
「……ウィル、どうしたの?ねぇ、大丈夫?」
「……これは、いつの間に……」
卒業式後のパーティー。
これから始まるのは、嫉妬にかられた伯爵令嬢の断罪と、そのシナリオが用意されている。
二人の騎士に押さえつけられた黒髪の令嬢は俯き、沈黙している。
「違う……イヴェッタ、これは……」
ウィリアムはイヴェッタに駆け寄ろうとした。しかし、その腕を側にいた少女が強く掴む。
「酷い、ウィル。あたしを裏切るの……?」
「マリエラ……違う、僕は。――何も知らなかったんだ」
困惑するウィリアム。ごちゃごちゃと、二人のやり取りを周囲が怪訝そうに眺めている。
ウィリアムは状況がわからなかった。いつの間にか、一気に時間が進んだ。何も改善できなかったのに、婚約破棄のあの場面になってしまった。
今でもまだ間に合うのではないか。ここで、誤解を解けば。婚約破棄は間違いだった。違うんだと、そう言えば、まだこの夢を、どうにかできるのではないかと、ウィリアムは信じた。
だが、ギュスタヴィアはそうではない。
ツカツカと人の視線の先、イヴェッタが押さえつけられている場所まで歩み寄り、二人の騎士を引き離す。まだ成人してもいない、騎士の訓練も受けていない者などギュスタヴィアにとって全く敵ではない。
「っ!? 貴様、なんだ!?」
「何をッ」
剣や魔法を使うまでもなく両足の骨を砕いて大人しくさせると、ギュスタヴィアは膝をついているイヴェッタの手を取った。
「あなたは?」
「未来であなたの夫になる者です」
ぱちり、と、イヴェッタが菫色の瞳を瞬かせた。夢の中のイヴェッタとはいえ「誰?」という目を向けられ、ギュスタヴィアは自分の心に棘が刺さるような思いがした。
「……本来のこの場所で、こうしてあなたを助けれられたら、どれほど私の誇りとなったでしょう」
「不思議なことをおっしゃるのね。黒い髪に黒い目の、不思議な方」
イヴェッタを立ち上がらせ、ギュスタヴィアはその手に剣を渡した。
「どうぞ、ご自由にお使いください。この場であなたを侮辱した全員を殺しますか?手伝いますよ。殴りますか?逃げられないようにしておきますよ」
物騒な提案。しかしギュスタヴィアは本気だった。
思う存分、暴れたっていいじゃないか。夢の中でくらい、好きにして構わない。怒って、暴れて、泣き喚いて、どうしてと周囲を責めたててやろうと、ギュスタヴィアは囁いた。
「あなたにはその権利があります」
「ふふ、はは……素敵なことを、おっしゃるのですね」
イヴェッタは微笑んだ。
瞳には理解の色が浮かんでいる。この記憶の舞台で自分がこのあとどういう扱いを受けるのか、自覚した者の顔。それを受け入れるべきとしながら、ギュスタヴィアの提案に思案する様に瞳を細めた。
「あの時、この場所で……殿下の頬の一つでも、引っぱたいてやればよかったのかしら」
「そうしたければ、今からでもご自由に」
「ふふ、駄目ですよ。殴ったら、痛いじゃないですか」
「私はあなたに殴られましたよ。こう、かなり、腰を入れて」
「まぁ。わたくしが?」
「えぇ。鼻から血が出ました」
「わたくしがそんなことを。きっと、よほどのことをしたのですね」
「えぇ、あなたの家族を侮辱しました」
「あら、あなた、よく生きていますね?」
仕留めきれなかったのかしら、とイヴェッタが小首を傾げた。そう言えばその件についてイヴェッタに謝罪はしていなかったとギュスタヴィアは思い出しながら、今はいいかと頭の隅においやる。
イヴェッタがギュスタヴィアに片手を差し出した。
「わたくし、殿下を殴り飛ばすより、この場の全員を切り刻むより、したいことがありますの。手伝ってくださいますか?」
「えぇ、喜んで」
夢の中とは便利なもので、断罪される場面だったものが、ダンスホールのような開けた場所へ変わる。周囲の人間たちの嫌悪と驚きの目はそのまま、男爵令嬢を腕にしがみつかせるウィリアムもそのままに。
ギュスタヴィアがイヴェッタの手を取ると、音楽が流れ始めた。
「……私は、人間種のダンスの作法はわかりませんが」
「あら。大丈夫ですよ。わたくしも、家族以外と踊るのは初めてですもの。足を踏んだらごめんなさい」
ゆっくりとした音楽で、イヴェッタが足を動かし始めた。ギュスタヴィアは戸惑いつつ、その動きに合わせる。エルザードの礼儀作法を心得てはいるものの、ギュスタヴィアが王宮の華やかな場に出る事は殆どなかった。
「戦う事なら得意です。あなたの役に立てたでしょう」
そのつもりだった。
イヴェッタが感情のままにこの場で暴れるのなら、その手伝いをすることは問題がなかったのに、乞われたのはまさか、ダンスの相手とは。
「ウィリアムでなくてよかったのか」
「頬を引っぱたくより、素敵だと思いませんか?」
ほら、と、イヴェッタが視線で示すのは、茫然と立ち尽くしている金髪の青年。
「殿下はわたくしが、ご自分に惚れていてわたくしが嫉妬して馬鹿なことをしたのだと思ったのですよ。そういうわたくしが、目の前で素敵な方と楽しく踊っているなんて、素敵ですね」
「私はあてつけの道具、ということですか」
悪い気はしなかった。イヴェッタが「素敵な方」と言ったのがギュスタヴィアには気に入った。やはり黒髪が好みだったのだと確信しつつ、イヴェッタの手を上にあげ、くるり、と体を回転させる。楽し気に、イヴェッタが笑った。
「この後は?何がしたいですか」
「そうですね。踊って、喉が渇くから、飲み物を飲んで、料理を食べたいです。少し休んだら、また踊って、夜更かしもしてみたいです」
ずっと、楽しみたかったのだとイヴェッタは言う。
「おわかりになっていらっしゃると思いますが、わたくしはイヴェッタの過去の記憶です。彼女がこの頃を思い出す度に、わたくしは膝をつかされ、殿下に婚約破棄を突き付けられてきました」
「なぜ、この時のあなたは反論しなかったのです?」
「わたくしは、いいえ、この時のイヴェッタは、そんなことより、パーティーを楽しみたくて、それだけだったのですよ」
茶番だと受け入れていた。自分の頭に浴びせられる罵声も何もかも、許す許さない以前に、どうでもよかったとイヴェッタは告白する。
「この先に、お進みになるのですね。夢から覚めた先に、行かれるのですね」
ギュスタヴィアは段々とダンスの勝手がわかってきた。運動神経は良いし、剣舞と似ている所があり、飲み込みは早かった。リードできる程に慣れてくると、イヴェッタが「終わり」を予感する。
「助けてくださったお礼に、わたくしから助言を。わたくしが何もかも許し、受け入れてきたのは何も、寛容の楔だけが理由ではありません。裁かぬ神に激昂したのは、何も他人への慈悲や救済のためではありません」
とん、と、イヴェッタが両足の動きを止め、ギュスタヴィアから一歩離れた。
水の神殿の神官服を纏う黒い髪に菫色の瞳の令嬢。長いスカートを軽く持ち上げて、背筋をまっすぐに伸ばしたまま美しいお辞儀をした。顔を上げて微笑み、言葉を続ける。
「わたくしは、キファナ公子の死について、悔い改める気が、一切ないのですよ」





