9、一方その頃、王都の王子様は②
「普通はさ、ほら。あるじゃないか。神頼み?カミサマお願いします~って、祈るやつ。騎士が戦場で神よ!って縋ったりそういうの。あるじゃないか」
全裸のまま、第三王子ウィリアムは謎の中年騎士によって引きずられてきた。場所は謁見の間。王族が、家臣や平民の言葉に耳を傾ける際に使用される場所で、けして父子が会話をするために使われる場所ではない。
玉座の上で足を組み、頬杖を突いてのんびり話しているのは王冠を頂くこの国の王であり、ウィリアムの父だ。ルイーダ国を治める国王テオ・デルカトルは息子が顔を腫らし素っ裸であるのにその事については何も言わない。
「誰だってまぁ、一度くらいはするだろう。神よ!って。で、まぁ、実際縋って祈っても何も起こらない。あぁ、違うよ。神の存在を否定しているわけじゃない。誤解するなよ?僕は敬虔な信者だ」
ルイーダ国は他の国と同様、光の神を主神とし、その他の多くの神々を信仰している。神々とはその存在が確かに観測されており、しかし我々とは別の高次元の存在である。人間の守護者であると考えられ、その神々に感謝を捧げるのは人として当然のことだった。
「お前でもさすがに知っていると思うけど、神に祈りを捧げる場合、きちんと手順を踏む。当然だよね。僕だって、いきなり知らないヤツに「助けてください!」って言われても「え。誰?何を?どうやって?」ってドン引きするだけだしねぇ~」
たとえば貴族が王に何か話をしたい場合とて、直接呼びつけるなどできるわけもない。王が参加する、あるいは主催するパーティに参加できるようツテを探し、招待状を手に入れて、そして王の側近、あるいは側近の知り合いに前もって根回しをして、当日様々なやり取りをした後、やっと僅かな時間会話をすることが可能になる、かもしれない。
男爵や子爵などでは、そもそもその方法を取ることすらできない。同じ国に存在しているのに、王に話すこともできない。
それが神であれば、尚更不可能で、そして願いを直接叶えて貰えるなど、有り得ないことだ。大神官や聖王など神に仕える者たちが必死に祈りを捧げ、特殊な儀式を行い、やっと願いが聞き届けられる。
「……そ、そのようなことは、もちろん、わかっておりますが……?」
ウィリアムは困惑していた。なぜか殴られ、裸のままこうして引きずられてきた。父王から情を頂いた覚えはないので、自分に同情してすぐさま中年騎士を罰してくれるとはウィリアムは期待していない。
だが、てっきり何か自分が父の逆鱗に触れることをして、こうして面前に引きずられたら真っ先に罵倒されるものと思っていたのに、そういう様子がない。
「え?わかってたの?馬鹿なのに?」
「……あの、父上……」
「なのにイヴェッタと婚約解消したの?え、わかっててやったってこと?」
どん、と、国王は玉座から離れ、ウィリアムの前に立った。
「え、なに?つまり、イヴェッタが、とくに神の御名も指定せず願いの内容も言わずただ「神よ!」って言っただけで、「自分が助けを求められたんだ!」と春のお祭りみたいに、冗談のように神々がこぞって奇跡を与えちゃうような子だって、わかってて、え?婚約解消したの?」
「……は?」
国王はしゃがみ込み、首を傾げながら息子に視線を合わせた。瞬きを一切せず、見開かれた瞳には息子への失望と、父が子どもに向けるにはあまりにドス黒い殺意が宿っている。
「セレーネ」
「は、はい」
息子を直視したまま、国王は側室を呼ぶ。いつのまにか謁見の間にウィリアムの母が控えていた。青ざめた顔で、震えながら頭を垂れる。
「僕もさー、忙しいからね。まぁ、十人以上いる息子全員に目を向けられるわけじゃない。でもさ、君、言ってなかった?学園内で二人の関係は悪くないって」
「……は、はい」
「そこの小娘の話をしたとき、君は何て言ったっけ」
「……お、王子が……思春期の青年の欲を、イヴェッタ様でなく、他の娘に向けるのは神々の大切なイヴェッタ様の純潔を守るために、必要なこと、で……ございます、と……」
「まぁ確かに、手を出されたら困るしね。イヴェッタが馬鹿息子を好きになっちゃったら、それが神々にとって面白くないって思われるかもしれないから……まぁ、それは別によかったんだけど。我々王家は、イヴェッタに王族としての身分を与え、神殿で神々のために祈る日々を用意する。で、このバカは?え?セレーネ、何も知らなかったの?」
ぐいっと、テオ国王はウィリアムを蹴り飛ばした。
「ち、父上!!聖なる祈りの使い手……で、あれば!!私の選んだ令嬢も、その力を持っています!」
「うん?」
「イヴェッタなる女は、性根の卑しい女です!可憐で立場の弱い令嬢を学園内で虐めていたのです!たとえ、一時は神の寵愛を受けていたとしてももはやその力は失われているでしょう!なぜならば、マリエラ嬢が今は神の寵愛を受けているからです!」
必死にウィリアムは父王に叫んだ。
母がなぜ自分に、詳しい話をしてくれなかったのかウィリアムにはわからない。だが、自分はマリエラと出会えたおかげで、真実の愛を知ることができた。彼女はまさに聖女で、そして自分に見せてくれた特別な力は、神の奇跡に違いなかった。
きっとマリエラはイヴェッタに虐められたことにより、神々がイヴェッタに愛想を尽かし、マリエラの素晴らしさをお認めになられたのだ。
叫ぶ第三王子の訴えに、テオ国王は目を細めた。
「そこに転がっている女が、“神の切り花”だって?」
「!?マリエラ!!」
父王に集中していて気付かなかったが、ウィリアムの少し離れた位置に同じように裸で転がされている若い娘がいた。貴族の娘は使用人の前で裸になることに羞恥心はない。だがこの公の場であればただただ恥を晒しているだけ。マリエラは出来るだけ体を小さくし、声を出さないように蹲っていた。
ウィリアムはマリエラに駆け寄り、その体を抱きしめる。自分の体で彼女を少しでも隠せないかと必死だった。
「で。そこの小娘。奇跡を起こせるのか?見せてみよ」
「……」
マリエラは答えない。震えて、ぎゅっと、唇を噛む。男爵令嬢が、国王を前にまともに受け答えできるわけがない。普通の状態であってもそうなのに、この恥辱を与えられた状況で口を開けるわけがない。
ぐっと、ウィリアムは愛する女性を救うため、顔を上げて自分が代わりに口を開く。
「マリエラは確かに奇跡を見せてくださいました。私の選んだカードの数字を当て、カップの中に入った中身を予知しました!」
神の御業を畏れよ!というように、声高に宣言すると、謁見の間に沈黙が降りた。皆驚いて声も出ないに違いない。
ウィリアムは勝ち誇り、沈黙していた父王が側近に耳打ちされてハッ、と我に返ったように頷いた。うーん、と少し考えるように唸り、真顔で言う。
「手品だよそれ」
「違います奇跡です!」
手品とはイカサマのことだろう。詐欺師が行うことだ。貴族の可憐な少女がイカサマ師なわけがない。
「まぁ、百歩譲って奇跡だとして、それ、何の役に立つんだい?病人を治す?土地を豊かにする?」
「しかし神々の寵愛に変わりはないでしょう!神に愛された娘を粗末に扱っていいのですか!?我々にとって使い道のない能力なら神々から授けられようと不要だというのですか!」
「え、微妙に賢いなこの馬鹿?セレーネ、これお前が教育を間違えたからこーなったんじゃないか?」
「申し訳ありません、陛下」
「まぁ、手品師の話はいいとして、イヴェッタの話に戻るよ」
よくはない。ウィリアムは食い下がろうとしたが、母のセレーネが近づき、マリエラに自分のショールをかけてくれる。父より母の方が自分の話を聞いてくれるだろう。ウィリアムは「母上」と話しかけようとして、母に「今はお黙りなさい」と窘められた。
「伯爵令嬢は昨晩、お前に国外追放を言い渡されて、出て行ったそうだ」
「なぜです?」
「お前が出て行け、と言ったからだろ」
「普通の令嬢は出て行きませんよ。父上」
婚約破棄、国外追放処分を言い渡されたなら、自分に赦しを請いに来るべきだろう。ウィリアムはなぜあの馬鹿女は空気が読めないのかと苛立った。そうか、あの女が勝手に出て行ったから自分やマリエラはこんな目に遭っているのかとウィリアムは理解する。怒りが沸いて来た。
先ほどの父上の言葉だと、母上はマリエラとの関係を認めてくださっていて、父上にはそれとなく上手く言いつくろってくれていたのだ。側室とはいえ、母は国王の妃だ。その妃がマリエラを自分の恋人だと認めてくれている。つまり、マリエラは王子妃となる資格があるのだ。
「私はイヴェッタを妻にするより、マリエラと真実の愛を貫きたいのです。彼女がたとえ神々の寵愛を受けていた者だろうと、マリエラに対して行った非道な振る舞いは王子妃として相応しくありません。婚約解消をし、彼女に国外追放を言い渡した真意は、彼女が自分の罪を認めて王家に赦しを請い、そして必要であれば神殿で過ごさせてやるつもりでした」
つらつら話して、これは素晴らしい回答だとウィリアムは自分の頭の回転の良さに満足した。
「イヴェッタが慌てて逃げたということは、彼女なりに自分の罪の重さに慄いたのでしょう。王族の愛する女性を傷付けてきたのです。しかし、恩情を示し彼女を探し出して減刑してやりましょう」
これなら父の望み通りイヴェッタを神殿に入れられるし(あの性悪女が神に愛されているなど勘違いだろうが、父がそう信じたいのならそうすればいい)マリエラを妻にできる。
さらにはイヴェッタを王家に跪かせることは、父上だって「神々が大事にする娘が自分達に仕えている」と気分が良くなるはずだ。
この素晴らしい回答に胸を張っていると、テオ国王は一度疲れたように玉座に戻った。どっかりと座り込み、黙って考え、そしてちょいちょいっと指を動かし、控えていた神官を傍に寄せる。
「ここまでイヴェッタを馬鹿にしているのに、なぜあれは神々に呪われない?前に、イヴェッタから絵本を取り上げようといじわるをした公爵家の馬鹿息子が雷に撃たれて死んだだろ」
「神々のお考えは私には判断がつきませんが……」
「神官だろお前。実はイヴェッタがあの馬鹿息子に惚れていて神々の判定がクソ甘くなってるとかないか?」
「それか……イヴェッタ様が、第三王子殿下に何をされても一切、全く、これっぽっちも、小指の爪の先ほども、気にしないからではないでしょうか」
後半っぽいが、万が一前者だった場合。馬鹿王子を処分するのはそれなりにまずいかもしれない。
国王や側近たちからすれば、マリエラをイヴェッタが虐めたとかそういうことは事実でも嘘でもどうでもいい。
万が一、実は伯爵令嬢が本当はウィリアムに惚れていて、マリエラに嫉妬してしまった。婚約破棄されたことを深く悲しみ、傷心から国を出て、それでも今現在、ウィリアムに何の神の裁きも下らないのは、神々が「イヴェッタを追いかけろ!」と望んでいる可能性が……ゼロではない。
元々、ウィリアムがイヴェッタの婚約者に選ばれた理由は王子たちの絵を見せた時に幼いイヴェッタが「お顔が良い」と言ったのがウィリアムだったからだ。
テオは昔、側室の一人に言われた事がある。
『陛下が男としてどれほど外道でクズでどうしようもないお方であっても、その顔で全て許せます。なんでしたら、朝目が覚めた時に、そのお顔が隣で寝ていれば世界を滅ぼした方であっても許します』
と。
ウィリアムはテオに一番顔が似ている。つまり美男子だ。
だからもしかしたら、イヴェッタもウィリアムの顔に惚れていて、関係の修復を望んでいたら……テオは自分の選択を間違えると、国が滅ぶと緊張した。
確かに、ウィリアムの言うように「出て行け」と言われて、実際出て行く者はいない。
テオも臣下を叱責し「お前の顔など見たくもない!出て行け!」と言うことはあるが、その場合本当に出て行ったら処刑する。そこで必死に食い下がり、赦しを請うべきだ。
つまり、普通は出て行け、と言われて出ては行かない。イヴェッタとてわかっていたはずだ。だが出て行った。と、いうことは、それは、イヴェッタの駆け引きだったのではないだろうか。
自分を追いかけてきてほしい、と。
違うと思うよ!





