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33、ひとはおばけになる



「僕の事は僕が一番よくわかってるんだ」


 ウィリアムには勝算があり、そして打算もあった。


 因果関係ははっきりしないが、とにかく現在のルイーダ王国では“呪い”が蔓延っている。イヴェッタと同じ年に魔法学園を卒業した貴族の子息子女たちが患った呪い。免れたのはウィリアムとマリエラだ。


 なぜ自分とマリエラが無事だったか? 確証はないが、ウィリアムはこう予測している。


 イヴェッタがウィリアムを想っていて、そしてウィリアムの愛した女性であるマリエラについても『殿下の想い人』だからと、そう幸福、あるいは祝福を祈ったのではないだろうか。


 学園生活に思い入れもなく親しい友もいなかったイヴェッタ。ウィリアムとマリエラ以外の生徒が呪われようと何だろうと、イヴェッタにとっては興味のない事、それゆえ誰も彼も呪いから逃れることができなかった、とすれば。


 夢の中でも、イヴェッタに充実した学園生活、学園の者たちへの関心を感じさせれば、ルイーダ国に満ちている呪いを解けるのではないだろうか。


 そんな打算と、そして国のための勝機がウィリアムにはあったのだ。


 もっとも、その“推測”には穴が多すぎて、残される疑問や問題は多くあるのだが、当人も自覚しての通りウィリアムは自身が得ている情報が部分的に過ぎた。現状彼の前に提示されている情報を前向きに、誰もが救われる道をと考えた未熟な未来の為政者の思考で導き出せるのはこんなことだった。


「具体的にはまずどのように?」

「まずイヴェッタを、いや、この場合は僕なんだが。僕とウィリアムが過ごす時間を作る。このままではまともに口を利くのが婚約破棄の場という最悪の事態になるからな」

「……あなたは、実際そうだったのですか?」

「うん?」

「婚約者であるイヴェッタを、卒業式の後まで放っておいたのですか?」


 黒髪のギュスタヴィアがやや、彼にしては珍しく驚いた表情を浮かべた。ギュスタヴィアはこの人間種の王子に対して、好意的な感情を抱いていた。孤独を知り、他人の思いを自分の事のように感じ取れる感性を持った好ましい青年。それがウィリアムへの自身が下した評価であったが、そういう人物がイヴェッタを蔑ろにしていたという事実。


 婚約解消、どころか、一方的な婚約破棄を突き付けたことは知っていたが、まともな交流もないままということが、さすがにギュスタヴィアにしても驚きだ。


「……贈り物をしたり、手紙を出したりはしたんだが。いつも返事はなかった。イヴェッタの友人がそれとなくイヴェッタに僕のことを聞いてくれたが、僕に対してあいつは関心がないようだと」

「……矛盾していませんか?」


 きょとん、とギュスタヴィアが首を傾げた。


「あなたは、イヴェッタが自分に『惚れている』だなどと戯言を抜かしていますが。贈り物や手紙を悉く無視されてなぜそう思えたのです?」

「それは、無視するのはあいつが意地をはっているからだと」


 イヴェッタは本当はウィリアムのことが好きで仕方がないのに、王族という立場を実際に見て気後れしていたのだ。学園内で過ごしているウィリアムの周りには有能で力の強い家門の子息たちが集まっている。そんな中に、大した家格でもないスピア家の令嬢が入り込むことはどうしてもできず、そしてウィリアムの迷惑になると交流を控えた。


「しかし、実際僕の周りの者たちは、イヴェッタを差別するような者たちではない。だから、イヴェッタを演じる僕が、積極的にウィリアムに近付けば、イヴェッタは僕の婚約者なのだからな。すぐに皆に受け入れられる」


 ウィリアムは自分の周りの者たちは、最高の友人だと自負している。彼らと過ごす事がウィリアムにとっては何よりも楽しく、宝だった。その中にイヴェッタが入ることが出来れば、それは彼女にとっても最高の学園生活が約束されたことと同じだろう。


「おや、それはそれは」


 ギュスタヴィアは微笑んだ。

 黒い髪に黒い瞳だと、銀髪の神聖な印象の頃と一転する。まるで人が過ちを犯すのを、黙って見ている美しい悪魔のような、そんな印象。しかしウィリアムは自分の考えが過ちだとは微塵も思わず、その微笑みを応援してくれているゆえのものだと、そう信じた。





「あまりに礼儀知らずではないか、スピア伯爵令嬢。貴方はこれまで礼儀作法について最低限の教育も受けてこなかったのか」


 昼食をウィリアムととろうとしたイヴェッタ(ウィリアム)の前に、ドンと立ちはだかったのはグリム・クリム。懐かしい友の健康的な姿に一瞬ウィリアムは泣きだし抱きしめようとしてしまったが、ここは夢の中の世界。ぐっとそれを堪えていると、まるで蛆虫を見るかのような目で、グリムがイヴェッタを見下ろし、そう言い放った。


「……は?」

「突然おしかけて、恐れ多くも殿下と昼食を共にしようなど。無礼にも程がある」

「……私はウィリアム殿下の婚約者。食事を共にする理由があると思いますが」


 門前払いをされる立場の者ではない。

 ウィリアムはグリムは何か誤解をしているのではないかと心配になった。ウィリアムは周囲の者たちに、イヴェッタは自分の婚約者なのだという話をしていた。だからグリムが知らない筈もなく、こうして婚約者のイヴェッタがウィリアムに会いに来たのなら、気心の知れた側近ならイヴェッタを快く迎え、ウィリアムの元までエスコートするはずではないか。


 なのに、今グリムがイヴェッタに対して発しているのは、ここから去れという威圧。敵意さえ滲み出ている。


「ハッ、形ばかりの婚約など。憩いの場にて、殿下にとって必要なのは心から安らぎと愛情を与えてくれる聖女のような存在。貴様ではないわ」


 昼食を取るための休み時間はウィリアムにとって大切な時間。お前如きが邪魔をするな、煩わしいと、野良犬か野良猫でも追い払うような粗雑な対応。


 しっし、と手を振られ、イヴェッタ(ウィリアム)はショックを受ける。


 ……これは、実際にあったことなのだろうか。


 イヴェッタは学園生活中、一度も自分を訪ねてきてくれたことはなかった。はずだ。だが、もし、こうして何かの気紛れで、あるいは……彼女が勇気を出して、昼食を、あるいは挨拶だけでもと、会いに来てくれた時、こんなことが、実際にあったの、だろうか。


「グリム・クリム伯爵令息。貴殿こそ、この対応は如何なものでしょうか」

「……なんだと?」


 ウィリアムはグリムが悪い男ではないと知っている。過ちに気付けていないのなら、気付かせてやればいい。確かにグリムはやや脳みそまで筋肉で出来ているのではないかと思う一面もあった。しかしいつだってウィリアムに忠実で、ウィリアムの言葉に耳を傾ける美徳を持つ好ましい青年だった。


 背筋を伸ばし、ウィリアムは貴婦人として相応しい、感情を表に出さない完ぺきな表情を浮かべる。上着の内側には、令嬢として必須の扇子があり、それを優雅に手に持ち口元を隠した。


「わたくしはウィリアム王子殿下の婚約者となるべく定められた者です。一年後の卒業後には式を挙げ、王子妃となる者です。側近とはいえ伯爵令息の貴殿が殿下の確認もせず一方的に追い払うのは、あまりにも無礼ではありませんか」


 過ぎた忠義心は主人の名に泥を塗る行為にもなる。ましてや王子妃は、側近になるグリムより地位が上だ。ウィリアムはイヴェッタの姿のまま、上に立つ者として振る舞う。


 グリムはすぐに自分の過ちに気付き、丁寧に謝罪するはずだ。それをイヴェッタである自分は許してやればいい。そうすればグリムはイヴェッタを理想的な王子妃であると認め今後、丁寧に扱うだろう。


 しかし。


「生意気な……ッ! 貴様程度の女が、殿下の婚約者であることを笠に……ッ!」


 なぜかグリムは真っ赤になって激昂した。


「これまで通り黙って大人しく過ごしていればいいものを、マリエラが自分の地位を奪うやもと焦って出て来たのだろう!家格も低ければ性根も卑しい女め……!我らが愛すべき殿下を貴様などに近付けるものか!」


 いや、近づけて!?


 それを殿下(私)が望んでいるのだが!!?


 どう考えてもグリムの反応はおかしい。おかしいのだが、本気で怒っているグリム・クリムに、か弱い伯爵令嬢であるイヴェッタ(ウィリアム)の心が怯えた。体格の良い、背の高い男に怒鳴られて怖がらないわけがない。


(この体は、こんな声にも、こんなに体が竦んでしまうのか)


 怒鳴られはしたが、実際それほど大声ではないのだ。奥にはウィリアムがいて、グリムはそれに気づかれないようにと意識している。腕で押さえつけられたわけでもなく、剣で脅されているわけでもない。それなのに、びくり、と体が強張り、震えた。


 ……卒業式後のパーティーで、イヴェッタはグリムに押さえつけられた。あの時、彼女はどんなに恐ろしかっただろうか。


 そんな事を、今更ながらに考える。


「まぁまぁ、グリム。あまり怒鳴り散らすものでもありませんよ」


 荒く息をするグリムの肩にぽん、と手を乗せる男子生徒。


「カティス……ノーチェブエナ公子」

「ご挨拶させて頂いた覚えはありませんが、私をご存知でしたか。スピア伯爵令嬢」

「あ、いえ。その、殿下の御側にいる方のお名前は……皆さん、存じております」

「それはそれは」

 

 にっこりと微笑むのは、肩までの髪に、眼鏡をかけた青年。ノーチェブエナ公爵家の四男であるカティスだ。イヴェッタ(ウィリアム)は内心ほっとした。穏やかでいつも微笑みを絶やさないカティスなら、イヴェッタに助け舟を出してくれるだろう。


 カティスの微笑みにイヴェッタ(ウィリアム)も微笑みを返すと、カティスはその穏やかな微笑みを浮かべた口元のまま、言葉を続ける。


「侮られたものですね。格下の家門の令嬢に、こちらが挨拶する前に名を呼ばれ発言されるとは」


 すぅっ、と、瞳から光が消えた。こちらを侮蔑する高位貴族の目。


「ウィリアム殿下にもそのように気安く話しかけられるおつもりですか?私の記憶が確かであれば、まだ殿下からお声をかけられていない貴方が、学園ですべきことはお声をかけられるよう、精進する事だとばかり思っておりましたが」


 いや、おかしいだろ。

 イヴェッタは婚約者なんだが?

 婚約者が何で通常の令嬢のように声をかけられるまで待っていないとマナー違反になるんだよ。


 そもそも待っていたら卒業式までずっとウィリアムは声をかけないんだが!?


 突っ込みどころが満載だ。

 今のイヴェッタは、つまり、婚約者として未熟で不格好。それであるのでウィリアムが声をかけない、認めていない、という事になる。


 そんなこと全くないんだが!?


 あれ?おかしいな!?

 ウィリアムはずっと、なぜイヴェッタが挨拶しにこないのか不思議だったんだが、もし実際のイヴェッタが挨拶をしにきても、こうして門前払いだったのか!?


 ウィリアムが声をかけない以上、周囲の言う「格下」のイヴェッタから接触できるわけがないだろうが!!


「……格下というのであれば、メイ男爵令嬢はどうなりますの?」


 色々と衝撃的な事実が判明していくが、それでもイヴェッタ(ウィリアム)は負けなかった。このまま実際の通りになっては、グリムやカティスが呪われる。今も王都で呪いに苦しんでいる友たちの為に、ウィリアムはここで引き下がるわけにはいかないのだ!


「何?」

「なんだと……」

「メイ男爵令嬢は伯爵家よりも格下の家門です。その上、婚約者のいる殿下に、婚約者であるわたくしより近い距離で接するということは……如何なものでしょうか。怜悧なノーチェブエナ公子であればこのような事、当然お考えの事とは存じますけれど」


 カティスはマリエラが接近してきた当初は「殿下には婚約者がいるのですから」と、マリエラを窘めてくれた記憶がある。わかっているだろう、という確認を込めて見つめると、眼鏡の奥の瞳にカティスが浮かべたのは、冷笑だった。


(あ。こいつ。マリエラの正体を……知ってたな)


 キファナ公爵家の財産の大半は王室に回収されたが、いくつかの事業を引き継いだのはノーチェブエナ家だった。


 マリエラを「格下の家の娘」というイヴェッタ(ウィリアム)の言葉に「何も知らない馬鹿な女」という目を向けるカティスに、ウィリアムはただただ黙るしかない。


 気付けば周囲に生徒たちが集まっていた。


 なんだなんだ、という好奇の目。


 この日を境に、イヴェッタ・シェイク・スピアはウィリアムの婚約者であることが知られるのだけれど、同時に「婚約者の立場を振り翳し、有能な男爵令嬢を殿下の側から排除しようとした」「自分の無能さを棚に上げている」だ、などという噂が流れるようになった。



(マリエラ嬢に)イカれたメンバーを紹介するぜ!


①グリム・クリム家次男!

脳みそ筋肉!卒業後は騎士団所属で殿下の護衛だったけど呪いで苦しんでるよ!

②ランドル・ユーリア公爵家三男!

遊び人!あっちこちの令嬢にちょっかいかけてるけど情報収集も兼ねてるよ!卒業後は呪いで苦しんでるよ!

③カティス・ノーチェブエナ公爵家四男!

宰相の息子でマリエラ嬢が殿下に近付くの手伝った頭脳派気取りだけどやっぱり卒業後は呪われて苦しんでるよ!

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出ていけ、と言われたので出ていきます3
― 新着の感想 ―
ウィリアムくん過去の自分が見落としてきた大事な友人とやらの本性アレヤコレヤを突きつけられてどんな気分〜〜〜?
[一言] 実際にあったような、、 イヴェッタはウイリアム達のご飯食べたがってたしね
[一言] うーん一握りの話せばわかる善人とその他大勢の敵性勢力 詰みすぎ辛すぎ ただしギュッさんならなんとかしてくれる気がする!そう、ギュッさんならね
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