29、ポロメリア
「お前……」
唖然と私を見つめるウィリアム王子殿下を前に、私の体は強張った。最後の記憶。永く婚約者だったこの方が私に向けた目と言葉は、のんびりとしたイヴェッタ・シェイク・スピアには何の毒にもならなかった。
しかし、思い返す私には、拒絶と侮蔑と嫌悪、どう言い繕っても負の感情。マリエラ・メイ男爵令嬢という、殿下にとって最愛の女性を傷付け害してきた悪女と、そのように心から信じる目。
一体どんな罵声を浴びせられるのかと、心が竦んだ。
じっと私を見つめ、その顔が歪む。怒鳴り散らそうと開いた口が一度閉じられ、強く眼を閉じ、漏れたのは「くそっ」という小さな言葉。
「お前ッ、なんだ、その有様は……ッ!馬鹿な女だ!出て行けと言われて、本当に出て行くやつがあるか!どこまで馬鹿なんだ……!」
「殿下」
「あぁ!くそっ!いいか、おまえの所為で今、国中がッ!……いや、今は、いい!それより、なんだ!?この状況はなんなんだ!?お前の怪我は……エルフの連中にやられたのか!?」
ウィリアム様はぐるりと周囲を見渡し、警戒する素振りを見せた。この方は、愚かな方ではないのだ。
私は自分に浴びせられると思った罵声や罵倒が一切無かったことに驚いて、体の痛みを一瞬忘れてしまった。しかし、すぐに我に返り、レナージュ国王陛下、スフォルツァ大公のいらっしゃる方へ膝を付き、頭を地面に押し付ける。
「……っ――エルフの尊き方々よ!!」
静まり返ったとはいえ、広い闘技場に私の声がどれ程届くのか。 私は喉が裂けるのではないかというほど、喉を震わせ、腹の内から声を出した。
「この方は、ルイーダ国の正当なる王子殿下であらせられます!!他国の王族を拉致される事など、断じて許される行為ではないはず!!国際問題に発展致します!!この方は、わたくしとは違います!!この方は丁寧に扱われるべき御方です!!」
私は、自分がこの場に引きずり出され見世物にされるのは自分の自業自得だという諦めがある。けれどなぜ、殿下を巻き込むのか。この方はもうとっくに、私とは関係ない世界で生きる方。
今すぐにこの場から、手厚く保護されるべきだと必死に訴える私に反して、エルフたちの反応は冷ややかだった。
「他国の王族……?人間種ごときの王族が、何だと言うのです?」
「国際問題だなどと……ルイーダ国と、人間種程度の国が同等だとでも思いあがっているのか?」
「何を賢しらな顔で訴えるかと思えば……全くもって、くだらない」
「人間種は蟲に敬意を払うような変わり者どもの集まりなのか?」
駄目か。
私は地面に伏したまま、聞こえてくる言葉に唇を噛んだ。
「おい!」
その私の腕を、ぐいっと掴んで引き起こすウィリアム王子殿下。
「殿下」
「状況はわからんが……お前は仮にも伯爵令嬢、だった女だ。気安く頭を下げるんじゃない」
王子殿下はエルフの言葉がわからないようだが、雰囲気から何か察する事はあるご様子。不快気な表情を浮かべながら、ご自分の上着を脱ぎ、腕輪や指輪、ジャラジャラと付けていた装飾品を私に付けさせる。
「殿下?あの、何を」
「私が身に着けている物は殆どが魔法や魔術が込められている。お前に渡している物は付けているだけで自動で治癒魔法が発動されるものだ。どの程度まで回復するかわからないが、私は回復魔法は使えないから、何もしないよりマシだろう」
体の痛みが徐々に薄れてきた。鎮痛作用のある魔法が効いているようだ。王族が常に身に着ける魔法道具となれば高価でそして強力なもの。惜しげもなく私に使用させる殿下のお心が私には理解できない。
「……」
「というか、お前は神官予定だったはずじゃないか?自分で回復魔法をかけられないのか?」
「……申し訳ありません」
「……まぁ、出来たらさっさとやっているな」
溜息一つ、殿下はそれ以上聞かなかった。
「今お前が叫んだ言葉は、私にはわからないが、エルフの言葉か。――つまり、お前がこの国で何かして、そこまで痛めつけられて、それでも足りないと、今この場所で……処刑でもされるのか?それに私が何故か巻き込まれた、という認識でいいか?」
「……概ね、その通りです」
「ふん。どうせお前は馬鹿だから、騙されて人買いにでも売られて、エルフの奴隷にでもなったんだろう。出ていけと言われたからと、どうせ私への嫌がらせで、感情的に出て行っただけのくせに。お前みたいな馬鹿で何もできない愚かな女が、一人で生きていけるわけがないだろう」
つらつらと、罵倒が始まる。先程までは詰られることが怖くて仕方なかったのに、私は変に安堵していた。この方は私の事を疎んでおられるのだ。その認識に間違いはない。
なぜスフォルツァ大公はこの方を此処へ連れてきたのだろうか。いや、それは、その理由はわかっている。
おもしろいものが、見たいからだ。
どう面白くする気なのか。私は考えた。単純に考えて、最初に予想できるのは……
「お、おい!?なんだあれ!なんなんだ!?」
殿下の悲鳴のような声が響く。ケラケラと、エルフたちが笑い出した。
「魔物、か?!魔物なんか飼っているのか?!エルフは!!?」
馬ほどの大きさの狼に似た種だ。赤く眼を輝かせ体からはバチバチと光が弾けている。本で見た覚えがある。魔の獣の一種。元は狼だったものに自我のない低級魔族が憑依したものだ。
「殿下、ここはエルフの国の闘技場です。アグドニグルやスパーダであるような、奴隷や魔物を戦わせ、見世物にする場です」
「なるほど、野蛮な見世物だな!我がルイーダはそういった野蛮な文化はないからな!」
「その野蛮な見世物の登場人物が、わたくしと殿下です」
「なるほど、そうか!!なぜだ!?」
「わたくしの処刑方法のようですので」
魔物と戦わせて生き残ったら罪を許して頂けるそうです、と言うと、殿下が顔を真っ赤にさせた。
「お前、何をしたんだ!?」
「かいつまんでご説明しますと、この国の王弟殿下と婚約するためにこの国に来たのですが、色々ありまして、その王弟殿下がご不在の時に、大公閣下に斬り付けました」
「はぁ!?おい、ちょっと待て!お前、誰と婚約……」
何がどうしてそうなった、と叫ぼうとされたらしい殿下の言葉は続かない。魔獣が私たちの方へ飛びかかり、殿下は私を突き飛ばした。
「殿下ッ!?」
なにを、するのか。
私は悲鳴を上げる。
どん、と、体を強い力で押しのけられた。
前方ではない。真横。飛びかかってきた魔物たちは、勢いそのまま殿下の方へ飛びついた。一瞬で地に臥せられ、獣二頭に覆い被さられる。
なんて馬鹿なことをされたのか!!
「剣よ!!」
私は守護精霊を呼び出し、剣の形を取らせると、そのまま魔獣の首を刎ねた。
「殿下!!死にましたか!?」
「生きているわ!防御魔法くらい張れるからな!!」
確かに、殿下は無傷だった。そう言えば学園でも殿下は大変優秀な成績だった記憶がある。私が治癒魔法を使う事が出来ない=魔力になんらかの問題があり魔法が使えないと判断されたようだ。そして、それなら自分が、という合理的なお考えだったのだろうか。
「……お前、剣なんて使えたのか」
「昔、少々。嗜み程度です」
「嗜み程度で魔獣の首を二つも、一撃で斬れるのか?――まぁ、しかし。お前の剣と私の魔法でこの場を脱出できないものか……」
エルフは人間より遥かに魔力が高く、そして状況的に、逃げられるものではなさそう、ではある。ウィリアム王子殿下は思案した。
「……この見世物、お前と魔物を戦わせるものなんだな?」
「はい」
「私が巻き込まれたのは、私はお前の手助けをするためと考えるべきか?」
「……そのようですね。ですが、殿下はそのようなことをなさる必要はありません」
「必要はないだろうが、現状、私の魔法だけでは生き残れんだろう」
設けられているルールと信用するなら、私がこの見世物で死なず生き残れば「許される」ことになる。私が死ねば、連れて来られた殿下はどうなるのか?ご協力ありがとうございました、と丁寧に送還されるわけもないだろう。
「私が生き残るためにはお前に協力する他ないということだな」
「……申し訳ありません」
謝罪すると、殿下はフン、と鼻を鳴らした。
「お前に死なれると私も困るんだ。お前の所為で今、国中が……」
話の途中で、ぐらり、と地面が揺れた。
「っ!次はなんだ!?」
『私の自信作よ!』
きゃっきゃと、童女がはしゃぐような、弾む声が拡張され響いた。
ご丁寧にウィリアム王子殿下にも通じるよう、こちらの言葉でご説明くださるスフォルツァ大公閣下。
『私の趣味はちょっとしたお裁縫と、創作活動なの。芸術の素晴らしさって、わかってくださるかしら?ルイーダ国は芸術文化が華やかなお国よね?そこの王子様に見て頂けるなんて、嬉しいわぁ』
地響きと共に、ぱっかり空いた地面から持ち上がるように現れたのは……なんと、表現すべきモノなのだろう?
「……像、いいえ、何でしょう……」
「……」
大きさは、大きいことは大きい。五メートル以上はあるだろうか。遺跡の中で発見される朽ちた像の元の姿のような、大きな、人型。裁縫という言葉の通り、あちこち継ぎ接ぎだらけで、バランスが悪く見える。大きな頭に、あちこちから腕のようなものが伸びている。表面はぶよぶよと、柔らかい素材で出来ているようだが、ゼリー状のものが継ぎ接ぎの間からダラダラと溢れている。
「魔獣……にしては、禍々しさが感じられませんが」
「……おい、お前……本当に、あれが何かわからないのか?」
剣を構えるが、敵意や殺意を感じない。こちらに襲い掛かってくる様子もなく、私が訝っていると、私の前に立った殿下が強張った声を出した。
「……殿下?」
「……あれは、人間だぞ」
「……は?」
『えぇ!そう!まぁ!わかってくださるのね!素敵!嬉しいわぁ!以前捕まえた子たちをね、大切に大切にしたの。すぐに動かなくなってしまうでしょう?だから、素敵にしてあげたのよ。破いて、つなげて、色々詰めたの。遥か昔に敗れたデッダの神々の姿を模してるのよ!腕が六本あるのがそうなんだけど、折角だから、沢山あったほうが素敵じゃない?』
理解者がいて嬉しいと、弾む声。
……やっぱり、悪魔じゃないか?この方。
「くるぞ!」
明るい大公閣下の声が流れる闘技場に、ウィリアム王子殿下の緊張した声が割って入る。合成獣と化した人間だったものは、のったりとした動きを数度見せ、次の瞬間、生えた腕全てから、魔法で炎を生み出し、こちらに投げつけてきた。
「殿下!」
「僕の後ろから出るなよ!!」
私の剣で落とせない数ではないが、殿下は防御壁を展開させた。高位魔法だ。当たった攻撃が魔力で出来ているのなら、その魔力の一部を吸収できる。性能が高ければその吸収率も上がる。
暴風のような、魔法の攻撃が続いた。いくら一部を吸収するとはいえ、いつまでも防ぎ続けられるものではない。
「殿下、わたくしが前に、」
「逸るな!だからお前は馬鹿だというんだ!あれが……人間から作られているということは、生物ということだろう!なら、呼吸、あるいはそれに似たものの“間”が必ずある!そのタイミングに合わせて、お前は斬りかかれ!!」
嵐は必ず一度は止む。そう確信している殿下。
結界が徐々に、小さくなっていった。範囲を維持することが出来なくなってきている。最初は直径で二メートル近くあったものが、半分、徐々に、徐々に、狭まる。
……なぜこの方は、突然、わけのわからない事に巻き込まれたのに、力を尽くしてくれるのだろう。
その後ろ姿を見つめながら、私はただただ、不思議だった。
この方は私を疎んでいらっしゃる。私がこの場で死ねば、ご自分の命も危ういとはいえ、私の所為だと、今この状況に関してのご自分の不幸を、責めはしなかった。
この方は、そういう方だったのだろうか。
知らないのだ。
私は、同じ学園で時を過ごしたけれど、この方のことを、遠目で見るだけで、張り出される成績や、周囲の評価を聞くくらいでしか、知らない。
知らずにいたかった。
「今だ!行け!!」
魔法の攻撃が、一瞬止んだ。殿下の怒鳴るような掛け声に、私は飛び出す。読み通り、腕は休んでいた。しかし、全てではない。
『弱点はね、あった方が可愛いから、残しているの。でも、対策をしておくのって、かっこいいじゃない?』
全ての腕が休んでいる間にだけ、活動する腕があると大公閣下の解説。空高くまっすぐに伸びた一本の腕は黒い槍を出現させ、私を貫くために飛んできた。
「剣よ!私の血を受けろ!」
女神の矢より、遅い!
けれどそれは、私に避けられない速度ではない。が、避ければ殿下に当たるかもしれないので、矢を叩き落とし、足で踏みつける。どろりと泥のように溶け、腐臭。私は駆け、合成獣を斬った。一撃では、どこが心臓、あるいは稼働する為の元がある場所かわからないので、何度も何度も斬り付ける。
『あら、綺麗ね。踊っているみたいだわ』
どこまでも楽し気な大公の声。私は合成獣が反撃する間も与えず、斬り続ける。細切れに出来るほど切れればいいが、私の剣技ではそこまでできない。単純に筋力が足りない。可能な限り切り刻んで、動かなくなるのを確認する。
「……殿、」
これで終わりかわからないが、ひとまずは、と、そのように。振り返った私は、目を見開く。
「……毒、いや、呪詛、か」
げぽり、と、殿下が口からどす黒い血を吐いた。目や、鼻、口、耳からも、黒い血が流れ出て、一歩、前に歩こうとした殿下の体が崩れ落ちる。
「ウィリアム様!!」
私はすぐに、自分の身に付けさせて頂いた魔法道具を殿下の体に押し付ける。しかし、先ほどは私に効果を齎してくださった強力な魔法道具は、全く反応がない。
『魔力にね、毒を仕込んであったの。少しずつ吸い込んで、たっぷりとした呪いになるのよ』
「……スフォルツァ大公ッ!解毒を……!!」
『いやねぇ、そんなこわい顔。こういうつもりだったのよ?あぁ、誤解しないでね?もちろん、あなたと王子様が二人で協力し合う姿、とっても素敵だったわ。私胸が震えたわぁ。再会した男女が、お互い手と手を取りあって、困難に立ち向かう姿って、やっぱり素敵ね?――でも、そうしたら、次に必要なのって何かしら?ねぇ、何かしらねぇ?』
抱き上げた殿下の顔は、土色になっていた。体はみるみる冷たくなる。黒い血を吐き、何度も痙攣を繰り返す姿。
「ウィリアム様!!」
身の内の毒。繋がれた呪い。エルフの悪意の集合体など、どうすればいいのか。考える。考える。読んだ本の知識。必死に必死に探った。私には魔力がない。私には魔法が使えない。あるのは、本の知識だけ。
ウラド・エンド・スフォルツァ。大公。この女の正体を探る。エルフ、ではない。そもそも、エルフとはなんだ。太陽の光を糧とする種族。長い年月を生きると樹になる。そうでない者は、燃えて灰になって死に消える。強い魔力と筋力を持つ種族。元々は小さな親指程の妖精だった種族が、変じたものと言われる。
ウラド・エンド・スフォルツァ。大公閣下。大公、王族に次ぐ、あるいは王族に匹敵する地位。
真祖、と、そのようにレナージュ王は言っていた。王族が、真祖とまで呼ぶ存在。アロフヴィーナ様、女神、神族との関わりのある存在。
「……人には解けない」
答えを掴めずとも、辿りよせる思考の末は、あまりにも。私は首を振る。なんで、どうして、こんなことになっている。これが私だとしたなら、構わなかった。毒に侵され苦しむのが私なら、構わないのに、どうして殿下が、ウィリアム様が、こんな目に遭わなければならないのか。つい先ほどまで、お互い全く、何をしているのかも知らなかった方がどうして、私の腕の中で死にゆこうとしているのか!!
腕の中で失われる体温。消えて行く命の炎に、覚えがある。幼い頃。この方の祖父を、私が死なせた。あの時を思い出す。あの時、私はただ震えているだけだった。ただ恐ろしくて、怖かった。その時の恐怖を思い出し、頭の中が真っ白になる。
「祈れば、いいじゃない?」
とん、と、軽い音。天使が舞い降りたような、軽やかな着地で、豪奢なドレスを翻し、スフォルツァ大公が私の前に降り立った。
「あなた、一人じゃなぁんにも出来ないんだもの。祈ればいいの。人は、そういうものよ。自分ができないことを、自分じゃどうしようもないことを、祈るの。どうか、どうか、って、お願いするの。大丈夫よ、あなたの願いは必ず聞き届けられるわ。これまでだって、そうだったじゃない?あなたは自分じゃ何もできないから、祈るしかないのよ」
いつもそうだった。
国を飛び出して一人で夜を過ごす時も、心に納得のいかない思いがあった時も、冒険者二人と、魔獣に襲われた時も。それより前に、学園で魔法を使う時も、人に、何か悲しいことが起きていると聞いた時も、いつもいつも、いつも。
(私は、どうすれば「解決」できるのか。どうすれば、どんな方法があるのか。考える事も、学ぶことも、人に聞くこともなく、ただ、祈って、何もかも、やってもらってきた。自分では何もやらずに)
与えられる水だけを、ただ根で吸い上げて生き続けるだけ。そして、枯れることを勝手に、恐れて嫌がって、切られたのだなんだのと、騒ぎ立てる。腐臭を撒き散らすだけ。
「ほら。ねぇ、早くしないと。死んでしまうわ。この場の誰も、私たちはあなたを助けない。ただ黙って見ているわ。あなたは何もできないけれど、祈れるじゃない。あなたが祈れば、王子様は死なないで、救われる。奇跡が起きるのよ」
奇跡を見せてね。
感動的な。愛の奇跡。一度は信仰を失った者が、愛しい王子様の為に信仰を取り戻す。それはとても、素敵なお芝居。
そう、謳うスフォルツァ大公。
祈ればいい。祈れば、神々は応える。私が切り花に。竜になるために、花になり、燃え続けることを受け入れれば、これまで通り、私自身はなんの力もない娘のまま、何もかも、叶えて貰える。
人を救わない神々に、私だけは救って貰える。
「……」
これまで、息を吸うように吐いてきた祈りの言葉が、出てこない。
殿下の体が、氷のように冷たく。そして、びくびくと、小刻みに震える感覚が、長くなってきた。それであるのに、私は、この方を救う奇跡を願う言葉が、口から出せない。
「……イ、ェ、ッタ」
喉を詰まらせるような音の間に、殿下が私の名を呼んだ。
「ぼ、僕は、」
ぐっと、握った手に力が籠る。恨み言か、それとも、なんとかしろという訴えか。私は耳を近づけた。か細く聞こえる言葉。
「あら!死んじゃうのねぇ?悲劇になってしまったけど、でも、最後の台詞は、悪くないわ!これは、これで……」
感動的だと肩を震わせ感極まる女を、私は斬り付けた。軽いステップで私の攻撃を避ける。追いかける。
「あら、あら?どうして?駄目よ、違うわ。あなたはここで、王子様を抱きしめて泣かないといけないのよ?」
「あなたを殺せば呪いは解けるかもしれない」
「あら、まぁ」
女の口元が綻んだ。
「そういう展開も、素敵だわ。でも、今観たいのはそれじゃないの」
素早く、女が動き、ウィリアム様の元まで一瞬で移動した。私が制止するより早く、永く伸びた爪がウィリアム様の首に触れた。首を落とされる。予感。確信。赤い血、切り離される未来が見えた。
私は咄嗟に剣を返し、自分の心臓に突き立てた。膝から崩れ落ち、胸に剣を刺したまま、両手を合わせ、天を見上げる。
「どうか、」
「違います。なぜ間違えるのです?言いましたよね?貴方が頼るべきなのは、どう考えても私では?」
神よ、と、絶望した私の言葉が止まる。ふわり、と、花の匂い。
膝を突く私の手を掴んだのは、返り血と、泥で汚れた姿であって輝くように美しい銀色の髪に、黄金の瞳の、ギュスタヴィア様だった。
「……ギュスタヴィア、さま」
「どうして貴方は、いつもそう、簡単なことがわからないのです?」
いつだったか、私が言った言葉をそのまま返してくるギュスタヴィア様に、私は小さく笑い、そして、目を伏せた。
「申し訳、ありません」
私の体から、溢れる力を感じた。
衝撃。悲鳴。あちこち、闘技場に集まった、エルフたちの悲鳴。
茨が、彼らに絡まり鋭い棘で突き刺していくのを、私は自分の手足が触れたように感じた。
祈りの言葉が、言葉として発せられなくても、私の願いは、聞き届けられた。
*
覆う。覆う。茨が覆う。
広く広く、茨が闘技場を包み込む。吐き出すように追い出された、あるいは逃げ延びたのはほんの一握り。
多くは茨に絡めとられて雁字搦め。死ぬほどの激痛ではなくとも、致命傷ではなくとも、徐々に徐々に、血を吸われ、力を奪われ、枯れて行く。そうしてエルフは灰になる。
次回、ギュっさんとウィル殿下の楽しい作戦会議(/・ω・)/
元カレ今カレ仲良くできるっかなー??
所で、書籍の方の表紙が解禁となりました。可愛い猫チャンを見てください!書籍前半は書下ろし、家を出たイヴェッタさんが最初に出会うのがノートル卿になってます!4月8日発売です!表紙の猫チャン見て!





