28、人生は動く影、所詮は誰もが三文役者
「どうして俺に、何一つ相談してくれなかったッ」
ダンッ、とロッシェは二人きりになった部屋でルカ・レナージュを壁に押し付けた。掴んだ胸倉、ずるりと落ちた王冠。大きな音を立てはしたが、レナージュの体には衝撃が殆どなかった。こんな時でも、最愛王を最も大切にしている宮廷魔術師は、王の体に僅かでも苦痛がないようにと守りの魔術を発動させるのだ。
「あの娘……イヴェッタを助けようと、そういう話だったじゃないか! それで何もかも、うまく行くはずだったじゃないか! なのにどうして、お前が!!」
「酷いやつだな、俺の話を聞くより先に、あの小娘の言葉が事実であると判断したのか? 悲しいぞ、友よ」
「レナージュッ!」
陛下、と、いつもであれば優しさと労わり、親愛を込めた声音で呼ぶ男が、遥か昔のように名で呼んだ。よほど混乱しているのか、激昂しているのか。
「“違う”だなんて、言うなよッ!?」
「なぜだ?あの小娘の話が事実であってくれと願ってるのか?」
「お前の口が、俺に嘘を吐くのを聞きたくないッ!――頼むから、裏切らないでくれ、友よ」
ずるずると、ロッシュはレナージュに縋りつくように崩れ落ちた。イヴェッタの為に彼が今日までした事は多くある。容易い事だけではなかったが、全てはルカ・レナージュの為になると信じたからだ。
違和感はあった。思ったように上手くいかなかった。妨害が入る、侍女を集める行為にしても、侍女長に自分の母親が抜擢された事にも、違和感があった。問題がないと言えば、そうだったが、なぜか、得体の知れない、妙な引っかかりがあった。
ギュスタヴィア。王弟殿下の望み通りにすることは、誰も彼もがあの男を恐れるゆえに、何の邪魔も入らないだろうと思っていた。それなのに、うまく行かず、貴族たちの横やりが多く入った。ギュスタヴィアの恐怖を忘れたのか。ないがしろにして良い存在だと、なぜ思えるのか?命が惜しくないのかと、ロッシェは違和感。疑問。得体の知れない、気味の悪さを引きずっていた。
それでもロッシェは、ギュスタヴィアの望み通り、イヴェッタという人間種の娘を王弟の妃にするというゴールを目指した。それが最も、重要なことだったからだ。
「なぜ……どうして、こんな馬鹿なことをしたんです?」
「……聞くが、何か問題があるのか?」
頭上からかかるレナージュの声は普段と変わらない。いや、普段以上に落ち着いてさえいる。
「なるほど、あの娘の言うようにこの俺がちょっとした指示を出していたとしよう。だが、何か問題があるか?むしろ、俺の与えた何もかもは、あの二人にとって試練、必要な苦難だと思わないか?」
何も持たない劣等種の小娘が、泣き寝入りせず貴族たちを打ち負かし信頼を得る切っ掛けに成り得た筈だ。競い合う事になった令嬢たちを自分の味方に引き入れ、そして競い合いながら自身を成長させていく事だって出来たはずだ。敵意を向ける周囲に自分の存在価値を認めさせ、崇拝させることだって、出来たはずだ。
「あの愚かな小娘は、それらを悪意だと、害意だと全身で拒絶したんだ。神の愛を拒絶するような傲慢な女は、好意を向ける相手だけを欲しているんだろうな」
「陛下」
くつくつと笑うレナージュに、ロッシェは平伏した。両手と額を床に付け、可能な限り身を低く、小さくさせる。
「今の、陛下の行いは破滅へ繋がっています。どうか、本心をお聞かせください。友としてではなく、陛下を誰よりもご尊敬申し上げる臣下の願いでございます。陛下の御心を知らずして、この破滅を回避する術を生み出す事が、私にはできません」
「破滅か。どうなると言うんだ?どんな結果が出るんだ?――なぜわからん?何も変わらんぞ?」
「……陛下ッ!」
「くどい。俺があの小娘に何かしても、あの小娘の状況が悪くなろうと、ギュスタヴィアの妻にはさせる。エルフの祝福も与えてやる。それであの小娘は死なずに済むし、ギュスタヴィアはこの国を守る兵器に戻る」
「あの娘が耐えられず死んだら?」
思わずロッシェは問いかけた。
追い詰められる女。孤立無援。同種族は誰もいない王宮で一人きり、ただギュスタヴィアだけをよりどころにするしかない女が、エルフたちの仕打ちに耐えられず命を絶ったらどうするのだ。
「そんな可愛げのある小娘には見えないがなぁ。まぁ、そうなったとしても、いいんだ」
「は?」
「友よ。俺はずっと怯えていた。恐れていた。でも、そんな必要はちっともなかったんだ」
勘違いしていたんだよ、とレナージュは微笑む。
「それにしても! なんだ、お前、あぁいう娘が好みだったのか?」
どこか狂気じみた笑みにロッシェが言葉を失っていると、レナージュは唐突に話題を変えてきた。喜々とロッシェの肩を叩き、いつものように笑う。その、見慣れた姿に安堵してしまったロッシェは問われた言葉に瞬きをし、は?と上ずった声を出す。
「すっかり気になって仕方ないんだろう?あの娘、見目もそう悪くない。気の強そうな所は確かにお前好みだな。どうせギュスタヴィアは多くを戦地で過ごすんだ。お前が親しくしてやれば、お前の不安も少しくらい解消できるんじゃないか?」
味方になってやればいい、と、そのように言う。
元々、そのつもりではあった。ロッシェはイヴェッタという人間種の娘を、レナージュのために助けるつもりだった。それを、今レナージュは別の意味合いで提案してくる。まるで、ギュスタヴィアを苦しめるために。
*
歓声、熱気、続いて全身の痛みを感じて、意識を取り戻した。
「……っ」
私はぼんやりと目を開けるが、視界がおかしい。見えているのは半分。右目だけ。ずきずきと痛み、口の中に鉄の味が広がっていた。呼吸がしにくいのは鼻に血が詰まっているからだ。乾いたそれを咳をして、鼻を抑えて取り出す。げほり、ごほり、と、血塊が鼻や口から転がり出た。
ここはどこだろう。半分だけの視界で、身を起こして周囲を見渡す。高い塀の中。塀の向こう側は、観客席のような。ドーム状の中央。私の両手、両足には手枷。鎖は地面に刺した杭に繋がれている。
「……円形闘技場?」
エルフの国の有名な建築物だ。イヴェッタ・シェイク・スピアの憧れの冒険の中で、是非一度は見てみたかったという場所。エルフたちが捕らえた様々な種族を戦わせる場所。これを模したものが人間種の国にもあって、剣闘奴隷を主人公にした物語をいくつか読んだ。
「……あら、まぁ!」
私は咄嗟に地面に耳を付ける。下から響く音、50メートル以上深く掘られた地下には戦わせるための魔物や魔獣が多く飼われているというのは本当だったのか。一度開催されれば日に100人が死ぬという噂の場所。
塀の作りは強く、脱走防止のための深い堀の中には毒蛇や蠍が蠢いているそうだ。鎖の長さと、体の痛みからそれを確かめに行くことが出来ないのは残念だ。
状況把握。
観客たちは皆、エルフ。本で読んだ通りなら、一般市民の座る席に、女性専用、それに上流階級の者たちのための天幕など、確かにそれらしい身なりのエルフたちだ。
エルフの円形闘技場に放り込まれた。
……着ている服は、刻印式の為の純白のドレスのまま。多少、いや、かなり、私の血で汚れているしあちこち破れているけれど、変わらない。
つまり、王弟ギュスタヴィアの婚約者候補としての立場を明らかにされているまま、放り込まれた。理由を考える。色々、エルフの国でやらかしている自覚はあるが、ほぼ正当防衛ではないか?
この場に放り込まれる理由に心当たりがなく、起き上がり鎖を引っ張っていると魔法で拡張された声が響き渡る。
「愛すべき我が民よ!!」
聞き覚えのある声。
ぐるりと見渡すと、一点。大きく両手を広げ話しているエルフの男性。王冠を被り、立派なご衣裳を纏われた、ルカ・レナージュ国王陛下ではないか。
「今日は、我らが真祖スフォルツァ大公を害した大罪人の罪を濯ぐためにこの場を開かせて貰った!」
一言、一言、国王陛下が口を開くたびに観客席から歓声が上がる。この大声が最愛王への賛美と期待。権力者が最も自分の人気を確認できる場として、これ以上のものはないだろう。
私は国王陛下の長々とした演説を聞き、必要な部分を取り上げる。
曰く、私は王弟の婚約者候補として選出された名誉ある娘。
しかし、他の婚約者候補の令嬢たちに嫉妬し、刻印式の後の第一の試練で他の令嬢たちの妨害を行った。
そしてそれを諫めに入ったスフォルツァ大公を刺し、その場で取り押さえられ捕らえられた。
本来であれば処刑されるべき大罪だが、王弟ギュスタヴィアの不在中にそのようなことはできず、しかしスフォルツァ大公の名誉のためにも、私は裁かれるべきだ、とそのように。
古い習慣。
罪人は闘技場で魔物と戦い、勝利すればその罪を許される。
「……大けがを負ったまま? 両手両足、封じられて?」
色々突っ込みどころが満載ではないか?
この場に集まった方々は、無力な劣等種の小娘が魔物に無抵抗のまま嬲り殺されるのを観に来た暇人、ということだろうか。
「もちろん、面白おかしく、してもらいたいわ」
私の内心の呆れを察したわけではないだろうが、闘技場に愛らしい女性の声が響き渡った。
お怪我をされたとは全く思えない、大変お元気そうなエルフの女性。やはりマイエルの作品を身に纏い、蝶を侍らせている美貌の女性。ウラド・エンド・スフォルツァ大公閣下。国王陛下のお隣に座っていらっしゃった大公様はゆっくり優雅に立ち上がる。彼女が口を開いた途端、会場の歓声が嘘のように止んだ。誰も言葉を発することが許されていないので、息をすることもひそやかに、とそのように。
つい、と、大公閣下が手を私の方へ伸ばす。
数羽の蝶がひらひらと私の方へ飛び、点と点が結ばれ線になり、面となった。鏡のような面。私の姿が浮かび、顔の半分が潰れ、爛れた姿が見える。随分と酷い姿。左肩が妙にひりひりすると思ったら、皮膚が剥がれていたらしい。自分の姿をはっきり認識すると、痛みの深さが増してくる。途端、左腕が動かなくなるのは、負傷具合を自覚してしまったからか。
これが狙いか?それにしては、優しいような。
私が困惑していると、鏡の中の私の姿が歪んだ。揺らめいて、そして、映るのは、金色の髪の、とても、顔の良い、青年。
「うわっ!?な、なんだ!?は?!」
ひょいっと、軽い音がしそうな。鏡の中から、ぺっ、と、吐き出されるようにして、転がり出て来た青年。
「……ウィリアム王子殿下?」
「おまっ……イヴェッタか!?」
ずべしっ、と、受け身も取れず地べたに這い蹲った御方は、私を見上げ一瞬「誰だ?」というお顔をされるが、確認よりは驚きで、私の名を呼ばれた。
お願い死なないでウィリアム殿下!
ここで死んだら……まぁマリエラ嬢は別に困らないけど……。
次回「ポロメリア」デュエルスタンバイ!





