27、アルマンス
「あなたを見ればわかるわ。きっとあなたは近しいひと皆から、大切にされてきたのね。愛されながら育まれてきたから、あなたは他人の悪意や不幸について、共感や同調することがない。でも、そんなことは今はどうでもいいわね?」
初対面の方が、私について評価する。ウラドさんは優しく微笑み、親しい友人のような親切な口調で私の内面に話しかける。
「可哀想な子。あなたが心配だわ。ギュスタヴィアに良いように利用されているのよ?」
「利用、ですか」
それは、私の方ではないか。
指摘に首を振り、私は自分の首元にある鱗に触れた。私を生かすためにあの方が支払い続けているなにもかもに対して、私が報いられる事など僅かしかない。
「私の方がよほど、あの方を必要としていて、ご迷惑をおかけしているのです」
「それは勘違いよ。ギュスタヴィアがそう思わせているだけよ。あぁ、可哀想に、すっかり、騙されてしまっているのね。でも、仕方ないわ。あなたの優しさや純粋さはあなたの罪ではないものね」
ぎゅっと、ウラドさんは私の手を掴み、握りしめた。冷たい手だ。公式の場に出る女性は、薄い手袋を着用しているもの。けれどウラドさんは素肌のままで、長く伸びた爪は美しい色をしていた。その手は氷のように冷たい。反射的に手を引っ込めそうになった。が、強く掴まれていてびくりともしない。
「……」
「可哀想。こんなに追い詰められたのね?もうこれしかないと、がんじがらめにされたのね?」
同情的、好意的。私の何もかもを承知で、私が知らない事も沢山知っているだろうエルフの大貴族の女性。気遣う視線に労わる声音。
……だけれど、私の手を掴む指先の冷たさ。
私はギュスタヴィア様のことを思い出していた。あの方の体温も低い。触れれば冷たさに驚いた事が何度かあって、それに気づいたあの方は、私に触れる時に、自分の温度が私を驚かせないように、一度ご自分の首や手首を握ってから、私に触れる。
突然現れて、優しい言葉をただ連ねる美しい女性。手を差し伸べて、何もかも解決させましょうと提案してくるその赤い唇。
「確かに、わたくしはギュスタヴィア様に恋を……お慕いしているわけではありません」
手を掴まれたまま、肯定の言葉を吐くとウラドさんがぱぁっと顔を輝かせた。
「えぇ、そうでしょう? よかった。そんなことないって言われたら、私どうしようって思っていたの。ねぇ、私にだけそっと教えてちょうだいな。あなたは他に恋している方がいるんでしょう?いるわよね?」
「……そうですね」
「あぁ、やっぱり!待って、当ててみるわ。言わないで!そうね、王子様じゃない?貴族の若い女の子なら皆そうだもの。王子様ね?王太子殿下じゃなくて、玉座に関係のない、第三王子くらいじゃない?」
「アロフヴィーナ様が、そのようにお話しされていたのですね」
喜々と声を弾ませるウラドさんの表情が、ぴたり、と凍り付いた。
ルイーダ国で、私にエルフの友人知人はいない。ルイーダ国自体にエルフ族との交流はなく、あの国は国政として他国の者をその種族に関係なしに、入国を厳しく制限している国だった。その代わり出ることは簡単だったけれど。
私についてご存知。切り花としての私ではなく、私個人。ヴィーというのは、美の女神アロフヴィーナ様。黒うさぎさんの言葉を信じれば、私の前任の後見という女神。私について誰よりも御存知の方がいるとしたら、見守り続けてきたというあの女神しかいないだろう。
「大公閣下。お礼申し上げます。閣下のおかげで、アロフヴィーナ様が何を望まれていらっしゃったのか、少し理解することができました」
敵対するはずのエルフとなぜ女神が? そんな疑問は浮かぶが、それよりも。
「なぜ、それほどわたくしとギュスタヴィア様を引き離そうとされるのです?」
「なぜって、さっきからずっと言っているわ?あなたが可哀想だからよ。あんな化け物に関わるのは良くないわ」
「あなたほどの方が、なぜギュスタヴィア様を化け物と?」
言外に、私からすればあなたの方が余程化け物性があると告げる。
……そもそも、あの方について、私がどれだけ直接的に知っていたのだろうか?
最初は名前から、文献に残された恐ろしいエルフの王族だという先入観。
実際に交わした言葉や行動から非情さに、冷酷さ? しかし、本当にそうだっただろうか?
私はあの方が、兄君に愛されたかったことを知っている。
なぜあの方が、他とは違う「異質な存在」で、他と共存できない厄災の化身だと、そのように……言語化が難しい。ただ、違和感が付きまとっている。
寒気がするほどの美貌。
巨大な力。
当人の言動も、けして「尋常」ではない。傲慢で尊大だと、自分以外の何もかもをごみくず以下にしか思っていないような、いや、やはり、違和感。
仮面を被ってはいらっしゃるだろう。私に対して、周囲に対して、微笑み礼儀正しい言葉を使い洗練された仕草。それはあの方の仮面だと、当人がそうはっきりとわかるように示してすらいる。
だから、その仮面の微笑みを見た誰もがその下にあるあの方は残虐な暴君なのだと、嫌悪する。
……違和感。
どうして、気持ちの悪い違和感が先ほどからふつりふつりと、浮かんできて、思考にこびり付くのか。
「貴方がギュスタヴィアを取ってしまうと、困るのよ」
思考に沈む私に、ウラドさんの声がかかる。
「……困る?」
「えぇ、そう。ギュスタヴィアはね、レナージュのために生まれたの。それが一番素敵でしょう?」
「……大公閣下、あなた、まさか」
エルフの文化で生まれた服飾ではなく、自分が気に入ったドレスをどんな場であっても纏う女性。服装というのは個人の主義主張だけではなく、相手や場に対しての敬意を示すもの。それを自分の嗜好という一点で、自由奔放にする女性。
「助けてあげたのよ。可哀想だったから。臆病で無力な甥っ子と、力はあるのに誰からも笑いかけて貰えない鬼の子。美しい物語じゃなくて?ほら、なんだったかしら。人間種の東の方の国にある、おとぎ話ね。私とっても感銘を受けたの。素敵ねって。誰からも愛されないといけない青の王子を赤い王子が助けるの」
その話なら、私も知っている。古い昔話だ。故郷を離れた二人の王子が、新しく国を作ろうと、村や街を周るのだけれど、彼らは異質な王子を受け入れない。悲しむ赤い王子に、青い王子は『連中の言うように、自分が街や村で暴れよう。お前は俺を倒して、英雄になれ』と持ちかけた。
結果、赤の王子は人々から受け入れられて、感謝され、愛された。青の王子は化け物、悪魔、怪物、鬼と、呼び方は何でもいいのだけれど、そのような、嫌悪と悪意と憎悪の対象として追いやられる。
「青の王子がどうして赤の王子を助けたか、私ずっと考えていたの。だって、私なら、自分が好かれる役になるように、赤の王子を誘導するもの。普通はそうでしょう?誰だって、そうじゃない?」
「青の王子は、赤の王子を愛していたからでしょう」
「えぇ、そうよ!私もそう思ったの!」
ウラドさんは微笑んだ。同じ解釈を持つ者がいると、嬉しいという純粋さ。
「だから、ギュスタヴィアにこの話をしました。赤の王子は、自分の為に青の王子が人々に嫌われ憎まれたことを知って悲しんだと。仲良くしてくれるようになった人々を愛するよりずっと強い感情を、いなくなった青の王子に抱きました、って。だから、ね?わかるでしょう?困るの、ギュスタヴィアは貴方のものじゃないわ」
……悪魔とは、この女性のような姿をしているのではないだろうか?
最初の方で仰っていた、私の味方をするために来た。人間種を選んだギュスタヴィア様を褒めたいうんぬんの何もかも、本心だとはもう思えない。
自分の好きなドレスを纏い、自分の好きな物を見たがる女性。
何もかもを、自分の前で演じられるお芝居か何かのように感じて、観客に徹するだけでなく、台本や配役に口出しをするのを、躊躇わない。
……ギュスタヴィア様が、傍若無人に振る舞って、私を「そんな自分を抑えられる存在」にしようとしたのは、この前例があるからだ。
これなら、私がエルフの国に受け入れられる。
これなら、今度こそ、自分が感謝されるかもしれないと。
愛を。
私が家族から愛されてきたという確信があること、かつてギュスタヴィア様は嗤った。目に見えないものをなぜ信じられる、と。
理由や価値や、それを齎す行動を示したのに、結果封じられ後の記録に魔王とまで残されたご自分を、顧みて。
今もただ、兄君に憎まれ続けているあの方が、今度こそと、求めたのが私だった。
「……精霊よ!!」
私は唇を噛み、ぐいっと顔を上げた。白銀の守護精霊を呼び、応えた精霊が咆哮を上げる。攻撃する気かと、ウラドさんが私から手を放し、数歩後退した。髪を持っていた蝶の数羽が前に出て点と点が結ばれ、線となり面になった。防御魔術のような盾。
「一応、言っておくけれど。あなたの守護精霊より、私の方がずっと強くてよ?」
「私に剣を!」
「……あら?」
憐れむ目と忠告をくださるウラドさんを無視し、私が続けて叫んだのは精霊への攻撃指示ではない。
白銀の竜の姿をした精霊は空に高く吠えるように首を伸ばし、光に包まれその姿を細い剣に変えた。柄は華やかな曲線を描き、重さを殆ど感じない。
手に取って、踏み出しウラドさんの盾に向かう。貫く事は出来ず、ウラドさんの溜息が聞こえた。
「何かしら、酷いわ。どうして、暴力を振るうの?そんなに野蛮だなんて、悲しい。理解できないのなら、話し合いをしましょうよ?」
「まず殴りたいんです。まずあなたを叩きのめしたいんです」
「そう。でも、無理ねぇ」
四方八方から斬り付けてもウラドさんの盾の方が早い。蝶は花の周りを舞うように動き、私の攻撃を防いだ。
「暴力は何も解決しないのよ?武力は賢く使わないと。最も、その剣は、私を傷付けることはできないわ。あなた、私が何者かもわかっていないものね?」
自分が絶対的強者であることを確信しきった声。優越。弱者へかける憐憫に慣れたご様子の佳人は、悠々と私を見下し蝶を私に差し向ける。爆発。衝撃。
「……っ」
至近距離での爆発。爆ぜた蝶は残骸すら残らない。防御だけでなく、攻撃の手段も持っているのか。
咄嗟に回避したと思ったが、左耳が聞こえなくなった。熱。ボタボタと、肩に流れる血。左目は無事だが、チカチカと火花のようなものが見える。
「大丈夫よ、心配しないで。死なせたりしないわ。私詳しいのよ?人間種が、どのくらいで死んじゃうのか。よく知っているの」
五百年前のエルザードの歴史は良く知らないが……人間の世界での、歴史。五百年前は、人狩り、神隠し、行方不明者が多かった記録に覚えがある。
ガンガンと頭の中に警告音。目の前のエルフに関わるべきじゃない。なぜ剣を構えたのか。どうしてこんなことをしているのか。
(怒って、いるのよ。私)
あの方は、きっとこれまで、この国に怒ったことなどなかったのだ。
恐れられるように、憎まれるように、振る舞った。自分がそうすれば、自分を制御できる者の価値が高まるから。
周囲の理解や愛情が自分には得られないと理解した時、世界はどんな色に見えるのだろう。そこからみる景色はどんなものなのだろう。仕方ないと諦めて。それでも、それなら、ただ一人と、求めた心は、化け物なのか。
わかりやすい礼儀正しい青年の仮面。それが仮面だと周囲が認識すれば「ならその下にあるのが本性だろう」とそのように思う。
……仮面の下にすら、仮面を被るなど、誰が考える?
「剣よ……ッ!」
この国がギュスタヴィア様にしたこと。兄王がギュスタヴィア様にしていること、何もかも、あの方は許すのだろう。
どうして、どうして、私は、それを今の今まで、気付かなかったのだ。
ウラドさんに会うまで、どうして、気付けなかったのだ。
自分が異質だと突きつけられて、そうだと飲み込み、仕方ないと、仮面を被る苦しみを、私はよく知っていたじゃないか。
右手で剣を握り、私は自分の左の掌を傷付ける。
「憤怒の鱗から生まれた剣よ!私の血を!!何もかも燃やすまで許せぬ私の血を受けろ!」
刀身に私の血が流れる。切っ先まで滴った血を受けた剣は、赤く光った。
「あら、いやだ。それ、神殺しじゃない」
蝶の盾ごと、私の剣はウラドさんを貫いた。
ごほり、と青い血を吐きながら呟くスフォルツァ大公は一歩後ろに退き、自分の体に突き刺さる刀身を掴んだ。
「折れないことはないけど、折ったらあなた、死んでしまうものね。それはしないわ。でも、痛いから、ちょっと――殴るわね?」
俯いていたウラドさんが顔を上げ、白い手が拳を握った。私の目が追えたのは、その拳が自分に近付いてくる間際の瞬間だけだった。
ぐしゃり、と、潰れる音。飛ぶ意識。
書籍の表紙見本を見せて頂きました!(/・ω・)/
とても可愛らしいお嬢さんが、追放先でスパダリゲットしそうな明るく素敵な表紙でした!ヤッタネ!





