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26、おしゃべりしたいの


 現れたのは小柄な女性。血のように赤い唇に笑みの形を取らせ、目は夢見る乙女のように輝いている。女性というより、人間種で言えば私と同じ年くらいの外見だけれど、長い耳の種族の外見が私の常識通りなわけがない。


 エルザードのドレスはどれもシンプルなデザインが多い中で、現れた方の纏う物はレースやフリルをふんだんに使った……芸術の最先端の国であるフランツ王国はパッセで流行りの物と似ていた。王宮ではどのようなドレスを纏うべきかの規則があるはず。しかしこの方は、それらの礼儀作法に縛られない立場であるとその姿から既に推測できた。


 気付けば、私以外にこの場にいる全てのエルフたちが膝を突き頭を垂れている。


「……まぁ、可愛らしいこと! ヴィーが自慢するのもわかるわ。黒い髪に紫水晶と同じ瞳。とても綺麗ねぇ」


 私の首から手を放し、赤い瞳のエルフの女性はくるりとダンスでも踊るように回転した。


「人間種の貴族なのでしょう? どうかしら。このドレス。マイエルの作品なのよ。尤も、私の元へ来るまでにあちらでは流行遅れになっているのだろうけれど」


 出された名は、貴族の女性であれば一度は身に付けたいと熱望するパッセで最も人気のある仕立て屋の名だった。


「……」


 突然、夜会での会話のようなものを求められ私は困惑する。

 私の守護精霊が破壊した瓦礫や、大勢が避難し閑散とした、一種廃墟のような雰囲気の大広間で美しく舞う夢のように美しい女性。


 ちらり、と跪くロッシュさんに視線をやれば微動だにしない。少しでも動けば自分の首が即座に落ちると恐れているような緊張感。


「……」

「ねぇ、どうかしら?似合っているかしら?」


 ……ルイーダ国だけではなく、エルザードの礼儀作法でも、親しくない者の身体的特徴を口にするのはマナー違反だ。瞳や髪の色は差別の対象になりかねないのでその配慮も納得できる。

 最初からこちらに無礼を働くのは、どういう意図か。無邪気なご様子。何もわきまえず自由奔放に生きてきた者だからか。それなら、私がどうドレスの評価を下したところで気にされるはずはない。


「……ロゼの。――ロゼ・マイエルの衣裳の素晴らしい点は、彼女の作りだすデザインは周囲が次々彼女の新作に飛びついたとしても、以前の衣裳の素晴らしさを誰もが忘れられないことですわ」

「まぁ! あなたもマイエルの素晴らしさをわかっているのね!もしかして、持っているの?いつの作品?どんなものかしら?」

「一着だけ、ではありますが……」


 スピア伯爵家は裕福な家ではなかったので、もちろんマイエルの作品を買うだけの余裕はなかった。両親も他の貴族のお茶会や夜会にそれほど多く招かれる方でなく、私もこうした美しいドレスを着る機会はなかった。


 しかし、一着だけ、仕立てて頂いていた。


「色は白です。白一色のみを使っています」

「……」


 私が答えると、エルフの女性は途端、興ざめしたように真顔になった。


「嘘ね。私がパッセから離れた異種族だから嘘を言ってもばれないと思ったの?マイエルは絶対に白は、」

「はい。ロゼ・マイエルに白のドレスは存在していません。レースやフリルに使用されることはありますが、白をメインとする作品はこれまで一度も発表されたことがありません」

「……私をばかにしているの?」


 明らかな怒気。機嫌を損ねている。けれど、私の話に興味を持ちかけている。突然この場に現れた不思議なエルフ。状況も何もかも構わずに、話したいのは自分のドレスとおしゃれについて。私の言葉を疑いながら「もし」について、想像を巡らせている。


「私が仕立てて頂いていたドレスは、発表された作品ではありません。五年前から、あの方がわたくしの為に、わたくしの、結婚式の為に作ってくださっていた物です」


 ……卒業式の一週間後、私はウィリアム王子殿下と結婚式を挙げるはずだった。


 五年かけて作られた純白のドレスは、花嫁衣裳。


 ロゼ・マイエル。ルイーダの読み方ではローズ・マイヤー。

 私の教育係だったマイヤー先生の娘だ。スピア家の援助を受けてフランツ王国へ留学し、【脱字】


 あのドレスは、今頃誰か、メイ男爵令嬢……マリエラさんが着る事になったのだろうか?それとも殿下は……私の「お下がり」になると嫌がられて新しいドレスを仕立てられるのだろうか。


「まぁ!素敵!」


 私の話に納得してくださったエルフの女性は、嬉し気に両手を合わせて声を弾ませた。無邪気で無垢な、可愛らしい女性。


 ……こういう女性は、精神が「異質」でなければ、そのようには生きられない。


 私は大人しく従順、少し不思議なイヴェッタ・シェイク・スピアの仮面を作るにあたって、参考にした女性が二人いる。


 一人は私の母親であるトルステ・スピア伯爵夫人。優しく善良で、他人の悪意に気付かない。自分が困難な場面にあえばおろおろとただ困って震えているような、誰かを害そうなんて心にも浮かばない、無力な純粋さ。

 もう一人は、私に「王太子妃」としての教育を施してくださった、国王陛下の側室。アラクネ様。

 直接の姑になるセレーネ様は私に関わることを一切拒絶されていたので、最も賢い寵妃と評判のアラクネ様が手を上げてくださったと言う。


 そういう女性たちを見て来て、このエルフの女性。


 恐れているロッシュさんの態度から、彼女が微笑む姿に対して、私の心には警戒が浮かぶばかりだった。


「あぁ。私ったら。失礼しましたね。ご挨拶が遅れました。わたくし、ウラドと申します。ウラド・エンド・スフォルツァ」

「スフォルツァ大公夫人でいらっしゃいましたか」


 エルフの貴族の中で最も高位の家。スフォルツァ家、その大公夫人?


 私が驚くと、彼女はころころと喉を震わせて笑った。


「これを言ったらもっと驚いてくれるかしら?大公夫人じゃないわ。わたくしがスフォルツァです」

「……これは、とんだ……ご無礼を」

「いいのよ。構わないわ。人間種の国では女が家を継ぐのは無理なのでしょう?文化が違う中での間違いは無礼ではないわ」

「……は。ありがとう存じます」


 大公閣下のおっしゃる通り、私は先ほどよりずっと驚いた。

 謝罪し頭を下げる私に大公閣下は優し気に言い、膝を突こうとした私の手を取る。


「あなた、良いわね。素敵ね。私、人間種が好きなの。変わり者って、皆は言うけれど、人間種は素敵でしょう?色んなものを、あっという間に作るし、考えるじゃない?とっても素敵ね。ずっと見ていたいって、思っているのよ」

「……」

「だからこの場に呼ばれたの。そこの宮廷魔術師がね、貴族の試練の手助けをって。私が認めたら誰も文句は言えないものね?貴方を「認めます」と一言言えば良いって、そう言われて来たのよ」


 ……人間種に対して、差別意識や劣等種であるという偏見を持っていない大公閣下の言葉は、私にはただただ意外だった。感じた異質さはこの事だろうか?確かにエルフの中では異端だ。


「ギュスタヴィアの事もね。見直したのよ。人間種の娘を見初めるなんて、素晴らしい事だわ。私も少し前に、人間種の方と暮らしていたの。五百年くらい前かしら?あの頃はこの国にも人間種が大勢いて……一緒に暮らすのはそれほど珍しくなかったけど、今は違うから。またあの頃のように、たくさんの人間種がエルザードで暮らすようになってくれるかもしれないわね」


 友好的で、優しい物言い。こちらに協力してくれると全面に出してくれる好意的な感情。エルフと人間が共存していた時代が、あった?


 ……あった、だろうか?


 私の中に浮かぶ違和感。けれど、大公閣下は嘘を言っているようには聞こえない。

 それに五百年前と言えば、エルフの文化としてはそれほど過去ではなく、確かに食事の礼儀作法や、建物の作り、エルフの文化の中に人間種のそれと共通する部分が多く見られたのは確かだ。どちらの物をどちらが参考にしたのかは不明だが。


「大公閣下……それでは、わたくしに協力してくださる、ということでしょうか?」

「そんな堅苦しい呼び方はしないで。ウラドと呼んで?――えぇ、そのつもりで来たのだけれど……あなたを好きになったから、止めます」

「……はい?」


 にっこりと、大公閣下……ウラドさんは私の言葉を否定する。


「……あの、私が何か、してしまったのでしょうか?」

「あなた、とっても素敵ね。可愛いし、珍しいわ。ザラキエルなんでしょう?それを抜きにしても、良いわ。あなたがとっても気に入ったから、止めます」

「……どうすれば、協力してくださいますか?」

「嫌よ?しないわ。そう決めたの。ねぇ、もっとおしゃべりしたいわ。私の屋敷に来てちょうだい。沢山、マイエルの作品もあるのよ。本当はこっそり人間種のお針子を雇いたいのだけど、すぐに死んでしまうから駄目なのよね」


 私の当惑に一切構わず、ウラドさんは喜々と話を進める。


「あ、あの!」


 掴んでくる手を振り払い、私は頭を振った。


「困ります。それは……困ります。私は、ギュスタヴィア様の妻になるために、ここにいるのです。どうか、助けていただけませんか!」

「……」


 きょとん、と一瞬小首を傾げてから、ウラドさんは目を細める。


「可愛い子。助けてあげたいって、わたくし思っているのよ」

「だったら、」

「だから、止めたの。助けたいからよ。あなたはあの化け物に関わるべきじゃない」

「ギュスタヴィア様は、化け物ではありません」

「えぇ、そうね。人間種のおとぎ話には、運命の乙女が怪物を人間の王子様に戻す、なんてものもあるわよね。素敵ね。私も、それが見られたらとっても嬉しい」


 だけど、とウラドさんは一度言葉を区切った。


「あなた、別にギュスタヴィアに恋してるわけじゃないでしょう?」


 おとぎ話の怪物が王子様に戻れたのは、乙女が怪物に恋をしたから。


「可哀想な子。ただ宮廷魔術師に依頼された時は「それでもいいか」と思って協力しようと思った。けれど、あなたが好きだから、あんな怪物に、恋もしていないのに関わらせるのは、むごいわ」


 そう、ウラドさんは同情するように言って、私の首元の鱗に触れた。


「あなたを愛し大切に考えてくれている人は多くいる。そんな人たちを悲しませたい?あなたはあなたを愛してくれている人たちのためにも、もっと自分を大切にするべきだわ」


 ギュスタヴィアは“貴方”を愛してるわけじゃないでしょ、とそう、私が理解していることを確認する意味で、ウラドさんは問うた。




 


補足:ロゼ・マイエル。今最も人気のある一流デザイナー。


彼女はとても才能のある女性ではありますが、才能のあるお針子は沢山いました。母親から密かに、「スピア家のお嬢様」の秘密を打ち明けられ、神々に「イヴェッタお嬢さまに最も輝くドレスを仕立てます」と誓いを立てます。

白をイヴェッタさん以外に使わない誓約を結び、その成功は約束されました。イヴェッタさん以外が彼女の作った「白」のドレスを着る事は、イヴェッタさんが神に背を向けた今でも許されていません。


アルセウスめちゃくちゃ楽しかったです(クリアした)

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