24、『 』の子
秘密があった。
母親という女の胎の中にいた頃から、ギュスタヴィアには自己意識があった。生まれてもいない内から、自分とその他の存在がはっきりと区別できていて、自分が女の胎の中にいて、その女が始終自分に話しかけている言葉の意味も、理解できていた。黄金の雨。閉じ込められた女の、膨らむ腹。
秘密があった。
生まれた時、女の願いを聞いた。燃やしてくれと、焼き尽くして苦しみの内に。この世から何もかも消してくれという懇願。女の悲願。ギュスタヴィアを産んだ意味。自分の望みを叶える為に産んだ女の憎悪。母と子、という概念が互いになかった。願いを叶える者と、乞う者。例えば、髪を切りたくてハサミを用意するような。そこにハサミの意識など必要のないもの。ギュスタヴィアを産むことを決めた女はそれ、そのように。
他人の願いを叶えた事が、ギュスタヴィアが生まれて最初にしたこと。ごくごく平凡な赤ん坊が生まれて最初にすることは泣く事。母体に繋がり生かされた環境から、自分自身で呼吸をして生きていく為につかみ取る最初の行動。それを、ギュスタヴィアは行わず、最初にただ、母親という女の願いを叶えた。結果、女は焼かれて死んだ。母体との決別が赤子に必要な儀式というのなら、確かに滞りなく行った、とも言えようか。しかしギュスタヴィアには業が出来た。他人の願いを叶える為に生まれてきたような、そんな呪い。
*
生まれて一歳で、ギュスタヴィアは戦場に放り投げられた。自分を殺そうとする魔の者たちを悉く葬るくらいの事は赤子のギュスタヴィアにも出来た。けれど、それが出来ないエルフたちの方が多く、ギュスタヴィアは「化け物」だと、そう呼ばれた。
戦場で敵がいなくなると、周りが静かになる。その静かな間に聞こえるのは、エルフの兵士や騎士たちが、互いに互いを労わる言葉。生き残ってよかったと、死ななくて良かったと、泣きながら抱き合う姿。先ほどの攻撃は見事だった、と称え合う姿。負けないぞ、と励まし合う姿。
それらをじぃっと、黄金の瞳で眺め続けて、ギュスタヴィアは育った。
浮かぶ疑問。疑念。
どうして自分には、生き残った事を喜んでくれる者がいないのだろう。
どうして自分には、よくやったと褒めてくれる者がいないのだろう。
誰もギュスタヴィアに話しかけなかった。そういうものだと、思われている。例えば、人間が燃え盛る松明に話しかける事が無いように。その炎で暖まりはするが、獣を退けはするが、その炎を腕に抱いて眠ろうとはしない。
自分が他とは違う。
自己意識の、変化。自分と、他人、外界を認識してはいた。全ての存在は、何もかも全てが異なって独立し、孤立していると、それはギュスタヴィアには当然のことだったけれど。多くの者たちは「自分」と「仲間」というものを感じている。ギュスタヴィアは、彼らの「仲間」には、決してなることが出来ない存在だと、理解した。
ある時、戦場でギュスタヴィアよりは年上だが、それでも戦場に出るには幼い子供がいた。そばかすの散った幼い顔。耳の尖ったエルフの少年。赤い髪に、丸い目の、ちょこまかと動く子供。少年は父親と共にいた。戦場に連れてきたくはなかったが、世話をしてくれる人もおらず、自分と来るしかなかったとこぼす父親の言葉を、ギュスタヴィアは興味を持って聞いていた。
父と、子。
そういう存在、区分があることは知っている。自分に母親、産んだ女がいたように。父親もいるはずと、その思考。父とは、子とは、どのような生き物なのだろうと、興味を持った。
子は父を尊敬しているようだった。きらきらと瞳を輝かせ、父親がこの世でもっとも強い男だと信じて疑わないような純粋さ。ギュスタヴィアからすれば父親はその辺の石よりも役に立たない弱者だった。戦場でも前線に出るのではなく、補給部隊に所属している。だからこそ息子を連れて来られたのだろう。
父は子を、可能な限り守っていた。危険が無いように、いやな事が無いように、寝床から食事から、自分よりも少しでもマシなものをと、そのように、必死に、賢明に、工夫していた。
珍しい嗜好品を子供に与えようと、少し危険な場所まで物資を運ぶ任務に就きもした。それで死んだら元も子もないのではないかと、ギュスタヴィアには不思議だった。
「お前が息子を守るのは、息子が成長し自身を守らせるためか?」
ふと、男が近くにくる機会があった。ギュスタヴィアはまだ男の背の半分もなかった。小さな子供、だが王族。それも化け物と噂の王子に話しかけられて、男はびくり、と震えた。
「は? は、はい? え? なん、です?」
「聞いておるのだ。お前は息子にあれこれとしているだろう。恩を沢山作っている。だがそろそろ十分なのではないか?」
「はい? え? あの、見て、いらっしゃったんで??」
「答えろ」
「えぇ……いや、えぇっと」
男はおっかなびっくり、きょろきょろと辺りを見渡す。けれどギュスタヴィアが近づいて来たので、いつの間にか周りには誰もいなくなっていた。何か難癖をつけてくるとでも思ったのか。不用意に炎に近付く者はいない。
「……恩、とは……妙なことを、おっしゃいますね」
ぽり、と男は頬をかいた。
「息子を守るのは、当然でございましょう」
「子に自身を守らせるためだな」
子孫を残す理由の一つだ。ギュスタヴィアは頷いた。エルフは長寿だが、平民の寿命は王族よりずっと短く、そしてずっと早く老いる。五百年程の寿命の中で老いは早い者なら三百歳くらいで出てくる。残りの二百年を老いた体で問題なく暮らすには、子の支援が必要だろう。
「いやいやいや、何をおっしゃっていらっしゃるんで……? あっしは父親でございますよ。いや、まぁ、こんなところに連れて来て何が父親だとも思いますが……こんなあっしでもね、息子の幸福を願って、いえ、いつも、少しでも、息子が笑って過ごせればいいと、そう思っておりやす」
「笑う事が良い事なのか?」
「へぇ。それは……そうじゃありませんか? 怒っていたり、泣いてるより、笑っていられた方が、よろしゅうございますでしょう。相手が笑ってくれていると、こっちも胸がこう、温かくなるでしょう?」
妙なことをおっしゃられる、と男は再び言った。
ギュスタヴィアは黙る。誰かが自分に笑いかけたことなどなく、また自分も、笑ったことなどない。だが、それは当然のことだ。そもそも、笑うとは、どうすればいいのか。
「笑え」
「へ!? そ、そりゃあ……不敬とか、そういう、良くない事じゃありませんか?」
「構わない」
「と、言われましてもねぇ。こういうのは、強制されるモンでもないでしょう」
「そうなのか」
「そうですよ。それにねぇ、あっしが、恐れながら殿下に笑いかけたって、殿下は何とも思わんでしょうよ」
「そうなのか?」
「そうですよ。殿下はあっしのことを好きなわけじゃないでしょう」
尊い王族の方が、平民に馴れ馴れしく笑いかけられても不快なだけですよ、と男は言う。分別のある大人の顔だった。ギュスタヴィアが王族であると、きちんと自覚を持つべきだと、一線を引いてくれようとしている、親切心。
「お前は息子が好きなのだな」
「そりゃあそうでしょう。息子ですからね」
「優秀なのだろうな」
「いやいや、全然駄目で。親のあっしが言うのもなんですがね、剣も弓も槍も、魔法も全然、これが心配になるほどで」
「では顔が良いのか」
「あっしの子ですよ。顔だってたかが知れてますわ」
「なのにお前は好きなのか?」
優秀でも容姿が優れているわけでもないのに。自分の役に立つ存在でもないのに、好きなのか。きょとん、と小首を傾げるギュスタヴィア。男は顔を顰めた。
「親子ですからね。優秀でなくとも、容姿が良くなくたって、そんな事は構わないんですよ。親ですから、息子が、ただ健やかに、まっすぐに、生きてくれれば、これほど嬉しいことはありやせん」
大切な宝物をそっと他人に見せてくれるような、ひそやかな言葉。ギュスタヴィアは一つ一つ受け止めて、そうか、そうなのか、と頷いた。
父親というのは、子供がどんな生き物でも、愛してくれる存在なのか。
「兄上、父上」
とてとてと、小さな足を必死に動かして、ギュスタヴィアが王宮を走り回る。
生まれた王子。巨大な魔力を持った、恐るべき御方。
誰もがギュスタヴィアを恐れた。生まれて母親を焼いた恐ろしい行いを、どうも覚えていらっしゃるらしいと、うっかりギュスタヴィアが、おぞましい事とは思わずに口にした事があっという間に広まった。
銀の髪に黄金の瞳の、誰よりも美しい王子様。いつも愛らしい微笑みを浮かべているが、それがかえって化け物のようで周囲は恐れた。ただ一人恐れない者は、父であるエルフの王のみ。
「なんだ」
呼び止められ、エルフの王は銀色の瞳を煩わし気に細めた。
オクタヴィアがギュスタヴィアを身ごもった時。エルフの王は歓喜した。最強の王子が生まれると期待した。自分の後継者がやっと生まれると期待した。
しかし、生まれたのはエルフの姿をした化け物。いかに力が強くとも、自分の血を引かぬ者を後継者にするつもりは、エルフの王にはなかったのだ。
「お言いつけの通り、荒れ地の魔族たちを葬りました。大地は全て更地にし、瘴気も今後百年は発生しないでしょう」
「そんな事を一々報告に来たのか?」
「……」
「態々王宮に戻ってまでする事か? そんなものは、使いの者にやらせればよい。貴様は戦場で敵を葬っていれば良いのだ。戻っているこの間、お前が戦場から離れたこの間、どれ程多くの、王族が護るべき国民の命が失われているか。貴様はまるで考えないのか?」
冷たく言い放たれた言葉。責任。実害。
ギュスタヴィアはそのまま戦場へ戻った。そして、あの親子がいる補給地点が、自分の不在中、魔族の襲撃を受けて壊滅したと、知らされた。
ポケモン新作のアルセウスが「メタルギア」とか「トレーナーすぐ死ぬ」って言われてて滅茶苦茶やりたいです。
私もパラスの毒で死にたいし、ピカチュウの電気玉追撃受けて落下死したいです。空飛ぶギャラドスに遭遇したい。ここに書くくらいやりたい。でもやったら一瞬で二月が溶ける。解散。





