8、川辺にて
「そ、そうなんですか??つまり、純粋なドラゴンというのはこの大陸で確認されているのは六体だけで、あとはみんな亜種ばかり……?飛龍とか土竜は、ドラゴンとは言えないんですか!?」
ゼルはイヴェッタと馬に乗りながら、道中興奮したように顔を赤くして目を瞬かせる。
出会った当初はびくびくおどおどと姉の影に隠れていたゼルだったが、村の一件後イヴェッタに対して心を許してくれたらしい。読書が趣味だとイヴェッタが話すと、貴族の方が知ることの多い情報の中でドラゴンについてどんなことがわかっているのかと興味津々だった。
「えぇ。私が貴族の学校に通っていた時に図書館で読んだ本だと、ドラゴンというのはとても誇り高く、寿命が長くて、私たちが知る以上の多くのことを知っていて……魔物や動物とはまた別の存在だとあったわ」
ドラゴンはおとぎ話にはよく出てくるが、実際の目撃情報というのは限りなく少ない。最後にこの大陸で目撃されたのは十八年前だったはずだ。
彼らは高い知性を持っているが、人間のように神々を信仰することもなく、神々の守護のない枠の外で生きているそうだ。魔王を信望する魔族や、それに連なる魔物にも庇護者といえる存在があって当然である中で、ドラゴンたちは一体何を信じて生きているのだろうか。
「あ、あの、イヴェッタさんも……ドラゴンに興味が、あるんですか?」
「ドラゴンだけじゃなくて、冒険そのものに憧れてるわ」
ゼルはドラゴンが見たくて冒険者をしている。それはこれまで口に出せば周囲に笑われていたことだったが、イヴェッタが「無謀だ」「子どもじみた夢」と馬鹿にせず、自分の知る知識を話したことで「もっと話がしたい」と思ってくれたようだ。「遺跡とか、冒険に憧れていたの。でも、私は貴族の娘だったから、そんな未来は絶対にないって思ってたわ」
「でも今は、その、こうして、ぼくらといるじゃないですか」
「そうね。本当に……信じられない」
先日まで、まさか自分がどこかもよくわからない場所を、騎士の護衛もつけずに馬に乗って移動することになるなど思いも寄らなかった。
「……嫌ですか?」
黙ってしまったイヴェッタの顔を、ゼルが心配そうに覗き込む。
まだ十歳という幼い年齢であるのに分別の付くこの少年は、貴族の令嬢がこういった生活を送らねばならないのはきっと苦痛だろうと心配してくれているようだった。
「いいえ、そうじゃないの。そうじゃなくて」
先頭を歩く姉のダーウェを見ると、イヴェッタの視線に気づいた女冒険者はちらりと振り返り、軽く手を振った。ダーウェは「あたしは斧を振り回すしか能がない」と学問を疎み弟の話にはついていけないらしい。それでも弟が喜んでいることは嬉しく、馬に乗りながらしゃべって舌を噛むなよ、と注意しつつその目は優しかった。
二人を見ていると、イヴェッタは家族のことを思い出す。
自分は殿下に言われた通り出て行った。だから、両親や家門が咎められることはないだろうけれど、今頃自分のことを心配しているだろう。
イヴェッタが年頃の他の令嬢たちのようにお茶会やドレスや宝石に興味を示さないことを、母は一度も叱ったりしなかった。それでも母として貴族の令嬢が最低限身に付けるべき教養や、ドレスの流行、お茶会の開き方や紅茶や飲み物の選び方などは辛抱強く教えてくれた。
父はイヴェッタが学園でも読書をして部屋にこもりっぱなしになるのではないかと心配して、あまり裕福ではない伯爵家からなんとか資金を捻出し、学園の図書館の近くに本が読めるテラスを作るよう進言し寄付をしてくれた。お陰でイヴェッタは日焼け防止の魔法を施した本を手に、屋外で読書をすることができた。
兄二人もイヴェッタが週末屋敷に帰ると、毎回両腕に抱えきれないほどのプレゼントを用意してイヴェッタを歓迎してくれた。騎士としての生活や、街の外に出た時の話。兄二人は剣の腕がよく、魔物討伐の際は決まって部隊に編成されていた。
しかし、城付きの騎士だから、イヴェッタが婚約解消をされたことは二人の将来に影響があるだろう。自分はあんなにやさしい兄たちに迷惑をかけてしまっている。
「家族が恋しくなるころだろ。ゼル、あんただって、時々そういう気分になるだろ?」
沈んだ顔をするイヴェッタをダーウェが気遣う。二人は孤児で、両親はとうに亡くなってしまっていた。イヴェッタは家族が存命であるのに会えない理由がある。そのことをダーウェは「気の毒だ」と顔を顰めてくれた。
そろそろ昼食に良い時間だということで、三人は川の近くで食事の用意をすることにした。
「イヴェッタさんはお料理ができるんですね」
「アタシがからっきしだから助かるよ!」
貴族の令嬢が料理をする機会はない。だがイヴェッタは本で読んだ料理を自分で作ってみたかったので、屋敷の中でだけのことではあるが、料理長やメイドたちに料理を教わっていた。
「あまり、慣れているというわけではないのですが……」
ダーウェとゼルは料理らしい料理ができないという。干し肉を齧ったり、お湯を沸かした鍋で適当に何か煮てスープだ、としているようで。ゼルは文句は言わないものの、手本がないので自分も覚えられないことに「成長期に栄養が偏るのはどうだろう」と心配していた。
本日のお昼ごはんはお魚だ。
ダーウェは火で焼いてそのまま齧ればいいと言った。確かにそれはそれで、とても心惹かれるけれど、折角、自分が二人の役に立てそうなことがあるのだから、何か工夫をしたいもの。
ゼルとダーウェが釣った魚は掌ほどの大きさのものが四匹。大柄なダーウェや育ち盛りのゼルには足りないだろう。
「私も釣りをしてみてもいいですか?」
「え、いいけど……あんた、できるのかい?」
「やったことはないですけど……」
川に近付いてしゃがみ込む。流れはゆったりとしている。釣りは、貴族の子息ならともかく、令嬢がやる機会はない。しかし今ダーウェたちがやっているのも見たし、できるのではないだろうか。
イヴェッタは長い髪をブヂッと引っこ抜いて数本束ねると、自分の折り畳み式の杖の先に括りつけて水面に垂らす。
「いやいや、イヴェッタ。お嬢さまなんだから、釣りって言うのは餌を……」
「あっ!かかりましたよ!!」
「嘘だろ!!?」
垂らしてすぐ、ぐいっと、手ごたえがあった。
これは大物に違いないとイヴェッタが顔を輝かせる。あまりに引きが強いので、転びそうになり、慌ててダーウェが支える。
「え!?は!?嘘!!?本当に引いてる!!?なんで!!?ちょ、ゼルも手伝って!」
「う、うん!」
三人は一緒になって杖を掴み、勢いよく引き上げた。
「……」
「……」
「まぁ!大物ですね!」
ビチビチ、と地面に跳ねる大魚。
黄金の鱗に、赤く光る大きな目。イヴェッタが両腕を広げたくらい大きく、鯛のように身の部分が多いのでとても食べ応えがあるはずだ。
「え……なにこれ、川の主かなにか?」
「ね、姉さん……まずいんじゃない……?これ、まずいんじゃない?」
「あっ!見てください!この鱗もしかして本物の金じゃないですか?ということは、魔物とかなんですかね?毒とかないかしら……念のために浄化しておきますね!」
「「は?」」
イヴェッタは大魚の首にザックリと短刀を入れて、そのまま頭を落とした。当然血も出る。毒の可能性もあるので、と、杖でごりごりと地面に魚を覆うように円を描き、両手を合わせる。
「慈悲深き水の神よ、穢れを浄化したまえ、っと。はい、これで大丈夫です」
生物の毒を無効化する簡単なお祈りだ。
テキパキとやってしまうと、ダーウェとゼルが「え」という顔をしてこちらを見ている。
そうか。冒険者の二人にとって、あまり神殿の御祈りは馴染みがないのかもしれない。貴族は魔力を持っているのが当たり前で、魔法や魔術、神々の加護を得ることはイヴェッタには日常的なことだった。しかし魔力のない平民からすれば、確か、神殿に行き、お布施を払って奇跡や祈りを施して貰うものなのだ。
もしかして、料理以外にも自分が二人の役に立てることがあるのではないだろうか。
当たり前すぎて思いつかなかったが、イヴェッタは嬉しくなった。
「それじゃあちょっと待っててくださいね、すぐにこのお魚を料理してしまいますから!」





