表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/104

21、刻印式④


 ロッシェさんの元で刻印式や最初の試練の説明を受けて、私はギュスタヴィア様に相談したいことがあると塔を訪れた。


 しかし、ギュスタヴィア様は不在。なんでも、国王陛下より何か指示を受けて、暫く留守にされるという。門番の騎士が私宛への手紙を渡してくれてその事を知った私は、なんだか妙なショックを受けた。


 手紙は態々ルイーダ国の文字が綴られてる。美しい筆記体は上質紙の上を踊るようで、たとえこの文字が読めずとも美しい模様だと感心しただろう。内容は暫くの不在である事と、刻印式までには必ず帰るという旨。


「ご主人様? どしたんです?」

「……いえ」

「こちらから事前に訪問の約束や連絡を入れてなかったんですし、こういうこともありますって」


 ついて来てくれた侍女のイルヤ子爵令嬢は、やや気落ちした様子の私を気遣ってくれる。


「えぇ、そうですね。約束も……別に、していなかったのですものね」


 相手は王族。それも王弟殿下であらせられる。私は伯爵令嬢としての頃を思い返した。同格の貴族同士ですら、突然訪ねて行くような事は無礼だった。お会いしたければそれなりの手順を踏むべき、というのは……今更だが当然のこと。


 けれど私は、ギュスタヴィア様はいつだって、私が訪ねれば微笑みながら歓迎してくださると、そのように思い込んでいたらしい。


 思い違いというか、思い上がりも甚だしい。


 刻印式は二週間後に開かれる。

 アーゲルド夫人はその期間の全てを使い、エルザードの礼儀作法を叩きこむと冷静な顔で宣言した。


 お手柔らかに、とやや怯えた私に「幸い貴方は元が貴族の出。農夫の娘を鍛えるよりいくらかマシでしょう」と言ったのは、彼女なりの励ましだった、のだと思いたい。


 式の為の礼服の採寸、当日の注意点、起こりうるアクシデントや、妨害についての対策をアーゲルド夫人とロッシェさんは事細かに気を配ってくれた。


 少なくとも、夫人やロッシェさん、それにイルヤ子爵令嬢は私に好意的だった。立場の違う三人がそれぞれの視点から私を支えようとしてくれていることが、私には新鮮で、そして嬉しかった。


 卵に込める魔法についてだけは、私の考えを聞いた時『……マジで?』と、批判とも驚きとも取れる反応を返したが、最終的に『それっきゃねぇか』と納得してくれた。


そうして、あっという間に二週間が過ぎた。





「すっごくお綺麗です!さすがお金がかかってるだけありますね!!やっぱりお金……お金は全てを解決する……!」


 迎えた刻印式当日。私に儀式の為の衣裳を着つけてくれたイルヤ子爵令嬢は、完成した姿を絶賛してくれた。どちらかと言えば「金に物を言わせれば誰だってここまで綺麗になれる。お金スゴイ」という感じだが、まぁ、それはいいとして。


 纏う衣裳は純白一色。目を凝らせば、白の糸で植物を模した繊細な刺繍が施されているのがわかるが、遠目からはただ白い衣裳としか映らない。


 顔以外肌の露出は一切なく、長いスカートは足元をすっぽりと覆い隠し、手には二の腕から装着する長いものが使われる。シンプルなデザインだが、下着を抜かしても重ねられた布の数は五枚。分厚さはなく一枚一枚が薄手のもので、通気性もよく暑さは感じなかった。

 

「通常であれば、刻印式はその娘の生家から馬車で宮殿まで向かいます。その間、婚約者候補となる娘は一言も口をきいてはなりません。当然ですが、日の光を浴びても……というのは、貴方の場合、飲食をしてはならない、ということになりますね」


 遮光のための魔法が施されたヴェールを被り、光の届かないよう施された馬車の中で一人過ごしながら、王族の一員となるべく決意を固めるもの、と、アーゲルド夫人は最後の指導を行う。事前に聞いている事だが、再確認の意味もあった。


 エルザードに生家のない私は、アーゲルド夫人が自身の屋敷を提供してくれて、夫人の屋敷から王宮へ向かう。


「馬車は街中を周りゆっくりと宮殿へ向かいます。中の様子は見えずとも、国民たちは新しい王族になる者の馬車をひと目見ようと待っているのです。街中がお祭り騒ぎで、予定より到着が遅れることは珍しくありませんが、あまり心配されませんように」


 もうこの時点から口を開いては駄目、ということなので私は無言で頷く。ヴェールを被せてくれたアーゲルド夫人は、厳しい表情ばかり浮かべる彼女にしては珍しく、眉を寄せて目を伏せた。


「王弟殿下は未だお戻りになられていない。おそらく、境界線の防衛を、国王陛下より任され赴いたのでしょう。直ぐに戻れるとわたくしも考えていましたが、式には間に合わない可能性があります」


 婚約者であるギュスタヴィア様が不在だと不味いのではないかと思うが、事前に聞いた話によると、全ての試練が終わるまで婚約者になる王族は婚約者候補と会わないものらしい。しかしギュスタヴィア様なら、そういう「決まりではないが、そういうものだ」という慣習を無視してしまうので、遠ざけられたのだ。


 ギュスタヴィア様が出てくると、力で解決はするがそれはよろしくない、とその判断。だからロッシェさんが私に協力的なのだろう。ギュスタヴィア様を遠ざける代わりに、宮廷魔術師であり国王陛下の側近であるあの方が私をサポートしてくださる、と、それは暗黙の契約なのかもしれない。


 しかしアーゲルド夫人はロッシェさんの有能さより、ギュスタヴィア様の暴力の万能さが、私の身の上には必要なのだと、そのように思われている部分があったよう。


 婚約者候補には当然護衛が付くが、中身は「人間種」の私。そして「王弟の婚約者になる女」である。差別偏見、そしてギュスタヴィア様への憎悪を受ける塊を、ロッシェさんがどこまで守り切れるのかと、その不安が私にもないわけではないが。


「……イヴェッタ様」


 私はぎゅっと、アーゲルド夫人の手を握った。


 もしここで言葉が話せたのなら、私はこういっただろう。


『アーゲルド夫人の教えを受けた淑女が、他人の悪意に怯むことなどありません』


 そう言えたら、夫人はその不安げな顔に微笑みを浮かべてくださるだろうか。そんな事を考えながら、私は馬車へ乗り込む。


「護衛は、あたしもいるから。そんなに心配しないで」


 聞き覚えのある声に顔を上げると、私に手を差し伸べて馬車へ上がるのを助けてくれたのは女性騎士。


(シフさん)


「ケテル伯、シーフェニャと申します」


 私に最初に話しかけた声は小さく、内緒話のようだった。そして私が顔を向けると、背筋を伸ばしてエルフの騎士の礼を取る。


 ケテル伯は騎士の称号も持つ家。私の護衛に、これほど心強い方はいない。


 馬車に乗り込んだ私に、イルヤ子爵令嬢が駆け寄ってきた。


「ご主人様ッ、いいですか!? 絶対、絶対に、無事に帰って来てくださいね!! この前実家に帰ったら、あンのクソ親父……娘が良い所に就職できたからって……借金ッ、またッ、増やし……ッ!!」

「イルヤ子爵令嬢、今はそのようなことを話す場ではありませんよ」

「以前仰ってた分身体込みで発生すべき賃金の話ッ! お帰りになったらもう一度お願いしますッ!!」


 私の無事と儀式の成功を、ここまで必死に願ってくれる者もいないだろう。内容はアレだが。


 アーゲルド夫人にずるずると引き摺られながら離れて行くイルヤ子爵令嬢に手を振り、馬車の扉は閉じられた。


 馬車の中。


 今度は窓のガラスに映る自分の顔を眺めることもない。


 暗い闇の中で、私はゆっくりと息を吐いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
★書籍版公式ページはこちら!! 書籍、電子書籍と共に11月10日発売! コミックシーモアにてコミカライズ11月25日配信スタート!!

出ていけ、と言われたので出ていきます3
― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱりお金……お金は全てを解決する……! [一言] 膨大なお金と膨大な魔力があれば
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ