19、刻印式②
「あの娘に刻印式を受けさせる条件として、子供を作れ。ギュスタヴィア」
自身の寝室に戻ったギュスタヴィアを迎えたのは、国王レナージュだった。部屋に入るなり、挨拶もなく放たれた言葉にギュスタヴィアは軽く目を細めるだけの反応を返す。
「無論、あの娘との子供ではない。身分はどうでもいいが、必ずエルフの女だ。こっちでそれなりの家門の娘を用意してもいい」
「……」
「最低でも三人は作れ。多ければ多い程いいが、お前の魔力に耐えられる母体がそういるとも思えん」
レナージュはソファにゆっくりと身を沈めつつ、晩餐会での弟の態度を思い返した。
改心だなんだのは本気で信じたわけではない。だが、切り花のあの娘の影響で、多少なりともマシになったんじゃないかという淡い期待を抱きはした。それが、ものの見事に打ち砕かれた。
この化け物は、自分以外の存在を虫けら以下程度にしか考えられない。傍若無人の暴君。今はあの切り花の娘がいて、基準があの娘の善性に委ねられはしているものの、人間種などすぐに死ぬ。
その時にお前も死ねと、そうレナージュはギュスタヴィアに誓わせるつもりだった。そして、あの娘を盾にいう事を聞かせられる今のうちに、弟の巨大な力を半分でも継ぐ存在を生み出させようと、それがレナージュの判断だった。
「あの娘も元は人間種の国の貴族の生まれだろ。なら王族が複数の女を妻とするのだって理解があるはずだ。そもそも根から切り離された切り花じゃ、子は孕めない。自分が女としての務めを果たせないという負い目を抱かせずに済むぞ」
「兄上は昔から、封鎖的な考えを持っていますね」
はじめてギュスタヴィアが口を開いた。やはりあの切り花の娘の事なら、この弟は感情を露わにする。
国に戻ってすぐ、ギュスタヴィアはレナージュに自身が所有していた魔洸の源泉の半分を譲渡した。この国の魔洸の四割がギュスタヴィア所有の源泉から供給されている。所有するうちの三割はギュスタヴィアが封印されている間に魔族たちによって奪われた。三百年程度の不在はギュスタヴィアからすれば「たいした期間ではない」と思っていたがそうでもないらしい。仕方ないので、イヴェッタが眠りについている間、早々とそれを取り戻してきた。
刻印式や試練のための費用や、今後イヴェッタに使われるだろう費用の全てを百回支払っても有り余る収入がレナージュには出来た。
あの切り花の娘のために手放した。そこまでやるギュスタヴィアを見て、欲を出したのは家臣たち。潤う財政だけで満足できなかったのか、ギュスタヴィアの力まで手に入れようと、そういう心。
「言う通りにしろ、ギュスタヴィア。お前はただ力と恐怖で他人を思い通りにさせるが、刻印式は、お前の暴力だけで開けるものじゃない」
「愛され慕われる、我らが敬愛すべき兄上の声かけにより、ですね。えぇ、わかっています。兄上は素晴らしい美徳の数々をお持ちでいらっしゃる」
嫌味もこれほど自然な声と顔で言われると、本気で褒めているのではないかという気になる。そんなことは万に一つもないのだが、レナージュは咳ばらいをした。
「美徳だと、そう思うのなら。――お前も、少しはそう言う風に振る舞ってみたらどうだ?」
「振る舞っていますよ。イヴェッタの前では」
「お前の関心の全てがあの切り花に向けられていると、なぜ周囲にあそこまで印象付けた?」
「それが最も安全で効率的だから、とわかりきっていると思いますが」
「あの娘はお前がつま先から頭の上まで全てすっぽりくるんで守ってやらずとも、上手くやるタイプだと思うぞ」
アーゲルド夫人を侍女頭につけたのは、あの夫人の能力を見込んでというだけではない。レナージュはイヴェッタという娘の力量、才覚を計りたかった。
見かけは美しい若い娘。だがそれだけだ。貴族としての後ろ盾も、特別な能力もないただの厄介者。唯一の利点はギュスタヴィアの寵愛を受けている、ということ。それだけで、価値があるのはギュスタヴィアだ。あの娘自体には何の価値もない。
そういう、ただの“女”を、レナージュが弟に脅されたと言う事で全力で守ってやらねばならない。
利点はあるし理屈の上でも、それで構わないが、心がもう一つ、何かしらの「納得」をしたかった。
結果、イヴェッタ嬢はアーゲルド夫人の忠誠心を得た。
「だとしたらなんです?」
「……お前の妃になるっていうなら、それなりの才覚を周囲に知らしめないと、今後困るのは彼女の方だろう?」
あれこれと甘やかしたいのはギュスタヴィアの都合ではないか。それで彼女の立場を不安定にさせるのは愛情だろうか。執着心、という方が正しいが、執着するような要素がどこにあるのかレナージュにはまだわからない。
ギュスタヴィアは冷笑した。
「どう振る舞った所で、彼女に降り注ぐ矢は尽きませんよ。それなら、私の威光で減らすくらいなんです」
「……なら、子供の件。それも、あの娘への矢を減らす手になる。承諾するな?」
揚げ足を取るつもりはないが、今の言い分であれば、頷くべきだろう。ギュスタヴィアは黄金の瞳を細めた。感情を表に出さない事が「不気味」だと、自分が言ってから、わかりやすくこのような仕草をするようになったが、それがどういう意味になるのかまではわからない。
「兄上のお好きなように」
と、それだけ言って、美しい貌のエルフは肩を竦めた。
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