18、刻印式①
どうも、私は美味しいお料理の数々を前にして退室する運命にあるようだ。
ギュスタヴィア様に伴われ、というより、抱き上げられて戻ってきた私室。そこの扉が閉まるやいなや、ギュスタヴィア様はそのしなやかな指を二本ほど私の口内、喉の奥に向けて突っ込んだ。
「ぐっ、う、ごっ」
舌の付け根をトントンと叩かれ、体は俯きに。数度えづいてから、私は嘔吐した。幸い吐しゃ物は用意の良いリル・イルヤ子爵令嬢が構えてくれた桶が受け止める。
「うぐっ、げほっ、ごっ……」
「イヴェッタ、辛いでしょうが。全て吐き出すのが一番です。まだ残っていますね。吐きましょう。手伝いますから安心してください」
顔を上げられないように頭を押さえつけてくるギュスタヴィア様の声ばかりは大変お優しい。
生理的に浮かんでくる涙で視界が滲むが、見えていても自分の吐き出したものが見えるだけなので、閉じていた方がマシだった。
*
「あの場にいる兄以外を皆殺しにしてもよかったのですが、しませんでした。これは、私を褒めるべきではありませんか?」
胃の中のものを全て吐き出して、口を濯ぎ、水分補給を終えた私に、ギュスタヴィア様は得意げなお顔でおっしゃった。
「……」
「褒めないのですか?なぜ?」
「……」
「てっきり、貴方はそれを望んでいると解釈したのですが……もしや、あの料理人以外は殺せ、という意図だったのか?」
私が何の反応も返さないので、ぶつぶつと後半は独り言となる。
「ギュスタヴィア様」
「はい」
ソファに腰かける私の隣に座り、手を握ってくるギュスタヴィア様。その黄金の瞳は、私を嘔吐させて散々苦しめた事に関してはみじんも悪いと思っていらっしゃらないし、苦しんだ私への労わりは一切無い。
自分がしたことを褒めて貰えるだろうと、そういう欲求のみに輝く瞳は大変美しい。
自分の痛みにも他人の痛みにも鈍感なのか、それとも、配慮がないのか。しかし、配慮がない方がご自分の命をかけて私に魔力を与えて下さるかと、私はこの方がわからない。
「やはり今すぐ、あの場の全員の首を切って部屋に飾りましょうか?」
「それはお止めくださいませ。――助けてくださって、ありがとうございます」
「はい」
……私がお礼を言うと嬉しそうな顔をされる。
「お腹が空いているのではありませんか?胃が落ち着いたら、何か料理を持ってこさせましょう」
「そうですね……そうして頂けると助かります。ですがギュスタヴィア様、なぜ晩餐会へ?」
来ないでくださいとお願いしたはずだが。
結果的に、来て頂いて助かったというのはある。しかし、あれくらいの些細な嫌がらせ程度、どうということはなかった。耐えられない程度でないものを、わざわざ大げさにしたような気もする。
「貴方が心配だったのですよ、イヴェッタ」
……柔らかく微笑むが、この顔は嘘だ。
何か理由と目的があってのことだが、私に言う気はないと、そういうお顔でいらっしゃる。
「……」
私はイルヤ子爵令嬢が入れてくれたお茶を飲んだ。
あれ?
「イルヤ子爵令嬢……私のドレスを仕舞いに行きましたよね? あら? でも、その前にも……入浴の用意をしてくれるって」
今も側にいて控えてくれているイルヤ子爵令嬢に私は顔を向ける。視線に気づき、侍女はギュスタヴィア様の顔色を窺った。
「あぁ、あの娘の家門の者は皆、少し変わった魔法を使えるのですよ」
エルフの貴族の家には代々伝わる特殊な魔法が必ずあると言う。例えば、通常は複雑で扱う事が難しい類の物であっても、家に伝わる魔法であれば赤ん坊でも容易く使える。
ギュスタヴィア様がイルヤ子爵令嬢にちらりと視線を送ると、彼女はびくりと怯えたような顔をしたが、すぐに丁寧に一礼して、二人になった。
「え!?」
「「これが我が家門の魔法でございます」」
ギュスタヴィア様の前だからか、礼儀正しい口調で私にも接してくる。
イルヤ子爵家は分身の魔法を使える。リル自身は最大で六人まで分身体を作り出せるらしい。かなり強力な戦力になりそうなものだが、魔力量は半分になり、分身体は魔力を作り出す事が出来ないので、減った分は本体に戻って回復させなければ減る一方。
さらに分身体の疲労も本体に蓄積され、怪我も引き継ぐ。もし分身体が回収できない事があれば、その分の魂が減るのだという。
「たいしたことに使えませんが……」
雑用をこなすには最適だと、若干自嘲じみた笑顔で話すイルヤ子爵令嬢。
成程、確かに他の侍女たちが職務放棄しているこの職場では……彼女のこの能力は大変助かる。
が……。
「それは、一人で複数人分の仕事をしているということじゃないですか……! その分のお給料、出ないんですか!?」
実質三人、いや、四人分の仕事を彼女一人でやっていくことになるかもしれないのか。いや、たとえ人数が今後補充されたとしても、彼女のこの魔法の存在があれば、彼女は数人分働くのが「当たり前」になってしまう可能性もある。
「侍女の御給金は十分に支払われるでしょう」
と、私の驚きに言葉を返したのはアーゲルド夫人。余計な事を考えるなと釘を刺してくる視線。
「ですが、それは一人分なのですよね?……それとも、イルヤ子爵令嬢のその能力を考慮して……彼女の働きに見合った金額が支払われる、ということですか?」
「侍女の給金は規定通りです」
「……」
私は現在、ギュスタヴィア様の婚約者候補としてこの場所にいる。私自身に収入源はなく、身一つでこの国に来たので、当然私からお手当を出せるわけでもない。
「使用人一人に、貴方が心を砕くことはありませんよ」
ギュスタヴィア様までそのようにおっしゃり、この話題はこれ以上続けられることはなかった。
*
「まぁ、なんていうか。うちの家門の魔法込みで声かけられたんで。別にいいんですよ」
エルフの王宮の大浴場。王族のみが使用することを許されたその場所で、湯船に浸かった私の髪を洗うイルヤ子爵令嬢は、先ほどの話を口にした。
大きな湯舟には薔薇の花びらが浮かべられ、魔法式で常に新しい湯が浴槽に注がれ続ける。
「そうなんですか?」
「そうなんですよ。うちみたいな低い家門で、それも借金持ちに、当主の父親はろくでなし。そんな家門の娘が、王族の婚約者候補サマの侍女に、だなんて。まぁ、人間種の侍女になりたがる令嬢なんていなかったっていうのもあるんだろうけど……最初に言ったじゃないですか。あたしは雑用のための侍女なんですよ」
本来なら声をかけられることなどなかったが、今回は色々運が良かったのだとイルヤ子爵令嬢は言う。その顔に無理をしている様子はない。
「でも、数人分働いて、あなたは他の方より倍以上疲れるのでしょう?」
「もしかして世間知らず?」
「はい?」
「知らないのかなって。あのさ、お金って……いっぱい疲れる事をしてる者が多く貰える、ってことは、まずないんですよ。真冬に冷たい水で洗い物をするより、暖炉の前に座って……あぁ、もう、いいか。そんなこと」
私に説明してくれようとしたが、途中でイルヤ子爵令嬢は面倒くさそうに頭を掻いた。
「あのさ。ご主人様、あたしなんかの事を気にしてる場合じゃないでしょ。っていうか、それ性格なのかわからないけどさ。自分のことだって大変なんだから、一々他人の事気にしてどうすんのよ」
「ですが、」
「あたしのことはあたしが考えて、自分で納得してく。優しいっていうか、お節介っていうか、それ、正義感っていうの? なんでもかんでも、あんたが介入する必要なんてないのよ」
「……」
それは、確かにそうなのだ。
イルヤ子爵令嬢は、自分で私の侍女に採用されるために用意をして、自分の言葉で私を説得してみせた。
「出しゃばりでしたね」
「別にいいんだけど。それより、ご主人様は自分の事を一番に考えなきゃ。晩餐会の料理だって、酷かったんでしょう?」
「あれは警告の意味もあったと思いますよ」
「警告?」
「他の方々の料理……食材はそのまま。わたくしのお皿の料理だけ腐って……時間が経過するのが早かった」
つまり、エルフの時間とは違い、人間種はすぐに老いて行くという揶揄。
身の程を弁えろという意図だった。
「一々面倒くさいことしますよね、高位貴族って。まだ試練どころか、刻印式だって始まってないっていうのに」
「刻印式?」
「あ、そっか。ご主人様、御存知ないんですね。王族の婚約者を決定するために、三つの試練があるんですけど……民・貴族・王族、のそれぞれに認められるためのやつですね」
「それは伺いました」
「具体的な説明は誰かがしてくれると思いますけど……その試練を受ける為に、三つの印を体に刻む必要があるんです」
王族とは特別な存在だ。生まれ持って、その血から他のエルフたちとは異なる。その王族の一員となるに相応しい肉体に変化させるための魔術儀式でもあると、そのような説明。
「三つの刻印の一つずつを、それぞれの試練で強化というか……ただ刻んだだけではただの印なので、それがちゃんと発動するようにする、っていうのも試練を受ける目的の一つだそうで」
「そうなんですか……」
ギュスタヴィア様は茶番だとおっしゃっていたが、先ほどの晩餐会の様子を見るに、そう簡単に終わってくれるようなものではなさそうだ。
新年あけましておめでとうございます!(/・ω・)/
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