17、婚約者候補という方は
若き職人ハンスは平凡な平民の生まれ。
手先が器用で、多くのエルザードの平民がそうであるように職人への道を歩んできた。エルザードでは料理を作る者は鍛冶職人や宝石加工職人と同じように、専門技術を持った職。金属や宝石を加工するように、食物を加工する「職人」という扱いである。
王宮ではいかに美しく、そして多くの食材を組み合わせて複雑な味を作り出す事が出来るかが「腕」の見せどころで、ハンスもこれまでそのように努めてきた。
しかし数日前、王宮の調理場に妙な指示が出された。
『人間種の食べる料理を作れるように』
とのこと。
どうも、最愛王、ルイ・レナージュ国王陛下御自らのお達しらしいことは、上級調理師たちの噂話で何となしに耳に入った。
人間種。
そこでハンスは、人間種という生き物はエルフや長寿種と異なり、肉や植物を定期的に摂取しなければならない体をしているのだと知った。不便なものだ、とその時は思った。料理というものは嗜好品だ。金や手間がかかるもの。人間種にだって貧富の差はあるだろに、誰でも同じように摂取しなければならないというものは、長寿種と違い、人間種という生き物は生き物として随分と劣っているのだなぁ、と、そのように判じた。
*
今夜は楽しい晩餐会。貴族や王族が参加する、豪華な食事会。
そこで出される料理の数々は、宮廷調理師たちが腕を振るって作り出された最高品質にして最高級の品の数々だった。
しかし、一人分だけ。
悪意の満ちた皿が作られていく。態々他と同様にこしらえて、成長の魔法を付与する。本来は味を熟成させるものを過剰にかければ、運んでいく最中に傷み、腐って行く、そういう悪意。
示し合わせの事なのか。それとも誰か、調理場の自尊心の高い職人が「人間種なんぞに」と、そう思って行っている事なのか。それはハンスにはわからない。
けれどハンスは、少し前の自分であれば「上の連中が何かやっているな」程度で、特に何も感じなかっただろう、だが。
(嫌だな)
と、そのように思った。
その昼に、ハンスは人間種の女性と出会った。
エルフでは考えられない短い髪に、菫色の強い光を携えた瞳。口元はこの世の中を面白がっているように少し吊り上がっていて、調理場に彼女がやってきた時に、誰もが彼女の存在を意識してしまった。
人間種だからというだけではない。何か奇妙な、生命力とでもいうのだろうか。エルフではありえない、溢れんばかりの活気さが全身から満ち溢れていた。
その女性。
流暢にエルザードの言葉を操り、ハンスの料理を口にした。
そして「美味しい」とそのように、褒めてくれたその顔。
あぁ、そうか、と、その時に、ハンスは理解した。
人間種にとって食べるということは「生きる」という事なのだ。
その時、ハンスは想像してしまった。
彼女が自分の料理を食べ続けてくれたのなら、どうなるのだろうか。
今はやや血色の悪かった頬が、バラ色に?
肩口までの髪は伸び、その艶は増すのか?
鎖骨の浮き出た体に肉が付いてくのか?
そんなこと。そんな、料理が口に入り、ただ嗜好品として消費されるだけではない、何かを、ハンスは想像し、そして、焦がれた。
そんな人に、この王宮の職人たちは腐った料理を出して蔑んでいる。
ハンスは自分の肉料理が出される時、守りの魔法をそっとかけた。
平民のハンスだが、それでもエルフとは守りの種であるので、小さな肉片にちょっとした魔法をかけるくらい、わけのないこと。そんなことがされているとは思わずに、料理は出された。
そして、暫くして、会場で給仕をしていた筈のエルフが血相を変えてやってきた。
「あ、あの……あの、化け物がッ! おい、誰だ! あの女の皿に細工をした馬鹿は!!」
要約すると、晩餐会に王弟ギュスタヴィア殿下が現れた。
それであって急遽一人分、それも王族の、好みの良く分からない方にお出しする料理が増えたと、大事であるのに、王弟殿下は自分の「婚約者候補」の料理を食べようとされているという。
騒然となる厨房。誰も彼もが細工に気付いていて黙っていた。
件の人間種が、自分がされたことを告げ口すれば、あるいは一口でも、自分の皿の料理をギュスタヴィアに食べさせれば、厨房の全ての者が咎めを受ける。
(そりゃ、当然だろ。それだけのことを、してるんだぜ)
ハンスは呆れた。
そもそもなぜそんな馬鹿なことをしたのか。エルザードにやってきた人間種の娘。嫌がらせを受けて黙っていると、なぜ思ったのか。晩餐会が終わった後にでも、ギュスタヴィア殿下に告げ口するだろうと、なぜ思わなかったのか。それとも、上の……お貴族様が、今回の指示をしていたのか。それはハンスにはわからないが、しかし、「まぁ、皆殺されるんだろうな」と、自分の事も含めて、仕方ないと思っていた。
だが、続いて駆け込んでくる給仕が言うには、そうはならなかった。
「おいっ、誰だ……? あの劣等種の皿の……肉料理を作ったやつは!!」
大勢の貴族たちの好みはそれぞれ違うもの。それであるので、王族、公爵、伯爵それぞれの皿を担当する料理人がおり、ハンスは人間種の女性の肉料理の皿のみの担当だった。
「え? はい? 俺、ですけど」
「王弟殿下がお前の作った料理をご所望だ。持って行け!」
「は?」
「時間をかけるな!」
「いえ、そりゃ、すぐに出せますけど……」
出した肉料理は大きな肉の塊を小さく切り分けたものだから、まだ残りの肉がある。それを再度温めてソースをかけて出せばいいだけだ。そう時間はかからない。
作業をしながらハンスは首を傾げる。
周囲も疑問だったようで、こそこそとした話し声が聞こえてきた。
「なんで肉料理なんだ?」
「どうせ何を出しても難癖を付けてくるだろ?」
「先に出した料理はどうなったんだ?」
「いや、それが、ゴミを下げろって……まぁ、何か、わかってらっしゃったんだろうが……」
「わかってて下げさせたのか?」
既に出された料理は悪戯がされている。しかしこれからハンスが出すものは、誰も何も手を加えない「普通」の料理になるだろう。それを食べるということは、一連の、婚約者候補に対しての無礼が、あやふやにされるのではないか?
「それとも……王弟殿下も、誰か一人の首で許そうと、そう示されているのか?」
「なるほどな、そういうことか」
嫌がらせの事実は事実。しかし関係者全員処刑、という結果より誰か一人、「こいつがやりました」と単独犯を差し出せと、そう望まれているのかと、周囲の判断。それがたまたま肉料理だった、ということか。
納得し、同僚たちが「運が悪かったなぁ」「まぁ、いいだろ、あいつはそれほど重要な職人じゃない」だのなんだの、勝手に言うのを、ハンスは黙って聞いていた。
(まぁ、仕方ないか)
ハンスは「あのひとの皿に悪戯がされるのを黙ってみていた」のは自分もそうだと、それを受け入れた。
「……」
そうして、用意された一皿を持って、ハンスは晩餐会の会場までやってきた。
下級料理人であるハンスが王宮のこの場所までやってくることは生涯なかっただろう。給仕が持って行くことを嫌がり、誰もが「お前が自分で行けよ」とハンスを送り出した。
扉の前で立ち、ハンスは冷や汗をかいた。扉の向こうから、感じる気配。王族、大貴族たちの魔力が高いのはもちろんだが、それだって戦闘態勢や殺気を出しているわけではないのだから、扉越しにわかるほどではない。
しかし、鉄の扉の前であって、肌を突き刺すような魔力を感じた。
容赦なく扉が開かれ、進み出てハンスは今にも体が石になり、そのまま砕けてしまうのではないかと、そう思った。
部屋の中にいる上級貴族たち。何故か、床に這い蹲っているが、そんなことを気にしている余裕はない。
ただ一人、この場の支配者であるエルフが誰か、ハンスには直ぐにわかった。
「……ぅ」
粗末な椅子に腰かけ、悠然としている銀の髪に、黄金の瞳の青年。
みかけはハンスと同じくらいの若々しさだが、実際の年齢はハンスの倍以上も生きているのだろう。
ハンスはそのエルフを直視できず、視線を皿の上に落とす。
膝の上にはあの女性がいた。困ったような顔をしていたが、なぜあんな恐ろしい方の傍にいて平然としていられるのか。
強すぎる魔力はハンスの全身を震え上がらせ、身の内から滲み出る恐怖は汗となって流れ出し体を凍えさせた。
今すぐ、床の貴族たちと同じように這い蹲り命乞いをしなければならないと、そう本能的に察するが、そんなことをすれば皿を投げだすことになる。ハンスは料理職人としての自尊心をかき集め、なんとかその本能に逆らった。
「こっ、こちらが……っ」
言葉が上手く発せられない。息を吸おうとすると、肺の中が毒に侵されたかのように重く苦しくなった。息を吐けば喉が焼けるよう。ガダガダと脚が震え、がっくりと、膝をついた。それでも皿を持つ腕は下げず奉げるような形になった。
「すいません、お手数をおかけしましたね」
「……ぁ」
しかし前に進めない。このまま皿を掲げ続けた不格好なままで息絶えるのかと、ハンスが料理を届けられずに終わることを悔やんでいると、目の前に誰かが立った。
あの女性だ。
王弟殿下の膝からひょいっと降りてここまで来たらしい、人間種の女性は皿を受け取り、そのまままた席へ戻る。
どうするのかと、ハンスが茫然と眺めていると、女性は立ったままフォークで料理を一口分すくうと、恐ろしい王弟殿下の口元に運んだ。
なんて無礼な……!
殺されてしまうぞ!
ハンスは喉から悲鳴を上げたが、恐ろし過ぎてそれは音にならなかった。
「どうです? ギュスタヴィア様」
「……こういう味が、好みですか?」
しかし、ハンスが想像したように女性の首がゴロン、と床に転がり落ちることはなかった。
ありえないことに、信じられないことに、口をあけて、女性にされるがまま料理を口にした王弟殿下はもぐもぐ、と咀嚼する。
「はい、美味しいですよ」
「これが貴方にとって美味しいもの、ですか。わかりました。覚えました」
「いえ、そうではなく……ギュスタヴィア様も美味しいと思って頂きたいのですが……」
「食事などあまりした事がありませんので、わかりません」
「もう……」
呆れるように、女性が溜息をついた。
「それじゃあこのお肉が何のお肉かわかりませんよね?」
「えぇ。全く。不甲斐無い事です」
言いながら、王弟殿下は楽し気だった。自分の無知を晒すなど、王族として……致命的ではないのか。ハンスは貴族や王族について詳しくないが、そういうことは、自尊心が高すぎる方々は絶対にしないだろうと、そういう思い込みがあった。
「ので、不問にしましょう。えぇ、許しましょう。それが望みでしょう? 愛しいひとよ」
席から王弟殿下が立ち上がった。
婚約者候補の女性をひょいっと抱き上げて、周囲に知らしめるように言葉を発する。
「しかし、この場はこの限りとしましょう。貴方の体調は、まだ完璧ではないのですから。このような神経を使う場は、これ以上は毒ですよ」
意訳すると、料理にされた悪戯に関して、王弟殿下は追及はしないと、それを人間種の女性が望んだのでその通りにされた。
それを、全員よくよくおぼえておけ、と、そう言っていらっしゃるのだ。
(神経を使う場にしたのは……王弟殿下も、一因だと思うけどなぁ……)
皿が無いので全力で平伏しながら、ハンスはそんな事を考えた。
そうして去って行く足音に、ほっと周囲が体の力を抜けるのはまだ少し先。
そしてハンスが、王弟殿下直々に専属料理職人に指名されるのは、厨房に戻ってすぐのことだった。
前回の感想への反応ありがとうございます。
レイド戦お疲れさまでした。
FGO最高ですね、いいですね。初日からの在庫不足で参加出来てませんでしたが最終戦最高でしたね、即死はクソ。





