16、どちらでも構わない
後に知った話なのだけれど、この晩餐会は会場が宮殿だからてっきり王様が主催者と思ったが、実際はそうではなかった。
使用されたのは宮殿だが、料理や当日の進行を担っていたのはキレフ公爵夫妻。王家に連なる血を持つ家門で。王弟ギュスタヴィアの婚約者候補を公式の場で発表する前に、どんな性質の者か、名のある貴族たちがきちんと見定めてやろうとそういう心だったとか、なんとか。
まぁ、それは今は良いとして。
「……ギュ、ギュスタヴィア様……」
突然現れた現婚約者の登場に、私はひくり、と顔を引き攣らせた。それにギュスタヴィア様は一寸拗ねるような表情を見せる。自分が登場したのだから満面の笑みで迎えてくれるものだろうと、そう思っていたらしいが……その反応はどうしても無理だ。
「こ、これは……お、王弟殿下ッ!」
「すぐさまお席を……!」
「おいっ、料理の数を一人分……」
この場において誰も歓迎できない存在の登場に、慌てふためくのは私だけではなかった。身なりの立派な貴族たちが、取り乱しこそしないものの、動揺している事は明らかだ。
「席の用意? 席ならあるではないか」
涼しい顔でギュスタヴィア様は仰る。
この場で用意されるべき席は、もちろん王様のお隣。あるいは序列二位になる座席。私はエルフの国の上座についてはよくわからないが。
「……」
が、先ほどブルノ公爵と呼ばれた男性が立ち上がり、恭しく一礼して、席を譲ろうとした。お前が退け、と言われたと判断したのだろう。
だがギュスタヴィア様は公爵が席を退くのを黙って眺めていたくせに、それらに興味はないと言わんばかりに私をひょいっと抱き上げて、私が座っていた椅子に座る。
そしてその膝の上に私を乗せた。
……肘掛が私の背にあたり痛めないようにご自身の片手を背に添えて。正面ではなくやや斜め横を向く体勢になった私は、ブルノ公爵とは逆隣にいるロッシェさんと目が合う。『もう嫌、何なんだこいつ』という目をしている。
「あ、あの……ギュスタヴィア様……」
「その席は……」
末席だ、と誰かが言いたいのが私にもわかった。
最も身分の低い者が座る席。そこに王弟が座する事を貴族の者たちが黙って見ているわけにはいかない。
しかし言い出すわけにはいかないのだ。そうすれば、ギュスタヴィア様が「膝の上に乗せて」いる存在、私をどのように扱っていたのか言い出した者は「わかっていてやっていました」と自白することになる。自殺志願者になりたい者などこの場にはいない。
「……っ、わ、私は……ここで、食事を続けます!」
「私も!!」
沈黙が暫く続いた。それは恐怖となって降り積もり、ついに耐えられなくなった私に近い席の貴族夫妻が、揃って席を降りた。
床に直接座り込み、ギュスタヴィア様に頭を下げる。
「私も!」
「私も……!」
次々に貴族たちが続いた。我さきにと、慌てながら、美しいドレスや礼服を床につける様子を、ギュスタヴィア様は口の端を僅かも緩めずに眺めていたが、私が見上げていることに気付くと微笑みを浮かべた。
「ハハ、どうです? 良い眺めですね」
「……」
残ったのは王様とロッシェさんのみ。王様に近い席にいた公爵位を持つ貴族たちも、結局は椅子から降りて頭を垂れた。朗らかに笑い、私が口を付けていたグラスに手を取り、ギュスタヴィア様がそれを傾ける。
「相変わらずだな……ギュスタヴィア」
「なんでしょう、兄上。遅れたことに関しては申し訳なく思います。何しろ、我が婚約者殿が出席するというのに、この私には招待状がなかったものですから」
その様子を、王様は苦々しいものを見るように顔を歪め、声を絞り出した。
「我がこの座にあるのは、家臣らが我を慕ってくれるからだ。ゆえに、食事の席を共にする。しかし貴様は、相変わらず、貴様は恐怖で持って他人の尊厳を蹂躙し、這いつくばらせることしかできぬ」
「あぁ、イヴェッタ。折角ですから、貴方の手ずから食べさせてください」
兄王のお叱りを、ギュスタヴィア様は全く意に介さなかった。聞こえて等いないように、私に微笑みかけて、料理の一口を強請ってくる。
「……」
しかし、私は望まれたからと言って、ハイ、アーン、が出来るわけがない。私のお皿の上の料理は、一口だってギュスタヴィア様の口に入れるわけにはいかない。
「わ、わたくしの食べかけですので……ギュスタヴィア様は、別の……新しいお料理を……」
「いえ、これがいいのです。食事を必要とする身ではありませんが、愛しい貴方と同じ料理を分け合いながら口にしたいのです」
私は這い蹲っている貴族たちをチラリ、と窺った。
明らかに怯えている者がいる。数人、私の席に近かった貴族は私の料理がどんなものか気付いていたようだったから、この反応もわかる。しかし遠い席なのに震えている者もいた。ブルノ公爵ではない。公爵はこの侮辱も感じないように、岩のように沈黙しているだけだった。
私に料理を運んできた給仕も、気の毒なくらい血の気の失せた顔をしている。
「……」
エルフたちが顔を上げずとも、私の返答に集中しているのは、さすがにわかった。この場で私がどう答えるかで、誰が死ぬかが決まる。
私がこの場で、自分に腐った料理が出されていたことを告げれば、間違いなくこの場で貴族たちの首が飛ぶ。そしてそれだけではなく、王宮の料理人たちの命もないだろう。なんなら、この場に呼ばれて私の目の前で次々に首をはねられかねない。
……なんで国民や貴族に「認め」られなきゃならない試練の前に、そんな事件を起こさないとならないのだ!
しかし、ギュスタヴィア様は気付いていて、こんなことをおっしゃっているのだ。私が食べさせるのを嫌がればそれを理由に料理の件を暴き、または、私が食べさせれば……それこそ、関わった者たちは「王弟殿下」にそんなものを食べさせたと……処罰される理由になる。
ロッシェさんも王様も助け舟を出してくれる様子はない。しない、のではなくできない。この場で発言する事ができるのはギュスタヴィア様と、彼が許した私だけだ。
「……お、お肉料理が……」
「なんです?」
「先ほど食べた、お肉料理……それが、今まで食べた中で、一番おいしかったのです。何のお肉だったのかしら。わたくし、料理は好きで、沢山知っている筈だったけれど……わからなかったわ。ギュスタヴィア様、その不思議を、どうかといてくださいませんか?」
「……」
何とか、咄嗟に私の脳裏に浮かんだのは、あの人の好さそうな料理人の青年。彼の料理だけは、まともだった。
私の言葉は、ギュスタヴィア様に「全部が全部、酷い料理だったわけではない」と知らせることができただろうか?
「……」
黄金の瞳がじぃっと、私を見つめ、そしてテーブルの上のお皿を見る。
「このゴミを下げろ。そして彼女が今言った料理を持ってこい」
そして誰に告げる風でもなく、呟けば壁の側で跪いていた給仕長が慌てて立ち上がり、証拠隠滅。ではなくて、私に出していた料理の皿を全て、ひったくるように持って行った。
「貴方は随分と、可愛らしい事ばかりしますね」
「……いえ、あのお肉料理がおいしかったのは本当なので……分け合う、というのなら、美味しいものの方が、良いじゃありませんか。その、既に……私たちは」
「なんです?」
「……辛い事を、分かち合っていますし」
こつん、と、私は自分の胸元に埋め込まれた鱗に触れる。ギュスタヴィア様が少し目を見開いた。そんな事を言われるとは思わなかった、という、珍しい反応。
「そうか、それは……そう、なるのか」
独り言のように、静かに呟く言葉に私がどんな顔をしていいのかわからずにいると、ギュスタヴィア様は急に機嫌が良くなったように、私の髪を指でくるくると巻きつけたり、ドレスや髪型を褒め始めた。
降るような美辞麗句を浴びせられ続け、少しして。
「こ……こちらが、先ほど……お出しした、お料理になります」
これから処刑される罪人のような顔で、ぽつん、と、お皿を持って、あの料理人の青年が現れた。
私の愛すべきソシャゲFGOで太公望が実装されました。
三人の諭吉が犠牲になりましたが致命傷で済みました。(あまりの結果に誰かに聞いてほしかった)





