7、優しいところを見せれば悪行も許されることがあるらしい
「あ~、悪ぃ。テナーさん。こいつは冒険者になりたいってんで見習いをさせてるんだけど、どうにも出しゃばりでねぇ」
悩むイヴェッタの口を、むんずっと、ダーウェが後ろから押さえた。
「約束の通り、支払ってくれてありがとうな!また仕事があったら呼んでくれよ!」
てきぱきと言い、ゼルが報酬を回収する。イヴェッタは突然のことに呆気に取られながら、もごもごと口を動かし、ずるずると引き摺られて役場を後にした。
そして三人はそのまま村を出た。新しい依頼をこの村では受けなかったが、本当なら一晩泊まって行くはずだったものを、そそくさと出ていく。
「あ、あの!!どうして……」
イヴェッタがやっと解放されたのは、村が見えなくなるころだ。ずっと、余計なことを言わないようにと口をふさがれ、引きずられた。馬はゼルが引いている。
「こういうことは、まぁ、そう、珍しいことじゃない。あたしら相手に依頼をしようってなら、多少、なんかしらの、向こうにとっても得があるんだよ」
「……知ってたんですか?」
「あたしは文字は読めないけど、こいつがね」
「ぼく、読み書きが少し出来ますから」
ぽん、とダーウェが弟の頭を叩く。
二人は元々別の国の小さな村で暮らしていたが、盗賊に村を襲われて両親が死んだ。姉のダーウェは斧を振り回したり、力仕事が得意で、半壊した村でも暫くやっていたけれど、弟がどうにも、ただの村人でひっそり終わるには賢かった。
『姉さん、ぼく、ドラゴンを見てみたい』
何度も読んで擦り切れた絵本一冊で文字を覚えた弟は、姉に言った。ダーウェは単純だったので、それでは冒険者になってあちこち回れば、いつかドラゴンを見ることもあるだろうと、そういう切っ掛け。
「あたしらは特別強いわけでも、魔法が使えたり、何か得意なことがあるわけでもないからね。冒険者っていうより、あちこちで小金を稼ぎながら旅するのに冒険者って肩書は便利だったのさ」
実際、旅は二人の気質に合っていた。ダーウェは女にしては大きく肌も浅黒くてそばかすもあったので、村で「ダーウェを嫁にするくらいならゴブリンの方がましだ」とよく揶揄われていた。自分も大人しく男の妻となって子供を産み育て一生を終えるのは似合わないだろうと思っていたので、ダーウェは斧を振り回して魔物の頭をカチ割っている今の生き方を気に入っていると言う。
「で、まぁ。あの村だって、そうそう悪い連中ってわけじゃないしね。ちょろまかされてるのは知ってるが、向こうもそういう負い目があるからか、村に泊まると酒とか飯を奢ってくれるし、ちょっと危ない依頼があるときにゼル預かってくれたりもするんだ」
もし万が一、ダーウェの身に何かあったらゼルを引き取って村で育ててくれると言ってくれたこともある。それが嘘だとしても、その気持ちが自分達のような孤児には嬉しかったのだと姉弟は言う。
「色々世話になってるわけだからさ、多少は、まぁ、いいかなって」
「でも、ぼくたちのためにありがとうございます。イヴェッタさん」
二人はイヴェッタに礼を言った。自分達が騙されていると気付いて、正そうとしてくれたことを純粋に感謝している。イヴェッタは顔を顰めた。彼らの考え方は彼らの心が決めているもので、他人のイヴェッタがとやかく言う筋合いはない。
「お二人がいいのなら、いいですけど」
少し心のモヤがかかったような思いがしたので、その日の就寝前、イヴェッタは毎晩の御祈りの際に宵闇の女神に自分の胸の内の相談をした。もちろん、ただ一方的に話しかけているだけなので答えがあるわけではないが、それで少しすっきりとして、ダーウェの隣に横になり、眠ることができた。
*
さて、これはイヴェッタたちが今後知ることのない話ではあるけれど、三人が立ち寄ったその問題の村の住人達。彼らは、その日を境に、一切眠ることができなくなってしまった。
どんなに動いても起きていても、眠く体は疲れてくるのに、目を閉じても眠れない。
頭を打ち付けて気絶しようとしても、意識を失うこともできない。
そしてどうも、物を食べることができなくなった。しかし飢えても死なない。ガリガリの体になっても、病にかかることもない。
それは村人例外なく全て。村を出た者であっても容赦なく、かつてその村にいた人間は全てそのような奇妙な体質になってしまった。
老いも若きも生まれた子どもも例外なく。
あまりに奇妙で、そして気が狂うほどの苦痛だった。村長が離れた街の神官に治療をしてもらうように頼みに行ったが、神官は村長たち村人を見ると顔色を変えて、彼らを神殿から追い払った。
突然のこと、あまりのことに村長たちが狼狽え必死に助けを請うと、神官は恐ろしい物を見るように彼らから顔を背け、ただ一言言った。
「全ての神々があなた方を拒絶している」
眠りの女神に疎まれ、病の神に見放され、冥界の王も受け入れる気がない。
村長たちは慄いた。自分達がどうして。何か大それたことをした覚えなどない。村の者たちはみな善良でまっとうに生きて来たと必死に神官に訴える。自分達のような人間がどうしてこのような目に合わねばならないのかと、骨と皮だけになり、くぼんだ骨の間からギロギロと眼球を動かす。
恐ろしい、呪われている、と震えながら言って、神官は扉を閉めた。