11、負けました
リル・イルヤは明るい女性だった。
女性、と言ってしまうには顔立ちはまだ幼い。人間でいうところの、15歳か16歳と言ったくらいに見える。桜色の髪は長く大きな三つ編みにされていて「たっぷり育てて売るんです」と、大変逞しいお心をお持ちでいらっしゃるようだ。
私がギュスタヴィア様に何か料理を作って差し上げたいと言うと、彼女はすぐに王宮の調理場に話を付けてくれて(本来侍女の役目ではないだろうが)厨房の片隅をお借りする事が出来た。
「あら、まぁ!」
さすがは王宮の調理場は広い。常に稼働しているのか白い服を着たエルフの料理人たちが慌ただしく働いているその場所には、食材も山のように置かれていた。
私は思わず目を見開き、興味津々と周囲を見渡す。
ギュスタヴィア様は食事をあまり必要としていない、と以前おっしゃっていたが、それは正解であり、また誤りだ。エルフは太陽の光でほぼ活動するエネルギーを作ることが出来るらしく、人間のように物を食べて栄養にする必要はない。しかし、消化器官や食べ物を吸収する機能が体に備わっていないわけではないらしく、その辺りは人間の私が手に入る書物ではあまり詳しくは書かれていなかった。
そして、エルフの文化として「複雑な料理」を食べる事は一種のステータスであるという。本来必要としていないものをあえて摂取する。つまりは嗜好品と言って良いのかもしれない。
それであるので、王宮で作られている料理の数々は、まず「豪華」「豪勢」「高級品」というのが大前提の筈! どんなお料理なのかしら、とあちこち見て回りたいところだが、私の興奮が伝わったのだろう、イルヤ子爵令嬢がコソッと私に耳打ちする。
「駄目ですよ。一応……ご主人様、人間種って差別の対象なんですから。大っぴらに嫌がらせはされないと思いますけど……料理人って自尊心が高いし、職人気質っていうか、面倒なんですよ。邪魔したら何を言われるか……」
確かに、あちこちから不躾な視線を感じはする。私が毒でも撒き散らすと警戒しているような、あからさまな視線もあった。
「あら、そうなの……残念ですね。などと自重するような大人しい私ではありませんよッ!」
「えぇえええ!?」
私は……激しく後悔していることがあった。
いくら、大人しく従順だったイヴェッタ・シェイク・スピア伯爵令嬢として振る舞っていたとはいえ……どうして、どうして、あの時、あの、卒業式の後の記念パーティーで、私は……料理を一口も食べずに会場を後にしてしまったのだろうか?
よくよく思い返してみれば、別に「帰りの馬車で食べますので」と、お持ち帰り用に包んで貰うという手だってあったはずだ。なぜしなかったのか……今も、後悔して止まない。
人生は短いのです。そして私のような者はいつ死ぬかもわからない……一日に出来る食事の回数、出会える料理を顧みるに……美味しいものや知らないものを前に、躊躇っていてはもったいないのではないだろうか。
『と、いうことで……その大きな……お肉の塊、どうして串に刺してつるし上げますの? 焼くのに使用しているのは……薪? ではありませんね。東の大陸でよく使われる炭? あら、わたくし、初めて見ました!』
『え!? なんだ!? なんだこの人間種……なんで寄ってくるんだ!? っていうか、言葉! わ、わかるのか!? 嘘だろ、訛りもない!?』
喜々と私が話しかけたのは、大きなお肉を焼いている、見かけは二十代くらいの青年に見えるエルフの料理人。
私はふわふわとした笑顔の柔かい女の子、イヴェッタ・シェイク・スピアの顔をして、頬に手を当て首を傾げる。
『少し、お料理をさせて頂きたくて、こちらにご案内頂きましたの。でも、初めて見るとても素敵で、美味しそうなお料理の数々に、思わず声をかけてしまいました。無作法をお許しくださいね』
『え……か、かわいい……』
にっこりと、お上品に微笑む異性に対して攻撃的になれないのは国家種族関係ない、ある程度知能ある生物の本能である。
『え、えっと……これは、ケブバって言って、香辛料とか、色々味付けした肉なんだけど……この表面を炙り焼きして、焼いた部分をそぎ落として食べるんだ』
『まぁ! 表面を、削ぐのですか? とても動きのある面白いお料理なんですのね!』
人が良いのか、若い調理人さんは説明をしてくれる。私が一言一句に大げさに驚き、感心して見せると、やや得意そうになりながら、ひょいっと、華麗に長いナイフのようなものを操った。
『なんだったら、少し食べてくかい?』
『よろしいんですか!? 是非、お願いします!』
『食べる前からそんなに喜ばれると、食べた後にがっかりされないか心配だな。これはそんなに高級な料理じゃないからね』
ケブバは庶民も屋台で食べる事が出来る程気軽な料理だと言う。
料理人さんは吊るされた肉の塊を炙り焼きし、慣れた手つきで表面のお肉を綺麗に削ぐと、くるくると手を動かして、白いパンに野菜と、その肉を挟んでくれた。
「あら! まぁ! なんて美味しい!」
『え? なんて?』
お皿の上に乗せるわけでもなく、カトラリーも使わないで食べるお料理。私はルゴの街で、ダーウェたちと歩いた市場を思い出した。
今頃心配しているだろうか。しているだろう。けれど、あの場にはノートル卿もいらっしゃった。あの方が上手く説明してくださるだろうし、それに……私は、今の自分が、はたしてダーウェの目にどう映るだろうかと、それを恐れていた。
ダーウェが好きになってくれたのは、ちょっと目が離せない、少し可哀想な女の子のイヴェッタだ。守ろうとしてくれたイヴェッタは、私じゃない。
『……とっても、とっても、美味しいです!』
暗く沈みそうになった思考を切り上げ、私は料理人さんに微笑みかける。ぱくり、と両手で持ったパンに被りつくなどと、あまりお上品ではないと思うが、こうして食べるものらしいので従うのがお作法だ。
『細かくお野菜が刻まれていますのも、パンやお肉の食感と違うものがあって、口の中で印象が変わりますのね! それに、お肉は味付けされていますけど、この中にかかっているソース? ドレッシング? 少し甘くて、だけどすっぱくて、焼いて香ばしいお肉と、柔らかいパンにとっても合います!』
私はあっという間に一つ食べきってしまった。自分にこんなに食欲があったとは驚きだ。食べる事は好きだけれど、あまり量は食べられなかったはずだが。
よくよく考えれば最後に食事をしたのはいつだったか?
鱗が首元にあって、魔力で生かされている現状とはいえ、基本的に人間の体は……食べないとまずいはず。
『お腹が空いていたんです、私! お肉は力になりますし、新しく血を作ってくれます。お野菜も体に必要な栄養がたくさんありますし……とても良いお料理をありがとうございます! 美味しかったです!』
『ありがとう……はは、そうか。美味しい、か……!』
『?』
私がお世辞抜きで称賛し、感謝を伝えると、料理人さんはなぜか一瞬、顔を顰めた。
何か失礼なことを言ってしまったのか、とイルヤ子爵令嬢を見ると、彼女もキョトン、と首を傾げている。
『あの、わたくし……何か?』
『うん? あぁ、いや。違う。違うんだ。ただ……そうか、あんたは人間種だもんな。そうか……そうか』
何がそうか、なのかわからないが、料理人さんは何度か頷き、勝手に納得される。
『アンタ、確か、あの魔王……じゃなかった、戦闘狂……でもなくて、えぇっと、王弟殿下の婚約者候補って、やつだろう? ってことは今日の晩餐会にも出席するんだろう? それじゃあまた、アンタに料理を食べて貰えるわけだ』
晩餐会?
なんです、それ。
何か期待と喜びを抱くような、そんな顔で私たちは調理場を見送られた。お土産に、とケブバを2つ、包んでもらって。
ギュスタヴィア様へのお料理ができなかったが、それよりも。
「リルさん」
「あー……それ、アーゲルド夫人が知らされてて、多分準備も任されてたんでしょーね。あたしは公の場に出ない雑用係を押し付けられる為の最下位の侍女なんで、知らされてないです。晩餐会……ご主人様、アタシの貸衣裳着て出ます?」
「それはちょっと……」
侍女長になるはずだっただろうアーゲルド夫人を、私は不採用にしてしまった。彼女はその意趣返しにこの情報を知らせなかったのか。
……婚約者候補として、おそらくご紹介頂くだろう場に、姿を現さない。周囲はどう判断するだろうか? アーゲルド夫人が私に知らせなかった、という落ち度を正当に、周囲は扱うか。
それは、否だ。
偏見と差別を受ける立場である私と、アーゲルド夫人という、おそらくこの国の貴族社会である程度の地位を得ているだろう女性。
私が『悪いに決まっている』と、そうなるのは目に見えている。
……ギュスタヴィア様に相談に行くか?
いいえ。あの方は、私の所為で怪我をされて、療養を必要とされている。それに、と私は思案した。
アーゲルド夫人を侍女にと決めたのは、ギュスタヴィア様とその兄君だ。二人は適任だと判断した理由と、信頼がある。または、私との相性については全く考えず、ただ有能で地位がある女性を教育係と抜擢した……男性特有の、無神経さ。
「……あぁ、これは……もしや、茶番?」
はたり、と、私は気付くものがあった。
私がしかけた茶番に対して、アーゲルド夫人の、これはお返しではないか?
料理人さんの口から晩餐会の事を知ったのは偶然だろうが、おそらく……この後、私には晩餐会があるという情報を、それとなく知る機会が与えられるのではないか。
そして、私はリルさんと大慌て。
出席者のリストも開始時間も、使用される場所も、着て行くドレスの決まりもわからない。
そこへ、慈悲深くアーゲルド夫人が現れ、私は彼女に赦しを請う。
「お待ちしておりましたよ」
案の定、再び部屋に戻ると、そこには追い出した筈のアーゲルド夫人と、三人の御令嬢がいらっしゃった。御令嬢たちは気まずげに顔を逸らしているが、アーゲルド夫人は挑むように私を見つめている。
私が既に晩餐会の情報を得たことを、彼女は把握しているらしかった。勝ち誇るような顔、私がどういう態度をしなければならないか、理解しているだろう、と、そうわかっていらっしゃるお顔である。
一種の慈悲、とも取れるかもしれない。……これで、アーゲルド夫人は、私に追い出された無礼も、やり込められた屈辱も清算してくださるのだ。私がしずしずと頭を垂れて、無礼を謝り、貴方が必要ですと懇願すれば、全て予定通りの関係がこれではじめられるというもの。
私が意地を張って、得することなどなにもない。
……リルさんも言っていたではないか。くだらない拘りなど、捨てるべきだと。





