8、今更恋愛パソドブレ
「おや、どうしました。イヴェッタ」
案内された部屋に行くと、そこには平然とした顔のギュスタヴィア様がいらっしゃった。本殿から離れた塔の上層部。元々星見のための観測所を、三百年前ギュスタヴィア様が私室として使用され改築されたと言う話。
「どうしたも……何も……」
寝台にいらっしゃるが、上半身を起こし、何か書類を読んでいた。平然としてはいる、が、その顔色は青白い。明らかに体調が良くないのに、なぜ平気な風でいるのか。
「……」
私は部屋の入り口で立ち止まる。入ってこない私にギュスタヴィア様は目を細めた。
「目覚めるまで貴方の側にいられなかったことを怒っているのですか?」
「それ本気でおっしゃってます?」
「いえ、軽口です。こういう口を利けば、笑ってくださるかと」
「……笑えませんよ」
「難しいものですね」
どうぞ、とギュスタヴィア様は入室を促した。いつまでも突っ立っているわけにもいかない。扉から少し離れた場所には見張りなのか警護のためなのか、エルフの騎士たちがいた。
「体調はどうです? あぁ、よかった。歩けて、そして話せるようですね」
「……」
私は寝台に近付き、手招きされるままギュスタヴィア様の側へ腰かけた。近くで見て、やはりギュスタヴィア様の顔色は悪い。手に触れると氷のように冷たかった。
その額には、私の首元に付いているものと同じ赤い鱗が埋め込まれている。
「ギュスタヴィア様、ちょっと、服を脱いでください」
「今ですか? さすがに性急では」
「軽口ではありません」
私がどういう意味で言っているのかわかっていての返し。キッと睨むと、ギュスタヴィア様は一度目を伏せてから、ゆったりとした合わせの服の肩をはだけさせた。
「……なぜ、ここまでしてくれるんですか?」
そこには生々しい傷跡。肩から腹部にかけて大きく斬られた傷。赤黒く周囲の肌の色まで変色させていた。触れれば熱を帯びている。
「助けてと、貴方が望んだからですよ」
「ギュスタヴィア様」
「なぜそのような顔を?」
見つめる私を、ギュスタヴィア様は不思議そうに見つめ返した。どんな顔をしているのか。私はギュスタヴィア様の服に手をかけたまま、俯いた。
「助けました。貴方を。だから、笑うべきではありませんか?私に、笑いかけるべきでは?イヴェッタ、そうですよね?」
不思議そうに、ギュスタヴィア様はただ問いかけてくる。
私は、迷宮遺跡で出会ったとき、この方がかつて兄君に愛されないことに傷付いていたことに気付いた。自分が他人に愛されなかったのは自分が化け物だからとそう考えて、同じ化け物の私なら、自分を愛してくれるのではないかと、そうして、愛されれば「ちゃんとした」生き物になれるのだと、そう考えて私に親切にし始めたことに、気付いていた。
そして誰かを救いたいと、救って、マシな生き物になりたいと思っていたこの方を、利用した。
「わたくしは、私は……お芝居をしていたんですよ。ちょっと不思議な女の子。のんびりしていて、放っておけないような、可愛い子。誰からも、ではないけれど、気になったら、好きになってしまうような、そんな、お芝居をしていたんですよ」
私は怖くなっていた。
ここまで、私なんかのために、誰かが、他人が、懸命になってくれて、しまった。請うたのは確かだ。けれど、罪悪感。
「私は、本当は狡くて、乱暴で、嫌な女なんですよ」
あの日。
婚約解消を宣言された馬車の中で、じぃっと、私は自分の顔を見ていた。
あの時のこと。あの時、私は何を考えていたのか、本当はわかっている。
頭の中で、本当はぼんやりと、わかっていた。
出て行けと言われて、本当に出て行ったら、きっと困るんだろうと。
そうじゃないとわかっていたのに。出ていけと本気で言ったわけじゃないことは、わかっていて、そんなことをしたら、ウィリアム殿下はきっと、困るだろうとわかっていた。
切り花のことは知らずとも、本来予定されていた何もかもを、台無しにしたら、それまで関わっていた多くの人が困るのを、わかっていた。
そして、私がいなくなったことで、その矢面に立たされるのがウィリアム殿下と、そしてマリエラさんだとわかっていて、私は出て行ったのだ。
困らせたかったから。
ささやかな意趣返し。けれど、悪意はあった。
私は、そういう女なのだ。
「何も知らない顔をして、何もわかっていないように笑っていて、私は、本当は……ギュスタヴィア様に、助けて貰えるような……可哀想な子では、ないんですよ」
「そうですか」
成程、と、ギュスタヴィア様が頷いた。私は俯いているので顔が見えない。けれど、はっきりとした声音に、びくりと体が震える。その振動が体中を硬くしている間に、ギュスタヴィア様がぐいっと、私の顔に手を添えて上を向かせた。
そして私の首元の鱗に、額の鱗を合わせるように顔を埋めてくる。
感じるのは暖かさ。魔力が体中に行き渡る感覚。冬の寒い屋外から戻り、湯船にじっくりと身を浸かるような。
「止めてください!」
ばっ、と私はギュスタヴィア様の体を引き離そうと力を込めた。石のように冷たい体のかの人は、容易く離れ、そして黄金の瞳が細まる。
「ここで……何か甘やかな言葉をかけるべきなのだろうが……生憎、心得がない。ゆえに、容赦なく告げるが。今更、私に愛されることに怖気づいたところで、逃がすと思うのか?」
そりゃそうだ





