7、状況説明
「と、いうわけで。あんたはこれから俺の弟子になるんで、よろしくな」
どれくらい経ったのか不明だが、目覚めた時に最初に見た顔。ロッシェ・ブーゲリア公と名乗ったそのエルフの魔術師は、一通りの説明を終えたような顔でそう言ったけれど。
「なにが「と、いうわけ」なのかまるでわからないのですが」
私は説明など受けていない。
名乗って、その次に冒頭の台詞を吐かれたので当然だろう。
説明もしてほしいいが、それより私はギュスタヴィア様の安否が気になった。ご無事かどうかと、それだけでも知りたいと頼むと、ロッシェさんは「まぁ、無事だ」とそれだけを短く答える。
「んで、説明な。あれ? 言わなかったっけか。もう色んなやつに説明したからなぁ。必要?」
「是非」
「しょーがねぇなぁー」
ロッシェさん。宮廷魔術師で、エルフの王室の相談役のような立場である、と改めて説明をされた。面倒くさいというより、言葉の通り何度も同じ言葉を言うことに飽きているのだろう。
私が覚えている事を確認しながら、ロッシェさんは状況の説明をしてくれた。
「軍神は、まぁ、なんとか追い払えたわけだ。っていっても、この国に顕現してるってことは本体じゃないし、そもそも神族はこの世に肉体を持ってない。ただアンタにちょっかいをかけるために急ごしらえか何かで作った程度の器だ」
本来の力の一万分の一もない弱体化されたものだと言う。
「ただ、腐っても神族だしなぁ。退散する時に器を爆発させて、宮殿の四分の一が吹き飛んだ」
「……は?」
「あぁ、犠牲者はいない。うちの王様、アンタにとっちゃ今後は義兄になるのか? まぁいいか。うちの王様は守りの魔法が得意でね。重傷者は出たが、咄嗟に宮殿内全員に守りの魔法を付与したから」
すげぇだろー、と自慢げに話す顔には愛嬌があった。
「……申し訳、ありません」
「うん?」
「……わたくしが、この国に来たからです」
顔を歪めて謝罪のため頭を下げた私に、ロッシェさんは嫌そうに首を振った。
「あー、いいって。そういうの、マジでさ。誰が悪いだの、なんだの。ワザとじゃねぇんだしさー」
「しかし」
「自分が生まれた時に母親が死んだら、そいつは母親殺しか? 悔いて俯いて一生生き続けなきゃならねぇか?」
ふと、真面目な顔で問うてくる。何のことかはわかった。
「……いえ」
「アンタもそう思うだろ? なら、これだってそうだ」
「……」
それ以上の謝罪は不要だと切り上げられ、ロッシェさんは話を続ける。
「今回の騒動は、軍神の強襲だと公表してある。我らがエルフの国になぜ今更神が挑んできたか? その理由として、三百年前に封じた王弟ギュスタヴィア殿下が関わっているともな。下手に隠すと面倒だからちゃんと包み隠さず『王弟殿下は神の切り花に恋慕して、神より花を奪った。それゆえ神が奪い返しに来たが、見事撃退した』と」
「……いえ、それは、ちょっと……話を少し、曲げているような……?」
いや、あってはいるのか?
私が首を傾げていると、ロッシェさんは笑った。
「そういう触れ込みは必要なのさ。何しろ王弟殿下は悪夢のようなお方だ。死んでくれと願う者の方が多いが、それでも誰もが「最強」だと認めてる。そして、エルフにとっちゃ切り花や、竜は滅ぼすべきもの。が、それは真に憎くてじゃない。憎悪と嫌悪の対象は神族だ。その連中の鼻を明かしてやったんだ、それも、我らが王弟殿下が! と、口にゃ出さないが喜ぶ者も、また多い」
そして、常に切り花というのは最大多くても七つと定まっていて、既に六体の竜が孵化している以上、この世に存在する切り花は私だけだと言う。
竜が滅びればまたどこかで切り花も生まれるだろうが、現状私しかいない。つまり、私が竜にならずこの国で保護され続ければ、竜が七体揃う事もなく、神族の願いは叶わないのだと、ロッシェさんは説明してくれた。
「ただまぁ、このままだとアンタは死ぬ。わかってるだろ?」
「えぇ、まぁ」
「……随分あっさりしてるな?神に啖呵を切ったんだ、何か考えがあったってことか?」
「いえ、実は何も」
「なんだそりゃ」
ロッシェさんは呆れた。けれど、私はどう説明すればいいのかわからない。あの時、ルゴの街のあの辺境伯のお屋敷での自分の感情の変化は、まだ自分でもどう受け止めるべきか迷っている。
ただ、今確実に自分の中にあるのは「祈るべき神は、彼らではなかった」という事だけだ。
「まぁ、俺たちとしても、アンタに死なれちゃ困る。それで、アンタが引っぺがした鱗、二枚な――それにしても、よく二枚だけで済んでたなぁ――それを調べて、アンタの延命方法を探してみた」
「あったんですか?」
「じゃなきゃアンタは今頃火葬されてる」
トン、と、ロッシェさんは自分の胸元、より少し上。喉と鎖骨の下を叩いた。私にも同じ動作をしろ、ということだとわかり、私は自分の体のその部分に触れる。
「……石? いいえ、これは、鱗ですか?」
「あぁ。剥がしたやつな。一枚。アンタは本来神々から“水”を与えられて生きてる“切り花”だ。クソみてぇな仕組みは今はいいとして」
鱗は神や世界を滅ぼす程の竜のもの。強力な魔法の素材になると言う。
「一枚を、枯れて死ぬ寸前のアンタに埋め込む。もう一枚は、強い魔力を持ってる奴に埋めて、アンタの体に常に魔力を補充し続ける」
成程、魔力を溜める魔石を常に体に埋め込んで、その魔石に魔力を注ぎ続ける元と繋ぐ橋渡しとしての役目も同時に行うということか。私が理解し頷いたのを見て、ロッシェさんも頷いた。
「んで、問題はその強い魔力の持ち主だ」
「ロッシェさんでしょうか?」
宮廷魔術師、それに先ほど「弟子」と言われた言葉から推測し問うてみるが、否定された。
「王弟殿下くらいだろ。本来は神が生かすほど魔力食いの切り花を枯らせずに生かしておけるくらい高い魔力があるの」
「……けれど、あの方は……!」
「まぁ、ズタボロだったなぁ。何したんだ? 体の中の魔力回路の半分が引きちぎれてて焼けてたぞ? その上、軍神に体が斬られて、ホントあれで死なねぇんだからマジで化け物だよ」
笑いながらロッシェさんは言う。
「冗談みたいな話だがな。そんな状態でも、あいつの方が俺たちより何倍も魔力が高い。アンタに魔力を与え続けてやっと……そうだなぁ。俺と陛下二人合わせて同じくらいか?」





